異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
天子と衣玖は採掘を終了し、ランデルへと帰って来た。
「ただいま~」
「お、戻ったか」
ランデルの砦に到着すると門番が革装備の軽装備で出迎えてくれた。
このおっちゃんは最初の依頼のときに見送ってくれたアレックスだ。ロビンの顔馴染みといだけあって初対面の二人にも気さくな態度をとってくれている。どこぞの失礼な輩とは大違いだ。
今回も、依頼のときに門番をしていてギルドカードを見てもらったところだ。
「どうだったよ、採掘依頼は?」
「ふふん、私の手にかかれば鉱石の一つや二つなんて軽いものよ。そのうち掘りすぎて資源が枯渇してしまうかもね」
「はは、そりゃ頼もしいことだな」
こういう天子のジョークみたいな本気(笑)をも軽く受け流してしまう余裕の大人の対応を見せる。衣玖みたいにキツイ毒舌を吐かないだけ、天子にとっては軽口を吐くことができる貴重な存在だった。
天子と衣玖はポケットからサッとギルドカードを見せて確認を取った。
「あいよ、通ってよし」
「いちいちカード見せるの面倒くさいわねーー。もう見せなくていい?」
「一応規則だから見せてくれ。俺もむやみやたらに通してたら首が飛んじまうからな」
「最初来たときは顔パスだったのに?」
「そりゃお前さんたちがいたからだよ。身元不明の奴らがいた場合は逆に証明書見せると事務的に面倒になるんだよ、だからロビンの野郎も俺も顔パスで通したってのさ」
「……なんかいろいろ適当ね」
「長く生きてりゃ妙な悪知恵の一つや二つも覚えるってもんさ。おら、とっと行け」
「ま、人生そんなもんか。んじゃねー」
「またお会いしましょう」
天子と衣玖はアレックスに手を振って砦を後にする。
アレックスとの会話は短いが、逆に短いからお互いの腹の底を見せない会話ができる。そういう意味でもアレックスは非常にありがたい存在だった。
まだ日が明るい空のもと、二人は人の出入りが多いギルドの通りを歩いてギルドへとやって来た。相変わらず無骨な造りで大通りの華美な建物とは趣が違う。まあ、派手派手しいギルドもやけに軽く見えて嫌なのだが。
二人は中に入り、相変わらず騒がしいテーブル付近を過ぎてカウンターへ向かう。勿論アンナのカウンターにだ。
「あら、お二方。依頼はお済みで?」
「イエス! 竜骨結晶3キロ、きっちり納品よ!」
ザックから抜き取った皮袋をカウンターの上にどさりどさりと置く。アンナは紐を解いて中の物を一瞥していく。
「それでは中身の確認をしていきますので少々お時間をいただきますね」
「hai!」
~五分後~
「鑑定が終了しました」
「『はやい!』『もう鑑定したのか!』『きた! メイン鑑定きた!』『これで勝つる!』」
「この馬鹿は放っておいて……どうでした?」
無駄にテンションが高い天子を衣玖はスルースキルを発動してアンナに結果を聞く。アンナは苦笑いをしつつも持ち前の営業スキルで結果を淡々と述べていく。
「問題なく竜骨結晶3キロです。依頼は完了です」
「残りの2キロあったはずですけど、それも買い取ってもらえるんですよね?」
「はい、勿論。他にも採掘できた鉱石はお持ちですか?」
「ありますよ」
衣玖は竜骨結晶の他にも採掘していた鉱石をまとめた皮袋をカウンターの上に置いた。紐を解いて次々と鑑定していき、そしてまた五分たったあとで再び報告に上がる。
「鉄鉱石、マカライト鉱石、大地の結晶……あと黄金骨ですね。どの鉱石も需要があるのでそこそこの値段で取引されますよ」
「おいくらになります?」
「依頼の達成料も含めて5万チップです。内訳としては、依頼達成料が3万で、他の鉱石が2万になります」
「依頼の方が高いのね?」
「依頼は鉱石としての価値だけじゃなくて依頼の形という付加価値が付きますから自然と高額になるんですよ。今回の場合他の鉱石の内黄金骨が最も高額ですね。黄金ということでその手の蒐集家や貴族からの需要が高い一品です。まあ、冒険者からすれば荷物の肥やしになるだけの無用の長物ですがね」
「えっ、黄金骨って要らないの?」
「一種の宝石扱いなんですけど……普通のルビーとかサファイアなら魔法の触媒になるんですが所詮骨ですから。武具や防具の素材にもならないので売るしか利用価値がないんですよ。確かに綺麗ですけど、宝石みたいに指輪にしたりネックレスにできないでしょう?」
「そ、そうなのかー……」
しょぼーん、と肩を落とす天子。黄金骨を探り当てたときにかなり興奮していたから、その分期待が裏切られたという感じなのだろう。やたらハイテンションだったのも、黄金骨に期待を寄せていたからに違いない。
「まあまあ総領娘様。一番高く売れたんだから良かったじゃないですか」
「……ま、そうよね」
そう言って自分を納得させた天子は、そのあと事務的な処理を済ませ、手に入れた5万チップも口座に振り込んでカウンターを後にする。
そのままギルドを後にしようと思ったが、テーブルで昼間から酒を飲み明かす冒険者たちを見て天子はそういえばここはギルド兼酒場だったことを思い出す。
「衣玖、少し飲んでく?」
「その仕草おっさんくさいですよ……」
お猪口をくいくいと呷る仕草は、会社帰りに居酒屋で一杯やってく? みたいなおっさんのノリそのものだ。衣玖はあまりに深い溜め息を吐いた。
しかし酒を飲むという提案には衣玖も反対でなかったので了承の意を示す。
「まあ、こっちの酒がどんなのか気にもなりますから、その提案は
「んじゃ決まり! すみませーん、注文!」
顔を綻ばせて注文を取る天子。近くの粗末な木椅子に腰かけ勢いよく両手を上げる。
「はーい」と一人給仕が二人のところに注文を取りに来た。アンナとは違う人らしく、酒場の給仕を主な仕事としている人らしい。
「ここの冒険者がよく飲む酒って何?」
「そうですね、エールか葡萄酒だと思います」
「んじゃ一つずつ頼んで飲み回ししよっか」
「そうですね」
「かしこまりました」
給仕は注文をメモ用紙に書き取ってカウンター奥へと消えていった。それから数分もしないうちにジョッキ二つが運ばれてボロのテーブルの上に置かれた。
「ご注文のエールと葡萄酒です」
「待ってました!」
エールは現代のビールみたいなもので、こげ茶色の液体に泡が水面に張りついている。葡萄酒はワインみたいなものだが、そんなに高価な物でなく庶民でも手がつけられるような値段が設定されていてこの世界では一般的な飲み物である。
ガラスのジョッキに入れられたエールと葡萄酒はそれぞれ透明感のある色合いをしていて飲兵衛の気を誘うものになっている。
そして、天界で散々宴会を経験してきた天子にとって酒は慣れ親しんだものだった。
「この重量感!? 日本の徳利とは大分違うわね……これは一気にごっくごっくイケってことなのかしら」
「初めてのお酒なのですから、少し味わって飲むべきでは」
「(ごくごくごくごく)」
「もう飲んでるし…」
ジョッキを傾けて一気に飲んでいく天子。ジョッキの四分の一ほどを一瞬で飲み干した天子は「ぷはぁっ!」と口の周りにエールの泡をつけて実に爽快そうに息を漏らした。
「天界の秘蔵酒に比べればまだまだだけど、こっちの酒も悪くないわね! 日本酒のきめ細やかな味と違って、こっちのは荒っぽい……けど美味い!」
ダン、とただでさえボロっちいテーブルが軋みを音を挙げて抗議する。しかしそんな些末なことを今の天子が気にするはずがなく。お次は葡萄酒に手を伸ばしてこちらもぐいっと一気に呷った。
「むむむ……これは、繊細な味ね。さっきみたいに一気飲みするような
天子が少し飲み終えたエールを衣玖は対照的にチビチビと飲んでいる中で、天子は酒をぐびぐびと呷っていく。少しと自分で言ってたくせに全然少しじゃないですよね、このあとも追加注文するんだろうなあと衣玖はそうなったあとの事後処理に追われることを確信して少し憂鬱になった。
「ぶはー!! カウンター、エールもう一本!」
「やっぱりねー(確信)」
ジョッキを掲げて宣言する天子に衣玖は溜め息を吐く。今後予想され得る未来のために、自分は少量で控えておこう…と衣玖は控えめに「すみません、葡萄酒もお願いします」と注文した。どうせこの一本が最後の一本である。
「おいおい嬢ちゃん? そんなに一気にいって大丈夫なのか?」
「あ?」
天子がジョッキを持って新しいエールを待っていたところに、とある男が一人絡んできた。
その男は革装備に身を包んだ三十代と見られる男性だった。エールの入ったジョッキを持ち、髭を蓄えた丸顔は少しばかり愛嬌があるようにも見える。実際、この男は快活な笑みを浮かべて天子に話しかけてきたのだ。
「嬢ちゃんにはその量はキツイんじゃねーのかあ? もうちっと大きくなってから出直した方がいいぞ」
「ああん? 余計なお世話よ、これでも酒には飲み慣れてんのよ!」
「お、そうだったのか? ガハハ、こりゃ失敬失敬!」
衣玖はその男の様子を確認したが、悪意があって絡んできたわけではなさそうだと判断する。以前のゲンのような不快さは微塵も感じられず、ただ単に見た目少女の天子をからかっているだけのようだ。
だから衣玖は安心して見守ることにした。
「お、なんだなんだ? ダニエルがまた女口説いてんのか?」
「なんだ、ガキじゃねえか。ダニエル、お前こんなガキ相手にしてんのかよ。幼女趣味があったとは意外だったぜ」
「もしそうならドン引きね。パーティから抜けることも考えなくっちゃ」
天子とその男の近くに、また新たに人間が追加されていく。おそらくその男―――ダニエルと呼ばれていた男のパーティメンバーなのだろう。痩せっぽい体格の片手剣と盾を装備した男と槍を担いでいる男、さらに黒いローブを纏った女性。
彼らもエールの入ったジョッキをそれぞれ持っており、一杯やっている最中であったのは明白であった。彼らはダニエルと呼ばれた男に向かって次々と野次を飛ばしていく。
「ちげーよ馬鹿野郎! 俺はこの嬢ちゃんがエールを一気に飲んでやがる程ほどにしてけよって忠告してただけだぜ。こんな胸のない女に興味ないぜ」
「誰が胸無しのぺたんこ絶壁女ですってええええええーーーーー!!!!!」
そこまで言ってないだろ、と衣玖は思ったが既に僅かに酔いが回ってきている天子にはそんな些細な違いはどうでもいいことであった。天子にとって胸の話題は禁句なのだから。
「こんのぉ……こっちが礼儀正しい大人の対応をしてればつけあがりやがってぇ!!! 髭ぇ! 飲み比べよ! それで決着つけてやるわ!!」
「おおう、いいねえいいねえそうこなくっちゃあなあ!」
「「おーやれやれぇ^^」」
礼儀正しかったか? などという衣玖のツッコミは喧騒に揉み消されて騒ぎはどんどん大きくなっていっていた。怒り(笑)で赤い瞳を燃やす天子はカウンターに向かって「エール! どんどん持ってきなさい!!」と怒鳴り散らしていた。もはや周りの迷惑など顧みずに騒ぎ立てるだけである。
さらにダニエルのパーティメンバーも二人を煽っているため衣玖にもはやどうすることもできない。黙ってチビチビと葡萄酒を啜るくらいである。というか、テーブル付近がカオス化してきたので衣玖は別テーブルに避難した。
騒ぎは雪だるま式に大きくなり、ただただ飲んでいた周りの冒険者も何事だと覗き込んではさらに野次を飛ばしていく。これいつ沈静化するのかなあ、とかもう諦めモードに突入した衣玖に、近づく影が一つ。
「同席、いいかしら?」
「どうぞ……」
「お疲れね」
「この後のことを考えるとどうしても憂鬱になります」
「未来予知なんてできないけどこれに関しちゃ百パーセントで当たる自信があるわね」
それはあのパーティメンバーの黒ローブの女性であった。少しくすんだ金髪を三つ編みおさげにした頭、黒ローブから覗き見える鉄の胸当てと薄地のパンツ。衣玖と同じくらいの身長である体格からははっきりと大人の風格というものが溢れ出ている。
「私はエリカ。『琥珀のブローチ』のメンバーで、見た目通り魔法使い。あそこの飲み比べしてる馬鹿はダニエルで、片手剣を持っているのはエドゥ、槍使いのホアキン。四人でパーティを組んでるの」
「永江衣玖と言います。で、向こうでキレてる胸無し青髪短髪娘は比那名居天子って言って二人で一応パーティを組んでます」
「あれでしょ、最近ドスガレオスを狩ったっていうFランク冒険者」
「ご存知なのですか?」
「知ってるも何も、もうこのギルドで知らない冒険者はいないと思うよ。なんせ前代未聞のことをやってのけたんだからね」
「恐縮です」
「はは、向こうの子と違って謙虚なんだね。威勢のいい冒険者は幾らでもいるが、自己主張の少ない輩は珍しい」
「総領娘様のストッパー役ですからね……自分まではっちゃけたら抑制役がいなくなりますから」
「違いないわね」
クスクスと笑いながらエリカはエールのジョッキを傾ける。向こうの野次の中心見たく、馬鹿みたいに一気飲みはしない。チビチビとじわっと酔いが回るような飲み方をしている。
衣玖も相手に合わせる感じでゆっくりと酒を飲む。飲兵衛ではないが、衣玖も酒は嫌いじゃない。誰かとゆっくり酒を楽しむのも面白いものだと思った。
「ね、貴方たちのこと、色々聞かせてもらえない? 勿論、差し障りのない範囲でいいからさ」
「……そうですね。代わりに貴方方のこととか、色々冒険者について窺ってもよろしいですか? 私たちまだまだ初心者ですので」
「いいよ~。初心者指導なんて初めてだけど、精一杯教えちゃうね!」
ギャラリーが天子とダニエルの飲み比べに集中し、もはや何が起こっているかさえも分からない混沌とした状況の中で、衣玖とエリカは女同士の談義に明け暮れるのであった。
そして衣玖とエリカが話を終えた頃には、あちこちにジョッキを転がしながら目も当てられない酷い姿で床に突っ伏している顔を真っ赤にした馬鹿二人の寝姿があった。既に野次馬も沈静化していて二人の姿は簡単に確認できた。
衣玖とエリカは同時に溜め息を吐いた。これから掃除と片付けに奔走しなければならない給仕係に盛大に謝った上で料金とは別のチップを渡して最終的な料金を常識人二人が支払い、その額に思わず顔を引き攣りそうになった衣玖はこのままで済ますかと寝転んでいる天子と一発蹴り込んでおいた。ちなみにそれをエリカも衣玖を真似てダニエルの横っ腹を蹴っていた。
とはいえ、一応女の子であるのここでそのまま寝かせておくわけにはいかず、衣玖はエリカにまた会う約束をして天子を背負って宿へと戻った。
「酒臭……下ろしたい」
既に辺りは真っ暗で星が煌めいていて大変美しい光景だったのだが、背中の荷物から臭う酒臭さがその情緒を完全にぶち壊してしまっていたため衣玖はげんなりしながら肌寒い通りを歩いて行ったのだった。
酒の味なんて知るかっ!完全に想像だけで書いたよコンチキショー。