異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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24話 ギルドマスター

 天子がアリアと待ち合わせをして汚い男たちをボコボコにした日からまた数日。天子と衣玖はギルドにいた。彼女たちはもはや完全にギルドの中でも注目の的になり、彼女らの活躍を知らないものはいなくなった。

 その決定打はその汚い男ズをボコボコにした件であり、やはり他の冒険者も辟易していたのであろうであることはその態度の変わりようから明らかだった。皆一様に友好的な態度をとるようになったのだ。まあ、友好的といってもそれぞれで単純にパーティ加入に勧めてくる輩もいれば、下心だけで近づく輩もいた。そういう輩は漏れなく痛い目を見させておいたのだが。

 

 ちなみに、汚い野郎どもはダニエルの言っていた通り既に何度も勧告を受けていたらしく、他の冒険者の後押し(厄介払いとも言う)もあって町から追放という形になった。冒険者という地位を剥奪しない分ありがたいと思うべきであろう。

 その処分を言い渡されたときの表情を天子と衣玖はよく覚えている。「これで勝ったと思うなよ…」とか負け犬がなんか吠えてきたので二人は「もう勝負ついてるから」とぐうの音も出ないくらいに凹ませたときはギルド中に笑いを必死に抑える様子が広がったのは記憶に新しい。

 

 そういうことで鬱陶しい存在がいなくなったギルドは普段より五割り増しくらいに活気づいているように見えた。おそらくそれは錯覚でもなんでもなくて、事実その通りなのだと思う、といい加減あの馬鹿どもを鬱陶しく感じていた天子はつくづく実感した。

 そして今日もレッツ依頼! と思って受付嬢のアンナに声をかけたのだが、そこで待ったがかかった。

 

 

「呼び出し?」

「そうです。うちのギルドマスターから貴方たちを召喚するように言いつけられました」

「ギルドマスター……って誰?」

「ギルドマスターとは、各ギルド支部に置かれたそのギルドの最も偉い人のことで、つまり、このランデルのギルドのトップというわけです。ギルドマスターは様々な能力に秀でたものにしか就くことができない狭き道の上にある職業で、故にギルドマスターは準男爵同等の貴族の地位を手に入れることができるんです」

「へえ……貴族なんだ?」

「貴族とは言っても一代限りの名誉職ですけどね。それでもただの平民が貴族になれるというのはそれだけで凄いことですよ。普通平民はどう足掻いても貴族になれるわけありませんからね」

 

 

 貴族については天子と衣玖も知っていた。日本にも貴族に相当する位が嘗てあったからだ。現在では貴族制度は廃止されて存在しないが、それでもかつての貴族の名字を拝する家柄はやはり大家であることが多いし、皇族は天皇家として未だに存在している。

 ただまあ、ここでいう貴族は二人の認識と若干異なるものだったが、特に知らなくて不便があるわけでもない。人外の二人には基本無関係なのだから。

 

 

「そのギルドマスター様がどうして私たちを?」

「ランクアップ試験についての途中経過の発表があるらしいです。なんでもご自身自ら説明なさるとか」

「思ったよりも早いですね。確か予定では二、三週間はかかると仰っていませんでしたか?」

「まだ全て決まっているわけではないようです。だからこその途中経過なのでしょうけど」

 

 

 ランクアップの説明があったのは一週間ほど前の話だったから、少なくともあともう一週間かかる計算だ。途中経過を自ら報告してくるあたりそのギルドマスターは仕事に熱心なのかもしれない。

 しかし、と衣玖は思う。

 

 

「……どうしてそのお偉い方がわざわざ直接出迎えに来るんでしょうか。別に、受付を介して報告するだけで済む話でしょう?」

「それは、私たちにも分かりません。私たちも不思議に思っているくらいですから」

 

 

 アンナは肩を竦めてやれやれと溜め息を吐く。

 

 

「うちのギルマスは少し何考えているか分からない節がありますから…」

「それって、大丈夫なの? 主に私たちの安全とか」

「それは大丈夫です。ちょっとあれですけど、良識人ですから。何か悪いことを企んでいることはありませんよ」

「……それなら、いいのかなあ」

「どちらにせよ呼び出しを食らっているんですから逃げる選択肢はありませんよ。腹括りましょう」

 

 

 天子はやや納得がいかない感じだったが、どうしようもないということで思考を切り替えた。今はアンナの言葉を信じる他ないだろう。

 衣玖は疑問を投げかけた張本人にもかかわらず冷静だ。案外どうにかなるとかんがえているのかもしれない。

 

 

「ギルドマスターは二階の一番奥の部屋にいます。何もないとは思いますけど、お気をつけて」

 

 

 そう別れた二人は自分の持つ武器をチェックしながら階段を上がっていく。いざとなったら実力行使で外に出るしかない。

 長くない階段を上った廊下の突当りにその部屋はあった。扉のプレートにもギルドマスター室と書かれている。

 衣玖がコンコンとノックすると中から「入りたまえ」という声が聞こえた。

 

 

「失礼します」

「おお、よく来てくれたな」

 

 

 一見社長室に見える奥の椅子に座っていたのは白髪に髭を蓄えた老人だった。

 質実剛健と言った感じがよく表れており、机の上にどさりと乗った書類以外はこれといった物がない。流石に棚くらいはあるが……。

 

 

「何もない部屋で済まんの。儂はランデルの町のギルドマスター、アルノー・ブラウンという。よろしくの」

「永江衣玖と申します」

「比那名居天子よ。好きに呼んでくれて構わないわ」

 

 

 白髪の老人アルノーは椅子から立ち上がる。

 誰が相手でも傲岸な対応を変えない天子の振る舞いに、アルノーは苦笑する。

 

 

「ほっほっほ、元気の良い娘さんじゃな。では衣玖殿に天子殿と呼ばせてもらおう。二人の目覚ましい活躍は耳にしとるよ」

「恐縮です」

「なんでも初の依頼でかのドスガレオスを討伐したとな。儂も最初は噂に尾鰭がついたものだろうと疑っておったのじゃが、駐屯兵団から正式な確認が成されて認めざるを得なかったわけじゃ」

「ドスガレオスは運悪く遭遇してしまい応戦するしかなかったのです。元々戦う気なんてありませんでした」

「いやいや、責めておるわけじゃないんじゃよ。むしろ、よくやってくれたと礼をしたいくらいなのじゃ。現在このギルドにはBランク以上の冒険者がおらんでの、繁殖期に入ったドスガレオスをどうしようかと頭を抱えそうになったぐらいなのじゃから」

 

 

 ほほほ、と白い髭を弄びながら笑うアルノー。そこには悪意など見られず、衣玖にも悪い雰囲気というものは感じられなかった。どうやらアンナの言葉は正解だったようだ。

 

 

「しかし、Fランクの新人がCランクのモンスターを討伐したというのは大事での。儂らだけじゃ対処しきれないのじゃよ」

「だからランクアップ試験も難儀していると?」

「然り。じゃがまあ、概ね順調じゃよ。他の幹部の連中も最初は有り得ないだとか見間違い聞き違いだとか言っておったが、駐屯兵団からの報告で信じざるを得なくなったのでな。皆前向きに検討してくれておる」

「ありがとうございます」

「じゃが、ここまで話が大きくなるとうちのギルドだけで話を終わらすわけにはいかんでの、隣の町のギルドと連絡しあって今後の方策を決める手はずになっておるのじゃ。まあその話も追い風でいい感じに吹いておるがな」

 

 

 アルノーはご機嫌だ。公務中だというのに「酒飲むか?」なんて言ってくる始末だ。当然、やんわりお断りした。

 仕方ないのう、としょぼんと肩を落とすアルノーに、天子は言う。

 

 

「なんか嬉しそうね?」

「そりゃそうじゃよ。儂らのギルドからギルド史上にも残る出来事が起こったんじゃから、ギルドマスターの儂も鼻高々なんじゃ。二人には感謝しとるよ」

「それで、特例は認めるという方向でよろしいのですか?」

「うむ。おそらくそうなる可能性が一番高いじゃろう。万が一ということもあるかもしれんが、まあまずないと見て問題なかろう。FランクからCランクへの特例、大いに結構!」

 

 

 となると、ランクアップはCランク並みの試験内容になるということで間違いないというわけか。つまりあのドスガレオスと同等の難易度を誇る試験が待ち受けていることである。

 

 

「試験内容は、どういったものになりますか?」

「それについてはまだ決まっとらん。仮に決められていても教えるわけにはいかんよ。試験内容が事前に分かるはずもあるまい?」

「……そうですね。すみません」

 

 

 確かにそれはただのカンニング行為だ。学校のテストを、事前に職員室に潜り込んでテスト内容を見るようなものである。

 流石に失言だったと、衣玖は反省した。

 

 

「なあに、お前さんたちなら試験も合格できるよ。儂が保証してやろう」

「それって試験が簡単ってこと?」

「そうじゃない。試験が簡単なわけなかろう。仮にもランクアップのための試験なのじゃからな」

「じゃあ、なんで保障なんかできるのよ。わけわかんないわよ」

「勘じゃよ」

「へ?」

 

 

 アルノーの目が細められ、こちらを値踏みするかのような視線が向けられる。二人は、否応なく緊張を受ける羽目になった。

 

 

「ギルドマスター故の観察眼と、長年冒険者をやってきた勘のじゃな。お前さんたちならできると儂の勘が訴えかけておるのじゃ」

「アンタも冒険者だったの?」

「ギルドマスターはかつて冒険者から選ばれるのが普通じゃ。他の一般人や貴族がやったところで冒険者の気持ちを慮ることなどできんからな。これでも、昔は有名な冒険者だったんじゃよ」

「はあ……」

 

 

 突然受けた鋭い視線も、一瞬で終わり、今まで通り柔和な表情に戻っている。長年冒険者をやっていたというから、やはりそれなりの風格が身についているのだろう。

 ちなみに天子はアルノーよりも遥かに長く生きているが滲み出ているのは子供っぽい雰囲気ばかりである。何のために長生きしているのやら。

 

 

「衣玖、なんか心の中で酷いこと言ってない?」

「まさか。こんなところまで来てそんなこと思うはずがないでしょう?」

「………」

「どうしてそこで黙りますかね」

 

 

 天子のもはや悟り妖怪並みの読心術が衣玖に嫌疑をかける。酷い言いがかりです、と衣玖は内心思った。

 

 

「ほっほっほ、なかなか愉快な者達じゃな。やはり若いときは思いきり馬鹿をせんとな」

「うちの馬鹿が申し訳ありません」

「誰かが馬鹿だ! 謝るところじゃないでしょ!?」

 

 

 ころころと表情を変える百面相の天子にアルノーは愉快愉快と笑っている。天子は怒りながらもいつの間にか緩んでいた緊張に内心ホッとしていた。一応理性はあるらしい。

 というか、こんなやりとりももはや日常となってしまっている彼女たちがいた。

 

 

「結構結構。ランクアップ試験の日時と内容はおいおい伝える。隣の町のギルドから連絡が届けばそこからはトントン拍子で進むからの。まあ、あと一週間程度で着くじゃろうて」

「……なんか締まらない」

「まあまあ総領娘様。良いではありませんか」

「誰せいだと思ってんの?」

「ではアルノーさん。これにして失礼します」

「うむ、達者でな。お前さんたちの更なる活躍を期待しとるよ」

「………解せぬ」

 

 

 衣玖は丁寧にお辞儀をし、天子を引っ張るように退出した。天子はなんかもう言い返すのも面倒になったので、そのまま衣玖に引っ張られるように退出した。アルノーはドアが閉められるまで手を振っていた。

 バタン、とドアを閉めて衣玖は何でもないように天子に声をかける。

 

 

「用も済みましたし、依頼にでも出かけましょうか!」

「……なんか衣玖の態度の変わりようがもはや清々しく見えてくるわ」

「それほどでもない」

「褒めとらん!」

 

 

 そんな茶番を繰り返しつつ、二人は階段を下りて元のカウンターに戻って来た。

 

 

「ただいま」

「あ、二人ともお帰りなさい。どうでした、うちのギルマスは?」

「うーーーん……別にこれといって特に」

「まあ、一目見ただけですしね。ただ、なかなかのやり手だとは感じました」

「うちのギルドマスターは若い頃かなり有名な冒険者だったようですよ。ランクもAランクだったそうです」

「Aランク!? それってめちゃくちゃ凄いじゃない……」

「ですよねー……今の姿からは想像できないのは否定しませんよ」

「だから、あんな鋭い視線ができたんですね。納得です」

 

 

 厳しい戦場に身を預け続けてAランクまで上りつめたというのならばあの視線も納得だ。あの視線は一線を超えたものにしかできないものだったからだ。

 

 

「ランクアップ試験の説明は?」

「それも特に問題ないそうですよ。ただここのギルドだけで解決できるものじゃないから他のギルドとも連絡を取ると。概ね順調であるとも言っていましたね。このままCランクになるための試験になる可能性が一番高いと」

「でしょうね。それは私も思っていたことですから。それだけですか?」

「はい。それ以外は特に。あとはおいおい知らせると」

「分かりました。そのときはきちんとお知らせします」

「お願いします。それで、依頼なんですが……」

「はいはーい! これこれ、これに決定!」

 

 

 突然天子が横から入り込んで依頼書をバンとカウンターの上に叩きつけた。

 

 

「衣玖、次はこれにするわよ!」

「ちょっと総領娘様……もう」

 

 

 衣玖は天子の悪行に溜め息を吐きながらも依頼書に目を通していく。何の変哲もない、普通の依頼書だ。桁違いなモンスターとかそういう無茶な類のものでもなかった。

 無茶苦茶な依頼でも持ってくるのかと心配していた衣玖は安堵と共にその依頼に同意し、アンナも了解しましたと受領の判を押した。赤い朱印が押され、契約が履行される。

 

 

 

 

 

 

「というわけでもはやお馴染みの砂漠」

「まあ、砂漠の町ですからね」

 

 

 二人は砂漠へとやって来た。理由は当然依頼である。逆に依頼でここに来ることがあるのだろうかと、衣玖は思うのだった。

 

 

「依頼は、ドスゲネポスの討伐ね。ちゃちゃっと終わらせましょ」

 

 

 今回天子が選んだ依頼はドスゲネポスの討伐である。

 ドスゲネポスは、砂漠に生息する鳥竜種のモンスターである。分類学的にはジャギィと同じ仲間に属する生物であるが、その大きさは比べるべくもない。体長は三メートル近くもあり、体高は二メートルほど。鋭く尖った爪と牙、あと大きなトサカが特徴的なモンスターである。

 基本群れで活動しており、その取り巻きにはゲネポスがうろついているという。ボスであるドスゲネポスを頂点に、その下に多数のゲネポスを従えているという構図だ。生態的にも、やはり同じようなボスを持つジャギィに似通っているだとか。

 ただ厄介な点があり、それは麻痺攻撃を行うという点である。足の爪と牙に神経性の麻痺毒が流れており、致死性は無いもののしばらくの間身動きが取れなくなるという厄介極まりない代物を有しているのだ。当然、戦闘中にそんな攻撃を食らってしまえば身動きが取れなくなって結果死につながる。

 つまり、ドスゲネポスは決して油断していい相手ではないのである。

 

 

「……と、モンスター図鑑に記されておりました」

「モンスター図鑑? 何それ? 外人? 歌?」

「本当に総領娘様は外人やら歌だとお思いで?(#^ω^)ビキビキ」

「す、すいまえんでした; ;」

 

 

 衣玖の後ろに阿修羅が見えた途端天子は即座に土下座の構えに移行した。その変わり身の早さは程よく洗練されたもので、天子の普段の生活が垣間見える仕草だった。

 もはや、どちらが立場が上なのか分からない状況である。

 

 

「モンスター図鑑はギルドで借りられる本ですよ。モンスターの簡単な絵だとか生態だとか、結構事細かに書かれてあって便利なんですよ。少しは馬鹿みたいに真正面から突っ込むだけの猪は止めてください」

「私は不良天人だからよ、モンスターに対して予習もしないし宿題もしない」

「宿題はしてください……。それに、そんなに慢心してたら不意を突かれて一瞬で試合終了ですよ」

「それで不意を突かれて一瞬でやられたのってどこの誰だっけ?」

「………」

「おっととぐうの音も出ないくらいに凹ませてしまった感」

 

 

 確かに、ドスガレオスの一撃で試合終了になりかけたのは紛れもなく衣玖だ。だから、衣玖は何も言い返すことができない。悔しそうに歯軋りしてそっぽを向くのがせめてもの抵抗だった。

 しかし、天子も油断してはいけないというのはドスガレオスとの戦いで嫌というほど理解している。かという自分もドスガレオスに一歩してやられているのだから。

 

 

「ま……ちゃんと分かってるわよ。あの一件で嫌というほど叩きこまれたもの、慢心も油断もしないわよ。今後一切ね」

「……お願いしますよ」

「おうっ」

 

 

 天子は力こぶをつくり、ニッと笑う。衣玖はそれに対してなんだそりゃ、みたいに肩を竦めて溜め息をこぼす。けれど衣玖には、天子の覚悟はきちんと伝わっていた。

 

 二人は目撃情報があった岩場を目指す。そこは二人が以前ジャギィを討伐したり竜骨結晶を採掘した場所よりもまだ南に位置する場所だった。眼前には岩場を抜けて広い広い砂の海が広がっており、ドスガレオスと出会った砂漠とはまた違う風景が臨んで見えた。

 目撃のあった場所は、その砂漠の岩山の中腹にある場所だ。どうやらモンスターが暴れられる広めの空間が形成されているらしい。

 昼間の容赦ない日差しが天子と衣玖を襲う。クーラードリンクを飲んで暑さ対策をしているものの、それでもその涼しさの領域を突破して暑さは襲いかかってくる。地肌剥き出しの岩山は気温を調節してくれないどころか、丁度太陽が前面に出でいるから日陰にすらなっていない。「あつい~」とか言いながら、天子と衣玖は細い岩山を登っていく。

 やがて、岩山の坂道が平坦になって中腹にある広場っぽいところが見えてきた。

 

 

「おー、ようやく天辺かー…」

「……総領娘様、います」

「いる?」

「はい。集団で」

 

 

 衣玖の空気を読む力が発動する。空気の流れを読み取り、その空気が乱れているか否かで敵の有無を察知する。衣玖が持つ、高精度な索敵能力だ。

 ただ、地面にいる奴には効果が無いのは先の戦闘で痛いほど理解しているため、衣玖は己の能力だけに頼ろうとはしない。天子の野生めいた勘も時には利用するのだ。

 

 

「大丈夫っぽいね、行くわよ」

「はい。先制の攻撃はお任せを」

「頼んだわよ」

 

 

 遠距離から離れて安全に奇襲できる衣玖からの攻撃が、二人の常である。それは、理由を述べなくとも分かる自明の理である。

 慎重に広場へ近づいて行く二人。そして、黄土色の斑模様の体表が目立つモンスターの集団が目に入った。

 ゲネポスだ。その中に一際大きいドスゲネポスの姿もある。

 

 

(アイツね。間違いないわよね?)

(はい。他のゲネポスより大きな体、トサカ。間違いありません)

(それじゃ手はず通り―――)

 

 

 天子と衣玖は物陰に隠れてひそひそと小声で打ち合わせをする。

 モンスターは野生の生き物だ。野生の生き物は、得てして人間よりも五感が鋭いことがある。それを避けるために自然と小声になったのだ。

 

 そしていざ開始、というところで、天子は気づいた。

 

 

(―――アイツら、私たちに背を向けて何やってるの…?)

 

 

 ドスゲネポスたちは天子の言葉通り、彼女たちに背を向けてサークル状になっている。それは、なにかを取り囲うようにしているようにも見える。

 ギャアギャアと鳴きながらゲネポスたちはその何か――サークルの中心にいるものに向かって威嚇したり、はてには噛みついていたりしていた。ドスゲネポスもそれに参加していた。

 

 

(―――! あれは…!)

 

 

 ゲネポス同士の隙間から、その中心の何か(・・)が垣間見ることができた。

 

 その何かは、青い体表をしている、ドスゲネポスと同じような―――鳥竜種だった。

 


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