異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
その光景を見た瞬間、天子は何よりも困惑の一言が頭に浮かび上がった。
「……一体、何が起こってるの?」
岩山と一言で片づけるにはあまりにも巨大すぎる岩山の中腹にある場所で、二人はドスゲネポスとその群れの仲間と思わしきゲネポスの集団を発見することができた。
黄土色の体表にジャギィと同じような体つきの鳥竜種。一際大きい特徴的なトサカが生えたドスゲネポス。モンスター図鑑で調べていた衣玖が言うのだから間違いないないだろう。
しかし、その状況が分からなかった。
青い鳥竜種がゲネポスの集団に囲まれているのは見ての通りだ。しかし、何故このような状況になっているのか。
「おそらく……縄張り争いに負けたんだと思います。動物というのは、自分の
「確かにね……縄張り争いなんて、人間ならしょっちゅうだわ」
縄張り争いという単語を耳にすれば、それは野生動物にのみ当てはまることだと思われがちだが、その認識は大間違いだ。人間だって常日頃から縄張り争いに明け暮れている。
侵略戦争などはその最たるものだ。利益を求めて敵国の領土に侵入して殺戮と略奪を行い、そんな暴挙に打たれないように防衛ラインを構築して戦線を敷く。未だにきちんとした国境線が引かれていない韓国と北朝鮮の北緯38度線など、その縄張り意識の表れだ。
天子はじっとその様子を窺い、あの青い鳥竜種の正体が何なのか気になった。
「衣玖、あの青いモンスターは何? 図鑑見たなら、知ってるでしょ?」
「―――ドスランポスでしょう」
「ドスランポス? ジャギィとかゲネポスの例から考えて、ランポスって感じのモンスターのトップ?」
「そうです。仰る通りランポスという下位個体がいて、そのリーダーがドスランポス問い名前です。骨格もほとんどドスゲネポスと同じの鳥竜種で、見た目で違うのは色ぐらいでしょう。ただ、ゲネポスのように麻痺毒は持ってないようですが……」
そこで衣玖は訝しげに岩陰の向こうを見た。
「……群れで行動するはずのドスランポスが一匹も仲間を引き連れていない。群れを失ったと考えるのが妥当ですね」
「失ったって……あ」
ゲネポスのリーダーのドスゲネポスが横倒れになっているドスランポスの身体に噛みついた。ドスランポスも必死に抵抗を続けているが、如何せん態勢が悪い。もしかしたらどこか怪我をしているのかもしれない。
ドスランポスが襲われている姿を見て、歯噛みする天子。自然の摂理というのは分かっているけど、何故か解せない。
「っ……」
「このゲネポスたちに群れを壊滅させられたか、あるいは群れから追放されたか。……まあ仮にも群れの長が追放されるというのは考えにくいですから、普通に考えたら前者でしょう」
「壊滅……」
「どういう経緯で縄張り争いが勃発したのかは予想のしようがありませんがね。ドスランポスはここらには生息しないモンスターらしいですし」
確かに、ここらへんに生息しないというのは大いに理解できた。何故ならばドスランポスの体色が、砂漠や岩山とまったくかみ合っていないからだ。異端とさえ呼んでもいいほどだ。
それに比べばゲネポスたちは黄土色の体色で実に砂漠らしい色合いだ。環境に適した進化だと考えれば十分考えられる可能性だ。
そう衣玖が思考を深めている間にも、ドスランポスは蹂躙されていっている。多勢に無勢、さらに怪我まで負っているとなればもはや行き先は簡単に予想がついた。
「……なんか、嫌な感じ」
「可哀想ですがあのドスランポスが息絶えて奴らが油断したところを突きましょう。死んだと確認してから私が雷撃を放ちますんで」
「………うん」
衣玖は淡々と作戦を立てていく。その作戦はもっともで、さらに最も効率的に敵に奇襲をかけられる最良の策と言える。相手はドスランポスを倒し、獲物の肉に齧りついて気が抜けるだろうからだ。当然気づかれないよう注意は払うが、相手に先手を取れるというこれ以上に好条件は滅多にないだろう。
戦略上の有利さは理解している。そしてそれが最高のチャンスであることも、当然言わずもがなだ。
しかし、天子は素直にそれを快諾できなかった。その合理的な作戦を聞いても、胸の中で膨張を続けているもやもや感が一向に晴れてくれないのだ。今の天子の心の中は分厚い雲で覆われた曇天状態だ。
(……何、この感情。衣玖が提案した作戦は合理的で非の打ちどころのない完璧な物。私もそれが一番いい作戦だと思う。それ、なのに……)
その作戦は嫌だ。従いたくない、と感じる自分がいる。
衣玖の考えに反発したいわけじゃない。嫌いな奴だからそんな奴の考えには賛同できないという子供の意地っ張りでもない。別に衣玖のことは嫌いでも何でもない。好きかと言われるとちょっと謎だけど…。
(それに、あのドスランポスを見てると、妙に胸がざわつく……。何で、今日初めて見るモンスターなのに。…初めて見るモンスターだから興奮してる? そんなわけないわ。他のモンスターはこんな風に思わなかったもの)
ならなんで、と天子は一人悶々とする。ドスランポスがゲネポスたちに攻撃されるたびに体がピクッと反応する。まるで、他人事ではないように。
「……!」
ドスランポスは、ドスゲネポスの体当たりをくらい、大きく吹っ飛ばされた。それを好機に、取り巻きのゲネポスたちも次々と噛みつきを行ってドスランポスの命を刈り取らんとしていた。
衣玖はそろそろか、と少し身構える。既にドスランポスの命は風前の灯火だった。あと少しのダメ押しで奴は完全に息絶えるだろう、衣玖はそう想像してもう残りない開始時間まで緊張を高めることにした。攻撃開始、奇襲の成功の鍵、そしていかに安全かつ効率的に戦えるかは自分が握っているのだから。戦端を開く自分が頑張らなければならない、と衣玖はそう考えていた。
しかし、その意気込みが、周りへの注意を怠った原因となった。
「―――っ!!」
「え、ちょ、総領娘様―――!?」
気づいたら天子は駆け出していた。
岩陰から勢いよく飛び出し、岩と削れた砂でできた地面を駆ける。忍び足でも何でもない、ただのダッシュであるから当然足音も響く。野生の敏感な五感は天子の激しい足音を逃すことは有り得ず、ゲネポスたちが一斉に天子の方へと振り向く。
土色の蜥蜴特有の細まった眼光が一斉に集中する光景は、かなり異様な光景で天子は少しビクついたが、そんな僅かな恐怖さえも打ち消してしまうほどの裂帛で緋想剣を抜き構える。
「うおおおお!!」
自分の勢いを乗せた雄叫びを上げながら、天子は突っ込む。その突貫にはこれっぽっちも知性めいたものは感じられず、ただただ無謀に繰り出しただけだ。敵のリーダーたるドスゲネポスは威嚇と喚起の遠吠えを上げて群れに迎撃の態勢を促した。
そんな焦る気持ちに駆られた天子は、これまでの心情の全てを理解した。
胸騒ぎの、正体を。
(こいつは……)
天子が駆ける、その先を見る。
ゲネポスは目に入らない。その先の、青い、ドスランポスへと視線が流れる。
(私と、同じなんだ。かつての、私と)
心がざわついていたのは、かつての自分に姿を重ねていたため。他人事に思えなかったのは、かつての自分と同じような境遇だったためだ。
天界を統べる王、総領。その娘たる天子。天界でも彼女は特別な存在で、人間風に例えるならば皇族のようなものだろうか。
天子は、広大な天界を手中に収める総領の一人娘として育てられた。いや……育てられたのではなく、放置という言葉が相応しい。父である総領は公務で忙しく、娘である天子に構う時間は皆無といっても良かったほどだ。だから、身の回りの世話は全て宮仕えの天女が行っていた。
世話係とは言っても所詮は他人。しかも相手は王の娘。だからたとえ天子が我儘を言ってもそれは全て罷り通ってしまう。
注意することなんてできない。怒るなんてもっての外。
それのせいで自分の首が飛んでしまうと考えると、この幼い天子の機嫌を損ねることは死に等しかった。
物を壊そうとも、誰かにいじわるしても、暴言を吐いても、嫌いな食事を残しても、勝手な行動をとっても―――誰も天子を怒りもしないし、言及さえしない。何も起きていないかのように振る舞う。
そんな対応、教育が天子の性格を捻くれたものへと成長させていった。傲慢で、ふてぶてしく、礼儀を知らない、恥知らずな者へと。
当然、周りからは疎まれた。何をしても許されると考えている天子の傲慢な態度に、同じ天人の反感を買ったのだ。
しかし、相手は総領の娘。腹が立つ相手だからといって下手な態度をとれば処罰の対象になりかねない。
故に、彼らのとった行動は、表面上は取り繕っても裏では陰口を叩いて天子に関わらないようにすることだった。余計な波風を立てないという点で、それは至極当然の結果ともいえた。
裏での悪い噂。そう広くない天界で、天子がそのことを耳にしていないはずがなかった。たとえ隠しているつもりでも、噂とは人に耳と口が付いている限りは規制していても広がっていくものなのだ。
人間よりも遥かに長命で、かつそれ程広くもない天界では良くも悪くも噂は残りやすい。下界の忙しさなどとは無縁の天人は天子を長い間陰で罵った。
そして天子は、宴会や作詩、歌など娯楽だけに興じる天界の様子に飽き飽きし始めた。天人らしからぬ振る舞いをするようになった天子を他の天人たちは「不良天人」と罵るようになった。大勢から、罵られることになったのだ。
そして今のドスランポスの状態。それは、丁度昔の天子の状態と同じ、大勢から攻撃される自分の鏡写しなのだ。
「らあっ!」
神速の太刀筋が煌めき、振るわれた緋想剣の刃が取り巻きのゲネポスに吸い込まれていく。向きが悪く普段なら狙っている喉元に届かず、剣先はゲネポスの前足を斬り裂いた。
鋭い刃で斬り裂かれた前足から血が噴き出し、ゲネポスは痛みでのけ反った。しかし、沈めるには足りずゲネポスは未だ健在である。
続いて振るわれた二撃目で態勢を崩し、隙ができた喉元を返す刃で引き裂いた。ゲネポスもジャギィ同様喉元は弱いらしく薄い鱗が弾けて大量の血が噴き出してくる。この一撃でゲネポスは沈んでいった。
しかし、敵はそれだけじゃない。
「くっ……!」
周りにはゲネポスの群れ、さらにリーダーのドスゲネポスまでいる。単身乗り込んできた天子はこいつらに周りを囲まれてしまった。
確かに天子は強い。しかしそれは一対一のタイマンでの話で、こういう風に囲まれてしまうとどうなるか分からない。弱い敵でも集団で襲うと途端に強くなるのだ。
一人では、こうなる。たとえ力があって強くても一人では限界がある。
しかし今天子は一人ではなかった。
「総領娘様っ!」
天子の上から声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、天子は後ろへと飛び下がった。
その瞬間、ズバン! と上空から青い電流が走った。球状の電流が地面に触れるとその電流は瞬く間に四方に四散し、ゲネポスたちに直撃した。
ギャアッ―――!?
弾けた電流を受け、ゲネポスたちはその場に崩れ落ちる。総勢で四匹いたゲネポスは上空からの電撃で一撃で沈んでしまったのだ。その攻撃は良く見慣れたものだった。
「衣玖、サンキュー!」
「サンキュー、じゃないです!!」
「うっ……」
衣玖は周りにゲネポスがいないことを確認すると、天子の下へと降り立つと同時に天子に叱責を飛ばす。どうやらかなりご立腹のようだ。
勿論、ドスゲネポスに対する警戒は緩めていない。
「作戦は伝えたはずでしょう!? 総領娘様も納得してくれたのに、突然飛び出して……どういうつもりですか!」
「……ごめん、衣玖」
「ごめんで済んだら警察は要らないんですよ……まったく!」
「これが終わったらいくらでも怒られるから……今は、」
「……ええ、分かっています」
衣玖も、まさかこんな状況で説教をするほど頭が沸騰しているわけではない。積もった鬱憤を晴らしているだけだ。今は、目先の脅威を取り除くことが先決である。
二人が相談している間に、ドスゲネポスはギャアギャアと威嚇するように仲間を呼び寄せる鳴き声を発する。すると岩の隙間や岩の上から数体のゲネポスが新たに現れてきた。ドスゲネポスに攻撃は食らわせていないから、これでふりだしに戻るわけだ。
仕切り直し。手痛い奇襲はかけられなかったが、仕方がない。元々はこういう感じで相対すると考えていたから、どちらにせよプラマイゼロだ。
「私は周りの雑魚を相手します。総領娘様は総大将を狙ってください。私の援護は期待しないでくださいね」
「了解、出る―――ッ!」
天子は駆け出した。緋想剣を握り、目の前のドスゲネポスへと肉薄する。
かつての自分を助けるために。相手はモンスターだとか理性なき存在だとかそういう御託はどうでもいい。ただ、彼女は見過ごせなかったのだ。
意味なんて考えない。そもそも意味なんてないのかもしれない。無駄な行為なのかもしれない。
けれど、天子の頭は、あの自分の似姿を助けろと通達している。体もそれに追随するように、動いている。
この戦いは、もはや依頼ではなく、自分自身が勝手に定めた護衛の任務であった。
「これは、
砂漠に何故ドスランポス?なんて考えは吹き飛ばしてください;