異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
「まずは二つ納品完了っと!」
苦労に苦労を重ねて運んできた大きな草食竜の卵を天子と衣玖は所定の納品箱に入れた。全体的に赤く塗られた箱の中には綿のような緩衝材が詰め込まれており巣と同じように再現されている。それも一つ一つがぶつかって割れないように型が埋まっているという徹底ぶりだ。
天子と衣玖は慎重に卵を入れてきちんと入れられたことを確認すると「はあーーー……」と大きく息を吐いて弛緩した。
「マジで疲れた……あともう一回行かなきゃなんないって考えるとしんど過ぎる……」
「その意見には激しく同意ですが。行かないわけにはいかないでしょう?」
二人がいる場所は岩山の中腹にあるとある場所だ。ここはどうやらモンスターが近寄って来ないらしく納品箱が置かれたり冒険者たちの休憩所としても利用されている。野営の跡らしい炭になった木片も落ちている。
天子と衣玖は誰が作ったのか分からない木製の椅子に腰かけて休憩を挟んだ。
「そりゃーそうだけどさ。…なんとしても試験は突破したいし」
「へえ?」
「なんかさー……負けたくないのよね」
椅子に座った天子は空を見上げた。相も変わらず雲一つない晴天が上空に広がりを見せていて、それは穢れの見えない心のようだった。
「向こうじゃ感じなかった、この、負けたくないって気持ちがあるのよ。多分こっちに来て自分よりも強大な存在を知ったからだと思うんだけど」
「………」
額に浮き出る汗をタオルで拭き取りながら、天子は感慨に耽った。
この異世界に来てから早一月が経とうとしている。人間の寿命を遥かに超えて生きる彼女にとって、一月など些末なものでしかないはずだった。
けれど、この世界で生きた日々は、良くも悪くも濃密だった。気の向くまま何も余計なことは考えずにただ惰性で享楽に耽る天界の生活。自ら積極的に行動しなければ生きていけないこの世界は、天界生活と比べて遥かにハードなものだったけれど、それでも“生きている”という実感を与えてくれた。
多くの人間とも触れ合った。性格がひん曲がっている悪質な輩もいたが、良い奴らにもたくさん出会えた。
そんな経験をしたからだろうか。“負けたくない”なんて、生き生きとした感情が芽生えたのは。
「……変わりましたね、総領娘様は」
「そう、かしら。私、変わったのかな?」
「変わりましたよ、気持ち悪いくらいに」
「アンタのその口は相変わらずよね」
「性分ですから」
衣玖も、天子ほどではないが変わったところはある、と長い間一緒にいた天子は気づいていた。本人さえ気づかないような小さな変化だが、それでも変わっていた。
そんな中で衣玖の天子に対する毒舌は変わらない。変わることは、新たな可能性を見出すということと同時にかつての自分を無くすかもしれないということにもなるのだ。そのような中で、変わらない存在というのは、やはり安心を与えてくれる。
天子はいつまでも変わらない相棒を見て笑い、皮袋の水で喉を潤した。
「……さて! あと一回、張り切っていきますか! 行くわよ、衣玖!」
「…まったく、少しは落ち着いてくださいよ」
勢いよく椅子を立った天子は皮袋を仕舞って元気溌剌とばかりに休憩所を走って離れる。衣玖はそんな天子を見て呆れ顔をしながらも、決して嫌な顔はしないで天子について行った。
ランクアップ試験、後半戦が始まる。
◇
二人は再び草食竜の巣へとやって来た。ここまでの道のりで障害らしい障害に一度も出会わず非常に楽な道だった。
無論、卵を運んでいる途中で今までの気楽さを全てしょい込む羽目になるのだが。
「よいしょっと」
残り人数分しかない卵を慎重に抱える。落としたが最後、今度は巣探しに奔走しなければなくなる。無駄な労力を避けるためにも、そして二人の精神を保つためにも、これ以上失敗を重ねるわけにはいかない。
「最後の卵運び、気を抜かずにいきましょう」
「りょーかい」
空になった巣を後にし、岩盤の切れ目から砂漠へと足を踏み入れる。からっとした暑さが地平線の向こうで蜃気楼となり、近くに見える砂丘が陽炎でぼやけて見える。この暑さだけは、一月経った今でも慣れそうにはなかった。
砂漠にはモンスターの影は確認できない。砂中を泳ぐドスガレオスの下位個体であるガレオスや大きな背びれが特徴的なデルクスも、この日に限って姿を見せていない。デルクスは特に好戦的というわけではないが、ガレオスは襲ってくる可能性が高いため二人にとってはありがたい僥倖だった。
ザクザクと砂の大地を進んで行く。クーラードリンクを飲んだ体でさえ、汗が額から流れ落ちる。からからした暑さはじわじわと体の奥底に疲労を溜めこんでいくのだ。
太陽で熱された砂が体を蝕む砂漠を抜け、二人は丘陵地帯へと足を踏み入れた。僅かながら低木が生えるこの場所は、植物にとっても叢生しやすい場所であると同時にモンスターたちにとっても過ごしやすい場所となっている。故に、ジャギィをはじめとする鳥竜種やオルタロスなどの昆虫種、アプトノスなどの草食竜など多種多様な生物の棲家となっているのだ。
細い岩壁に両サイドを挟まれた細い道を越えた二人は広い場所へと出る。南へ行くと湿地帯、北に向かうと岩山、東の洞窟を進むと地下へ、西へ進むと目的の納品箱が置いてある場所に進める、ある種のセンター的な役割を持った場所だ。
二人がつい先程追われていたジャギィに接敵したのが丁度この場所だ。わらわらと岩の隙間から現れるそいつらを見た瞬間に天子と衣玖は走り出し、最終的には博打に近い大ジャンプを行った。
改めて思えばなんと無茶苦茶なことか、そう思い出し笑いをした天子は相当切羽詰まってたのねと少し前の自分を評価した。
そんな風に余裕を持っていられるのも今の内。さっきも出会ったのなら、ここで他のジャギィに再び出会う可能性は非常に高い。また逃避行か、と天子は気持ちを引き締める。
「………?」
「衣玖、どうしたのよ」
「いえ…ジャギィの姿が見えないな、と。現れる気配もしませんし……」
「そうなの?」
「はい。出てくるときは分かりますから」
衣玖の能力は敵の接近を空気の乱れで判断することができる。敵に不意を突かれないようにする非常に便利な能力であった。とはいえ万能ではなく、空気に触れていない状態だと全く感知できないという欠点もあり、そのせいでドスガレオスに辛酸を嘗めさせられた記憶は新しい。
しかしながらジャギィには通用するはずである。そのジャギィが感じ取れないとなると―――
「……いないってことですかね?」
「それって超ラッキーじゃない。今のうちにカカッと運んでしまいましょ」
「ついさっきまでいたのに、なんででしょうね…」
「最初フルボッコにしたからじゃない? 私の強さを肌で感じてしまってるやつは本能的に長寿タイプ。野生動物って勘が鋭いっていうしね」
「んーー……」
衣玖はまだ釈然としないようだが、結果的にはモンスターがいないから運搬には最適な条件となっている。こんな最高の条件を逃すわけにはいかない。どんな理由であれ、モンスターたちの行動まで考えるなんて不可能なんだから、行けるときに行っとくべきなのだ。
「ほら、衣玖早く! 理由なんてどうでもいいでしょ! 今は早く卵を納品するべきそうすべき!」
天子は先行し、衣玖を促す。衣玖もその通りだと思ったようで天子について行く。
「そうですね。さっさと―――」
そこで衣玖の言葉は途切れる。
「―――え?」
衣玖の口から間抜けな声が出た。衣玖の能力がモンスターの接近を知らせたのだ。
それも、空から。
衣玖が呆然と立ち尽くした瞬間に、西の碧空から黒い影が接近する。それは二人がいるエリアの丁度中心で止まり、大きな翼を使って停止して地上へと降下を開始した。
空では逆光で詳細に見えなかった体つきが地上に降りたことで見えるようになった。ズシンと地面が僅かに揺れるほどの巨躯の脚部が地面へとがっしりと掴まれる。そいつの色は基本的に緑色。喉から腹にかけて橙色の皮膚に覆われ、ペリカンを連想させる特徴的なくちばしが光を反射せて明るく輝いていた。
「………( ゚д゚)」
「………( ゚д゚)」
二人は突然の闖入者に声も出せずにその場を動くこともできずに立ち尽くした。知らないモンスターではない。むしろ知っているからこそ、唐突な登場に言葉を発せずにいるのだ。
「く、く、く―――」
そのモンスターは辺りを見回し、やがて二人の姿を体に比べて小さな目で確認すると、威嚇とばかりに翼をバサッと広げた。
クエエェェェェェーーーッ!!
「「クルペッコだーーーーーーーーーーっっ!!!!!???」」
クルペッコが駆けだすよりも早く、二人は脱兎のごとく逃げ出した。今のこの状況で出会うとは非常に運が悪いとしか言いようがなかった。
ジャギィたちと同じ鳥竜種に属されるクルペッコは、ジャギィたちとは体のつくりが根本から異なる大きな翼を持っており、空を飛ぶことができる。天子と衣玖がその名を知っていたのは以前このモンスターと戦ったことがあるからだ。依頼のランクはドスガレオスよりも下ということもあって普通に倒すことができたのだが、今の状況ではどうにもならない。
クルペッコは逃げようとしている二人を邪魔だと思ったのか、走り去ろうとしている背中を追いかけて来始めた。
「なんで追いかけてくるのぉ!!! やだーーー!!!」
どすどすと地面を揺らしながら近づいてくる巨体を背に二人は命の危機を感じ取っていた。ジャギィを相手にするのとは全く違う大型モンスターが後ろからやって来る恐怖は、卵を運んでいて反撃もままならないこの状況でさらに増していた。ジャギィとは歩幅が違うため、二人はクルペッコにあっという間に接近されてしまう。
クワックワックワックワッ―――
「ひいいいいぃいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」
クルペッコも卵を狙っているのか。それは定かではないが、どちらにせよ二人をターゲットにしていることは間違いない。クルペッコの連続ついばみ攻撃を天子はほぼ野生の勘だけで左に避けて事無きを得た。空気を裂く噛みつきの風圧が真横を通って天子はもう泣き叫びたい衝動に駆られて、ただし大声で泣き喚くわけにもいかず、目尻から涙が自然と零れ落ちる程度に終わった。
ついばみ攻撃はまぐれで躱せても、次はそう上手くいくとは限らない。走る進路を僅かに変えた二人を追うようにクルペッコも僅かに進路を曲げて、天子に狙いを定める。グオッグオッ、と特徴的な声を出しながら両翼の先端の突起物を擦りあわせる。火花が舞い踊り、その光景を首を曲げて見た天子は顔をサッと青ざめる。
「げっ……!」
ガチンガチンと打ち合わせ、クルペッコは天子目がけて大ステップを繰り出し、石のように硬質感を感じる突起物を思い切り打ち鳴らした。
ボン!!
「ひいっ!?」
ガチン、と一際大きな音が鳴って天子の真後ろに大きな炎が燃え上がった。
クルペッコは両翼の突起物をまるで火打石のように器用に擦り合わせて火を起こすことができる。原始的とはいえかつて人類が編み出した火起こしの方法、それをモンスターが成し遂げてしまうのだ。
さらに攻撃は終わらない。外れたと理解したクルペッコは逃げ出した天子にもう一度発火攻撃を行う。
ボン!!
「うわあっ!!?」
ボン!!
「いやあっっ!!??」
ボン!!
「っていうか何で私ばっかりいぃーーー!!??」
後方で燃え上がる炎を紙一重で躱しながら、天子は必死に逃げ回っていた。躱す、なんて高尚なものじゃなくもっと泥臭いものであるが。
衣玖といえば、天子が標的にされているのを好機に単独で道を突っ走っていた。あの場所へと通じているこの道は進むにつれて道幅が狭くなっている。高く反り立っている岩盤の道を衣玖は懸命に走り、その道幅が急に狭くなっている場所まで走った。
「総領娘様、早く!」
衣玖が立ち止まって手招きするその場所は極端に道が細く、クルペッコの巨体では通ることはできない。そこまで逃げ込めばなんとか難を逃れることができる。
天子は衣玖の呼び声に応じ、一縷の望みにかけて全力で走り出した。
「ここまで来て、壊されてたまるかああああああああ!!!」
クエエェェェェェー!!
もう納品箱まではそう遠くない距離にある。ここでクルペッコに壊されてしまえば、ここまで運んだ労力が水泡に帰してしまう。天子は、何が何でもこれを守り通すつもりだった。
後ろからドシンドシンと巨体が地面を揺らし、もの凄い圧迫感が天子を襲う。彼我の距離はもう五メートルと開いていない。
「間に、合えええええぇぇぇええええええーーー!」
ドゴオオオオオオオオオン!!!!!
もの凄い轟音が響き、それと同時に岩の欠片や破片が辺りに撒き散らされた。
納品箱の前でぐったりと仰向けで倒れている、灰となった少女が二人いた。ピクリとも動かない。しかし呼吸をしているあたり屍ではなかった。
そして、納品箱の中には。
卵が四つ。綺麗に並べられていた。
クルペッコが天子を追う理由
↓ ↓ ↓
ク「天子ちゃん絶壁…( ´Д`)ハアハア」