異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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31話 波乱の序章

 広大な砂漠を長い行列で縦断する集団がいた。縦に長く伸びたその集団の長さは百メートル近くあり、空から俯瞰して見てみればまるで蟻の行列の如く映ることだろう。

 何頭ものアプトノスとそれに繋がれた荷車。荷車とはいっても、砂の大地では車輪だと沈んでしまうため台車部分は木橇(キゾリ)の形状をしている。これは砂の海を帆を受けて進んで行く砂上船とも通ずる部分である。もっとも、比較的岩場が多いこの砂漠では砂上船を走らせることはできないが。

 その集団はランデルの町を出立した商隊である。ランデルの町よりさらに北の町からやって来てこのグラーリ帝国の帝都ミスニーンへと向かうのだ。ランデルの町は、砂漠へと足を踏み入れるための補給地点として立ち寄ったのだ。

 その商隊は、とある商会の商人たちで結成されたものなのだが、その中にロビンの姿はあった。商隊の列の後方から数えた方が早い場所で列に加わっていて、いつものように荷車の御者台に座って手綱を握っていた。

 

 

「それにしても、今回の商隊は規模が大きいですね」

「時期もいつもより早いしな。向こうさんがせっせと頑張ったか、あるいは余程良い品物を手に入れたか……ま、後者だろうな」

 

 

 二人分座れる御者台には手綱を操るロビンと、もう一人身に着けた鎧の上にマントを羽織っている男がいた。

 彼はお雇いの冒険者である。今回の商隊の移動に関して帝都までの護衛を務めてもらう依頼なのだ。

 帝都までの道のりは長く厳しいものである。大きな商隊であればあるほど、ジャギィのような小型モンスターは近寄って来なくなるのだが、そんなことお構いなしに襲ってくる大型のモンスターたちもいる。そういうのから商隊を護衛するのが彼らの任務だ。

 ロビンの隣に座っている彼を合わせて今回のお雇い冒険者は八名いる。四人パーティが二組いる計算だ。しかし、そのパーティは依頼の都合上一時的に組まれたものでお互い他人同士である。前からパーティを組んでいた人はいない。

 

 

「ここから北というと職人の町ですか」

「そうだな。そこと、あとドワーフの自治領で何かしら仕入れてきたのかもしれん」

「ドワーフ……あいつらから武具を仕入れたと? そんなの無理に決まってますよ」

「…だな」

 

 

 ランデルの町の北にはいくつか町がある。その中の一つに職人が多く住む町、そしてそれよりさらに北の火山の麓にドワーフが住む自治領がある。

 ドワーフとは鍛冶職業を得意とする人間とは違う種族のことである。比較的小柄で筋肉質の体つき、人間よりも遥かに強い力を持つ。そんな彼らの作り出す武器・防具はそのどれもが一級品で人間には到底真似できないような精巧な技術で作られている。同じ鉄で打った代物でもドワーフの武器は一味も二味も違う。

 しかし、ただの鉄や他のしばしば取れる鉱石ならば彼らは打ってくれるのだが、量産し難い稀少な鉱石となると途端に作ってくれなくなる。彼らは信頼でき、実力の備わった者を見極めて彼らだけにその良腕を振るう。

 当然、利益目的の商人に売ってくれるはずもない。それどころか門前払いを食らうだけだろう。

 

 

「いいところ、職人の町で適当な武具を仕入れたくらいだろうな。最近帝都は治安が良くないから、多少質が良くなくともそれなりの値段で売れる」

「噂じゃそうらしいですね。向こうで何かあったんですかね?」

「ああ、そりゃ―――」

「おい、早く進めよ! 何ちんたらしてんだ!」

 

 

 そんな感じで雑談を交えていると、前方で怒声のような声が聞こえる。

 

 

「んなこと言ったってさっきからアプトノス(コイツ)が言うこと聞かねえんだよ! おい、この、暴れるなって!」

「自分の奴ぐらいきちんと手綱握っとけっての―――って、うわ!?」

 

 

 ロビンより先に行く荷車が突然止まったかと思うと、今度はアプトノスが御者の手綱を無視して暴れ出した。それは一か所だけでなく、次々と波及していき次第には全てのアプトノスがそれぞれの御者の言うことを無視して勝手気ままに行動しだす。それはロビンのそれも例外でない。

 

 

「くそ、一体何が起きてやがる……!?」

 

 

 ロビンの隣に座っていた冒険者が御者台から飛び降り、アプトノスを制しにかかるが如何せん体格差が大きすぎる。暴れる巨体ににっちもさっちもいかずお雇い冒険者は二の足を踏んでいる状態だった。

 全ての荷車で同じような状態になっていた。当然隊列はばらけてもはや進行どころではない。今は突然暴れ出したアプトノスを沈めるのにどこも躍起になっていた。

 

 

「まさか……」

 

 

 ロビンは、ガタガタ揺れる御者台にしがみついて手綱を精一杯操ろうとしていたところで、あることを思い出していた。

 アプトノスは非常に憶病な性格である。こちらを見かけても攻撃されない限り人間を襲わないし、むしろ自分たちが危険を察知して逃げるほどである。

 

 つまり、今この状況は、何かしらの危険をアプトノスたちが察知して逃げ出そうとしている行動で―――

 

 そこまで考えが至ったが、既に手遅れだった。

 突如地面が揺れ出したのだ。最初地震かと思ったが、地震の揺れ方とは微妙に違う。地面の奥底から巨大な何かが地表へと近づいていているような、そんな感覚だ。

 地揺れが絶頂に達し、大地が鳴動して世界の終わりを震撼させたその瞬間、

 

 

 ウボアアァァァァァアアアァアァァアアアア――――――!!!!!

 

 

 大地が、爆発した。

 

 まるで間欠泉のように地面から突如何かが湧き上がり砂が一気に何メートルを巻き上げられる。その隆起と呼ぶにはあまりに大規模な盛り上がりの発生地点には数台のアプトノスと荷車があり、その莫大な何かに押し上げられて高く宙を舞った。

 アプトノスだけでも重さは一トンを越える。それに数台の荷車を合わせると途轍もない重量になる。そんな重さのものがまるでサッカーボールのように高々と打ち上げられて、重力の法則に従って落下した。

 落下の衝撃で荷車が砕ける音と共に大量の砂塵を撒き散らして視界を覆った。衝撃によって巻き起こった風圧がロビンの身体を打ちつける。

 

 

「くっ……!?」

 

 

 暴れまわるアプトノスを抑えるだけでも苦労しているというのに、そんなものまでやって来てしまってはどうしようもない。ロビンは御者台からバランスを崩して落下した。幸い、冒険者時代の運動神経はかろうじて残っているようで大した怪我はない。それでも落下の衝撃は避けられず、背中を強く打ってしまった。

 痛む背中に眉をしかめながらロビンは、何が起きたのか確認しようと次第に晴れていく砂塵の向こうに潜んでいた何かを網膜に焼き付けた。

 

 

「嘘、だろ……」

 

 

 向こうに見えた衝撃のものにロビンは声を失った。

 砂塵の奥に佇んでいたのは砂色の巨体。まるで岩と見紛うほど分厚く重厚な甲殻は見る者をただ絶望へと叩き落とす。ハンマーのように伸びる尻尾は、どれだけの生き物をその下に叩き潰してきただろうか。

 焼けるように暑い砂を一瞬忘れてしまうほどの、どうしようもない絶望感に沈んだロビンの目の前で、とうとう巻き上がっていた砂塵が風で吹き飛ばされた。

 

 そこに見えた頭部には、ねじ巻いた二本の巨角が尖塔のごとく突き立っていた……。

 

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