異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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33話 決意は冷熱の如く

「ディアブロス、だと……」

 

 

 誰かがそう呟いた気がする。誰だかは分からないが、その声色は決して軽いものではないことは確かだった。

 一同ディアブロスという一声を聞いてシン、と黙りこくってしまった。一番聞きたくなかった単語、それをまさかこの状況で聞いてしまいかける言葉が無くなってしまったのだ。

 

 

「ディアブロス……何で、こんなときに……」

「…ベティさん?」

「どうして、どうして……!」

 

 

 ベティは肩をガタガタ震わせ正気を失ってしまった人のように「どうして、どうして、どうして―――」とうわ言を呟いていた。不用意に触れればそのまま崩れてしまいそうで、衣玖はかける言葉が見つからなかった。

 

 外れてしまった歯車。三つで正常に回っていた歯車は、一つ欠けて動かなくなる。

 時を刻んでいた時計は、一つ歯車が欠けただけで動作しなくなる。外れた瞬間から、時間が進まなくなる。

 時が止まってしまった時計。何回何十回、ねじを巻こうとも。ねじは空回りを続けるだけ。

 

 己の強さの在り方を疑問に思った天子。自分の力は一体何のために存在しているのか、何のために力が備わったのか。

 分からない。ただただ惰性の生活を送り、天人たるこの身体は何の努力をせずとも最初から人間を超える力を有していた。享楽に耽り、退屈な生活を無為に過ごす。衣玖に出会ってある程度その生活習慣は改善されても所詮は極楽の地上の上。比那名居の血族が持つ力を発揮する場所は天子には無かった。

 けど、天子は薄々感じていた。この状況だからこそ言える。

 

 私のこの力は使われるべきときがある。

 

 漠然とした予感でしかないが、燻っていた天子を焚きつけるには十分な燃料だった。拳を作り、胸の中で泣くアリアを優しく一撫でした後天子は言った。

 

 

「……誰も、何も言わないんだったら、私が行くわ」

「天子さん……?」

「何もしないで後悔するくらいなら、やったあとに後悔した方がマシよ。ただこのままここでぼうっとしているのだけは、私は嫌よ」

 

 

 元々じっとしていることが天子には苦手だった。歌を詠むことも、管弦を奏でることもついぞ天子の肌には合わなかった。故に、不良天人なんて揶揄されることもあった。

 天子はアリアを椅子に座らせて涙を拭き取った。そして、決意を込めて言う。

 

 

「ロビンは私たちが助けに行くわ。でしょ、衣玖?」

「…総領娘様」

 

 

 そう言ったときの天子の顔は相応の娘の顔つきではなく、決意を固めた女のそれであった。いつの間にそんな顔ができるようになったのだろうか。衣玖は、天子のそれを見て驚きを隠せなかった。

 陰口を叩かれて荒んでた頃の彼女からは想像できない姿だった。天人として止まっていた時間が、彼女の心の中で刻々と進んでいた。

 

 

「ディアブロスだか何だか知らないけど、やるわ。アンナ、依頼の受注を―――」

「待つんじゃ」

「ギ、ギルドマスター!? 何故こちらに!?」

「ギルドが騒然としとるんじゃ。ギルドマスターの地位にある儂が出ないでどうするのかと思うてな」

 

 

 階段をゆっくりと降りながら白髪のギルドマスター、アルノー・ブラウンが言った。ギルドマスターは滅多にこの場には現れないから、アンナも驚いている。

 しかし、天子はアルノーが静止をかけたことに疑念を抱いた。

 

 

「……待てって、どういうことよ?」

「そのままの意味じゃ。依頼の受注は控えてほしいんじゃ。もっとも、そもそも依頼など出しておらんがな」

「何ですって? じゃあこのまま黙って見てろって言うの!?」

「逆に訊くがな天子殿よ。お主はディアブロスについて一体どれくらい知っておる?」

「えっ」

「具体的にどのくらいの強さなのか、何を食べるのか、行動範囲の広さは、何が有効なのか、どういう戦法が最も効果的なのか。それらを全て考慮したうえで挑まなくてはならない。事前の下準備は冒険者では重要なことはお主たちも重々理解してるはずじゃ」

「………」

「その情熱は大いに結構じゃが、情熱だけでこの先をやり過ごせるとは思わんことじゃ」

 

 

 アルノーの言葉は正論だった。事前の準備もしないでただ猪突猛進するのは愚か者のすることだ。そのことは天子も理解している。

 けれど理解するのと納得するのとでは話が全く違う。目の前で泣いて苦しんでいる友人がいるというのにそんな一歩引くような考え方ができるはずもない。

 そしてアルノーは、今の天子にとって逆上させるような爆弾発言をした。

 

 

「儂はお主たちをディアブロスとやらせる気は毛頭ない」

「……アンタ、ふざけたことぬかすんじゃないわよ!!」

「総領娘様!」

「衣玖は黙ってて! アンタ急にしゃしゃり出てきたと思えばふざけたことばかり言って、挙句には戦わせる気がない? アンタの目は節穴か! 今こうやって目の前で泣いてる人がいるでしょうが!!」

 

 

 アルノーの胸ぐらを掴み、猛犬の如く吠えて攻め立てる。今天子はこれまでにないくらい猛烈に怒っていた。

 何故こいつはこれほどまでに冷静でいられる? 目の前でベティとアリアが泣いているいもかかわらず、平然といつも通りの面でいられるのか。そんな、いつもと違わない仮面ぶりに対して天子は怒っているのだ。

 

 

「……お主は、ディアブロスの恐ろしさを理解しておらんからそう思えるんじゃよ。言っておくが、ドスガレオスなどディアブロスの強さの前では霞むほどじゃよ。ドスガレオスは所詮Cランク。ディアブロスは、Aランクのモンスターじゃ」

「Aランク……!?」

「左様。かつてAランク冒険者だった儂が言う。Aランクとは努力でどうにかなる程度を越えておる。生まれ持った才能がなければAランクには到底たどり着けん。それに―――」

 

 

 チラ、とアルノーはベティの方を一瞬見た。憐れみとも同情ともどちらの色にもつかない、形容しがたい視線がこもっていた。彼は一瞬そちらを見ただけですぐに視線を戻し天子の鋭い視線を受け止めた。

 

 

「……かつてBランク冒険者だったロビンが負けて引退に追い込まれた仇敵、それがディアブロスなんじゃよ」

「ロビンがBランク!? いや、そんなことじゃなくて……」

 

 

 かつてロビンが自分よりも上のランクにいたことに驚愕を露わにした天子だったが、そんなことは問題じゃないことを思い返しすぐに思考を切り替えた。

 アルノーが言った言葉の中で重要なのは、Bランクの冒険者が負けたことである。現在の天子たちのランクはC。言わずもがな自分たちより上である。その自分たちよりも上位に位置していたかつてのロビンが負けてしまったのである。

 もちろん、ランクとはあくまで指標でしかなく強さそのものを指すものではない。しかしBランクという高ランクは簡単に至ることのできない道のりであり、その実力は確かなものである。

 

 

「………」

「かつてのロビンはここランデルでは有名な冒険者じゃった。そんな彼でも、ディアブロスには敵わなんだ。若い頃の儂ならどうにかなったのかもしれんが考えるだけ無駄なことじゃ」

 

 

 アルノーは昔Aランクだったと聞く。それならば、ディアブロスと相対したこともあるのかもしれない。

 そして、Aランクだったということは、それに匹敵する実力を有していたことを意味する。故にその恐ろしさを誰よりも把握しており、Cランクでしかない天子を諌めようとしているのだろう。

 

 

「………」

 

 

 アルノーの言っていることは正論だ。正論すぎて何か言い返すための材料がとんと集まらない。正論はどこまで突き進んでも正論だということを、天子は少なからず理解させられることになった。

 しかし、と天子は思った。確かに正論だが、それがどうした。言い返すことはできないが、相手の話術の枠組みにわざわざ入る必要などどこにもない。自分は、我が道を突き進めばいいだけのこと。

 かつての自分なら至らなかった答え。天界での、総領の娘という高い位置にいれば到底考えられなかった口論の先の答え。そういう風に変わっていった自分を天子は、これが衣玖の言っていた“変わった”ということなのだろうかと思いクスリ、と口元を綻ばせた。

 

 

「? 何か可笑しいところでもあったかね」

「アルノー、確かにアンタの言うことは正論かもね。所詮Cランクの私たちにはソイツに敵わないのかもしれないわね」

「……総領娘様?」

 

 

 突然事実を認めだした天子に衣玖は訝しく思った。しかし、天子の瞳に宿る情熱が、彼女はまだ諦めていないことを教えた。天子の青い髪に対照的な深紅の瞳が、まだ終わっていないと暗に示す。

 不敵に笑った天子は断言する。

 

 

「けど、それがどうしたっていうの。Aランク? かつてBランクの冒険者を追い込んだモンスター? そんなの私を止める障害にならない。いつだって私は、自分の好きな道を歩んでいくだけよ」

「……お主は死にたいのか? Aランクは、本当にそれ以下のモンスターとは一線を画す存在じゃぞ」

「障害は高ければ高いほど乗り越えたあとの達成感が充実するのよ」

「相方はこう言っておるが、衣玖殿はどう思っておるのかな?」

 

 

 天子を観察するような視線は変わらず、アルノーは今度は衣玖に視線を向ける。衣玖の回答を試しているのか、アルノーはそのような雰囲気を醸し出していた。しかしそれはあくまでも微量で、意識せねば分からぬほどである。

 相手に悟らせない。老いてもAランクの異名は伊達ではない、ということか。

 

 

「……私は」

 

 

 普通なら、命が惜しいならば、ここは是が非でも止める場面なのだろう。空気を読み、対人接触を可能な限り避けてきた衣玖は、自分に少しでも損が生じるならば常に距離を遠ざけることを処世術としてきた。

 ディアブロスにしても、衣玖たちにとっては完全に未開の領域である。かなりの強さを誇ったドスガレオスがディアブロスの前では話にならないのでは、行く先はかなり怪しいものがある。

 下手な行動は命取りになる。

 衣玖の出す答えは、とうに決まっていた。

 

 

「私は―――行くべきだと、いや、行かないといけない。そう思っています」

「衣玖…!」

「ほう……」

「……私たちは、ロビンさんに命を救ってもらいました。そのあともこの町で色々手ほどきをしてもらって、正直彼と出会わなければ私たちはとうに果てていた可能性もありました」

 

 

 天子も衣玖も、ロビンには多大な恩がある。この世界に来て初めて歩いた砂漠で果てかけていた自分たちを救ってくれた。

 あの後他の人に訊いた話だと砂漠で倒れている人を普通は助けないそうだ。理由は自分の命も確実な保証ができないのに他人まで救う余裕など持っていないからだと言う。考えてみれば当たり前なことで、モンスターが闊歩する砂漠で普通の一般人がわざわざ倒れている人を解放するために糧食と水を提供するなどお人好し過ぎるのだ。

 しかしそのお人好しで二人は救われた。天子も衣玖も、その感謝の念を忘れるほど非情じゃない。

 今度は、自分たちが救う番だ、と。

 

 

「助けてもらった恩を、今ここで返さなくちゃいけない。危険なら尚更。彼の身が危険だということですから」

「衣玖の言う通りよ。私たちはロビンに助けてもらった果たすべき恩を返す。アンタが止めようとしたって私たちは止まらない、制止なんて振り切ってアイツを助けに行くわ」

「………」

 

 

 天子と衣玖。二人は穏やかな声色で、しかしその裏には沸々と燃え滾る決意が火山の奥深くで活動するマグマのように流動していた。

 熱くて冷たい決意。

 二律背反な事象が心の動き、その存在で可能とする。人間の心は度し難いと言うが、まさにそれを具現したものであった。

 変わることのない決意を目の当たりしたアルノーはしばらくジッと二人と視線を交錯させ、やがてカウンターのアンナのところへ歩いていった。

 

 

「ギルドマスターの名の下で緊急依頼を発行する。依頼主はアルノー・ブラウン、対象はディアブロスの討伐。そして依頼の受注者を指名」

 

 

 振り返り、そこに立つ天子と衣玖を見据える。

 

 

「依頼の受注は比那名居天子、永江衣玖に限定するものとする」

「ギルドマスター、よろしいんですか!? 彼女たちはまだCランクなのに……!」

「儂が制止しても行くと言ってる以上仕方のないことじゃ。それならギルドの依頼として出した方がこちらも把握できるし合法的に後方支援ができよう。……それにな」

「……それに?」

「なんとなくじゃが儂はこの二人は是が非でも行くじゃろうと予感しておった。儂が何と言って止めようとしてもな」

 

 

 アルノーは、彼が最初に二人に会った時からそういうにおいを感じ取ってはいた。

 この二人はこれまでの冒険者の鋳型にはまることなく自由に、意志を持って、各々が信ずる信念をもとに進んで行くだろうと形にならない漠然とした雰囲気があるとアルノーには感じ取れた。

 今まで出会ったどんな冒険者とも違う、改革者(イレギュラー)

 

 

「……お二人よ、儂はもう止めんよ。止めても無駄じゃからな」

「………」

「ギルドはお二人の後方支援を全力で行なうことを約束する。お主らがディアブロスを討伐した証を持ち帰り安全が確認できたところで駐屯兵団と協力して捜索隊を出動させよう。二人はディアブロス討伐を最優先事項に置いてほしい。もしも……」

「……もしも?」

「もしも日没まで戻らなんだらお主らは依頼を失敗したとみなして他ギルドに協力を要請する。Aランクのパーティを寄越してもらって新たに討伐に臨んでもらう。いつ到着するか分からんが、それが最善の策じゃ。理解しとくれよ」

 

 

 アンナがアルノーの言った依頼条件を筆談した紙をアルノーは天子に差し出す。その依頼書の「報酬金及び報酬未定、砂漠の状況未確認、ディアブロスの討伐」の文字が妙に目立って見えた。それはこの依頼がいかに急拵えなものであるかを決定づけるものであった。

 

 

「―――了解よ」

 

 

 依頼書を手に取った天子はアンナのもとに差し出す。いつも明るいアンナの普段と異なる神妙な雰囲気を感じながら、「……御武運を」と一言に重い意味を乗せて天子と衣玖の去り際を見送った。

 誰も声を発しない。嗚咽を撒き散らしていたベティとアリアでさえも泣くことを忘れてしまったように二人を見ていた。

 

 

「アリア、ベティ」

「……天子さん、」

「約束するわ。ロビンを必ず助けて帰るって。今までの日常を取り戻す、って。だから何も心配しなくていいわ、アンタたちの務めはロビンが帰るための家を守ることなんだから」

 

 

 肩に手を置いて優しく諭した天子は、言葉少なにその場を後にしようとする。

 

 

「天子さん……!」

「天子、さん」

 

 

 アリアは、ベティは、それぞれ乞うた。

 

 

「どうか、どうか、死なないでください……!」

「お願い……あの人を、助けて……」

 

 

 涙をこぼし乞い願う二人に天子と衣玖は力強く答えた。

 

 

「「任せて」」

 

 

 ここに、天子と衣玖の最大の戦いが始まった―――

 




次回はいつも通り投稿できないかもしれません。リアル生活が忙しいので執筆の時間が思うように取れない!取りにくい!レポートとか復習とかアルバイトとかで私の執筆時間が予定詰めでマッハ。あとモンハ(うわなにするやめr
一応少しは書いているのですが。難産というわけではなくて、一話が無駄に長くなりそうな感。

一話が長くなって執筆時間が長い→どうしても予定がカツカツになり執筆に時間が割けない→心が狭く顔にまでてくる→いくえ不明

もしかしたら短いSSとか入れて繋ぎ(時間稼ぎ)するかも。あくまで予定だけど(←こういうときは大抵しないのがデフォ)
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