異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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35話 圧倒的存在

 ディアブロスとは遠い異国の言葉で“悪魔”を冠する名だという。その名は言い得て妙だ―――天子はそう思っていた。

 まさに奴は悪魔と評するに相応しい。

 力で全てを跳ね除け、何物も寄せつけない。破壊の限りを尽くし、近づくものは一切の容赦もなく塵と化していく。

 それは、まるで権勢と破壊で周囲を圧倒し暴政で全ての者たちから恐れられる暴君のようだ―――

 

 

「ちっ!」

 

 

 天子はディアブロスの尻尾の攻撃を後方に大きくバックステップすることで躱す。尻尾を巧みに操り、まるで手足の如く振るうディアブロスに対して、たとえ後ろにいたとしても安心できないのは厳しい。唯一剣が通る尻尾の付け根に近づくには背後をとるしかないからだ。

 尻尾の先端を鈍器のように使い、右左へと叩きつける攻撃。砂の大地に叩きつけられた拍子で砂埃が舞い上がり一瞬視界が奪われる。何度も放たれたその攻撃に数回で慣らした天子は二度地面にぶつかる衝撃音を皮切りに両足に力を込めてディアブロスに向かって疾駆。

 

 

「はあっ!」

 

 

 唯一剣が通るのは尻尾の付け根。それは衣玖が確認した事実。それなら天子も狙うのが定石だが、残念ながらその位置は天子の身長の三倍近くの場所にありジャンプしなければ届かない。

 そしてジャンプはリスクを大幅に含むことをドスガレオス戦で痛いほどに理解している。戦いが始まってそんなに経っていない今、冒険に出るにはリスキーすぎる賭けだ。

 だから、今は堅実にダメージを蓄積していくしかない。それが硬い甲殻に阻まれようとも。

 左足を狙って振るった緋想剣は鈍い音をたてて弾かれる。予想していた結果だが何度も同じ結果になると気も萎えてくる。

 

 

「こいつっ、硬すぎんのよ……! 一体何回斬ればいいの!?」

 

 

 反動を上手く殺すことにも慣れた天子はディアブロスの反撃が来る前にその場から撤退。横にステップを踏みその瞬間に襲いかかって来た振り向き噛みつきをギリギリのところで回避する。

 最速で回避したが、それでも回避はギリギリになってしまう。少しでもタイミングがズレてしまえばディアブロスの重い攻撃を受けてしまう羽目になる。嫌でも集中力は高められる。

 尽く弾かれる天子の攻撃が何とか成立しているのは、ひとえに相方の働きがあってこそである。

 

 

「―――龍神の稲光り!」

 

 

 衣玖は空中に向かって雷を放つ。ディアブロスに向かって放つのではなく自身の後方へ。裁縫の針のような細い雷が数本、数十本に集い、衣玖が前方に手を掲げたと同時に一斉にディアブロスへと牙をむく。

 その様子は例えるなら雷の雨。激しい火花を伴い雷がディアブロスに殺到してさらに火花を散らしていく。

 

 

 ウゴアアアア―――!!

 

 

 その攻撃にディアブロスは首を振るい声を荒げる。ダメージが通ったというよりは雷を鬱陶しく思い声を荒げた感じで、衣玖は予想通りの結末に少し舌打ちする。

 しかしディアブロスはそんな衣玖が舌打ちをしている合間にもすかさず攻撃を追加してくる。ダメージを通すために低空で攻撃を放っていた衣玖の位置はディアブロスの攻撃が当たる位置。串刺しにせんと振り上げた一撃が衣玖に迫る。

 とはいえ、衣玖も何度も攻撃を受けているからその攻撃は十分予想可能の範疇だった。迫りくる長大な捻じれた角に若干気圧されそうになるが、体は生存本能に呼応して攻撃を回避する。氷上を滑るスケーターのように後方に下がり態勢を整える。

 

 

「……ダメージを与えるには近づくしかない。けれど近づいたら敵の攻撃範囲に収まってしまう。とんだジレンマですね―――っ!」

 

 

 衣玖の独り言が言い終わる間もなく、ディアブロスは次の行動へと移っていた。己の角をスコップ代わりとし両翼に生えた爪を駆使しながら地面を掘り始めたのだ。

 砂を掘り起こす速さは尋常でなくあっという間に自らの身体を土の中へと隠してしまった。土の中に消え、空気の乱れが感じ取れなくなってディアブロスの動きが認知できなくなる。

 

 

「逃げた……? いや、これは―――!」

 

 

 その行動には見覚えがあった。それは、最初のドスガレオスと同じ動きで、土中からの強襲―――

 

 

 ズドオオオオン!!

 

 

「くっ!?」

 

 

 気づくと同時にその場を離れた。そして、それと全く同時に地面からディアブロスが飛び出してきた。

 低いとはいえは仮にも空中。地中に潜られても対処のしようはあるだろう、と少し高をくくっていたが、その認識は甘く変更せざるをえないものだった。

 地中から飛び出してきたディアブロスの跳躍力は悠々と衣玖の飛んでいた位置を上回るほどであった。巻き上げられた砂は今までで一番の量を誇っていた。

 盲点を突かれた、と衣玖は後悔した。空中で対処できないのは、それはこちらも同じだった。大地にいれば天子のように大地を操る力が無くとも震動で少しでも予測することは可能だったが、空にいればそれもできない。かといってわざわざ地面に立つのも自分のアドバンテージを殺すことになるからどうしようもなかったのだが、せめてできる最善は空中だろうと油断しないことだったのに。

 

 この世界のモンスターはいつも予想を裏切ってくれる―――

 

 初動が遅れた衣玖は可能な限り体を逸らして攻撃を逸らそうとする。それでも完全回避とまでいかず、最も殺傷力が高いと思われる角は回避できても生え際の頭部には衝突する。

 ガス、と背中から衝撃が走り飛行能力が瞬間失われる。脳を揺さぶられたことで平衡感覚を司る耳石系までダメージを負いバランスが失われるのだ。バランスを失い、地面に背中から叩きつけられる。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 肺が圧迫され体内の空気が一斉に外に強制排出される。失った空気を求めて「が、はぁ……っ!」と外から空気を徴収し、何度も何度も咳き込んだ。急に酸素が無くなって急激に酸素を取り込んだため視界がブラックアウトしかけたが根性でそれだけは阻止をした。

 しかし、急場はまだ去っておらず。

 凄まじい跳躍力を見せたディアブロスは着地したと同時に再び地面に潜ってしまったのだ。狙いは言うまでもなく衣玖に違いない。

 

 

(マズい……!)

 

 

 地面に寝転がっている状態だからよく分かる。凄まじい震動が体を通じ、その震源が徐々にこちらに近づいていることに。

 頭で分かっていても体は言うことを聞いてくれない。頭の中は警鐘が煩いほど鳴り響いているのに何もできずただ刹那の時間がまるでスローカメラの映像の如く流れてゆく。

 

 衣玖は、ただ自分の相方がどうにかしてくれることだけを、刹那に祈る―――

 

 

「―――先憂後楽の剣」

 

 

 衣玖の耳に、しかと聞こえた一節。

 やはり来てくれたと安心と同時に確信が勝る。

 

 一拍の時を置き、半径五十メートルの範囲の大地に凄まじい衝撃が走る。刹那の間に起きた強烈な地震だ。

 その地震は、大地を操る力を持つ天子が引き起こしたものだ。比那名居一族の力を緋想剣に流し込み、その剣先を地面に突き刺して力を放射する。刺激した大地は局地的な大地震を起こさせる―――

 

 

 ガアアアアア―――!!?

 

 

 砂の中を潜行していたディアブロスはその地震の衝撃を直接的に受けてたまらず地面に飛び出してくる。衣玖の後ろ五メートルほど離れた場所に現れたディアブロスは、思わぬ攻撃に驚いて自分自身の状態を把握していないのか、地面に半ば埋まって暴れていた。

 何はともあれ、あの状態はチャンスだ。相手が動けない間に攻め立てるべきだろう。

 

 

「衣玖!」

「―――総領娘様」

「攻めるわよ!」

「はい!」

 

 

 呼吸も整い終わった衣玖と天子はそれぞれの武器を構えてディアブロスに向かって行く。

 天子は緋想剣を握り、衣玖は羽衣を腕に巻きつける。

 尻尾の付け根は完全に土の中に埋まってしまい攻撃することができない。天子は舌打ちしつつも丁度目の前にある甲殻の間隙を狙うようにして剣をねじ込む。

 やはりディアブロスの甲殻は鋼鉄のように硬く、剣を振るっても鈍い音が返ってくるばかり。それでも、諦めず刃が欠けてしまわんとばかりに剣を振るい続ける。

 

 

「はあああああああああ!!」

 

 

 弾かれても、弾かれても、弾かれても―――諦めない。

 金属を斬りつけるような感覚に手が痺れかけて今にも剣を落としてしまいそうになる。連続して振るい続けるせいで息が切れ肺が酸素を要求しているが、天子はその本能からの要求を気合いで振り払って剣を振るう。

 

 そう、気合い。今の天子はその言葉が似つかわしい。

 

 喉笛を鳴らしてあげる叫び声はどの時よりも高く、けたたましい。「はあっ! はあっ!! はあああっ!!!」と一振りごとの裂帛の気合いは天子の剣戟の勢いの凄まじさを物語っている。

 心を無にし、ただ剣を振るうことに集中させる。そうして天子の剣戟は、鋭さを増していく。

 

 

 バキ、

 

 

「!」

 

 

 剣を振るい続け、遂にディアブロスの甲殻の一部にヒビが入った。次に振るわれた一撃で、ディアブロスの甲殻は砕けて体表を晒した。

 

 

「やった!」

 

 

 砕けたのは身体全体のほんの一部に過ぎない。それでも、あまりにも硬い壁に阻まれていた天子にとっては、それは暗い洞窟の出口を連想させる一筋の光だった。

 いかに強大なモンスターといえど完全無欠ではない。それを天子は理解したのだ。

 傷穴を広げてやる、と意気込んだ天子だったがディアブロスもされるがままの状態であるはずもなく、地面から抜け出し天子の攻撃は空を切った。一息も置かずに攻撃し続けていたから、呼吸を整えるために天子もディアブロスから離れた位置で相手の挙動を確認しつつ息を整える。流れ落ちる汗が塩分となり砂漠の熱さで蒸発して額にこびりつき、その上から新たな汗が流れるのを、腕で拭い取った。クーラードリンクで体温上昇を防いでいなければ今頃熱中症で倒れていることだろう。

 抜けた拍子に空へと飛びあがったディアブロスが、両翼を羽ばたかせながら地面に着地する。砂塵と風が舞い起こり、天子は咄嗟に腕を交差して顔を隠した。

 

 

「っ……――――!」

 

 

 砂埃が舞う―――それを翼で斬り裂き、ディアブロスは顔を覗かせた。

 

 

 ヴォォォォォ――――

 

 

 奴の口からはどす黒い吐息が漏れ出していた。それは、ドスガレオスのときのような、怒りのサインであることは明瞭だった。

 とうとうディアブロスが怒った―――これからより以上苦しい戦いが強いられることになる、天子はそう感じゴクリと生唾を飲み込んだ。迂闊に近づくこともできず、剣の柄を強く握る姿は緊張感に支配されて見えた。

 

 

 ヴォオオガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――!!!

 

 

「ぐうぅぅぅ!! また……!」

 

 

 大地を轟かす、耳をつんざく咆哮が辺り一帯に撒き散らされる。鼓膜を破ってもおかしくない大音量に天子は耳を押さえてしゃがみ込む。気休めにしかならないとは思っても、そうせずにはいられない。衣玖も空中で耳を押さえていた。

 特大の咆哮が止んでも、耳孔の奥で音がキンキンとなり、硬直を強いられる。その回避不可能の隙が最大の隙となる。

 右脚を後ろに下げ、頭を鎌もたげたディアブロスは―――瞬間、引いたエネルギーを爆発させるように頭部を振り上げた。

 

 

(ヤバ―――)

 

 

 世界がスローに移り変わる―――のも束の間。

 

 ゴッッッ、

 

 何ものにも形容しがたい凄まじい衝撃が全身を貫く。低い位置からすくい上げられたディアブロスの角のスイングが天子の小さな体を打ちつけ、軽い体は空中へ放り投げられる。自身の跳躍ではなく攻撃によってくの字に折れ曲がった天子は五、六メートルほど浮き上がって放物線を描き、そして最大点まで到達したのち地面へと叩きつけられる。

 ドサ、と片付けるにはあまりに痛々しい音。いくら天人といえど受け身もせず高いところから落とされてしまえばただでは済まされない。

 地面に落下した天子は―――そして、ピクリとも動かず、うつ伏せに倒れたままだった。

 

 

「総領娘様っ!!」

「………」

 

 

 衣玖の呼びかけにも応じず、それはまるで、糸の切れた操り人形の如くの静けさで。血の気を失った表情で衣玖は天子の元に駆け寄ろうとする。

 しかしまだこの場にはディアブロスが残っており、かの戦意は依然として滾らせたままだった。今、この場で天子を介抱するのは不可能―――そう直感した衣玖は即座に決断する。

 

 

(一時撤退、するしか……!)

 

 

 攻撃も防御も全てをかなぐり捨て、全てを天子救出のために当てる。自分に攻撃対象に向けられるかもしれない可能性さえも捨てて、衣玖は最高速度で天子の元へと飛翔した。

 

 追撃の攻撃を加えようとしていたディアブロスの横からすれ違いざまに天子をひったくるような形で救出する。両手で天子の服をがっしり掴み、離れないように、落とさないように。天子を掴んだ瞬間、心の奥底から安堵の心が湧き上がり思わず涙腺が緩みそうになったが、同時に無茶な掴み方をしても一切の反応もない天子に衣玖は寒気を感じた。

 

 

(どうか、どうか無事で―――!)

 

 

 攻撃をせずただ逃げるだけなら高く飛び続ければいい。しかしディアブロスも翼があることから飛べるだろうし、油断だけはせず衣玖はディアブロスの元からぐんぐん離れていった。

 風を受けても吹き当たるのは熱風ばかり。燦々と照り続ける太陽は、二人を焼き焦がそうと未だ空高く在り続ける―――

 

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