異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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realが忙しい……一日を48時間にする薬をくだふぁい;;


37話 イマを認めよ

「……いた」

 

 

 再戦を臨んだ天子は、熱気漂う砂漠へと舞い戻った。念のためにクーラードリンクを飲み直して暑さ対策を施し、最後に戦った場所へと赴いた。しかし、その場所には既にディアブロスの姿は煙の如く消え去っていて探し出す必要があったため、天子と衣玖の二人はどこに消えたのか知れぬ奴を砂漠を練り歩いて捜索した。

 一歩歩くごとに神経を通じて鈍い痛みの信号が脳へ届くが、天子はそれを気力で抑え込んだ。気遣いなのか分からないが、衣玖は一言も話さず、天子に合わせて飛ばずに地面の上を歩いていた。

 十分ほど砂漠を歩き続けると、奴の巨影が岩山の陰に丁度隠れるように佇んでいた。ディアブロスは岩山の陰に生えていたサボテンを、その身に付いた棘を気にすることなくボリボリ貪っていた。

 

 

「そう言えば、ディアブロスって草食だって聞いてたわね……」

 

 

 あんな凶暴なモンスターが草食なんて認められるか、と頭の中で毒づく。散々痛めつけられた身としては、少々納得のいかないことだった。

 天子はチラ、と衣玖の方を向いて目配せをして頷き合い、そしてディアブロスに向かって駆け出していった。砂を踏む音がディアブロスに伝わり、奴が首をもたげて天子の姿を確認すると、先程の戦いを思い出したかのように天子たちに殺意を向け出す。

 巨大な脚を器用に踏み込んで天子の方にぐるりと方向転換するが、モンスターに比べて遥かに小さい天子は既にディアブロスの側面に回り込んで攻撃を放っていた。

 

 

「はっ……!」

 

 

 居合切りの要領で鞘から抜き出した勢いで緋想剣をディアブロスの脚の甲殻の隙間を狙う。甲殻そのものを狙うのは愚の骨頂で、ただでさえ硬い甲殻は斬りつけたところであえなく弾かれるだけだ。

 幾重にも重なった分厚い甲殻の隙間は、甲殻までとはいかないもののやはり堅固で斬りつけても鈍い音がするだけで刃が肉に通った痕跡は見受けられない。

 

 

「くっ……! まだっ」

 

 

 それでも、少しでもダメージを与えていると信じ、剣の二連撃目を繰り出す。居合で横一閃に薙ぎ払った勢いで手首を捻り返して右斜めから袈裟懸けに振り下ろす。

 が、敵も止まっているわけでは当然なく、二撃目は間隙には当たらずに甲殻に当たってしまい火花を散らして弾かれてしまう。

 そして、ディアブロスの反撃の体当たりのモーションが見えた途端に天子は脚の隙間を縫うように前転して回避する。ブン! と背中の上を通り過ぎていく鋭い風切音にひやりとしながらも前転からの反撃に転じようとする―――

 

 

()っ……!」

 

 

 反撃しようと反転したところに、胸に鋭い痛みが生じて思わず顔をしかめた。片膝をついた状態のまま、天子は痛みを消そうと自分の胸に手を当ててギュッと力を込めた。

 天子の体はお世辞にも万全とは言えない。全身に今も走っている痛みを無理やり抑え込んでこの戦いに挑んでいるのだ。

 動けなくなるほどの痛みは、消えたころには既にディアブロスは態勢を整えていた。反撃のチャンスを逃してしまった天子は口惜しく舌打ちした。

 

 

「くそっ、もう一度……!」

 

 

 ズキ、と全身を駆け巡る痛みを「あああああああ!!」と雄叫びを上げることで紛らわせ天子はディアブロスに向かって行く。いつもよりも動きが鈍く感じられる腕や足を懸命に動かして緋想剣を振るい続ける。

 

 

「はあっ、はあっ…!!」

 

 

 ディアブロスの攻撃が来れば前転やステップで回避し、そしてその度に激しい痛みに襲われる。思うようにいかない展開に天子は内心じわじわと焦りばかりを蓄えていき、そしてその焦りが攻撃にまで影響して斬撃の筋が鈍っていく。次第に甲殻に当たって弾かれることが多くなり始めた。

 援護射撃のポジションであるはずの電撃も、天子の斬撃が通りにくい今では攻撃の要と化してしまっている。もっとも与えるダメージが大きい攻撃が衣玖の攻撃なのだから、必然的にディアブロスの標的は衣玖に向かう割合が多くなっていく。しかも、注意が逸れるおかげで怪我のダメージが抜けきれない天子がダメージが少なくなっているのは、何という皮肉なことか。

 

 

(こんなんじゃ、ダメだ……)

 

 

 天子が役に立ったのは、ディアブロスが地中に潜ったときに「先憂後楽の剣」を発動したときの一回きり。それ以後は大ダメージを負って衣玖に運ばれたり、今のように碌にダメージを与えることもできずにまごまごしているだけだ。

 戦いが長引けば長引くほど、体の痛みは加速度的に増え続けて動きは鈍くなる一方だ。だけど、そうやって先を急ぎすぎると攻撃が雑になって弾かれてしまう。

 堂々巡りのジレンマに、天子は奥歯を軋ませて砂の大地に足を踏み込む。

 

 

(ちくしょう……私は、私は負けるわけには……!)

 

 

 そうして、戦闘に対して集中力が散逸してしまう羽目になり。

 

 

「あっ……」

 

 

 砂地に足を取られた天子は、沈み込んだ足を支えきることができずに転倒した。ぷつりと少ない集中力が切れた身では、転倒からの素早い反転もできるはずもなく、受け身も取れないまま上半身から砂に飛び込んだ。

 倒れ込んだ拍子で再びずきり、と痛みが走るが、それどころではないと警鐘を鳴らし続けた頭がそう判断して天子は即座に顔を上げた。

 

 

 グゴオォォォォォ!

 

 

 その先に見えたものは、明確な死の予感。天子の店頭を目敏く発見していたディアブロスは天子に狙いを定め、両脚を踏みしめて突進を開始していたところだった。

 もう数秒もしないうちに、天子の元へと到達する。直感で到達速度を計算した天子は、同時に、もう自分が逃げられない位置にいることを咄嗟に判断した。

 

 

(ああ――――――これは死んだな)

 

 

 既に突進は開始している。砂埃を上げて進むディアブロスの勢いは、さながら土石流のように圧倒的だ。頭を低くして頭部をぶつける腹積もりなのだろうか―――

 

 

(この体が、もう一度あの攻撃に耐えられるわけないわよね)

 

 

 あの角に刺さったら、痛いのかな。流石の天人でも、死んじゃうわね。

 地響きを鳴らして進むディアブロス。その姿は今まで見たどのモンスターよりも圧倒的で力強く、この砂漠の底力を凝縮したような感慨さえ覚える。

 まさに砂漠の主。暴れ狂うその姿は、暴君と呼ぶに相応しいと天子は引き伸ばされる意識の中でそう思った。

 

 

(私が死んだら、どうなるんだろ。…あー、結局助けられなかったな)

 

 

 この世界にやって来てからの出来事が走馬灯の如く流れてゆく中で、天子は果たせなかった大命を思い出した。

 

 

(絶対助けるって誓ったのに、この体たらく……それだけが、心残りかな―――)

 

 

 けど、もう、それもできない。

 後悔が浮かびつつある意識の世界を閉じ、天子は、世界の終わりを見届けるように瞳を閉じた―――

 

 

「―――」

「………………え?」

 

 

 グン、と。

 

 誰かに手を引かれ。

 

 目を開いたその先には。

 

 

「い、く―――?」

 

 

 天子と位置が逆転するように―――つまり、衣玖がディアブロスの突進線上に当たるように。天子の腕を思い切り引っ張った衣玖は、物理法則に従いその身は勢いで流されてしまう。

 

 

「衣――――」

 

 

 僅かな抵抗とばかりに羽衣盾を構えるばかりが、彼女ができる最高だった。

 天子の眼前を覆ったディアブロスの巨体が衣玖を飲み込んだ。突如、いや、予想できたはずの出来事。猛烈な風圧も相まって、天子は後ろに尻餅をついてしまった。

 ディアブロスの突進に巻き込まれた衣玖は、構えた盾も虚しくその盾ごとはじき飛ばされる。その小さな盾一枚ではディアブロスの凶悪な突進を防ぎきることは到底できず、なんとか最悪の事態だけを抑えることしかできなかった。五メートルほど大きく吹き飛ばされた衣玖は地面をまるでボールのようにバウンドして静止した。しゅるりと解けた羽衣が、千切れた鳥の羽の如く力なく落ちていった。

 一瞬の出来事だった。天子の目の前で、衣玖が巨大なものに飲み込まれて、一瞬で消えた。そして次の瞬間には衣玖はピクリとも動かない屍に成り果てていて―――

 

 

「衣玖……!」

 

 

 天子は、スーッと冷やされていく頭に最悪の状況の像を結んで鳥肌が立つ思いだった。体の痛みのことも、衣玖の向こうには突進の勢いを削いでいるディアブロスの存在さえも、その他全てのことを一切忘却の彼方に投げやった。

 うつ伏せで倒れている衣玖に近寄り、天子は衣玖の体を自身の膝の上に乗せて「衣玖、衣玖…!」と叫び続けた。

 

 

「そうりょ、う、むすめさま……」

「衣玖……! なんで……どうして!」

 

 

 微かではあるが、息はある。吹っ飛ばされた勢いで所々擦り傷があって血が出ているが、今の場合、血の心配よりも体の内部の怪我の方が余程深刻だ。モンスターと対峙する場合、体が動けなくなることは、イコール死につながる恐れが飛躍的に増すのだから。

 まず行う処置としては、体力の低下を促す出血を即刻止めることが正しい。それには回復薬を飲ませる方法が最も手っ取り早い。自然治癒効果を高める効能もあるから応急措置としては効果的なのだ。

 しかし、今の天子は、それを行う余裕すらなく。心の動揺を象徴するかのような、慌てただ叫び続けるだけの挙動。それだけを、繰り返す。

 

 

「どうして私なんかを、かばったのよ……!」

 

 

 高ぶる感情と共に溢れ出てくる大粒の涙。天子の胸の内に蟠るのはただ困惑と後悔。何故自分なんかをかばったのかという疑問、そしてそんな衣玖に助けられてしまった自分への激しい自責の念。

 分からない疑問の渦が天子の頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて冷静な思考を遮断している。もう何が何だか分からない。あらゆることが突然すぎて、自分の中の色々なものが崩壊しそうだ。

 ポタポタと滴り落ちる涙が衣玖の顔にはじけ、小さな小さな水滴と変化する。衣玖は、そんな天子に対して苦しそうに、笑いかける。

 

 

「付き人、ですから……それに、」

「……それに?」

現在(イマ)を、きちんと、認識してほしかったから……」

現在(イマ)……?」

 

 

 突進の勢いを殺し終えたディアブロスは、うずくまる二人を視界に捉えると悠々と近づいてくる。

 

 

現在(イマ)、戦っているのは、誰ですか……? ロビンさん、では、ないですよね……?」

「―――!」

「ディアブロス、ですよね……現在(イマ)、いるのはディアブロスだけ、ロビンさんはいない……。彼を助けることも大事ですが、現在(イマ)戦っているのは、奴でしょう……?」

「……私は」

「イマある存在を、認めてください……。何かに囚われて、勝てるほど、奴は甘くないでしょう……?」

 

 

 苦しげに、でも確固たる意志を込めて訴えかける衣玖の表情には、この身が果てようとも必ず伝えるという強固さがあった。それは忠義心だけから来るものではない。隣に並び立つものとしての資質を問うような、一種の試験的な問いまでもが含まれている気さえする。

 

 

(私は……見えてなかった)

 

 

 天子は、衣玖の言葉に、ハッとさせられる。

 

 

(ロビンを助ける、そのことばかり考えてて、私は…ディアブロスをただの通過点としてしか見てなかった。過程の一部として見てたんだ)

 

 

 靄のかかっていた視界がどこまでも澄みわたる空と海のように、青く青くクリアになる。町から始まっていた思考のフリーズが、今まさに解凍されようとしていた。

 

 

(けど、それはダメだったのね。現在(イマ)あるものを認識しなければ決して未来(サキ)を推し量ることなんてできっこない。私は、早とちりをしてたのね―――)

 

 

 すう、と息を吸って吐く。空気を入れ替えた肺と連結した体は、濁った思考が取り除かれた感じがしてスッキリとした。

 冷静になって考えてみれば簡単なことだ。けれど、誰もが陥りやすい落とし穴だ。衣玖は、その落とし穴にはまっていた私を、身を挺してすくい上げてくれた。

 

 何も信じられなかったあの頃に、出会ったときのように―――

 

 天子は、透明度を取り戻した思考で次の行動を考え、そしてポーチから回復薬の瓶を二本引っ張り出して衣玖の口に押し当てる。一本が空になると追加でもう一本飲ませた。

 

 

「……ありがと衣玖。おかげで私、気づいたわ」

「―――そう、ですか。では、私が回復するまでの時間、時間稼ぎをしていただきたいですね……」

「そうね。けど―――」

 

 

 赤黒く燃えるような剣の刀身を輝かせ、天子は立ち上がった。

 

 

「―――別に、倒してしまっても構わないのよね?」

 

 

 剣の切っ先を既に目の前で威嚇していたディアブロスの顔に向け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。好戦的な笑みは、この戦いでは一度も見られなかった、しかし天子がこれまでで一度たりとも絶やさなかった笑みである。

 衣玖はそんな天子を見て、静かに微笑んで体を弛緩させる。この天子なら大丈夫だ―――普段の天子が戻って来たなら安心できる、そう感じて傷ついた体を休ませる。少しの時間だけ、彼女に頼ろう。

 

 

「……今まで悪かったわね。アンタのことちゃんと見てなくて」

 

 

 同じようで、けれどどこか今までとは違った調子の声色が響き、そんな声を発した天子の振る舞いの変貌を野生の本能で感じ取ったのか、ディアブロスは不用意に近づいてこようとしなかった。

 それとも奴は、このような天子の再来を、強敵の出現を、心のどこかで待ちわびていたのかもしれない―――

 

 

「倒すわ、アンタを。…全力でいかせてもらうわ―――!」

 

 

 己の魔力を活性化、気を高めて循環。魔力の質を防御的な、皮膚を硬質化させるようなものに変化させてゆく。気の高まりが頂点に達したとき、天子は緋想剣を掲げ、宣言する。

 

 

「『無念無想の境地』―――」

 

 

 彼女の気質は、橙色に纏われる。

 

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