異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
天「いつからドMがあると錯覚していた?」
私「なん……だと?ドMがない天子なんて、こんなの普通じゃ考えられない…!」
この作品の「無念無想の境地」は原作と大幅に仕様が異なります。具体的にはスーパーアーマーがないです。モンハンでスーパーアーマーは反則です。レビテトぐらい反則。
その瞬間を目にしたものがいれば、天子の周りは空気が変わったかのように感じられるだろう。魔力が全身を奔り比較的軽い髪の毛や衣服のヒラヒラがパタパタとはためく姿は、何とも言い難い緊張感と美しさを両方携えていた。
天に掲げた緋想剣を胸の前に戻し、目の前にいるディアブロス向かって大地を蹴る。羽の如き軽さを覚えた天子はそのまま軽やかな足取りで側面に回り込んだ。
「無念無想の境地」
天子が発動したそれは、身体強化の魔法の一種だ。自身の魔力を身体の筋肉組織に働きかけて攻撃力、防御力や素早さなどを格段に上昇させる天子の秘技である。
さらにオマケとして身体強化を図ったことで怪我の痛みが感じられなくなっている。一種の麻酔のような効果だが、今の天子にとってはそれが一番ありがたいものであった。これで、しばらくの間痛みを気にすることなく戦える、と。
「はあっ!」
素早さを増した天子の一撃がディアブロスに向かう。これまで振ってきたものよりも数段鋭く俊速の斬撃は、ディアブロスの堅固な甲殻に押し負けることなく―――一筋の傷を入れて甲殻を僅かに砕く。
「うし!」
喜ぶのも束の間、さらに追撃をかける天子は、縦に振り下ろした剣を手首を捻り返して逆袈裟の要領で斬り返す。「無念無想の境地」で高まった集中力が天子の一撃一撃に反映し、切れ味の増した剣戟となって斬撃を展開しているのだ。
斬撃が通りダメージが内部に通ったのか、ディアブロスが一撃に敏感に反応し天子がいた場所目がけて噛みついてくるが、それを天子は余裕で躱してさらに斬撃を与える。右左脚、そして隙ができた前方に回って頭部に二撃三撃。
「通る……攻撃が、通る!」
攻撃を与え続ける天子は歓喜を覚えていた。
これまで何度振るい続けても通らなかった緋想剣の刃。それが、決して易々にとはいかないまでも弾かれることなく通っている。そのことが、天子の心を高ぶらせて止まない。
天子は必要以上に高まりだす歓喜の感情を抑えつつ、それを動力源として剣を振るう糧とする。糧はエネルギーに変換され、剣に注がれる力の一部分と成す。
斬撃が通ると分かれば―――戦える。
一筋の光明が天子を明るく照らし、闇を斬り裂く小さな希望の光となる。この調子、と意気込んだ天子は攻撃の手を緩めることなく剣戟を叩きこんでいく。
ヴオオオオオオ!
途端に勢いを増した天子。それは、当のディアブロスにとっては鬱陶しいことこの上ないに違いない。周りにまとわりついて離れない煩い羽虫を払うが如く、ディアブロスは己の象徴たる角を天子に向かってすくい上げた。
「二度も―――」
下段から上段へと振り上げられる角の横にサッと回避して頭めがけて高く跳び上がり、
「当たるかぁ!」
跳躍の頂点部から、空中で幹竹を割るが如く真上から下へと勢いよく振り下ろす。
グオオオオ!?
重力を味方に天子自身の重さを上乗せした一撃は、ディアブロスの頭部に直撃して厚い甲殻の一部を破壊し、ディアブロスはたたらを踏んで怯んだ。痛みを振り払おうとでもしているのか頭をぶんぶんと横に振っており、攻撃が十分に通ったことを証明している。尻尾までも振り始め、天子はそれを回避するべく股に潜り込んでついでとばかりに斬撃を振るった。
二撃を振るった天子は無理せず引き下がり、連続攻撃で乱れた息を整えた。
(はあ、はあ……いい、調子!)
休憩を挟みながらも緋想剣を構え臨戦態勢を解くことはせず常に目線はディアブロスに向け続ける。流石に手馴れているとはいえ、それなりの重量のある剣を振り続ければ息も切れる。だがこのいい流れを断ち切りたくはなかった。天子は休憩もそこそこに再びディアブロスの脚に向かって斬り込んでいく。
しかし、ただディアブロスもやられているわけではなかった。砂漠の王者としての格は伊達ではなく、天子が数回斬り込んだだけでは痛む素振を見せない。息が切れて一瞬集中力が途切れた瞬間に、体当たりで天子を足下から排除しようとした。
天子もモーションが見えてから回避しようとしたが、息切れで僅かに気が鈍ってしまい反応が遅れた。何とか躱そうとしたが、右に向かって体当たりをしたディアブロスの脚に引っかかってしまいディアブロスの外側に弾き飛ばされてしまう。
「くっ……」
幸いに被ダメージ量は少ない。ブーツの底に力を込めて転倒せず何とか態勢を保つ。勢いを少しでも削ぐために砂地に手をつけたが、それはどうやら失敗だったようで細かい砂が手に当たって地味に痛い。
態勢を整えたときには既にディアブロスは次の攻撃の構えをとっており天子は仕方なく攻撃の射線上から逃れた。突進を繰り出すディアブロスは天子からかなり離れたところで急停止し、再び天子に向かって突進を敢行する。まさかいきなり止まるとは思いもよらなかった天子は、急いで攻撃を中断して射線上から逃れる。
流れを断ち切られた、天子はそう感じ舌打ちをうつ。主導権を奪っていた天子から、ディアブロスが再び息を吹き返して元の力を発揮しだしたのだ。もとよりディアブロスの方が地力は勝っていたのだから、天子にとっては悪い流れだと感じざるを得ない。しかも立て続けに攻撃して疲労も蓄積しつつあるから尚更だ。
グォォォォ―――
なかなか倒れない天子にとうとう苛々が頂点に達したのか、ディアブロスは黒い息を吐きながら怒りだした。車の排気ガスのような黒い息は、まさにディアブロスの今の感情をそのまま体現しているようで言わずとも緊張感に身が引き締まる。
ディアブロスの怒り状態時は、怒りのパワーで攻撃力と速度がとんでもないことになる。巨体に見合わぬスピードは、天子の目でも追いにくいほどだ。
「……!」
ディアブロスは怒り状態になると必ずといっていいほど威嚇行動をとる。それは相手に自分自身の状態を知らしめる行為なのだろうが、天子にとっては都合がよかった。こちらに威嚇している間に一撃でも多く攻撃を入れる、そう天子は思って駆け出した。
しかし、ディアブロスは天子が到達するよりも早く地面を削って地中に潜っていった。かき出された砂を被りたくないし、万が一掘った穴にはまると洒落にならないので天子は一旦攻撃を中断して立ち止まった。立ち止まったところで天子は剣を地中に突き刺して「先憂後楽の剣」を唱える。
「先憂後楽の剣」でディアブロスが地中から飛び出してくるのは実証済みだ。地震というのは地上よりも地下の方が揺れが大きいものであるから地中へのダメージはかなりのものとなる。地上に現れるディアブロスに備えて天子は意識をそちらに移す。
―――だが、ディアブロスは現れない。
一瞬訝しんだ天子だが、その後天子が起こした地震とは関係のない揺れが周りを襲ってきた。
「まさか―――!」
悪い可能性が浮かび上がった天子はすぐさまその場から移動を開始する。大地が盛り上がりかけたその瞬間、天子は横っ跳びに回避した。
ヴオオオオオオオ――――!!
晴天を突く攻撃が地中から襲いかかる。大質量を伴って現れたディアブロスは丁度先程まで天子がいた場所から襲いかかり、勢いよく出てきた勢いのまま数十メートル先まで進んで行った。
着地と同時に前転をした天子は何とか受け身を取り、膝をついた状態でディアブロスに向けて驚愕した。
「さっきは効いたのに……」
最初、天子が技を発動したときは確かに効いていた。なのに一体何故……?
「……そういや、怒ると攻撃のレパートリーとかダメージの与え方に違いが出るモンスターがいるって聞いたことあったっけ……」
町で冒険者稼業をしているときに、同業者からそれらしき情報を聞いたのを天子はおぼろげながらに思い出す。しかし砂漠周辺にはそういうモンスターがいないため記憶から消えていたのだ。
モンスターとの戦い方は実際に遭遇しなければ分からない。たとえ座学で知識を仕入れようとも実践で得なければ役に立たない。ある一つの真理めいたことを脳裏に刻みつける。
「つまり、怒ってるときはあの攻撃は効かないわけね……」
チッ、と舌打ちする。
「本当にキレたら厄介ね。ただでさえ攻撃する機会があまりないっていうのに……」
遠くから突進して距離を一気に詰めてきたディアブロスに対して、天子は右に前転して回避する。その際、衝撃で巻き起こった砂埃を吸い込んでしまいゴホゴホとむせ返す。
「相も変わらず滅茶苦茶重い攻撃よね……まるで闘牛ね」
天子目がけて一途に突進し、なおかつ天を貫くような双角を持っていれば、その表現もあながち間違いとは言えない。口の中に入った砂を吐き出しながら、誰かに向けたものでもない言葉を天子は独り言つ。つぶやいた言葉は空中に溶け出していった。
流れは未だ取り戻せず。焦り出した天子は追撃を加えようと駆け出そうとするが―――
「ぐう!!」
太く鋭い針で体中を突き刺したような痛みが、その痛みを忘れてかけていた天子に思い出させる。激痛が走り、たまらずに天子は膝をついた。
「く……効果が、きれた」
痛みを消した、いや消えていたと錯覚させていた「無念無想の境地」の効果がなくなり、怪我の痛みが再来したのだ。
「無念無想の境地」とは一種の強化剤であり、いわゆるドーピングに近い。技の効果で一時的に痛覚を遮断していたのであって、決して痛みそのもの原因が消えてなくなったわけではない。むしろ体を酷使したため痛みはより酷くなっている。
それよりも、ここで蹲っているのはマズい。天子はポーチから回復薬の瓶を引っ張り出して喉を一気に潤した。回復薬では根本的な治療はできないが、ほんの少しだけなら痛みを緩和してくれる。
とは言っても気休め程度。「痛みで動けない」から「我慢すればかろうじて動ける」ぐらいにしかならないのだが。
「……はあっ、はあ」
ギリギリだが緋想剣も握れる。天子は、心まで折られてたまるか、とディアブロスを睨み返した。
「―――お待たせしました総領娘様」
そうどこかで声が聞こえ、同時にディアブロスの側面に電撃が走り、稲妻が辺りに散開する。横からの突然の攻撃にディアブロスは怯んだような悲鳴を上げ、雷が撃たれた方角へと体を転換させた。
天子はその声に胸を高鳴らせ、期待のこもった声でその声の主を迎えた。
「衣玖……やっと来たのね」
「真打ちの登場ですね」
ディアブロスを牽制しつつ、衣玖は天子の前にふわっと舞い降りる。
「誰が真打ちよ。さっきまでくたばって奴がよく言うわね」
「その節はどうも。時間稼ぎありがとうございます」
「……なんか私がアンタの時間稼ぎのためだけに戦ってたみたいな言い方やめてくれない?」
そう皮肉を言いつつも、衣玖が戻ってきてくれて高揚感が高まりつつあるのは抑えられない。心なしか、傷の痛みも少しだけ引いてきているような気もしなくもない。
「遅すぎよ。遅すぎて、もう少しで倒しちゃうところだったわ」
「その割には随分とボロボロですが?」
「主人公っていうのはね、中盤では敵にこっぴどくやられるのがお約束なの」
「特撮ではお馴染みですね。最終的には新必殺技を覚えて敵を木端微塵ですか」
「メタ発言は止めて。普通に倒すだけだから」
呆れ顔で天子は溜め息を吐いた。
「……くす」
「な、何よいきなり笑い出して気持ち悪い」
「いえ、いつもの調子に戻りましたね、と思いましてね」
「…………そうね。確かにいつもの私たちだわ」
天子は静かに考える。
衣玖が来たらどうも調子が崩される。でもそれは、決して悪い意味でのことではなくて、ある種の信頼の形ではないのかと。
衣玖がいれば負ける気がしない。そんな悪い想像はどこか遠い彼方に消えていってしまう。二人で一つ、なんて青臭いことは言うつもりはないけれど、今ばかりはそんなことをちょっとだけ思ってみてもいいのではなかろうか。
クスリ、と少し微笑んだ天子は赤黒く日光を浴びて輝く緋想剣をディアブロスに向けて言う。
「ほんじゃまあ…いつもの私たちのように、倒しちゃいましょうか」
「ええ」
二人は並び立ってディアブロスへと狙いを定める。振り続ける雪のように静かに闘志を燃やし、ただ目の前の強敵を討つことだけを頭に思い描く。天子と衣玖の心は、確かに一致していて。
負ける気は、何故かしなかった。
遅れてしまって本当に申しわけありませんでした!!!
言い訳するつもりではないのですが、一応理由を。レポートが忙しくて……
大学って案外暇無いんですね……。こんなにも私とリアル大学生活で意識の差があるなんて思わなかった……!