異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
太陽が顔を覗かせて間もないころ。ランデルの町の北門には多数の人だかりができていた。ギルド関係者や駐屯兵、その他整合性のない面々が顔を合わせ、円を作るようにして並んでいた。朝早い時間のため、夜更かししていたのかはたまた夜勤明けなのか、欠伸をかみ殺している人もそこそこにいた。
その円の中心にいるのは天子と衣玖。天子は背中が隠れるほどの大きなザックを背負い、衣玖はそれよりは小さめのザックを背負っていた。
その風貌は、まるでこれから旅にでも出る人の出で立ちだった―――
「本当に……町を出て行っちゃうんですか?」
その屈強な大人がほとんどの中で一際小さな体のアリアが、天子の手をギュッと握りしめ、そんなことを言ってきた。
そう、天子と衣玖はこの町を離れるため、こうして大荷物で門のそばで立っているのだ。周りの人たちはそれの見送りで、アリアもそうした一人である。
アリアの、悲しみを隠さずに放った言葉はそれだけで破壊力があり、並大抵の人間や男なら一発で陥落してしまうほどの可憐さを含んでいた。それを一切憚ることなく臆面も出さずに発揮していることから、アリアが天子たちに留まってほしがっていることが容易に理解できる。
しかし―――天子と衣玖は、アリアの言葉を否定することなく頷いた。
「やらなくちゃいけないことがあるから。それを成し遂げるにはここに留まってちゃダメなのよ」
やらなければならないこと。それは、二人が元いた幻想郷に帰るための方法を探すことだ。
この町はとても居心地がいい。友人や親しい知り合いもたくさんできたし、それなりに愛着はある。二人もここを離れると決意すると少しだけ寂しい気持ちが湧き上がってきたのも事実だった。
しかし、それでもここに居続けることはできない。二人が本来収まるべき場所は、遠く隔てた世界にあるのだから―――
天子はばつが悪そうにアリアに向けてそう言い、明るい口調で言葉を付け足した。
「大丈夫。またいつか会えるわ。お互いが生きていれば、きっとね」
諭すように天子はアリアの手をギュッと握り返す。俯いていたアリアが見たのは、ニカッと屈託なく笑いかける天子の笑顔だった。それを見たアリアは、痛みに耐えるように唇を一文字にきつく結び、やがて顔を上げた。
そこにあったのは、にっこりと笑ったアリアの向日葵のような笑顔だった。
「……はい!」
「今度また、一緒にお茶でもしましょ」
「またケーキが美味しい店でも探しておきますね」
「おっ、いいわね~」
ガールズトークが繰り広げられている中で、衣玖はベティと挨拶を交わした。簡単な受け答えだったが、それでもベティが二人のことを思っていたのは空気を読まずとも明らかだった。
「うしろが詰まるから」と言ってその場を離れたアリアの次にやって来たのは『琥珀のブローチ』面々だった。
「よう、これでこの町のギルドも寂しくなるな」
「ダニエル……アンタも随分と世話になったわね」
「いいってことよ。新人指導は先輩として当然のことだからな」
「でも今じゃ私たちの方がランク上よね?」
「揚げ足取るなって」
ハハハ、と一同笑いに包まれる。しんみりとした雰囲気に笑いが起きたことで空気が一変し、明るいムードが場に安らぎを与えた。しんみりとした出立は嫌だった天子にとって、ダニエルの快活で豪胆な性格は良い雰囲気を持ってきてくれた助け舟だった。こういう人物はいてくれるだけで空気が変わるからとてもありがたかった。
「はいはい、んじゃ私からはこれね」
「ティア……ってこれってもしかして!?」
「売れ行き好調満員御礼のうちの人気ナンバーワン商品、回復薬改良版!」
「今ランデルでもの凄く売れてて予約半年待ちのやつですよね……こんなによろしいのですか?」
衣玖はティアから回復薬の瓶を遠慮がちに二十本ほど受け取った。
この回復薬改め回復薬改良版は、ティアの店で売られている人気の商品だ。その売れ行きは凄まじく、店舗は常に「sold out」の看板が掛けられており予約でも半年先まで購入することができないほどである。しかも、企業間連携と名目を掲げて帝都に本店を置く大商会までもが委託販売をさせてくれないかと商人が相次いで面会に訪れる始末で、現在のランデルの物流の要ともいえるほどの影響力を持っているのだ。
その大人気商品をぱっと二十本も手渡してしまったのだから二人にとっては目から鱗の出来事である。冒険者のみならず、周りの兵士や一般人までも羨望の眼差しで小瓶を見続けていた。
そして当の本人と言えばなんでもない、とばかりの表情である。
「いいのいいの。元はと言えば貴方たちがヒントをくれて思いついたものなんだし、これでも全然足りないくらいよ」
ティアの店は現在、回復薬改良版を筆頭に売れ行きが以前の何倍にも膨れ上がっており、毎日のように長蛇の列を作りあの小さな店では到底収まりきらないものとなっている。いずれ店を建て直して大商会にも劣らない大店舗を建設し、いずれは帝都にも進出するような巨大な店に成り上がるかもしれない。そう予感させてならない。
そんな可能性を抱かせるティアが、自分たちに無償で援助してくれたことが、二人は無性に嬉しかった。
「ティア、ありがとう」
「ありがとうございます。有効に使わせてもらいます」
小瓶をザックに詰め込んで天子は勢いよくザックを担ぎ直し、名残惜しい別れに終止符を打つことにした。積もる話も多々あるが、いつまでも駄弁っていては先に進めない。
「それじゃ、そろそろ行こうかしら」
「行くのはいいが……お前ら、これからどこに向かうんだ?」
「どこってそりゃあ………………どこに行こう?」
「考えてもないのに出発しようとしてたのか……」
ロビンは能天気すぎる天子に呆れ顔を作った。反論しようとする天子から地図をひったっくり、砂漠を越えたずっと南のある個所を指した。そこは他の町よりも大きくマークされており、一目で大きな町というのが分かった。
「まあいい。とりあえず、帝都ミスニーンにはいかない方がいい」
「帝都には? 何で? 帝国の花の都なんでしょ?」
「確かに帝国の首都でこことは比べ物にならないくらいに栄えてるが、今帝都は治安が悪い。お前らなら余程のことが無い限り大丈夫だと思うが、わざわざ火中の栗を拾う真似をすることもないだろ」
「そうじゃな。ロビンの言う通り今帝都に行くのは得策ではなかろう。ならば、リューベック王国に向かってはどうかな?」
「リューベック王国……?」
疑問符を浮かべる二人に対し、会話に横入りしたアルノーは地図上の西の方角を指さし、点線が重なっている山の連なりのところを指先で軽くなぞった。
「ここがリューベック王国じゃ。ここがランデルで…この町を北上していくつかの村を経由して帝国と王国の境界線となっとる山脈の手前にある関所を越えれば王国に着く。関所を越えるには通行証明書が必要じゃが、儂が紹介状を書いておいた。ギルドマスターの儂の名前があれば難なく通れるじゃろうて」
アルノーは懐から封蝋の入った手紙を「これが紹介状じゃ」と言って衣玖に手渡した。
ランデルから細い線となって書かれている街道を北上し、その先の村を中継して山脈の麓に関所の印がある。これを西行して、点線で描かれている境界線を越えるとリューベック王国と書かれた領域に入る。ここからは帝国とは違う国に変わるのだろうが、今でも特に国ということを意識していない身としては「ふーん」という程度の感慨しか持てなかった。
そしてさらにその先の街道をずっと進み、やがてアルノーの指は「王都メルン」と書かれたマークをトントンと叩いた。おそらくここが王国の首都なのだろう。
「王国とはどのようなところなのでしょう?」
「一言では言い表せんが……とても美しいところじゃ。知りたければお主の目で実際に確かめることじゃな。そのほうが感動も大きいじゃろ」
「それもそうですね。期待しておきます」
地図を天子に返し、「ほほほ、頑張りたまえよ若人」と蓄えられた白い髭をなぞった。自分たちの方が長生きしてるけどね、と苦笑いをした二人は、あらかた話も終えたとそろそろ出立することにした。
「それじゃ……私たち、そろそろ行くわ。皆、今までありがとうね」
「また会いましょう、皆さん」
「また来てくださいね、天子さん衣玖さん! いつでも待ってますからね!」
「天子さん、衣玖さん、今までありがとうね。私たち家族はいつでも貴方たちを歓迎しますから」
「怪我すんじゃねえぞ。それと、また顔見せに来てくれ。アリアが喜ぶからな」
「ガハハ! また一緒に酒飲み合おうや! テメエと飲む酒は美味いからな!」
「もう一度会うときは店もっと大きくしてるから、そのときは遠慮せずまた寄ってね」
「新たな冒険者の門出に、多大なる幸運を。向こうでも達者でな」
天子と衣玖は多くの人々に見送られながら町を去った。町を出たそこは砂漠の荒れ果てた土地ではなく低いながら草木が生えるサバンナのような場所で、まるで二人の出立を示しているかのような、大胆な景色の変化があった。
透き通った清々しい青空は純粋な紺碧色で占められており、無垢で何物にも汚されていない真っ白のカンバスのようだ。
これからこの空のカンバスは真っ黒に染まって雷鳴を呼んだり、灰色に染まった曇り雲に包まれたりなど、様々な変化があるのだろう。素晴らしい色合いが生まれたり、逆に濁った悪いテイストに塗れた作品が完成するかもしれない。けれどそれこそが旅というもので、人生と呼べるものなのだろう。
この空は、そう、人生という名のカンバスのなのだ―――
町の皆は、去ってゆく二人の背中を、彼女たちの姿が見えなくなるまで、そのときまでずっと手を振り続けていた。
◇
遠くにまだ町の姿が小さいながら見える。せいぜい三メートルほどの比較的背の低い木がポツポツと。そして小さな灌木がこのサバンナに生える植生だ。
もみあげだけ元の長さを残した蒼色の短髪、自身の背が隠れるほど大きいザックを抱え、緋想剣を腰に吊るした―――比那名居天子。
ひらひらの緋色の衣を纏い、人の目が無い場所で宙に浮かび、雷を操る―――永江衣玖。
「なーんか、ようやく第一歩を踏み出した、って感じがするわね。ランデルに長いこといたからかしら」
「おそらくそうでしょうね。王国に着いて一息ついたら手紙でも送りましょう―――む?」
「どしたー?」
「モンスターの気配です」
「出立いきなりとか勘弁してほしいんだけど…」
「出てきたものはしょうがないでしょう。ほら早く戦闘準備戦闘準備」
「はいはい、敵はどなたさんですかー……っと」
天子はザックを地面に置いて緋想剣を抜き、辺りをキョロキョロと見回す。辺りは遮蔽物が少ないサバンナであるから、視界に困るということはない。砂漠の岩山で出合い頭に唐突に現れることがないのでありがたい。
適当にチラチラと周りを見渡していくと、二人はこちらに接近してくる影を捕捉した。
「あれは……」
「ドスランポスね。まあたここいらでは珍しいもんが」
ドスランポスは木々が比較的多い森で見つかることが多く、この周辺での発見例は皆無ではないが非常に少ない。その理由は明快でドスランポスが餌にする食糧源がこの周辺では取りにくいことが理由に挙げられる。餌が少ない土地でわざわざいる理由はないのだから。
遠目に見えるドスランポスはこちらに向かって直進しており、その行動には迷いが一切見えない。天子は悪態を吐きながら戦闘態勢に切り替えていく。
「あーあ、町を出てから三十分も経たないうちに戦闘とかついてない……。パパッと倒して先に進みましょ」
「……いや、待ってください、あれは……」
面倒くさりながら剣を構える天子を衣玖は手で制し、全くの無警戒に進んでくるドスランポスを観察した。ドスランポスに、何故か敵意が感じられない。接敵した段階で常ならモンスターから積極的に襲いかかってくるはずにも関わらず、あのドスランポスからは敵意らしい敵意が感じられず、むしろ、友好的な雰囲気すら感じ取れられて―――
そしてもう三十メートルぐらいの段階で細部まで目が届くようになって、ドスランポスの脚にあるものが巻きつけられているのが見えた。
「まさか……あれってあのとき助けたドスランポス?」
「の……ようですが。歩けるまで回復したんですね」
「…って悠長に構えてる場合じゃないって!」
天子は衣玖の腕を押しのけ、剣を前に掲げた。あのときのドスランポスであろうと、襲ってくるのならば容赦するわけにはいかない。天子は通常の戦闘の如く警戒の色を強めて、既に目の前に姿を晒しているドスランポスと相対した。
しかし、天子もこのドスランポスから敵対の感じがしないと気づく。何故、と考えるよりも早く、ドスランポスは天子と衣玖の目の前で頭を垂れた。それは馬が騎乗者に対して恭順の姿勢を示すような、あるいは友と認めているかのような、どちらにせよ今すぐ何か攻撃をしかける姿には見えなかった。
「……敵対心は無いようですが」
「もしかしてこいつ、私たちが助けたことを覚えてる……?」
試しに天子は緋想剣を鞘に収め、相変わらず頭を垂れ続けているドスランポスに恐る恐る近づいてみた。ドスランポスの隣に立った天子に、ドスランポスは首を動かし天子の頬にすり寄せ、まるで子犬のようにじゃれついてきた。
「クァァ」
「ちょっ、やめ、あ、あはははっ! くすっ、くすぐったいわよ!」
「クアアア!」
「わっ!?」
ドスランポスは服の襟をくちばしで掴むと、天子の軽い体をポーンと後ろの自身の背中に放り投げた。ドサッと心底驚いた表情で天子はドスランポスの顔を見た。
「まさか……乗れって?」
「クアア!」
「ドスランポスは なかまになりたそうに こちらをみている」
「……いや、マジでそう思ってるのかしら? ついて行きたいのかしら?」
「きっとそうでしょうね。随分と懐かれているようですし。騎馬ならぬ騎竜とはこれいかに」
「連れて行ってもいいのかな…」
「別に構わないのでは? ドスランポスに乗って行けば移動に関して随分楽できそうですよ。多分アプトノスより速いでしょう」
衣玖は地面に置かれている天子のザックを拾い上げて手渡した。重量に関しても、ドスランポスは特に気にしていない感じである。
「ドスランポスを なかまにしますか?
▷はい、します!
モンスターがなかまとかちょっと…」
「どこのRPGよ! しかも何でシステムコマンド風!」
「それでするんですかしないんですか。さっさと決めてくださいよさあさあ」
「くっ、最近見ないと思ったらこんなところで調子乗りやがって……」
天子は衣玖の催促を無視し、今後のことを考えた。確かにドスランポスに乗って行けば移動に関してはかなり楽ができる。ドスランポスの背中の広さとザックの大きさを鑑みるとおそらく定員は一人だけだろうが、衣玖はこの手の乗り物が苦手なため乗ろうとしないだろうし、なにより衣玖はデフォルトで飛ぶことができるから騎乗する必要性は全くない。
そして何より、衣玖以外に仲間ができたということが単純に嬉しい。それが人間でなくとも、懐いてくれているのだから文句があるはずもない。
「……いいんじゃない? 仲間ができたなら拒む理由も特にないし」
「そうですか。では、これからよろしくお願いしますね」
「クァァ」
衣玖に頭を撫でられたドスランポスは、心なしか気持ちよさげに一鳴きした。すっかりなんかペット枠に収まったなあ、と天子は苦笑いして溜め息を吐いた。
「……何だか楽しくなってきたわね、衣玖」
「そうですね、総領娘様」
天子はニッと歯を見せて笑い、衣玖はふっと微笑むように小さく笑う。お互い、これから起こる出来事に思いを馳せ、それが楽しいものであると確信したのだ。
それは、こんな面白い出来事が出立直後に起こったのだから。天界では味わうことができないであろう、刺激的な日々が今後待ち受けていると理解すると、嫌でも高揚せずにはいられなかった。
「それじゃあ、行くわよ! 目指すはリューベック王国! のりこめー^^」
「おー^^」
「クアアー!」
天子はぺしぺしとドスランポスの背中を軽く叩き、それを受けたドスランポスは一鳴きして力強く大地を踏みしめて駆け出し始めた。衣玖は羽衣をはためかせて飛翔し、ドスランポスの隣に併走する。飛びそうになる帽子を片手で押さえながら、天子は遥か地平のその先を夢想した。
この先に進んで町・村を経由し、関所を越えて王国に入る。その先にあるものが一体何なのか、未知を探る探検家のような気分だった。
天子と衣玖、そしてドスランポスは、山脈を越えた遥か遠くに位置する王国に向けて、第一歩を踏みしめたのだ―――
一 章 完 結
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!今後についてなどは今日の夜にあげる予定の活動報告でじっくり語りたいと思いますので、よければそちらもよろしくお願いします。というより重要な話があるので、できれば見ていただきたいです。
あとがきでは多くは語れないのでとても簡潔に。
ここまでこの私の作品、「異世界緋想天~天子と衣玖の異世界旅行記~」を愛読していただき本当にありがとうございます。今後も二人の活躍は続きますので、引き続き見ていただければ幸いです。
では、残りは今夜の活動報告にて。