異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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二章スタートします!


第2章 波乱めく王国
42話 緑の大地


 砂の黄土色と空の青色の景色に目が馴染んでいた二人は、眼前の色彩豊かな景色に感心せざるを得なかった。砂漠の乾燥した場所では滅多に見ることのなかった雲が青い大空にインクを落としたかのように点在しており、青と白のコントラストが心を洗浄する爽快さを与え、草木が生い茂る道中は砂漠の閑散さとは打って変わり、動植物が生きている瑞々しさがそこにはある。

 今まで体温上昇を食い止めるクーラードリンクが常備されていたが、ここではその必要もなく過ごしやすい気候だった。太陽がまぶしく若干汗ばむが、砂漠の灼熱地獄に比べれば可愛いものである。

 

 

「ホント、砂漠を出たら天国のような陽気ね」

「雨もありませんし、丁度いいくらいですね」

「クアアー」

「こいつも快適だって言ってるわ」

「なるほど、同じ仲間ですものね。言っていることが分かるのですね」

「誰が野生だこら」

 

 

 街道として整地されていない道を、天子と衣玖、そして一体のドスランポスが駆けてゆく。背中に自身の身長とそう大差ない大きさのザックを背負い、実質二、三人分ある重量も苦も無く両足を大地に踏みしめる力強いドスランポスの背にまたがり、衣玖の軽口にツッコミを入れる。アプトノスよりアップダウンの揺れが強いが、天子は特に乗り物酔いとかそういう類の症状に苛むこともなく、唯一落馬ならぬ落竜だけはしないように背中の皮膚をしっかりと掴む。ごわごわとした鱗に覆われた皮膚は意外と手に馴染み、つるりと滑る心配はおそらく無用だと思われる。

 そして、衣玖はどうしているかというと、彼女が妖怪であることを思い出せさせるようにドスランポスと並走しつつ飛翔していた。雷雲の間を泳ぐ龍宮の使いの名に恥じず、ドスランポスの速度にもしっかりとついて行っている。緋色の羽衣をなびかせて飛翔する姿は、さながら海を回遊する魚のようだ。

 

 二人と一体は数か月滞在し住み慣れたランデルを離れ、王国へと至る関所まで進んでいるのだ。

 現時刻はおよそ昼過ぎ。ランデルを出て初めての夜を野宿で過ごし、一夜明けた早朝から時折休憩を挟みつつ今の場所にいる。

 

 

「地図上の距離と歩いてきた時間を考えると、そろそろ次の町に着くはず。そろそろいい加減町が見えてほしいものね」

「おや、もう町が恋しくなったんですか。辛抱が足りませんよ」

「そうは言うけどさ、もうずっと人混みに揉まれてたんだからこの人気のなさが逆に気持ち悪いのよ」

「旅をしていたらどちらかといえばそっちの方が多くなるでしょう? 早いところ都会っ子宣言は卒業してくださいな」

「別に都会派を主張したいわけじゃないけど……」

 

 

 事実、徒歩の旅を続けていれば人にかち合わないことなどざらである。集落もあちこちに点在しているのではなく大体一か所に固まって立地していることが多いため、いるところには人はいるし、逆にいないところには草の根かき分けても見当たらないのである。

 それはモンスターや魔物、この世界には元の世界以上に危険な存在が隣り合わせしていること故の対策である。個別に家を建てたりしては彼らの餌食になるのは火を見るより明らかなのだ。

 当然として、外で野営するときも厳重に注意しなくてはならず、火の取り扱い一つにしても注意が必要だ。気づいたらモンスターの胃の中だった、では洒落にすらならない。

 もっとも、それに気づかない二人ではなかった。加えてドスランポスという優秀な番犬もいるのだから、事前にある程度周りの状況は把握できるのだが。

 

 

「そんなことより衣玖がピュッと上から見てくれればどこら辺か分かると思うんだけど」

「そんなことをしたらロマンがなくなるではありませんか。嫌ですよ」

「んなロマン捨てちまえゴミ箱に」

 

 

 と衣玖の軽口を吐き捨てるようにへの字を作る天子。そんなバカげたやりとりが通じたのか、ドスランポスは「クァクァクァ」と喉を鳴らすような声をあげる。

 天子は馬鹿にされたと感じて「笑うんじゃないっ」とドスランポスをぺちぺちと叩く。本気の殴打でないのでその程度で応じるドスランポスではなく、一鳴きして気が済んだのかその後はそのまま歩き続けるだけだった。

 和やかな雰囲気ができあがりつつあったそのとき、一段僅かに高く飛んでいた衣玖が、目の前に気づいた。

 

 

「……お。総領娘様、待望の町ですよ」

「えっ? あ、ほんとだ」

 

 

 少し丘陵になっている草原を抜けると、目の前に広がるのは左方に巨大な山々、前方に小さな町。それと、風に揺らめく草原と木々の乱立だった。

 

 

「地図によると……フィーツという町でしょうか」

「そんなの町の人間に聞けば早いこと、よっ! ハイヨー!」

「クア!」

「ちょ、総領娘様……はあ」

 

 

 ドスランポスを叩き(はたき)、なだらかな丘陵を走り下って行く天子を乗せたドスランポスの後姿を衣玖は溜め息を吐きながら見送る。元気いっぱいで結構なこと、と左方にそびえている竜の背中を彷彿とさせる山脈から吹きおろす風になびく髪を押さえつつ、飛翔を止めて地面に降り立ち町へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 その町、フィーツはランデルと比べると遥かに規模が小さな町であった。石造りの堅牢な城壁ではなく木製の城柵。ランデルと違い伐採可能な木々が近隣に豊富であることも木製である理由の一つなのであろうが。

 それでも門もあり、きちんと町の体裁は整えられている。丸太を重ねた城門は、それでも十分に門としての機能を果たしておりそう簡単には崩れなさそうな堅固さを内に秘めている。

 天子と衣玖はランデルに初めて来たときのように、門の前に立っている兵士の前まで来たのだが……。

 

 

「ちょ、ちょちょちょ! ちょっと待った、なんだいそいつは?!」

 

 

 その兵士が天子を指さして、厳密には天子を背に乗せているドスランポスを指さして、手に持った槍を危なげに構える。ランデルのそれと比べると練度はそう高くもないようで、やはりランデルは大きな町だったんだな、と再認識した。

 突然槍先を向けられても動揺する二人ではなく、むしろ天子は何故そう身構えるのか疑問に思った。

 

 

「見て分かんないの? もしそうならアンタのその目は必要ないわね」

「……まさかドスランポスとでも言うんじゃないだろうな」

「そうだけど?」

 

 

 何を当たり前なことを、と天子は言いたいばかりだ。その様子に衣玖は「しまった…」と額に手をやり、兵士は悪意はないと感じたのか槍を収めた。

 

 

「……悪いが肉食竜は町に入れないよ」

「えっ、どうして!?」

「総領娘様。今でこそこの子は私たちのお供ですけど、本来はモンスターですよ」

「そういうこと。危険な存在のモンスターを町の入場を許可するわけにはいかないからね」

「確かにそうかもしれないけど……でもこいつ、私の言うことちゃんと聞くし、襲うなって言ったら襲わないわよ」

「そいつが君に懐いているのはよくわかるよ。信頼しているから上に乗っていたんだろうしね。けど、町の他の人が怖がったり、アプトノスとか草食竜が怯えて暴れ出したりするかもしれないだろう? そうなったら大変だし、それで死人が出たら君は責任が取れるのかい?」

「う……」

 

 

 兵士の言うことは真っ当なものだ。いくらドスランポスが二人に懐いていたとしても町の人間がそれを知っているはずもなく、むしろ肉食竜が侵入したと大騒ぎになるかもしれない。責任が取れるのか、と聞かれても取れるはずもなく、天子は大人しく引き下がるしかなかった。

 一旦城門から離れ、近くのこじんまりとした林に入った二人はドスランポスから荷物を下ろした。鞍の代わりにしていたマットもザックに詰め込み、天子はドスランポスを申し訳なく撫でていた。

 

 

「ごめんね、中に入れられなくて」

「クアアー」

「この町を出るときにまた連れ出しますから。そう長く滞在しないでしょうし、それまで我慢してください。少し肉は置いていきますから」

 

 

 心配しないで、とでも言うかのようにドスランポスはくちばしを天子の頬に擦りつける。そんな情景からもドスランポスが天子に懐いていることが顕著に表れており、こういう場面を見せれば町の人たちも少しは考えを変えてくれるのではと思いもしたが、恐怖が全てに勝ってしまうだろうと衣玖は思い直した。

 ザックから焦げ茶色の燻製肉を取り出し、ドスランポスの目の前に置く。この燻製は野営のときに作ったもので、肉は森に入って鹿を狩って得た物だ。肉はこうして燻製にすると長持ちするということをどこかで聞いた覚えがあったので実践したのだが、案外上手くいくもので、いい感じにできあがった。

 

 

「いい? 私がいないからって人を襲っちゃダメよ? もし見つけたら無視、冒険者に襲われそうになったらとにかく逃げなさい。人間以外の動物なら狩ってもいいから。あっ、でも人が連れてる動物はダメよ!」

 

 

 天子は、まるで子供にルールを言い聞かせる母親のようにドスランポスに注意を施していく。背伸びしたいのかな、と衣玖は傍から優しく見守ることにし、ドスランポスはそんな天子の忠告に元気よく「クア!」と一鳴きした。

 

 

 

 

 

 フィーツに入った二人はまず今日宿泊する宿を探すことにした。元々それほど大きい町でもないことから宿を探すにもそれほど苦労もなく見つけることができた。

 

 

「二人で一部屋、一泊お願いします」

「朝食付きで三千だね。夕食は出ないからそこんところは勘弁しておくれよ。ほい鍵」

 

 

 カウンターにいたおばちゃんから「二○一」と書かれた鍵を受け取り、階段を上がって部屋に入った。背負っていた荷物を下ろし、備え付けのベッドに腰かけた。

 

 

「就寝……と言ってもまだまだ日没には早いですが、どうします?」

「決まってんでしょ。散策よ散策、外に出るわよ」

「まあ分かってました(予知夢)」

 

 

 そんなわけで二人は荷物を再び担ぎ直し、財布など貴重品だけ身につけて残りはカウンターに預かってもらい、町へと繰り出した。

 町の様子は、小さな町ということもありランデルほど活気づいてはいない。が、閑散としているわけではなく、適度に人間の往来はあり、市場もそれなりの賑わいを見せている。その市場は大半が天幕を張った露店販売であり、常設店舗など大きな商会が管轄する店はないようである。

 旅に出始めてまだ数日。特に買い足すものもない二人は適当に出店を覗きつつ道を歩いていた。

 

 

「売れるようなものも特に持ってないし、買うものも特にないし、露店街には特に用事はないわねえ」

「向こうに行ってみますか」

 

 

 露店街を抜けた二人は歩を進め、モニュメントらしきものが置いてある広場にやって来た。中央にあることからそこそこの人がおり、冒険者らしい格好の男や逢瀬の真っ最中のカップル、お使いでも頼まれたのか元気よく走っていく少年などランデルの雑然とした雰囲気に慣れていた二人にとって和やかにさせる雰囲気を纏っていた。

 中でも二人を驚かせたのは冒険者ギルドが無かったことである。確かにギルドがあるランデルから距離もそう離れてはいないためよくよく考えてみると納得できた。人間が少ないのも、ギルドが建てられていないため冒険者が集まらないという理由があるのかと納得できた。

 ならば依頼を受けたいときはわざわざランデルまで赴かなければいけないのか、と思えば決してそういうことではないらしく、広場のあちこちに立て看板が置かれていてそこに「依頼」「急募」と記されている。簡潔な内容しか記されていないことから、深い内容は口頭で、ということなのだろう。

 

 

「なるほど、ギルドを介さない野良依頼というわけですか」

「面倒な手続きとか必要ないぶん気軽に受けられそうね」

「逆に安全と信頼性が今一つ欠けますがね。ぼったくられることもあるでしょうし、最悪タダ働きとかありそうですね」

 

 

 ギルドを介す、というのはそれは冒険者に対して安全と信頼を提供するという意味合いも含む。依頼人はギルドに依頼の報酬金を委託する義務を負うが、それは冒険者に確実に依頼達成報酬を渡すと同時に相手が信頼できる相手かどうか品定めをする理由もあるのだ。

 明らかに無い袖を振っている依頼者には依頼は作成できない。依頼の危険性やなどを考慮してギルドが一部金額を負担することもあるが、基本は自己負担が原則である。コネや伝手でどうにかできるという側面もあるにはあるが。とにかく、ギルドを介した依頼は冒険者にとっては確実に報酬を受け取ることができる。

 これが公的機関を介さないものだとそうはいかず、依頼主の裁量で全てが決まる。報酬が規定通り支払われなかったり、酷いものだと依頼だけ受けさせておいて成功を確認するとさっさととんずらして行方をくらませたりなど惨憺たるものなのだ。

 依頼主の裁量次第ということは、裏を返せば報酬の上乗せも交渉次第で期待できるわけで、それは公的機関を介した方法では実現できないメリットであるのだが、そんな冒険をするくらいなら信頼できる場所、然るべき方法で依頼を受けた方が現実的である。

 残念ながら、ギルドが無い場所では個人で受けるしか方法がないのもまた事実。それでぼったくられた奴は自己責任、してやられた方が悪い、など結構シビアだ。弱肉強食という言葉がしっくりくる世界である。

 

 天子と衣玖は広場の立て看板を適当に見て回り、都合いいものはないかと物色する。

 立て看板だけの簡素なものや、人が一緒にいて依頼内容の触りを説明してくれるもの、大まかに二種類に分かれているが、二人が目に留めたのはその後者だった。

 

 

「『護衛依頼、フィーツ~関所』、か」

 

 

 その立て看板のもとには馬の毛並みを整えている四十代の男。二頭の馬を保持し、その後ろには荷車を繋げていることからそれを護衛する依頼だというのはすぐに分かった。

 そして肝心の依頼内容。二人は関所を越えて王国に行くのが目的であり、丁度進行方向は合致している。腕っぷしに自信がある天子にとって、この依頼は都合のいいものであった。

 

 

「依頼出してんの? 受けたいんだけど」

「ん? 何だ嬢ちゃん。嬢ちゃんにはまだ早いと思うけど」

 

 

 天子の姿を見るなり、その男はそう答えた。小柄で華奢な天子を見れば仕方ないことではある。

 

 

「見た目で人を判断すると痛い目見るわよ。これでもれっきとしたCランクよ」

 

 

 そのことを予見していた天子はさっとギルドカードを見せる。そのカードを見た男は驚いた表情で態度を改めた。

 

 

「おおっと、こりゃ失敬。肝に銘じておこう。……しかし、ここから関所まではそう離れてないから危険もそうないし、Cランクの嬢ちゃんたちには旨みのない報酬しか出せないが、それでもいいか?」

「構いません。私たちも丁度関所に行く途中ですからちょうどいいんですよ」

 

 

 衣玖は男の雰囲気から、彼が何ら悪意を持っていないことを感じ取った。何かしら企んでいるのならばそういう類の雰囲気が確認できるのだが、そういったものは感じ取れないため騙そうとする悪質な意図はないようである。

 

 

「王国に行くのかい? ってことは山脈越えか……若いのに大したもんだ。いや、若いからなのか……まあどっちだっていい、こっちにとっちゃ願ったり叶ったりだからな。是非お願いしよう」

「いつ出発になるの?」

「明朝になるが、構わないか?」

「構いません。ですが、一つ聞きたいことというか、お願いというか……私たち、お供にドスランポスを連れているんですよ」

「は? ドスランポス?」

 

 

 案の定というか、男はキョトンとした表情だった。やはりそういう反応が普通か、と思った衣玖は、自分たちがやはり人外で人間とは少し違った感性を持っているんだな、と改めて感じた。

 

 

「ええ、今は町に入れなかったので外に放していますが、一緒に旅しています。ですから必然的に護衛する際にも一緒になるわけですが……そちらの馬は大丈夫でしょうか?」

「怯えたりしないか、ということか」

 

 

 馬にとってドスランポスなど肉食竜は危険な対象の範疇に入る。野生の馬ならば怯え逃げ出すだろうが、飼われている個体ならば飼い主の教育次第となる。

 衣玖はその辺りを懸念していたのだが、男は心配ご無用とばかりにフッと笑いかける。

 

 

「その点については問題ないな。遠出の馬車に使う馬がそれくらいで怯えていたら困るからな、多少の魔物やモンスターが来ても怯えないように教育してある。別に取って食ったりしないだろ?」

「それについては心配ないわ。うちのドスランポスは私の言うことちゃーんと聞くからね、護衛だろうとなんだろうと余裕でこなしてくれるわ!」

「はは、それは心強い。それじゃ決まりだ、明朝町の北門でよろしく頼むよ」

 

 

 細かい報酬や旅程などの話を済ませ、その男と別れた。関所までの護衛、丁度都合のいい依頼を受けることになった二人は、依頼を受けられて一安心、など冒険稼業が板についてきたような台詞を吐きながら宿へと戻った。

 




なんかいきなり難産だったような気がする…
次はもっとテンポよく書きたいです。
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