異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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43話 護衛依頼①

 早朝。

 山脈から流れ込んでくる霧と靄が視界を覆い尽くし、辺り一面は霧の町と変貌を遂げている。太陽が上がりきらない白く霞む朝の町を天子と衣玖は歩いていた。

 先日の約束通りなら町の北門に男―――名はベルトと名乗った―――がいるはずだ。まだ起き上がりで覚醒前の頭でそんなことを思い出しつつ、天子は僅かに重い瞼を擦っていた。

 

 

「ふあ……まだちょっと眠……」

「まだ眠いんですか。昨夜はかなり睡眠をとったはずでしょう?」

「旅の疲れが数日ぶりのベッドで一気に解放されたのかも……。まあ、ドスランポスの背中で寝たらいいよね」

「あの背中で眠れる神経って一体何なんですか。それより今日は護衛依頼なのですから寝たらダメに決まっているでしょう? 何ならお目覚めフィーバーで快適な起床をご提供しますが」

「hai!! 起きます! 起きますからフィーバーはやめてくだしあ!朝からビリビリは怖いです!」

 

 

 指先でバチバチ雷を発生させつつにこりと笑う衣玖に天子はばっちり目を覚まさせられた。冷や汗をかきながら、起きてますアピールでいっちにいっちにと体操を繰り返す。腕をひっこめ、割と本気で苦笑いを作る天子であった。

 そんな騒がしい朝を迎えながら、二人は集合場所の北門に到着した。そこには予定通り馬二頭と馬車と荷車を引き連れたベルトが二人の到着を待っていた。

 

 

「おはよう二人とも。昨夜はよく眠れたか?」

「はい、十分に」

「酷い寝覚めだったわ……」

「何かあったのか?」

「お気になさらず。こちらの事情ですよ」

 

 

 ベルトはよく分からないといった顔だったが、特に追及もせずに「そうか」の一言で片づける。依頼の確認など面倒なことはバッサリ切り捨て早いところ出発することにした。

 門で簡単な検査を受け、パパッと町を出る。門から百メートル程離れたところで、ドスランポスを呼ぶことにする。

 

 

「それじゃ、呼ぶわね。馬が暴れないようにしてよ」

「分かってる分かってる」

「手綱握っときなさいよ―――」

 

 

 ピィーーーーッ!

 

 人差し指と親指を口にくわえた指笛で遠くにいるはずのドスランポスに合図を送る。耳がいいモンスターならこの距離でも十分に届くはずだ。

 やがて一分くらいで森の中からガサガサと茂みを突き破ってドスランポスが現れた。姿を見せるなりドスランポスは天子の体に擦り寄り、まるで子供のようにじゃれついてきた。

 

 

「よしよし、一晩大丈夫だった? 約束守ってくれた?」

「クアアー!」

 

 

 大丈夫だ問題ない、と言わんばかりに首を縦に大きく振るドスランポス。どうやら天子が忠告した約束は守り通したらしい。褒めてと言わんばかりにくちばしを天子の頬に擦りつけていた。

 そんなドスランポスの様子に、ベルトは少し驚き気味だった。

 

 

「……本当に懐いているんだな」

「やはり変でしょうか?」

「まあ、変わっていると言えば変わっているが……結局のところ人それぞれの感性の違いなだけだ、別にそれを変な目で見るようなことはしないさ」

 

 

 大丈夫、といったもののやはり野生の本能で怯えている馬をベルトは宥めながらそう言った。ぶるる、と鼻息を荒くする二頭の馬は興奮こそすれ暴れ出す気配は今のところ感じられず、彼の言った通りきちんと教育が成されているのだなと衣玖は思ったりした。

 仲間が勢ぞろいしたことを確認し、ベルトは御者台に乗り込んだ。

 

 

「愛でるのもいいが、そろそろ出発しようか。今日中には次の町に移動したい」

「分かったわ」

「了解しました」

 

 

 天子はドスランポスの背にまたがり、衣玖はベルトの御者台に便乗させてもらい、鞭で叩いて出発する。

 朝日が順調に昇り始め、朝靄が払われつつあった。

 

 

 

 

 

 

「それで、私の最期の攻撃がこう、ズバーンと決まったわけよ!」

「ほう?」

「そしたら角がボキッと真っ二つ! ひゅんひゅんいって地面に刺さった次の瞬間! ディアブロスがズシーンと倒れて、最期の瞬間を見届けて狩りは終わったわ」

「そりゃあ大したもんだ」

 

 

 身振り手振りを交えつつ、天子はこの前のディアブロス戦の模様を熱く語っている。時折誇張も含まれた表現にベルトはさも本気で聞き入っているかのように振る舞っていた。

 つまるところ、聞き流していた状態に近い。手綱を軽く握るベルトの視線は馬を越えたその先にあり、ひいては馬にじゃれつこうとしているドスランポスにある。できれば歩行の阻害になるから止めてもらえないかな、と思っているのが本音である。

 

 

「凱旋後の歓迎の様子は凄かったもの。自慢じゃないけど帰った後に『ランデルの英雄ですね』と言われたこともあったわよ!」

「そうかそうか」

「……真面目に聞いてるの?」

「聞いてない」

「そこはお世辞でも聞いてるって言うべきでしょうが」

 

 

 ベルトの返事の適当さに天子は疑惑を持ったが、案の定予想通りで真面目に聞いていないことが発覚した。真面目に聞け、と言おうと思ったが、何度も言うのも面倒なのでやめた。

 ちなみに、現在天子はベルトの隣、御者台で寛いでいる状況だ。ついさっきまでドスランポスの背中に乗っていたのだが、ベルトと衣玖が会話しているのを横で見ていて、途端に一人でいることに退屈になり、無理やり入り込んだ形である。

 天子に席を譲った衣玖は、荷台の上に乗って見張りに着くことにした。天子みたく我慢が効かない性格でもなし、普通に役割を果たしていて周囲の警戒を怠らない。

 

 

「近くに敵影はなし。極めて平和ですね」

「まだこの辺りは町に近いからな。モンスター共もそう易々とは近寄れないだろうよ。ま、もう少ししたら嫌でも遭遇するようになるだろうがな」

「何かあるの?」

「あと二時間程のところに森があってな、そこはモンスターや魔物たちの宝庫なんだよ」

「なるほど……視界もあまりよくなさそうですし、一番の難関といったところですか?」

「正解」

 

 

 森は木々から補給される栄養源が豊富な土地であり、多くの動植物が集まる。それはモンスターや魔物も例外でなく、森からの潤沢な栄養にあやかろうと闊歩していることが非常に多い。

 さらに木々が乱立していることから見通しも非常に悪い。街道として成り立っているからある程度整備されているのだが、あくまでそれは通る道だけのことであり、周囲の木々には適用されない。突然横からの不意打ちなど、油断すれば熟練の冒険者でも危険な場所だ。

 よって、森を通る人間はここを注意して渡る必要がある。それはここの森に限ったことではなく、どこの森でも言えることなのだが。

 

 

「そこさえ突破できりゃあ、あとはトントン拍子で進むだろう。お前たちにはそこで一番頑張ってもらいたいわけ。期待してるぜ?」

「大船に乗った気持ちでいてくれて結構よ」

「泥船じゃないことを祈るぜ」

 

 

 そう軽口を叩きつつ、一行は街道を進行する。

 一時間ほど進み、街道から少し離れたところにベルトは馬を止める。「昼食にしようか」と言い、三人は適当に昼食の準備に取り掛かった。

 ベルトがあらかじめ用意しておいた材料でお手軽なサンドイッチを作る。調理担当は衣玖になった。

 

 

「ランデルでいくつかの料理を覚えましたから、この程度は楽勝です」

「え、いつの間に……」

「ちょくちょくベティさんのところに通って料理を学んでいましたので。旅するならいくらかできないと不都合でしょう」

「それなら私も誘ってくれれば良かったのに……」

「総領娘様が料理したら暗黒物質(ダークマター)しかできないでしょう?」

「……ちくしょう覚えてろ」

 

 

 事実だから反論できない。天界で悠々に暮らしていた天子にとって、料理など無縁の代物でしかなかった。

 完成したサンドイッチを「美味いじゃないチクショー……」と称賛しながら罵る器用な百面相で天子はむしゃむしゃと頬張った。二枚のパンに挟まれたレタスと肉、程よい胡椒が口の中で踊り、あっという間に食事を終えた。ちょっとお腹が満たされるくらいが護衛するうえでは好都合だった。

 荷車を引く馬には干し草、ドスランポスには肉を与えて英気を養ってもらう。彼らが運搬の要であるから、餌代にけちけちはしない。

 

 

「暗くなる前に森は抜けておきたい。ぼちぼち出発するぞ」

「はーい」

「分かりました」

 

 

 ドスランポスと戯れていた天子と衣玖はさっさと荷物を整え、今度は天子はドスランポスの背にまたがり準備を整える。ザックは荷車の中に仕舞っているので体は軽いものだ。

 腰に緋想剣を差しただけの軽装備の天子と再び御者台に戻った衣玖に合わせ、ベルトは馬をぴしゃりと鞭打って車輪をがこんと動かす。地面との接地の衝撃を吸収する機能のない木製の車輪が回転し出して荷車全体が発進する。

 遠くには、深い緑で覆われた森が見えつつあった。

 




オメガルビー楽しいですね!がくしゅうそうちが便利になったなあ……。
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