異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

46 / 66
44話 護衛依頼②

 馬車を走らせ、一行は森の手前に到着した。

 時刻は大体予定通り、大幅な遅れもなく順調に走らせてきた結果だった。

 目の前に広がる森は一本一本が背の高い照葉樹の森で、元の日本の植生と大きく異なる点はなさそうだ。ただし日本のものよりもおしなべて背が高く、より鬱蒼と茂っているように見える。やはり異世界だから色々と違っているのだろうか、などどうでもよいことを考えたりもした。

 

 

「ここが森ね……結構深そう」

「確かに規模はでかいが、実は縦に長く広がってるんだ。俺たちは丁度森を横断する形になるから、距離自体はさしたるものじゃないんだよ。それに、森とはいえ一応街道が整っているから迷うことはまずないと見ていい」

「看板でもあるんですかね?」

「俺たち以外の馬車も結構通ったりするから、轍に沿って行けばいい。もし轍が消えてても街道沿いの木に印が括りつけられてるからそれを見れば問題ない」

 

 

 なるほど、と納得する。それならば迷うこともなさそうだ。それにベルトはここが初めてというわけでもなさそうだし、期待しててもよいだろう。

 とにかく自分たちの任務はもし敵が襲ってきた場合にそいつらから馬車を守ることだ。馬車にはモンスターや魔物から身を守る術が一切なく自分たちが防御の要になる。必ず依頼は成功させる―――冒険者の肩書と名誉にかけて、誓う。

 いくつか事項を確認し、一行は森へと突入した。すぐ臨戦態勢に移れるように天子は剣の柄に手をかけており、衣玖も周囲の様子に気を配っていた。

 

 

「やはり森とか遮蔽物が多い場所は面倒ですね……空気が乱れて周囲が知覚しづらい」

「まあこれだけ植物に囲まれてちゃね……」

 

 

 森は衣玖の空気を読む能力が発揮しづらい場所に当たる。理由は木々や植物の存在が空気の流れを遮ったり変化させているからであり、気流を感じ取ることが非常に困難なのだ。

 現在衣玖の感知度は通常の―――例えるなら遮蔽物がほぼゼロの砂漠―――半分以下にまで落ち込んでいる。遮蔽物が多い場所は衣玖の天敵でもあった。

 

 

「ここはもう野生の力で察知してもらうしかないわね。頼んだわよ」

「頼りにしてます」

「クア!」

 

 

 任せとけ! とばかりに張り切るドスランポス。人間とはかなり異なる五感を持つ彼らならたとえ森であろうと、それどころかドスランポスは本来このような森の中に生息しているわけで、その点から見ればドスランポスの知覚に大いに期待できる。

 ドスランポスの背に乗る天子も、気合が徐々に高まりつつあった。高まりを示すように辺りをキョロキョロして敵影が無いか確認する。しかしこれといって特筆すべき索敵能力を持たない天子は、残念ながらドスランポスや衣玖がもたらす以上のデータは分からない。

 

 

「便利でいいわね」

 

 

 少し羨むように、誰にも聞こえないようにボソッとつぶやく。

 自分にはない力。無いものねだりとは分かっているが、それでもいいなあ、と思ってしまうのが人の性。既に人として隔絶した存在と成り果てているが、“欲”というものはどんな存在になっても消えないものだから厄介だ。

 それはより近しい者、衣玖やドスランポスが持ち得ているから、余計にそう感じさせるのだろう。

 

 森の中をガタゴト進むことしばらく。頭上から降り注ぐ木漏れ日の優しい光に目を細めている最中に、突如ドスランポスが進行を止めた。

 何かの気配を感じ取ったのだろう、ぐるる、と低い唸り声を奥深い茂みの向こうへと放つ。

 

 

「何かいるのね? 衣玖!」

「はい」

 

 

 ドスランポスから飛び降りて抜剣し、急に飛びかかれても平気なように構えをとる。磨き抜かれた緋想剣は、炉から取り出したばかりの真っ赤に燃える刀身のように赤黒く輝いている。天子の後ろに陣取る衣玖もいつでも射出できるように魔力を高める。

 二人に合わせて馬車も停止し、ベルトはお手並み拝見とばかりに見物することにした。

 

 森閑とした一帯。頭上の葉擦れの音だけを迎える森は、暖かさに満ちたものから冷厳さが刺すものへと変化しつつあった。

 がさがさ、と遠くの茂みが揺れ、次の瞬間には灰色の物体が姿を現した。

 

 

「オオカミの魔物が六匹、か」

 

 

 鋭い犬歯を見せびらかすようにして現れたオオカミは、現れるなり陣形を整えていく。

 見た目は犬のそれと全く同じ。大型犬よりも少し大きいほどの体長は横に並べば天子の身長よりも長い。そんな体格のオオカミが六匹も並んでいるのだからそれなりの圧迫感はある。

 しかし、それよりも遥かに巨大なモンスターを相手にしていた二人にとってはその程度の大きさで狼狽える柔な精神など持ち合わせてはいなかった。そもそもドスランポスより小さい時点で話にならないのは明瞭である。

 

 

「いつも通りの戦法?」

「分かっているとは思いますが護衛が最優先です。私が馬車の前で撃ちますから、撃ち損なった奴を迎撃してください」

「つまり衣玖の尻拭いをしろってことね」

「……もう少しまともな例えは無かったのですか。しかもそれじゃ総領娘様に汚れ役を私が押しつけてるみたいじゃないですか」

「別にそんなつもりはないわよ。……ほら、来るよ!」

 

 

 群れのリーダーらしきオオカミがウオンと短く吠えてこちらに突っ込んでくる。彼我の距離は十五メートルほど、普通のオオカミなら三秒と待たずと詰めてくる距離だ。

 思考を戦闘モードへと切り替え、あらかじめ練っておいた魔力を慣れた手つきで即座に電撃へと変換。前方から迫るオオカミの集団に照射した。

 

 ギャウッ

 

 同時多発的に電撃をばら撒いて前方から突進してくるオオカミを一網打尽する。大型モンスターの馬鹿みたいに硬い装甲や高い魔法防御は持っていないようで、ばたばたとその場に倒れ戦闘不能に陥っていく。

 しかし、オオカミも馬鹿ではないらしく、衣玖の広範な電撃から逃れた個体もいた。たった二体だけだが、やられた仲間に気をとられることなく突っ込んでくる。

 

 再び魔力を練り直すには時間が足りない。待機していた天子が迎撃に向かった。

 

 

「はっ!」

 

 

 大口を開けて噛みつかんと飛びかかってくるオオカミの正面からの相対を避け、僅かに横に抜けていく塩梅で剣を横に一閃する。煌めく剣筋と鮮血の飛沫を撒き散らして一体地面に倒れ、斬り抜いた勢いのままもう一体へと向かう。

 残りの一体は流石に天子の存在を重く捉えたのか足を止める。しかしそれで止まる天子ではなく、むしろ止まってくれた好機を活かして剣を下からすくい上げる。顎の骨を一瞬で斬り裂いて裁断。上と下に開く口をさらに左右に開けるように、想像するとかなりグロテスクな場面を目の前で再現した。

 

 一瞬で勝敗が決した。巨大なモンスターを相手にしていた二人にとってはただの魔物など前座にすら成り得ず、またそれが護衛という特殊なものであっても変わらなかった。

 オオカミの血が付着した剣を振り払い、布で丁寧に拭き取ると天子は馬車へと戻った。剣を鞘に戻し、眺めていたベルトに向かってV字ピース。

 

 

「大した実力だな……俺も結構護衛を雇ったりしたが、お前らような若くて才能に溢れた奴を見たのは数えるほどだな」

「それほどでもないわね(キリッ」

「ありがとうございます。伊達に冒険者やっていませんからね」

「昨日の自信は伊達でも酔狂でもなかったってわけか。これならこの後も安心して任せられるな」

「全力で頼っていいわよ! なんなら寝ててもいいくらいね」

「調子乗りすぎです。過信しすぎると足下すくわれますよ」

「ま、頼りにしてるさ。それはそうと、あまり長居してると血の匂いにつられて他の魔物がやって来る。早々に離れるぞ」

 

 

 ベルトにそう促されてそれぞれ乗り込む。

 一行が進む道は風上にあるので、血の匂いが混ざる可能性は低いと言えるだろう。つまり、血の匂いを嗅ぎつけたモンスターや魔物との接触も少なくなるだろうというわけだ。

 当然、偶発的な接敵はあり得るだろうが。

 

 森を進んで行くにつれ、数回魔物にかち合った。同じくオオカミの群れをはじめ、人型のゴブリンと言われる類の魔物。イノシシのモンスター。イノシシ型以外は群れで襲いかかってきたが、どれも新人の冒険者が相手する類で二人の敵ではなかった。

 まあ、冒険者になって半年にも満たない二人も十分新人の域であるのだが。

 

 葉の隙間から覗く日光が橙色に染まり、山裾に暗い影が広がり始める。木々が乱立する密度が薄くなりつつあるのを感覚で捉えた天子は、ベルトの「そろそろ森を抜けるぞ」の発言でようやく抜けるのかという思いを強くした。

 何度か遭遇した魔物も易々と撃退しても疲労は蓄積する。肉体的よりは精神的疲労が濃厚であり、天子は「はあ~っ」と深い溜め息を吐いた。

 

 

「やっとかー……気の張り詰めで結構疲れた。護衛って意外と疲労溜まるものなのね」

「自分たちの心配以上に護衛対象に気を配らなければいけないからですよ。私にとっては些末な問題ですけどね」

「……そういや衣玖ってそういうの全然平気だったわね」

「当然です」

 

 

 ベルトの手前、能力とか安易な発言はできないが、天子の言いたいことは理解できる。つまりは、衣玖は能力の関係上、周りへの気配り、ひいては護衛を得意とするのだ。

 天界で自由とは言い難いが、気ままに過ごしてきた天子はそういうのは非常に苦手であった。とってつけた態度を取ってもすぐにばれる。その分、天界ではないこの世界ではある意味気ままに過ごせて心地よい部分もあった。

 

 気持ちを緩めた一行は道中では再難所の森を抜けた。予定通り日が落ちきる前に森を抜けることができて一安心した。

 地図によれば、森を抜けてそう遠くない場所に小さな町があるらしい。小さな町だが、商業的に見れば王国へと至る関所までの道と帝国の北へ向かう道に分かれていて結構重要な町らしい。

 

 

「お疲れさん。このまま次の町まで一気に行くが問題ないな?」

「平気よ。こいつも平気そうだし、野宿よりもベッドがいいわ」

「クアー!」

「私も問題ありません」

 

 

 三十分ほど街道通りに進むと町が見えてきた。その町はフィーツよりもさらに小さく、町と外との境界線は町から少し離れた川がそれだといわんばかりで門も柵もなかった。来るもの拒まず、という姿勢なのだろうか。

 とはいえやはりドスランポスを町中に入れるのは避けた方がいいと言うベルトの意見に沿ってドスランポスは郊外に放っておいた。早朝また迎えに行くと言いつけ、一行は町に入った。

 検査も何もなくすんなりと入れた一行は馬車を厩舎に預けた。他の友人のところに行くと言ったベルトと早朝厩舎で会う約束を取り付けて別れたあと、二人は宿に向かった。

 

 

「一泊、二人お願いします」

「素泊まりで二千チップだけど、うちの前の飯屋を利用してくれるのなら安く食べられる割引券をあげるよ。普通に食べるより断然お得だよ」

「上手い手使ってるのね」

「企業間提携だよ。少しでも利益を上げるための策さね」

「ま、別に何も言うつもりないけどね」

 

 

 鍵と割引券を受け取り、階段を上がった先の部屋に入る。適当に荷物を投げ捨てて簡単な整理を済ませたあと、二人は早速勧められた飯屋に行ってみることにした。

 出された料理は近くの川で取れた川魚を焼いたもの。淡白な白身に塩だけの味付け。久しぶりに食べた魚料理に舌鼓を打ち、夜は更けていった。

 




もうすぐクリスマスですね!

まあ男だけでクリパですけどね。女っ気など皆無です。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。