異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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46話 入国管理局

 ベルトと別れたあと、二人は宿でチェックインを済まして通りを歩いていた。色とりどりの店が建ち並ぶメインストリートは一日中でもそこに居続けることができそうだ。

 しかし二人が向かうのは門に程近い所。石造りの堅固で大きな建物が二人の前に屹立していた。

 

 

「ここよね。宿屋のおばちゃんが言っていた場所って」

 

 

 周りの建物より頭一つ大きく、赤レンガで整えられた壁は他の建物より遥かに頑丈そうに見える。石造りの建築物が比較的多いこの町でも異彩を放つこの建物は、その役割自体も特殊なものだった。

 入国管理局。

 国家間を行き来する人々の出入国を一括管理する国営の施設である。各々国境線上にあたる関所には入国管理局が設置されており、ここではリューベック王国とグラーリ帝国との境目を管理している。

 国営という名の通り国が管理・経営する施設であり、運営資金も国民から徴収した税金の一部を使って国庫から出される。外観の見た目が派手なのも、国の威厳を見せつけるといった意味合いが過分に含まれるからだ。

 そして入国管理という名前の通り、人が国境を越えるときにはここで発行される許可証が必要なのだ。

 

 

「危うくそれを知らずに門を越えようとするところだったわ」

「流石に常識を疑われかねませんからね。教えてくれた宿屋のおばさんに感謝しなければ」

 

 

 宿屋を出ようとしたときにカウンターに立っていたおばさんから、あくまで確認程度に訊かれたのだが、そのことを知らなかった二人にとってはまさに僥倖だった。おばさんには怪訝な目で見られたが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と似たような状況であり、今一瞬だけ恥ずかしい思いをしておけば後に面倒なことにならずに済むわけだ。

 それを知らずに門を越えようとすれば……想像に難くない。

 

 

「やはり、私たちはまだまだこの世界の常識を十全に理解しているとは言えませんね。軽率な行動は慎まないと…」

「そうね……平気と思っていたことが、実は法律違反でしたー、とか目も当てられないわ。獄中死なんて絶対御免よ」

「そうなったら私は逃げますね^^囮よろw」

「誰がするか、私も逃げるわ! 一蓮托生という四字熟語を知ってますか?」

 

 

 そんな会話を交わしながら二人は入国管理局と彫られた鉄プレートが掛けられた扉を押して中に入った。

 中は客が移動するスペースと職員が移動するスペースがカウンターで丁度二分される形だ。その比率は三対七といったところで客が移動するスペースが狭く、職員が仕事をするスペースが異様に広い。広々とした一階がそれでほとんど占められている。

 カウンターはガラスで全面覆われていて、職員と客がやり取りをするところだけ穴が切り取られている。そこでお金を渡したりするのだろう。そうやって厳重に管理されているのは、やはり出入国という特殊なやりとりを管理するためであろうか。

 カウンターは四つあり、それぞれ職員が訪問者に対応している。受付の列に並ぶが、程混んでおらず、すぐさま一人分空いたので二人はそこに入り込んだ。

 

 

「ようこそ、御用は何でしょうか?」

「リューベック王国へ行きたいのですが」

「では通行手形の発行ですね。それではこちらの用紙に必要事項全てご記入ください。また身分が証明できる物のご提示をお願いします」

 

 

 受付の指示に従って天子と衣玖は冒険者ギルドのカードを渡した。それと引き換えに羽ペンを受け取り天子と衣玖はそれぞれ空欄を埋めていく。

 必要事項といってもそれほど多くなくさっさと埋まってしまった。それでも性格の違いなのか、衣玖は丁寧に書いているためまだ埋まりきっていない。

 

 

「それにしても国境を越えるだけでこんなに面倒なんてね。ねえ、アンタもそう思わない?」

「はあ。まあ国の制度上仕方ないかと。それに、これは意外と必要な処置なのですよ?」

「え、どこが?」

「例えば帝国で指名手配されている凶悪犯罪者が王国に亡命することを未然に防いでくれます。ここで一度足止めを食らわざるを得ませんからね、顔が割れれば即座に逮捕につながるわけです」

「はあ、なるほど」

「それと、どれくらいここで出入国者がいるかということを統計で調べることが可能になって、経済の発展具合とかを調べるに役に立ちます。国のお抱えの研究者にそういうことを研究させたりしているのですが、その他にも色々可能になることが増えるんですよ」

「書けました、どうぞ」

 

 

 衣玖が書き終わり用紙を受付嬢に手渡す。受付嬢は記入漏れがないことを確認して用紙を手元に置いた。

 

 

「はい、ではこれから通行手形を発行しますので十分ほどお待ちください。完了次第お呼びしますので」

「分かりました」

「よろしく」

 

 

 丁寧にお辞儀をする受付嬢を背中に二人はカウンターを離れた。扉付近で壁にもたれかかり呼ばれるのを待つことにする。

 

 

「それにしても立派な建物よね。(うち)に比べればかなり小さいけど」

「趣向が違うでしょう。そもそも天界とこちらでは家のつくりもかなり違いますし、天界を統べる総領様の邸宅と一国家機関程度では話になりませんよ。大きさ云々ではなく、材質とか技術に目を向けるべきです」

「あー、あの赤い壁のこと?」

「そうです。少なくとも天界にあのような建築物はありませんからね。確か……下界であんな建物があったようななかったような」

 

 

 一瞬、衣玖の頭の中に血の如く赤い屋敷が思い浮かんだが、それは像を結ばずに霧散していった。繋ぎとめようともしたが、思い出せないのなら大事なことでもないだろうと決めつけ、結局思い出すことはなかった。

 

 

「新鮮ではあるけどね。何て言うんだろ、こう…モダン? な感じみたいな」

「無理して横文字使わなくていいですよ」

「む、無理してないし! 私天界で高等教育受けてたし!」

「受けてこれなら受けた意味全くないですよね。何のために勉強してたんですか」

「だって勉強つまんないし。世襲制でどうせ時期総領は決まってるようなものだし、今更勉強したって、なんて思うと全く筆が進まないのよね。それくらいならこうやって旅してた方がよっぽど刺激的で面白いわ」

 

 

 どうしてこういう教育してくれなかったのかなー、と天子はボソボソと愚痴る。可愛い子には旅をさせよという諺があるように、天子は机の前で座学に励むよりは太陽の下で活発に動く方が好きだった。一族の世襲制は天子個人の感情の発露に対して、弊害をもたらしていた。

 とは言っても相続というのは何にも増して、それは天子個人の思惑を遮ってでも重視されるものである。家を継ぐ、ということは実際的な家督の継承だけでなく、それ以上に血が繋がった者が家を取り仕切る立場に立つという血縁的な意味合いを含む。

 血の繋がりは家の繋がり。家長の相続というのは一種の神聖化された儀式なのだ。

 天子はそういった家督や継承について全くの興味の埒外だった。かといって天人としての生活にも退屈していた。歌と踊りと宴会ばかりの生活よりも、下界の醜くも美しい生活に興味を抱いていたのだから。

 

 

「これからどうする? 宿は取っておいたけど」

「とりあえず山越えの装備でも整えますか。今の装備では些か物足りないような気がしますので」

「ということは国境越え自体は明日って意味でオーケー?」

「オーケーですよ」

「比那名居様、永江様、大変長らくお待たせしました。こちらにいらしてください」

 

 

 今後の予定が決まったところで先程の受付嬢がカウンターの向こうから二人の名を呼んだ。

 

 

「こちらが通行手形となります。紛失した場合替えは効きませんのでご注意ください」

「分かったわ」

「手形発行料金が五万チップとなります。二つで十万チップです」

「高っ!?発行手形ってそんなにするの?」

「手形発行料そのものの他に入国税や身分保証料というのが含まれるからですね。入国税は言うまでもなく国に入るための税金、身分保証料というのは、これは国が出入国を許可した人であることを保証するというものです。この手形がある限り確実に入国できることを約束してくれますから、故にかなり高い料金なんです」

「でもそれって色々理由つけてますけど、要は税金をむしり取りたいということですよね?」

「身も蓋もない言い方をすればそうなってしまいますね。しかし値段交渉に応じるわけにはいきませんのでどうかご了承を」

「ああ、いえ別にそういうつもりで言ったわけではないのですが……一応確認をしておきたかっただけで」

 

 

 衣玖はそう付け加えて謝罪しながら袋から十万チップ分の硬貨を置いた。受付嬢は気にした表情をすることなく営業スマイルで硬貨の枚数を数え上げた。

 

 

「確かに十万チップ頂きました。ではお受け取りください」

「ありがとうございます」

「どうも」

「その通行手形は確認のために王国側の管理局にお渡しください。国境を越えた時点で効力が失われてただの紙切れになります。分かっていると思いますが、渡さないで何度も国境を越えようなど変なことは考えない方が身のためですよ。手形には国境を越えるとかけられた魔法が解かれる仕掛けがありますから」

「そんなことするわけないじゃない。というかこの手形にそんな魔法がかけられていたのね……」

「魔法が一般大衆に広く普及した頃からこうした身近な生活に根づいた生活魔法が発達していったのですよ。これもその一種です」

 

 

 へええ、と通行手形をひっくり返したりして確認するが、確かにほんの微弱ながら魔力を感じることができる。魔力があまりにも小さいため集中しない限り感じ取ることは難しいだろう。

 生活魔法、その言葉に天子と衣玖二人とも少なからず反応した。

 

 

「生活魔法とは?」

「ご存じありませんか。魔力の小さな者でも扱える比較的簡単な魔法を日常生活の助けになるように使うことを指しますね。例えば火を起こしたり明かりを灯したり、コップに水を入れたりなど本当に小規模のものばかりです」

「ランデルにいた頃じゃそんなの見かけませんでしたが」

「帝国は魔法技術や科学技術が発達していますから、それらも物に頼ったものが多いんですよ。ランデルのように大きな町にもなれば尚更でしょう。王国では伝統的な魔法が重視されていますから、嫌でも目にするようになるでしょうね」

「そうですか。ご教授ありがとうございました」

「いえいえ、良い旅を」

 

 

 そう挨拶を交わして天子と衣玖は入国管理局を出た。

 店の外に出ると少し強い風が二人の髪をさらった。それは山脈から吹きおろして来た風で、まるで今後の二人の行方を暗示しているような、そんな風だった。

 

 

「それじゃ行きましょうか」

「んじゃまショッピングと洒落こみましょうか!」

「意気込むのは勝手ですけど、無駄で余計な物は買いませんからね。荷物の邪魔です」

 

 

 はしゃいで先を行く天子の背中を見つめ、衣玖はそう思うのだった。

 

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