異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
今年も天子と衣玖さんをよろしくネー!
翌日。
天子と衣玖は昨夜宿泊していた宿屋で朝食をとっていた。メニューは二人にとってお馴染みとなったレタスと卵のサンドイッチである。たっぷり入ったシャキシャキの新鮮なレタスと黄身の大きな卵が特徴ともいえない特徴だ。
「総領娘様、これを食べ終えたらすぐに出ますからね」
「いよいよ国境越えね。胸が熱くなるわね」
空っぽのカップをソーサーに強めにカチリと置いた心境は、その言葉通り気分が高まっているのだろう。
新しい土地に足を踏み入れる。ある程度この世界にも慣れてきたため、まだ見ぬ新大地に思いを巡らせる余裕ができてきた。
「どんな人間がいるのかしらね……。面白い人とか優しい人とか、考えただけでもワクワクするわ」
「人格者ばかりでなく性格が悪い人だっているでしょう。総領娘様が考えている以上に多種多様な人々がいるでしょうね」
「気に入らない人はぶっ飛ばすだけよ!」
「いや止めてくださいよそんなの。面倒事は起こさないでください」
ウキウキしながらシャドウウイングでジャブを繰り返す天子に、衣玖は「願わくば何も起こらないように…」と溜め息交じりにつぶやく。いざとなったら実力行使でもこの単細胞バカを止めなくては、と再確認する衣玖だった。
「そろそろ出ますか。忘れ物はありませんね」
「無いわ。いつでもオッケーよ」
テーブルに立てかけておいたザックを背負って勘定を払い、二人は宿屋を出た。
空は快晴。高くそびえる山脈を越えるには絶好の登山日和だった。
数日は要するであろう山脈越えのための装備は先日に購入を済ませ、確実に必要となる水と食料も皮袋に入れたり燻製にしたりして準備万端だ。あとは国境を越える前段階として関所の門を越えるだけである。
二人は通行手形もきちんと持っていることを確認して町の奥の関所へと向かうことにする。宿屋から門までは大体二百メートルほどで、行く途中にもたくさんの人とすれ違った。明らかに冒険者の格好をした男性や羽振りのいい服飾の商人、町娘など密度は高い。
特筆すべきは今までの町ではあまり見かけなかった種類の人々がちょくちょく見られるようになったことだ。冒険者の装備にしても一風変わった鎧を身につけた者もいるし、あまり見かけない武器を持った者もいる。
「変わった人が多いわね。国境に近い町だから?」
「王国の方から人が流入してくるからでしょう。どうやら国を隔てれば微妙にデザインも異なってくるようですね」
「地域差、ってやつね」
国際色豊かな通りを進み、二人は門のところへとたどり着いた。巨大な門は町の入口からも姿が確認でき、この町で最も高い施設のようだ。
白亜の巨石を積み重ねてできた巨門は抽象的なデザインがあちこちに彫られており一種の芸術作品となっている。しかし通りの最端に位置するこの門は異彩を放っており、残念ながら中規模の町には不釣り合いな代物に成り下がって見える。何故これほど派手で壮大な門を建築したのか理解し難かった。
天子と衣玖は手前で門を見上げていた。その巨大さに少しばかり呆気にとられている様子だ。
「町に入ったときから見えてたけど……この門だけ異様にデカいわね。扉自体はずっと開いてるみたいだけど」
「防衛目的の門というよりモニュメント的な意味に近いのですかね……。王国から来る人間に帝国の威信を見せつけたいのかも」
「どっちにしろ無意味よねー。あまりにも似合ってないし」
以外に酷評の天子と衣玖である。
とはいえ二人の目的はただ門を越えたいだけである。そんな門の設置目的などどうでもいいため、さっさと門を越えることにする。
門の前には鉄の甲冑を着込んだ兵士が四人ほど立っており、それぞれ槍と盾を装備している。おそらくどれも一括に支給された品なのだろう、四人ともほとんど同じ槍と盾で、微妙に改造されたあとが一部ちらほらと見える。
練度自体はそこそこのようでランクで例えるとDランク程度はあると思われる。
「この先はリューベック王国となります。通行手形のご提示をお願いします」
「はい」
「どーぞ」
二十代ぐらいの若い兵士だからだろうか、丁寧な言葉遣いだ。二人は入国管理局の判が押された通行手形を兵士に渡す。手形をじっくり眺め押印が本物であることを確かめたあと、二人に返却した。
「入国管理局で押印された本物ですね。通行を許可します、それではお通りください」
「ありがとうございます」
「どーも」
「管理局でも説明があったでしょうが、その通行手形は王国の管理局にお渡しください。手渡した時点で真の意味での越境ということになりますので」
「分かってるわ。それじゃあね」
「では、よい旅を」
槍を交差させて門を塞いでいた兵士の壁が取り払われ、天子と衣玖は門を越えた。越えた先は特に変り映えのないこれまで景色が続いていた。土肌に覆われた街道と周りの草原と森、これまで進んできた道と同じである。
そして旅のお供であるドスランポスを呼び戻さなければならない。天子は門から二百メートルほど離れたところで周りに誰もいないことを確認してから指笛を吹く。
ピィ―――――ッ
甲高い音が遥かな空へと吸い込まれていく。一直線へと進む光のような透き通った音程は、淀みのない青空の如き美しさだった。
「指笛だけは上手いですね。指笛だけは」
「だけってなんだ他にもできることあるわ! 自分ができないからって僻まないでよ」
「できないのではありません。総領娘様ができるから覚える必要がないだけです。覚えようと思えば一日でできます」
「そーですか(棒)」
衣玖の物言いに白目で疑いをかける天子だったが、森の茂みからドスランポスが飛び出してきたことでそのことを一瞬で忘れた。両手を広げて待ち迎える天子に頭をすり寄せてくるドスランポスは、二人との再会を心待ちにしていたようだ。
「おおーよしよし! 一日ぶりねー寂しかったー?」
「クアア……」
「そーかそーか! やっぱ私がいないと寂しいわよね! しばらくは一緒にいられそうだから安心していいわよ!」
「クアアー!」
「あっはっは!」
「(バカ丸出し……)」
高笑いする天子に呆れ果てる衣玖は無視して作業をすることにして背中に背負っていた荷物を着々とドスランポスに括りつけていく。元々そんなに荷物も多くないので括りつけ自体はすぐに済んだ。
天子の荷物? そんなのはなから考慮していない。無駄に力だけあるのだから持たせておけばいいだろうと衣玖は切り捨てた。
「よしっ、衣玖、行きましょうか!(キラッ」
「キラッうざっ。なんでそんなにテンション高いんですか」
「久々のご対面だから?」
「前もこういうシチュエーションあったでしょう……」
「まあまあいいじゃない。気にしすぎると禿げるわよ。んじゃまレッツゴー!」
「クアー!」
「禿げてません! ってちょっ、待ってくださいよ!」
よいしょっ、と勢いよくドスランポスにまたがった天子はその勢いのままドスランポスの尻を叩いて出発の意を伝える。声高に鳴いたドスランポスは威勢よく駆け出してボーっとしたままの衣玖からぐんぐん離れていく。
「いちいちやることが子供なんですよっ、総領娘様は!」
「おわっ! お前上から殴るなバランスが崩れる!」
「落ちろ落ちろ!」
「お前も大概子供じゃねーか!」
衣玖も慌てて飛んでドスランポスに追いつき、空中から天子の頭を
ワーワーキャーキャーと姦しく叫びながら、一行は進んで行く。
◇
「大分登ってきたわね」
天子と衣玖、それとドスランポスは王国と帝国の国境に位置する山脈越えの真っ最中だった。関所のあった麓から山脈に向かう登山道は、先に進むにつれて道幅が狭まり道中も整備されずに荒れだし始めた。
前半は森の中をひたすら突き進んでいく感じであったが、標高千メートルを超えた時点で背の高い木々を見なくなり精々二メートル程度の低い木のみが植生するようになった。所謂高地性植物である。
この山脈の登山道が多用されていたのは今から数十年前のことである。帝国の北方の品を王国に運ぶ最短のルートはこの登山道を経由する道であり、今でも少ないながら使用されている。
帆船から蒸気船へと転換されたことにより海路を使っての輸送が遥かに容易になったことで山脈を使ってのルートは衰退の一途を辿ることになった。風の運任せの要素が強かった帆船から蒸気の噴射を利用してピストンを上下させる蒸気機関付き巨大船への移行は、難破の危険性の減少以上に船の巨大化に伴う積載量の増加による輸送費の軽減をもたらした。昔から沿岸部の海上輸送は盛んだったが、小さな帆船では運べる量も高が知れていたのだ。
重い荷物を背負っての山越えは崖からの滑落の危険性を含めあまりにも危険であり、そして運べる荷物に限界があったことで効率も悪かった。
概して輸送手段の多くは沿岸部から出航する船による運搬が一般的になり、沿岸部へ行くより山を越えた方が早い地域に住む人が利用するようになっていったのだ。
無論、冒険者などは未だにこの道を使うことは多いが。
故に、これまで人と一度もすれ違わなかったのはある意味必然なのである。もっとも、ドスランポスを連れている以上むしろ好都合なのだが。
「高いところは慣れっこなのよね。元々高い所に住んでたわけだし。そういや衣玖も雲の中を泳いでるから高い所は見慣れてるのよね」
「そうですね」
天子が住んでいた天界。そこは雲を抜けた先にある極楽、つまり空に住んでいたわけだ。昔から極楽は様々なところに存在するとされ暗い海の底や、はたまた別の世界に存在するとも言われていたが、西洋でも東洋でも空にそれがあるというのは共通である。
人間の手の届かない場所に思いを馳せるのは勝手だが、所詮つまらない場所だよな~、というのが天子の言い分であった。
「しかし、いつもは空を飛んでばかりの景色しか見ませんからね。こうやって地上の山から下界を俯瞰するというのはあまりしない体験ですね」
「ま、私もそうかもね。天界じゃあ高い山なんて存在しないし……」
「貴重な経験、と?」
「そうね」
目の前に見える景色は細長い尾根に沿っている茶色の石ころの道だ。石ころと言っても大きさ直径三十センチ近くもあり、それがごろごろしているものだから少し歩きづらい。
ちなみに天子はドスランポスからは既に降りている。キツイ山道で背中に乗っていれば流石にドスランポスがばててしまうだろう。
「高い木がないから景色が凄くはっきり見えるわ。道なんかあの先ずーっと先まで続いてるわよ」
天子は尾根の天辺まで続く道を指さす。その道はまるで蛇のようにくねくねと蛇行しながら進んでいて先が見通せない。消えて見えなくなっている部分も、ずっと先まで続いているのだろう。
「ここから近そうに見えるけど、案外距離あるのよねえ」
「三キロはありますからね。視野が広すぎてしすぎて錯覚するんですね距離感を」
「ゴール目前こそ最大の難所、ってわけね。上手い具合にできてるわねー」
そう軽く会話しながら一行は登山道を進んで行く。普通の人なら小休憩を挟みながら進むのだろうが、生憎ここにいるのは人外しかいない。まともな人間の目算で測れるはずもなかった。
尾根にさしかかると急な上り坂となった。石が乱雑に敷かれてあって踏み間違えるとガラガラと滑って転びそうだ。天子は地面から突き出している大きな石に掴まりながらジャンプように進み、衣玖は飛んでいるから問題なく、ドスランポスは強靭な足腰を持つゆえにその程度の難関はお茶の子さいさいとばかりにひょいひょいと進んで行く。
それを越えると何メートルもある岩がごろごろと転がっていた。流石にこれをピョンピョン跳ぶのは厳しいので、通れそうで足が乗せられそうな場所を選んで越えていった。相変わらず衣玖は飛んで越えるし、ドスランポスは野生の力を見せつけて天子以上の機動力で岩を越えていく。
結果、真面目に登山しているのは天子ぐらいなものであった。
「おいこらそこ。何ずっと飛んでんだ降りろよそして歩けよ!」
「飛べるのに何故地面を歩く必要があるんです? 自分の能力を上手く利用しないのは馬鹿ですよ?」
「くっそ、山の神に祟られろ……」
「クアア……(ドヤア……)」
「ドスランポス、お前もか…! チキショー!;;」
もはやここに味方はいないとばかりにヤケクソに登り続ける天子。その様子に「おお速い速い」と水筒の水を飲みながら無感情の賞賛を送る衣玖であった。
山の向こうに見える太陽は、西に傾きつつあった。
私は登山が趣味でちょくちょく山に登りに行きます。そのときの光景を思い出しつつ。年末にも決して高くはありませんが山に登りました^^(高い山は雪が積もってて危ない)
まあ、そのせいで風邪ひいたのかもしれませんけどね^^;