異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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初めて天子と衣玖以外の生粋の人間が出てきます。


5話 初めて出会った異世界人

「アンタ、いいやつね!」

「変わり身早えな嬢ちゃん…」

「もぐもぐもぐもぐ……」

「こっちの嬢ちゃんは始終食って飲んでばかりだな…」

 

 

 白馬の王子様、もとい筋肉質のおっさんに助けられた天子と衣玖は、そのおっさんから食料と水を分け与えられてなんとか一命をとりとめることができた。

 未だ場所は砂漠の中だが、景色は少し変わり岩場が目立つ砂と岩が混在する砂漠にやって来た。灼熱の砂海は抜けたのだろう。

 

 天子と衣玖はそこの巨岩の日陰になっているところで休憩をとっているところである。

 皮袋に入った水と乾燥させた食料を貪るように食い散らかし、まるでその姿は餌に群がる獣のようで上品さもおしとやかさの欠片もない。およそ淑女などとは程遠い。

 

 

「食うのは結構だが、程ほどにしておいてくれよ。俺はロビンっていう。行商人をしている」

 

 

 ロビンと名乗った男は、三十代中ごろの男性だった。薄い布生地のシャツに同じような素材のズボン、革素材の靴を履いており、ボロい外套を羽織っていた。

 天子の第一印象通り、シャツ越しからでも分かる筋肉質で、商人というよりはどこぞの戦士という風貌だ。斧なんか持たせればよく似合うかもしれない。

 

 彼は自分の紹介とともに後ろを指さす。そこには灰色の体色を持った見慣れぬ巨体が佇んでいた。

 

 

「アレ、何よ」

「見たことねえのか? 草食竜のアプトノスだ。アレで積み荷を運んでいる」

 

 

 アプトノスと呼ばれた獣は、巨岩の日陰で座り込んでいた。座り込んだ高さだけでも天子の身長を優に超しており、その巨大さが窺える。

 話によるとアプトノスは草食で大人しく、人間にも危害を加えない限り襲ってこないらしいからこういう荷物の運搬係にはうってつけらしい。そんなことを言われても見たことも聞いたこともない二人は「へー」としか返しようがなかったのだが。

 

 

「で……次はアンタたちの紹介をしてほしいんだが」

 

 

 ひたすらむしゃむしゃと意地汚く貪り続けていた衣玖は、ようやく口から食料を離して口を開いた。

 

 

「私は永江衣玖。こっちのチビスケは比那名居天子と言います」

「誰がチビスケだコラ」

「向こうの砂漠から来たのですが、途中で力尽きてしまって、それで貴方にこうやって助けてもらった次第です」

「大砂漠から来たのか? そんな軽装備で?」

 

 

 確かに、天子と衣玖は砂漠越えをするにはあまりにも軽装備すぎた。暑さや日光を防ぐ服装はおろか、水や食料すら持っていないのだ。疑われるのは無理もないことだろう。

 だから咄嗟に衣玖は出まかせを言った。

 

 

「いくつかは砂漠の中で落としてしまって……何分、意識が朦朧としていましたから」

「そうか………あの大砂漠をねえ。あそこは砂上船と物好きな野郎しか通らないと思っていたが……」

 

 

 ポリポリと頭を掻くロビン。衣玖は冷や汗をかきながらも、嘘を吐くしかないと感じていた。

 異世界から来ました、なんて言って誰が信じると言うのだろうか。自分たちでさえ、微妙に半信半疑なところがあるというのに。頭のおかしいやつとしか見られないだろう。

 

 

「ま……アンタたちにも理由があるんだろうよ。……詮索はしねえよ」

 

 

 ほっ、と内心溜め息を吐く。

 何か事情があるのだろうと感づかれはしたが、深く追求しないでくれた。ありがたいことだ。

 

 

「じゃあロビンは、何でここに? 物好き以外は近寄らないんでしょ?」

 

 

 天子が我こそは、と質問を投げかける。

 

 

「ここは砂漠は砂漠でも、大砂漠とは別もんだからさ。大砂漠は人間は滅多に近寄らねえが、ここの砂漠は人間は通る。向こうは遮蔽物も何にもないから下手すりゃ干からびる。ここは岩が散乱してるから道に迷いにくいんだよ。ぶっちゃけると、難易度が全然違うんだ。交易ルートにもなってるくらいだしな」

「へー……じゃあ、大砂漠を抜けてきた私たちは運が良かったってこと?」

「そういうことだな。もの凄い悪運だな」

 

 

 ということは、「こっち!」と適当に方向を決めた天子の勘は当てずっぽうながらも正しかったわけだ。

 天子はふふん、と衣玖に向かって勝ち誇ったような顔をした。衣玖は「ドヤ顔うぜえ……」とか内心イラッとしたが、一応天子のおかげでこうして助かったわけだから強くは言えず、何も言い返さなかった。ただ、唾を吐いたような顔は向けてやったが。

 

 

「それにしても良かったな、お前たち。俺に拾われて」

「「はぁ?」」

「なんだその二人して『こいつ何言ってんの馬鹿じゃね?』みたいな顔しやがって」

「私は白馬の王子様が良かったのに、どうしてこんなむさ苦しいおっさんに拾われて喜ばなきゃなんないわけ?」

「まだそのことを引きずるのか…」

 

 

 ロビンは、はあ、と溜息をついて目の前の少女たちに説明した。

 

 

「いいか? 俺は行商人だ。それも、町から町へ物資を届けるだけのしがない零細商人だ。積み荷は当然、その土地の特産品や食料が基本となる。それ以上積め込めねえからな。……だが、この世の中には奴隷商人というのも存在する」

「奴隷商人?」

「ああ。奴隷身分の奴らを売り捌くことを商売としてる奴らのことさ。なあに、奴隷制度はこの世界には必要不可欠の必要悪だ。肯定もしないが否定もしない。……奴隷に堕ちるには二種類方法がある。一つは借金が重なり過ぎて支払いができなくなったり、何らかの借りを奴らに作っちまってそれが支払えない場合。もう一つは親が奴隷だったから子も奴隷、という場合の二つだ」

 

 

 ロビンは声のトーンを落としながら、二つ立てた指を一つ一つ丁寧に折っていった。

 

 

「俺じゃなくてそいつらに出くわしてみろ。水と食料を分け与えたから金を出せ、さもなきゃ奴隷になれ、なんて要求されても不思議じゃねえ」

 

 

 天子と衣玖は、二人と揃って顔が真っ青になっていた。そんな風になったかもしれない未来を想像してしまったのだろう。

 

 

「お前らは二人揃って顔も容姿も整った美人だ。貰い手は探せばいくらでも湧いてくるだろうから、奴隷商人がそんな奴を放っておくわけないからな」

「………」

「………」

 

 

 天子と衣玖は揃って絶句していた。美人と何気なしに言われた言葉が頭に全く響いてこないほど、彼女たちにとっては前代未聞の出来事だったのだから。

 天人や妖怪に、奴隷などという身分は存在しない。言葉の意味自体は知識にあるが、まさかそれに自分たちがなっていたのかもしれない、とは考えもしなかった。これが人外と人間の考えの差異なのだろう。困惑や怒りという感情は生まれず、ただ恐ろしいという恐怖ばかりが優っていた。

 それは自分たちが実際に死にかけていたことから裏付けられる死の感覚を実感したからであろう。もしも奴隷商人に会っていたら、間違いなく彼らの施しを受けて、そのまま奴隷コースへと堕ちていただろうから。

 

 

「ま、俺はただのしがない行商人だ。人身売買に手を染めるほど堕ちちゃあいねえ。商品はいっぱしの特産品と食料だけで十分さ」

 

 

 話は終わりだ、とロビンは腰ベルトに吊っていた水入りの皮袋の紐を緩めて水を呷った。一気に飲むのは体にも今後のことにも悪いから口先でチビチビと飲む程度だ。

 天子と衣玖の二人はぼうっとロビンの様子を窺っていたが、やがて本能的にやれねばならないことを悟り、すぐさまそれを実行に移した。

 

 

「「ろ、ロビン様あぁッ!! 私たちを救っていただき、誠にありがとうございましたぁ!!!」」

 

 

 天子と衣玖の見事すぎる土下座が、絶叫と共に砂漠の中で生まれた。

 ロビンはそんな二人の土下座姿を視認すると、ニッと悪巧みが成功した子供のような表情を浮かべ、またもやチビチビと水を呷った。

 

 

 こうして、天子と衣玖は一生頭の上がらない大恩人ができてしまったのだ。

 




なんだかおっさんが恩着せがましい凄い悪人に見えますけど、実は無償で二人を助けた凄く良い人です。恩着せがましく感じるのは、商人という職業ゆえ損得勘定で動いているからです。

私も利益なしでは動かない人間です。冷たいやつだとは分かっていますが、自分に何の利益もないのでは体が動かないんですよ。だから、そういうことができるボランティアの人たちは素直に感心します。
自分に関係あるのなら積極的なんですがね。団地の清掃活動とか。
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