異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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48話 トレイン

「ちょわーーーーーーーーーっっっ!!!!!???」

 

 

 天子は目覚めと共にこれまで聞いたこともない、そして今後も聞く機会もないであろう奇声をあげた。蓑虫のように(くる)まっていた寝袋からスポンと這い出て瞬時に立ち上がり、寝ぼけ頭を即座に叩き起こして覚醒状態にする。状態が状態なので否が応でも覚醒せざるを得ない。

 

 

「遅いです総領娘様! 見捨てて置いて行こうと思いましたよ!」

「グルル……」

「てっ、てゆーか何で―――」

 

 

 天子の前に立つ衣玖も少し本気で、嫌味を込めて言い放った。どうやら遅い起床に大変ご立腹のようだ。

 頭を低くして威嚇するドスランポスの注意は外側を向いており、天子には目もくれていない。そしてドスランポスがこう威嚇する姿勢を見せるのは決まったときだけである。

 そう、それは―――

 

 

「めっちゃ敵に囲まれてるーーーー!!!?」

 

 

 敵さんのお出ましだった。それも囲まれていると分かるほどの。

 天子と衣玖は昨夜ここで野営をしており、二人の前には焚火の痕跡がある。周りはすっかり夜が明けていて火はそこら辺で拾った薪が全て灰になって既に消えている。天子の横に転がる寝袋は山腹での野宿を想定して関所の町で購入したもので、質とかも結構良くかなりの値段だったのを覚えている。

 そんな野営をしていた天子の目の前には大量の敵。以前見かけたオオカミやクマ、大型の鳥の魔物などかなりの数が見える。周りには背の高い木が生えていないので尚更よく分かった。

 

 

「い、いつの間に……」

「総領娘様がグースカ眠っているときですよ!」

「そりゃそーか、って感心してる場合じゃない! 早くどうにかしないと……」

 

 

 どうにか、と言っても具体的に何か方策があるわけでもなかった。直接見ただけでも二十体近くおり、もしかするとそれ以上の可能性も否定できず流石の天子と言えどもその数を同時に相手するのは不可能な所業だった。また、それは衣玖も同様である。

 とどのつまり、今この場で選択しうる最良の答えはここから逃げることである。まともに戦えばやられかねない。

 

 

「とは言ってもこの包囲から抜け出すのも至難の業ですよ」

「集団に穴を開けるくらいはできるでしょ! そこから逃げるしかないわ」

「まあそれが最良でしょうね。ではそのように行きましょう」

 

 

 寝袋を畳んでザックにしまう余裕はない。せっかく買ったばかりの新品だが背に腹は代えられない、置いていくしかなかった。ザックだけは大事なものとかが大量に入っているので置いて行くことはできず、すぐに背負った。

 敵に包囲されているため、近接攻撃しか攻撃手段を持たない天子では集団に攻撃をしかけることができなかった。足場の良くない山の上で地震攻撃はあまりにもリスクが高すぎるうえに必ずしも穴を開けられるとは限らないので、今回彼女の出る幕は皆無だ。

 必然的に、遠距離攻撃が可能な衣玖に役割が回ってくる。

 

 

「吹き飛びなさい!」

 

 

 ズガン! と轟音を撒き散らして放たれた雷撃は敵の集団の一角に突き刺さり、その五メートル四方の空間を魔物だけでなく大地さえも言葉通り抉り吹き飛ばした。

 

 

「今です!」

「駆け抜けろー!」

「クワアア!!」

 

 

 衣玖が雷撃を放った瞬間、天子とドスランポスはそこに向かって駆け出し、ぽっかり空いた空間を抜けた。

 集団を抜けても立ち止まらずダッシュで石がごろごろして不安定なおおよそ道とは呼べない道を全力で下って行く。衣玖も魔物たちが反撃に出る前に電撃で開通した穴を通り天子に合流した。

 

 

「全力で逃げますよ!」

「言われなくても……ひぃ! 追いかけてきてるー!!」

 

 

 チラッと後ろを見るとまだ諦めていない魔物たちが大群をなして迫って来ていた。何体いるのか、もはや確認のしようがない。

 魔物の群れは、まるで押し寄せる津波のように留まる事を知らず、ときに編列を変えながらまっすぐ天子たちを追ってきている。魔物たちは不安定な足場をものともせず、まるで自分の庭だと言わんばかりにスムーズに下っており、大型の鳥の魔物は衣玖と同じように空を飛行しながら迫っている。

 大群故に移動速度はそれほど速くなく、ギリギリのところで追いつかれずにすんでいるという具合だ。単体ならば走って敵わない敵もいるので、この状況は不幸中の幸いというべきなのだろうか。

 

 

「足場がぐらぐらで走りにくい…!」

「もう少し行けばその不安定な足場もなくなります。そこまで気合いで乗り切ってください!」

「気合いとか言われても!」

 

 

 衣玖の言う通り、もう少し下れば石の道から土の道に変わるはずだった。山頂付近では整備されていないため石が大量に転がっているが、麓に近づくにつれそれはどんどん解消されていく。いずれ背の高い木々があちこちに見られるようになって魔物の群れからもやり過ごしやすくなっていくと天子は信じたかった。

 天子はゆっくり下りている暇はないとばかりに小さくピョンピョンと跳ねるように下って行く。

 

 

「うわっ、危なっ……!」

 

 

 踏んだ石がぐらりと揺れて転びそうになったことが何度も続いたが、なんとか転倒する事態にはならずに何とか不安定な石ころ地帯を抜けて森の中に入ることができた。

 しかし依然として魔物たちは一行を追い続けており、その大群から逃げ続ける構図に変わりはなかった。

 石がごろごろ転がっている地帯を抜けたのは良かったものの、今度は木々の根に注意しなければならない羽目になった。石より小さい分それほど注意を払う必要もないが、だがそれ故意識から抜け落ちかけてむしろより注意深く見ないといけなくなった。

 

 

「落ち葉とかに隠れてるから余計に分かりにくい! これならさっきまでの道の方がマシよ!」

「まったく、その通りですね……!」

「……え? 衣玖何で飛ばないの!?」

「木が邪魔なんです! 察してください!」

 

 

 苛立たしげに言い放つ衣玖。確かに頭上は枝葉に覆われて飛べそうになかった。

 低空飛行で木々の間隙を縫うように飛ぶくらいなら走った方が速いと衣玖も判断したのだろう。

 

 

「ホント地面の上は面倒です、飛ぶ方が断然いいですよホント!」

「ふっ、ようやく私の苦しみを理解できたのね(ドヤッ」

「その顔ウザい!」

 

 

 いちいち言葉の応酬をしながら天子と衣玖は決して広くない山道を走って下る。

 実はこいつら余裕あるだろ、とばかりにドスランポスが低く声をあげる。クアア! と二人を諌めるつもりだったのだろうが、興奮状態の二人にその鳴き声は届くはずもなく。

 

 ドドド、と天子たちが通り過ぎた森を過ぎながら、時に木を粉砕しつつ魔物の大群はじりじりと迫り寄ってくる。遮蔽物ができたことで移動速度はさらにがくっと落ちたが、それは天子たちも同じなのでアドバンテージにはならない。

 既に山を下り始めてから三十分近く経過した。冒険者生活で鍛えられた体力のおかげでまだ走り続けられるが、それも時間の問題で、いずれは力尽きて追いつかれることは明白だ。

 何としても振り切りたい天子たちだったが、魔物たちはぴったりと張り付いてきており向こうから自発的に離れていくことはなさそうだ。

 

 

「……マズいですね」

「そりゃっ、このままじゃいつ体力が尽きるか分からないし―――」

「それもありますが、別の問題もあるんです」

「えっ?」

 

 

 目の前に現れた枝をかいくぐりながら衣玖は言う。

 

 

「魔物を大量に引きつけている今の状況―――分かりませんか?」

「……! トレイン(・・・・)!」

 

 

 「トレイン」とは何がしかの手段でモンスターや魔物を自分の後方に大量に引きつけ、それを他人に置き土産とばかりに押しつける迷惑行為のことを指す。「トレイン」の語源通りモンスターらがまるで暴走する機関車のごとく押し寄せてくることから皮肉してこの名が付いた。

 「トレイン」はそれが故意であろうと、意図しないものだったとしてもそれを行った者は「汚い冒険者」のレッテルを貼られることになる。それは冒険者の常識になっており、一つのモラルなのだ。

 つまり、対処しきれない魔物の大群が急に現れた、という言い訳は通用しない。それも当然で、「トレイン」を受けた者はそんな向こう側の事情など知ったことではないのだから。

 それをランデルの冒険者ギルドで聞き及んでいた天子は、冷や汗をたらりと垂らす。向こうで「トレイン」の非道さを散々聞かされており、尚且つ「そんなことするやつは心が汚い証拠ね。親の顔が見てみたいわ!」と公言した手前、自らそれを行うわけにはいかないのだ。

 

 

「ど、どーしよ!? 何とかしないと!」

「何とかできるなら何とかしてますよ! 対処の仕方が思いつかないから困ってるんです!」

「こ、こうなったら止まって立ち向かうしか……?!」

「あんな数相手にできるわけないです!」

 

 

 バキバキと木を押し倒しながら進んでくる魔物の群れは、立ち止まれば押し潰されかねない勢いだ。

 衣玖だけならば飛んでやり過ごせたかもしれないが、ここには飛翔が苦手な天子がいるうえに物理的に飛ぶことが不可能なドスランポスもいるのだ。逃げ道は目の前にしか用意されていないのである。

 

 

「総領娘様、考え込みすぎです! 遅れてますよ!」

「お、おう! ……けど、本格的にどうするよこの状況!?」

 

 

 このままではいずれ下りたときこの魔物の大群を麓に解放してしまうことになる。下山したところには関所があるはずだから、そこにこの魔物をぶつけてしまう羽目になるので、それだけは絶対避けねばならない。

 しかし、自分たちが関所を通らないで進むのは論外だ。そうなれば冒険者からの批判どころか国のお世話される羽目になりかねない。

 

 

「何か、何か状況を打開できるものがあれば……」

 

 

 焦燥感に駆られながら衣玖はぶつぶつとつぶやきながら全力で走る。何かないか、と苦し紛れに周りを見渡すがそんな都合のいいものが落ちているはずもなく。体力だけがじわじわと消費されていくのを歯痒く感じるしかできなかった。

 そんな焦り顔を見せる衣玖の横顔を見て天子も考えるが、妙案が飛び出ることもなく永遠に続くのではないのかと思われる山道を下り続ける。

 

 しかし、幸運の女神は、二人を見捨ててはいなかった―――

 

 

「川!?」

 

 

 急に開けた先には険しい両岸をもった急流が姿を現した。十メートルほどの高さの崖は、向こう岸までの距離も相当あって目測でも十メートル近くあった。

 斜めに反り返っている崖は、おそらく人間でも登れそうにもなく、またその崖の間も魔物でも飛び越せそうになさそうだ。

 轟々ともの凄い音を反響させている川の存在は、まさに僥倖と呼べるものだった。

 

 

「飛び越えますよ!」

「マジで!? かなり距離あるわよこの川!?」

「そんな悠長なこと言ってられますか! さっさとついてきてください!」

「クアアァァァァー!」

 

 

 羽衣を翻らせて衣玖は大地を蹴って空へと舞い上がり、ドスランポスは背中の自慢の脚力を活かしての大ジャンプを繰り出す。一瞬で川を飛び越えた衣玖とドスランポスは易々と地面に着地してこちらを向いて手招きをしてくる。

 天子は一瞬逡巡するが、今の状況を鑑みるまでもなく結論は出ていた。今の状況を打破するにはこれを飛び越えなければどうしようもないのだから。

 

 

「ええい、ままよ!」

 

 

 腹をくくり、十分に助走をつけて大地を蹴る。

 

 

「やあああああああああああーーーーー!!!!!」

 

 

 激流を轟かせる川の音を塗り替えるような叫び声をあげつつ、体をくの字に曲げて飛距離を伸ばそうとする姿はまるで走り幅跳びのオリンピック選手のようだ。

 緩めの放物線を描きつつ、抜群の飛距離を叩き出し対岸を越えた天子はそのまま―――

 

 

「―――ふべっ!!」

 

 

 ……着地に失敗し、顔面から突っ込むことになった。ガリガリと砂を削りながら静止した天子は砂で塗れた顔を痛そうにさすった。

 

 

「~~っ、痛い……」

「総領娘様、あれ!」

「痛い! 無理やり首回すな!こっちは顔が痛いの―――」

 

 

 首の向きをぐりんと強制的に変えられた天子は、川の方向を見て絶句した。

 なんと、魔物が次々と川に落ちているのだ。落ちていく魔物は急流に飲まれ、白い飛沫と共に一瞬にして姿が見えなくなっていく。何とか踏みとどまっていた一部の魔物も、後続に押されて崖下へと落下し、先の者と同じ運命をたどることになった。

 

 

「魔物たちが落ちていく……」

「どうやらこの川は飛び越えられないらしいですね。鳥の魔物も森で進めなくなったみたいですし、どうやら打ち止めみたいです」

 

 

 ドボンドボンと崖から転落し入水していく光景は一種の爽快感があった。まるで三国志に登場する孔明の如く、敵をまんまと罠にはめた策士の感覚が心に浸透し、意図せずとも笑みが込み上がってくる。

 川を見つけたのは偶然だが、まるでこの状況が、いやこの状況に至るまでの出来事一切が運命だったかのような妙な感覚さえ覚えてしまう。

 

 

「はは……あはは、あははははっ!」

「……突然どうしたんですか。頭打ってとうとうおかしくなりましたか」

「これが笑わずにいられるかっての! あはははははは!!」

 

 

 衣玖の皮肉さえ通じず、天子は声を大にして腹の底から笑いだす。衣玖はやれやれとばかりに肩を竦めるだけだった。

 天子の突然の行動に疑問符を浮かべるドスランポスに衣玖は頭を撫でて「よく頑張りましたね。あとでご褒美を差し上げましょう」とつぶやいて背中にくくりつけた荷物を確認し、零れ落ちが無いことを確認する。

 あの逃走劇でよく何も無くならなかったな、と驚き感心した。消失物はおそらく天子の寝袋だけであり、それだけならまた買い直せばいい話で怪我とかも何もなくて一安心である。

 

 

「衣玖! 衣玖!」

「……何ですか。荷物の有無の確認はちゃんとしてくださいよ?」

「それよりあれ、あれ!」

「?」

 

 

 手招きする天子に近づき、天子が指さした方向を見た。

 

 

「麓が見えるわよ。私たち、国境を越えて王国に来たのよ!」

 

 

 川に沿った遥か先には建物が密集している町と農民の畑、それと限りなく続く平原が見えた。おそらくあの町は王国側の関所であろう。

 二人はいつのまにか国境を越えて王国へとやって来ていたのだ。魔物の大群に襲われて国境を越えたと認識できなかったのだ。きっと国境付近には分水嶺となる看板でも立っていたのだろう。

 

 

「王国に入ったー!! ってしたかったのになあ……残念」

「んなしょうもないことしたかったんですか……」

「人生楽しんだ者勝ち、でしょ」

「……まあ、否定はしませんが。それより、他の魔物が先の騒ぎで集まるかもしれませんから早くここを離れますよ」

「またトレインされたら面倒だもんね。りょうかーい」

 

 

 景色を楽しむのもそこそこに、二人は荷物を再び背負い直して下山を再開した。

 麓はもう目前。一行は新たなる大地を踏みしめながら、近づく町並みに抑えきれない胸の高まりを感じつつあった。

 王国はもう、ここなのだ。

 




次話から物語を動かし出す予定です。

道中が意外と長かった……。
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