異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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50話 エルフ

 天子と衣玖は町の大通り沿いに立地している宿にチェックインし、背負ってきた少女を宛がわれた部屋に運び込みそっとベッドに寝かせた。受付の人に若干懐疑的な視線を向けられたが「そこですっ転んだのよ! いやもうほんとにドジねえこの子は! あははは」と天子の下手な演技に一応納得いったのか、それとも深く関わらまいと決めつけたのか、とにかく何事もなく部屋をとることができた。

 少女を背負ってきたのは天子で、衣玖は天子のザックを背負っていった。こういった力仕事はいつも天子の仕事である。

 階下にある受付で水の入った木桶を借りて少女の額に濡れタオルを乗せ、ちょくちょく浸し直して冷たい状態を維持し続けた。その合間にザックの中身をひっくり返して荷物を整理することにする。

 少女は余程手痛い一撃をもらったのか、運び込んで三十分経ってもまだ目覚めていなかった。

 

 

「結構な時間寝てるわね……」

「そうですね……ワンパンで気絶しただけみたいですし、そろそろ起きてもいいと思う頃合いだと思うんですが」

 

 

 天子はベッドの隣に椅子を引っ張って来て少女の寝顔を眺めていた。

 あらゆるパーツが完璧と言えるまでに精緻に整った顔。一本一本がまるで黄金の如く照り返す長い金髪は、それだけで黄金に等しい価値が得られそうだ。

 ベッドに寝かせる際に邪魔だろうと思って取り払ったローブの下には黄緑色のシルクのシャツの上に冒険者の装備でもおなじみの革の肩当て、健康的ですらりとした足が際立って見える茶色の短パンと革製のブーツ。一見しただけでは店で普通に売られているものに見えるが、素材はとんでもなく高級品であることがじっくり見て触ってみるとよく分かる。

 締められたベルトに吊るされた短剣もかなりの業物であるが、刀身も柄も鞘も使用された形跡があまり見当たらずほとんど使用されていないようだった。

 しかし、その装備や容姿をもってしても、二人の関心はある一点に注がれたままだった。

 

 

「この長い耳……」

「私たちのとは随分と違いますが、まさか、妖怪?」

「妖怪じゃないと思うけど、別種族っていう感じが一番近いかも」

 

 

 元の世界では人化した妖怪など五万といたし、人間と異なった外見の妖怪などざらであった。一番分かりやすい例だと鴉天狗の翼などが一番しっくりくるかもしれない。

 しかしここは異世界。元の世界の常識が通じない世界で、この少女が元の世界の基準に当てはまるかと言われれば一概に頷くことはできない。

 何たってここは、巨大なモンスターや魔物が徘徊している世界なのだから。

 

 

「ん―――」

 

 

 二人が見えない答えに奮闘していると、ベッドに寝かされた少女が唸り声をあげて身をよじった。ゆっくりと開かれた眼孔は澄み渡る海のような濃紺色だった。

 何度かパチパチと瞬きした少女は寝起きのせいかしばらくボーっと天井の一点を凝視し続けていた。

 

 

「目覚めましたか?」

「―――――――――!?」

 

 

 隣から発せられた声に反応した少女はぼけっと衣玖を眺めていたが、やがてハッと覚醒した。かぶっていた布団を蹴飛ばしてベッドの奥へ引きずり下がった。

 

 

「な、何者!?」

「私たちは、」

「喋らないで!」

 

 

 どっちだよ、とツッコミを入れたくなった天子も流石にこの場でそんな不謹慎な発言をする気にはなれず、とりあえず敵意だけは見せないようにしようと気を緩ませることにする。

 少女は腰に手をやるも、巻きつけていたベルトに付けられた短剣が無いことに気づきあたふた狼狽し出した。「ない、ない!」と慌てふためく少女の姿は、一人だけが焦っているようでなんともシュールである

 

 

「わ、私の剣は?!」

「これ?」

「返して!」

「はい」

 

 

 短剣を持っていた天子は少女に短剣を差し出す。鞘に納められているとはいえ刃を向けて返すのはマナー違反だと思って返す方向は柄の方である。

 

 

「え―――」

 

 

 本当に返してくれると思っていなかったのか、少女は一瞬フリーズする。しかし、罠の存在を考慮してか、少女は差し出した剣を無視して眼光を強めてより警戒し出した。無視された天子は少し物悲しく剣を床の上に置いた。

 しばし両者が動かない膠着状態が続いたが、埒が明かないと衣玖は声をかけることにした。

 

 

「心配しなくとも、私たちは貴方が襲われた犯人ではありませんし、その仲間でもありません。奴は貴方を手放して逃走しましたよ」

「……なら貴方たちは。ここはどこ」

「連れ去られそうになってたアンタを偶然見かけてね。追いかけて誘拐犯から助けたのよ。ま、奴には逃げられたけどね。ここは町の宿よ」

「私は永江衣玖と申します。で、こちらが比那名居天子です。よろしければお名前を伺っても?」

 

 

 なるべく丁寧な言葉づかいを心がける衣玖に、警戒心を解かない少女は数秒の間を空けて答えた。

 

 

「……フィオナ。フィオナ・ベルナルディーニ」

「べ、べろ、なろ、べろなろ……?」

「かみっかみじゃないですか! ベルナルディーニさんです!」

「横文字って読みにくいの! もっと分かりやすい名前にしてよ!」

「ご本人の前でそれを言います!?」

 

 

 見知らぬ人を前にして騒ぎ出すどうみても無礼な二人に、少女はただポカンとしていた。少女が思っていたことはただただ、何だコイツら、というものに十中八九違いない。

 

 

「……フィオナでいいわ」

「え?」

「長くて読みづらいことは理解できるもの。私も名字で呼ばれたことなんてなかったし」

 

 

 警戒を解きほぐしながら、フィオナはもたれた壁から姿勢を正して二人に向き直った。完全とは言いがたくも、一応話は聞いてくれる態勢にはしてくれるらしい。

 

 

「それで、何故私を助けたの?」

「私たちが誘拐犯でないと信用してくれるのですか? 残念ですけど、そうでないと立証できる証拠を私たちは持ち合わせていませんよ?」

「……どのみち、この狭い部屋に二人に囲まれてる状況で逃げ場なんてないし、そうならせめて相手の情報ぐらい引き出しておきたいの。それに女二人が襲うなんてちょっと考えにくい状況だから……貴方たちを信じるしか、私にはないわ」

「そうですか。そういえば、喉が渇いてるでしょうし、水を―――と思いましたが、警戒して水なんて飲みませんよね」

「気持ちだけ受け取っておくわ。……貴方たちに後ろめたい理由がない限りね」

 

 

 フィオナはあくまで警戒を解かずにベッドの上で正座をしたまま、鋭い光を二人に向け続けていた。

 その視線は冒険者生活でモンスターや魔物と対峙している天子と衣玖にとっては痛くも痒くもないものであったが、一般人なら少し怯みかねないほどの眼力を含んでいた。このフィオナという少女は、相当な胆力を持ち合わせているらしかった。

 天子と衣玖も警戒心を抱かせないためにフィオナと同じ目線で椅子に座り、フィオナの力強い視線を受け止める。

 

 

「それで質問に戻るけど、貴方たちの言葉を信じるなら、どうして私を助けたりしたの。偶々見かけただけの私を」

「……(つんつん)」

「えっ、私!?」

「助けようとしたの総領娘様でしょうが。何呆けてるんですか」

「……それもそうね。えーと、どうしてって言われても……そもそもどうしてそんなこと聞くわけ?」

 

 

 天子には、フィオナの質問の意図が分かりかねた。

 どうして助けたのか。助けた理由。そんなものが、今の彼女に必要なのだろうか。

 いや、必要なのかそうでないのかは今は問題じゃない。問題なのは彼女がそれを聞いてきたこと、現状を把握する手段として彼女はそれが知りたいのだ。

 

 

「見ず知らずの相手に、危険を顧みず普通助けたりしないわ。そんなの物語の中の英雄だけよ」

「それは極端な話だと思うけど。……そもそも、人を助けるのに理由って必要?」

「……は?」

「いやだから、理由なんていらないでしょって話。目の前で人がさらわれようとしてたのよ? 血の通った人間なら普通は助けようと思うものでしょ。そこに理由なんて生まれるはずもないし、強いて言うなら反射的につい助けちゃったって感じね」

「ついって……」

 

 

 フィオナは目をぱちぱちさせて驚愕を隠しきれていない様子だ。そんなに驚くことかなあ、と天子はそんなフィオナの表情が不思議で仕方なかった。

 そんな中で、衣玖だけが訳知り顔のようにうんうん頷いていた。

 フィオナははあーっと大きく溜め息を吐いて体の中に溜まった疑念や猜疑心を全て空気中に逃した。ずっと胸中に溜めこんでいたことが、なんだか随分と馬鹿馬鹿しく思えて独り相撲を取っていたように感じられるようになったのだ。

 

 

「……なんだか疑って警戒していた私が馬鹿みたい。貴方たちは本当に私を助けてくれたのね」

「信じてくれるのですか?」

「こんな人が人攫いなんてするはずないもの。できるわけないわ」

「ですって総領娘様」

「褒められてるんだろうけど……なんでだろう、素直に喜べないのは」

 

 

 くすくす、と笑うフィオナに天子は微妙な顔だった。なんとなく馬鹿にされたような気がするのは決して気のせいではないと天子は逆に猜疑心を抱きそうになった。

 改めて信用してくれたとして、衣玖はコップに水を注いでフィオナに手渡した。やはり喉は渇いていたが我慢していただけらしく、フィオナは一杯分の水を一瞬で飲み干してお代わりを申し出た。

 お代わりを飲み干したところで、フィオナは身に起きた出来事を語り出した。

 

 

「まずは……助けてくれてありがとう。心から感謝するわ」

「お礼なんていいわよ。大したことしたつもりもないし……そんなことより、どうして人攫いなんて遭ったわけ?」

「さあ……全然心当たりがないわ。ただ町を歩いていただけなのに突然現れて無言で私に襲いかかってきたのよ」

「それなんですが、どうして路地裏に? 都市の路地裏なんて薄暗くて清潔とは言いがたいし、普通の人なら立ち寄らないと思うんですが……」

 

 

 衣玖の質問ももっともだった。

 路地裏というのは日の当たらない場所。それは単純に太陽の光が当たらない場所という意味でもあるし、ガラの悪い人間が多くいるという意味でもある。そんな後ろ暗い場所に普通の人間なら近寄りたいと思うはずもないのだ。

 この世界は必ずしも治安が万全というわけではない。ここのように大きな町にもなれば兵士が町の治安を維持しているが、それも完璧というわけではない。剣や魔法という死に直結するものがありふれている世の中である以上、常に危険はすぐそばに付き纏っているのだから。

 ましてやフィオナのこの美貌と装備品である。裏路地をうろつくような人とは到底思えないのだ。

 

 

「……あまり人に顔を見られたくなくて」

「そういえばかなり深めのローブをかぶっていましたね。別に隠すような顔でもないでしょうに、何故隠していたのです?」

「え?」

「え?」

 

 

 その衣玖の一言に、フィオナは虚を突かれた。また、疑問で返されると思っても見なかった衣玖も同じように驚いてフィオナの顔を見返した。

 お互い疑問の意味が分からない。特にフィオナは、まるで信じられないものでも見るような目で衣玖と、同じように疑問符を浮かべている天子を見つめた。

 

 

「私が一体どんな存在か、分からないの?」

 

 

 そこまで言われて初めて、衣玖は出会った最初から気になっていた長い耳との関連性に気がつく。

 

 

「その耳、普通の人と違いますよね。……あなたは、人間なのですか?」

「……エルフって、知らない?」

「「エルフ?」」

 

 

 聞き覚えのない単語だった。こっちの世界に飛んで来てからも、向こうの世界にいた頃でも聞いたことのない言葉だ。

 

 

「聞いたことないわね……衣玖は?」

「さあ……私の記憶が確かなら、ありませんね」

「本当に言ってるの……?」

「うん」「はい」

 

 

 いかに下界との接触が皆無だったとはいえ、それでも多少なりの情報は天界にも伝わってくるし、それすら無かったということは幻想郷という場所にはエルフと呼ばれる者はいなかったのだろう。

 フィオナはしばらくの間呆然と二人を見つめていたが、やがてくくく、と声を押し殺して笑うようになった。

 

 

「本当にエルフを知らない人間がいるなんてね……貴方たちどこの田舎から来たのよ?」

「そうねえ。強いて言うなら空の上かしら」

「空の上、それは随分と田舎からやって来たものね。……そんなお上りさん、いや、空から来たのならお下がりさんね。の、貴方たちにエルフが何なのか教えてあげるわ」

 

 

 ベッドの上で正座しているのは疲れたのか、フィオナはベッドの縁に腰を下ろして二人の真正面に座った。

 フィオナの表情はまるで初めて教壇に立つ新任教師のような表情で、二人に説明した。

 

 

「―――私はモンガ大森林に住むエルフの民。エルフは人間を遥かに凌駕する長い寿命と特殊な魔法を行使できる、人間と異なる―――けど、極めて人間に近い種族のことなの」

 

 

 モンガ大森林とはハイツの町の北西部に位置する巨大な森林地帯だ。その面積は王国領の実に七分の一を占めるほどの巨大さを誇り、王国領北部地域の二分の一近くが森林地帯という果てしない森林だ。上空から見れば深緑色の木々が地平の果てまで永遠と続いている壮大な光景が見えることだろう。

 当然天子たちが持っている地図にも堂々と記されており、その巨大さに二人は驚いたものだった。

 

 

「長い寿命って……どのくらい生きるの?」

「平均的なエルフは五百年くらい生きているわね。今の長老は七百歳近くなるけどね」

「……それは随分と長命ですね」

「そのあまりにも長い時間を利用して我らエルフは人間とは異なった生活や文化、技術、魔法体系を築き上げていった。自慢ではないけど、エルフの技術は人間の物よりも圧倒的に優れていることは自負できるわ」

「その服も剣も、かなり高級な感じですね」

「そういうこと。……ま、長寿って言っても私はまだ六十年しか生きていないんだけどね。他のエルフから見ればまだまだ子供」

 

 

 エルフとは、幻想郷に存在している妖怪とは違ったものらしい。妖怪は人間による恐怖などの感情や伝承から生まれた存在、その寿命は人間に大きく左右されることが大きい。人型の妖怪の姿がその精神の有り様に大きく関わっていることからも、妖怪は不安定で変態的である。

 しかしエルフは話を聞く限り、種族として寿命が既にほぼ決まっている。人間の寿命が七十、八十ぐらいなのをエルフは単にそれを五百年という途方もない時間まで引き伸ばしているだけで、そういう意味では確かに人間に近いものと言えるだろう。妖怪なんかよりはずっと人間らしい種族だ。

 

 

「この世界のエルフはほとんどこのモンガ大森林にいるわ。ごく僅かに外にいるエルフもいるようだけど、それも元々は大森林で生まれて育った者達よ。外に出て行かないのは現在エルフは人間との交流を断絶しているからね。人間を領土に入れさせないし、エルフが外に出ることも禁じられてる。所謂鎖国の状態ってやつ」

「交流を断っている? ……何故?」

 

 

 違う国同士の交流―――貿易とよばれるものだが、これは国の経済促進だけでなく異国の異文化が流入してくる機会にもなるわけでどの国でも非常に重要視される。例えば国が抱えた財政赤字を内側だけの開発だけでは賄いきれない部分で克服できるチャンスでもあるのだ。

 勿論メリットだけでなくデメリットもあるわけだが、長期的に見ても短期的に見ても貿易・交流はあらゆる面で効果的であることは疑いようのない事実だ。

 

 

「エルフの寿命は長いから、自分たちの種族内だけで自己完結できる知識と能力が身についているの。人間とわざわざ交流を持たなくとも高い技術、魔法で全て解決できるから」

「ですがそれでも―――人間との交流を断つ理由にはなりませんよ」

 

 

 貿易をしなくとも交流はできる。そもそも交流というのは、やれと命令されてやるような受動的なものではなく、お互いが主体的に動くことで生まれる行為だ。法や命令によって束縛することが可能なものでは決してないのだ。日本でも鎖国と称しつつも対外交流は途絶えていなかったわけなのだから。

 それが人間の出入りを禁じ、あまつさえエルフでさえもその対象に入っているなんて普通はおかしいことなのだ。技術や魔法があるからという理由だけで断絶されるものではないはずだ。

 フィオナは衣玖の指摘に目尻を下げて、寂しそうな表情を作って答えた。

 

 

「……エルフはね、人間に良い感情を持っていないのよ」

「……その理由は?」

「元々高潔で自負心が強くて自分たち以外の種族を下に見がちなところがあったのだけど、決定的になったのは六百年前ほどのこと。私も生まれていないから人から伝え聞いた話しか知らないけど、どうも人間に裏切られたらしいの」

「裏切り?」

「ええ。内容は諸説あって、お金を騙し取られたとか、領地を攻められたとか、宗教上の対立とか現実的な説から荒唐無稽な話まで色々あるんだけど、確固たる証拠がないみたい。六百年も前の話だから当時生きていた年配のエルフももうほとんど亡くなってるから聞くにも聞けなくてね。長老も当時のことはあまり覚えていないって言ってるの。……けど裏切られた理由なんてね、正直どうでもいいのよ」

 

 

 語気を強めるフィオナは膝に置いていた拳をぎゅっと握りしめる。

 

 

「裏切られた。ただその事実だけさえあればいい。そうすれば合法的に人間を憎むことができる。誰にも責められない、互いの仮想敵が一致すれば団結できる。……人間を憎むことはね、もはやエルフの中では慣習なのよ」

 

 

 エルフという種族は同じ敵を見つけ出し、それを嘲笑することでこの六百年間という決して短くない時間を過ごしてきた。

 それはなんてことない、日頃誰もがやっていることと同じようなものだ。感情が悪意なだけで、それは共通の話題で盛り上がる仲間内の会話と何ら変わりはしない。誰もがそうしながら友情を深め、友人の輪を広げていくのだから。

 だからそれ自体は仕方のないことだと、天子と衣玖は僅かに思った。

 

 

「そうやって森の中に閉じこもってるから、今度は人間からもいい思いをされなくなる。森に引きこもってる頭でっかちな堅物、ってね」

 

 

 しかし、いつまでもそうやって馬鹿の一つ覚えのように考えを改めないのは感情を制御できない子供と何一つ変わらない。大人ならば、理性と知性を備えているのならば、そうした蓋を閉ざした歴史を見直さなければならない。

 

 

「そんな人間偏見が凝り固まってるのよエルフというのは。昔ばっか見て、これぽっちも前を向こうとしないのがエルフの悪い所よ。安定主義というか、停滞主義なのよね」

「では、フィオナさんは、人間をどう思っていらっしゃるのですか?」

「どう、って言われても答えにくいけど、少なくとも他のエルフと違って悪感情は抱いてないわ。むしろ、興味の対象ね。私たちからしたらある意味で未知の存在だもの」

 

 

 嬉しそうに興奮しながら話す彼女からは人間に対する嫌悪感というものは一切感じられず、むしろ友好的にしたいという思いさえ伝わってくる。

 思えば天子と衣玖に対しても最初は誘拐犯を懸念して警戒していたものの、それが解かれれば実に友好的な態度をとっていたものだ。

 

 

「フィオナって、もしかしてエルフの中じゃ異端?」

「……気にしてること言わないでよ。まあ、言われ慣れてるけどさ」

「ご、ごめん。……それより、エルフって外に出ちゃいけないんでしょ? ならどうしてこんな所にいるわけ?」

「お忍びよ」

「お忍び?」

「鎖国中だからね。領地周囲を警戒する衛兵とか、余程特別な事情でもない限り出してもらえないのが普通なの。その特別な事情も、国難とか災害とかどうしようもない場合に限るけどね」

「では何故この町に?」

「……抜け出してきた♪」

「「は?」」

 

 

 悪戯っぽくぺろっと唇を突き出したフィオナは、言い訳するように反論する。

 

 

「だって私特別な事情とか無いから森から出してもらえないし。頼んだってどうにかなるものでもないから、だったらこっそり脱出するしかないでしょ?」

「でもそれって違反行為なんでしょ。バレたらヤバくない?」

「んー。今のところは大丈夫かな、まだバレてないし」

「いずれバレるでしょう。そんな危ない綱渡りをしていて平気なのですか」

「今回の一件もあったし、流石にしばらくは自重するよ。それに、一応共犯者もいることだし」

 

 

 「共犯者?」という言葉に首を捻らせる天子と衣玖だが、フィオナはその疑問に答えることなく小窓を眺めていた。

 結構な時間話し込んでいたためか、太陽は少し傾きつつあり現在三時を回ったところだ。依然として通りの混雑は激しく、これは夜まで続くだろうな、と小窓を開け放った衣玖は思った。

 よいしょ、とベッドから立ち上がったフィオナは掛けられていたボロのローブを身に纏い、ベルトを腰に巻いて短剣の鞘を吊り下げた。

 

 

「日が落ちる前に帰らないと流石にマズいから、そろそろ帰るね。ありがとう天子、衣玖。危ない所を助けてくれて本当にありがとう」

 

 

 深く腰を曲げたフィオナに、天子と衣玖は同じように挨拶し返した。それじゃ、と出て行こうとするフィオナを天子は「ちょっと待って」と呼び止めた。

 

 

「送っていくわ。ついさっき人攫いに遭ったばかりでしょ? 一人じゃ危険すぎるわ」

「というより、送らせてください。危険すぎますよ。実力に関しては、人一人くらい護衛できる力は十分にありますのでご心配なく。これでもCランクの冒険者ですからね」

 

 

 そう言うや否やフィオナの回答待たずに早速準備し出した天子と衣玖は断られても無理やり後ろからついて行くつもりだった。つい先程攫われかけたばかりだというのに一人で行こうとする肝っ玉の大きさは評価できるが、少し危なっかしい少女であるというのも二人が感じた印象だった。

 眠っているときは美しく儚げな少女だと感じていたが、蓋を開けてみれば行動力があって悪戯っぽい少年のような一面が強かった。やはり人は見かけには寄らないものだ。

 少し驚いた顔で二人を交互に見返したフィオナは、ドアノブに手をかけながら溜め息を一つ吐いて、承諾した。

 




やっと五十話。長かったような短かったような。

ここまで読んでくれている方、どうもありがとうございます。これからもよろしくお願いします
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