異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
これからバリバリ書くぞー!
モンガ大森林は四方に開かれた門のうちの北門から北西に進んだところにある。あまりにも広大な森林地帯であるため西に進んだだけでも一応はたどり着くのだが、最短距離は北西の道なのでそこから進むことになる。
六百年前に交流が断絶したということから、かつては整備されていたのであろう街道は最早見る影もない。町の周縁部は畑作地帯が広がっていたが、それを抜けてしまうと途端に何にもないただの原野と成り果ててしまった。
天子と衣玖、それとエルフの少女フィオナはそんな森へと至る道なき道を進んでいた。
「肉食竜を足代わりにしてるなんて変わってるわねー」
「クアアー」
「おーよしよし。多少揺れるけどお前の乗り心地は悪くないぞー」
「クア!」
「それに三秒で慣れたアンタも大概な気もするけどね」
フィオナはドスランポスにまたがって、天子と衣玖は徒歩で草原地帯を進んでいる。一応護衛のような感じで位置を配置しているのだ。
フィオナ自身は守られるほど弱くない! と言い張っていたのだが、人攫いに連行しかけていた光景を見ていた二人にとってはその言葉の真偽は如何ほどのものなのかと疑問だった。
腰に短剣をぶら下げてはいるが、フィオナ曰くこれはあくまで護身用なのだとか。メイン武器ではないのこと。事実彼女は丸腰に近いものなのだから尚更信用ならなかった。
「馬と似たようなものと考えればどってことないわよ。ちょっと震動が激しいかもしれないけど」
「それはぜっっっっったい
「衣玖はコイツみたいなのに全く乗れないのよ。アプトノスで酔うくらいだから」
天子はドスランポスをポンポンと叩きながら衣玖の方をちらちらと見て口元をにやつかせていた。何も言い返せない衣玖は努めて平静で、かつ天子の方を見ないようにしていた。
そんな漫才のような二人のやりとりを見ながらクスクスと小さく笑うフィオナだった。
一時間ほど歩くと広大な土地を蓄えた大森林が一行の眼前に姿を現した。
際限なく続くそれは森と呼ぶにはあまりに広大だ。一本一本の木々も永い時を生きてきたと分かるほどの巨木で目測で三十メートルほどの高さである。
そんな馬鹿でかい樹木が群れを成しているのだから森が広大化するのも納得だった。
「でっかい森だなあ……たまげたなあ」
「この森にフィオナさんの住む里が?」
「そうよ。森の浅い所は一般の冒険者も潜るらしいけど、エルフの里は森のもっと奥地にあるの。さしずめ、隠れ里といったところかしら」
森は魔物やモンスターの生息地であり、これほど巨大な森ともなれば魔物やモンスターも多種多様に存在する。そしてそれを目当てとする冒険者も大勢つられて森にやって来る。
天子と衣玖は森の中での戦闘経験はそれほど多くはない。しかし森といったが、ここは樹木の背も高く下草もそれほど繁茂していないみたいなのでこれまでやって来たように戦えば大丈夫であろう。
夕暮れに近い時間帯。太陽の光を遮る木々が繁殖しているせいであたりはかなり薄暗いが、周囲が確認できないほどではない。
しかし秋の日は釣瓶落としとも言う。あと数時間もしないうちに日が暮れてしまい辺りが真っ暗になってしまいかねない。
「……ちょっと急いだほうがいいかも。天子、スピードアップしてもらえる?」
「了解! 衣玖、急ぐわよ」
「承知しました」
「ドスランポス! スピィィィドアーップ!!」
「クアクアクアーーー!!」
「ひゃっ?!」
ドスドスと目に見えてスピードを上げるドスランポスに少し驚き声をあげたフィオナは、少しバランスを崩しながら背中のでっぱりに掴まる。思っていたよりもスピードが出たらしい。
バタバタと翻るローブを追いかけながら、天子は速度を上げつつあるドスランポスの背中に飛び乗った。
「よっ、と!」
「天子!? 凄いアクロバティックな技をこなすのね!」
「私くらいの実力になればこれくらいチョロイことよ!」
なははははは! と天狗になって高笑いする天子。最早勝手知ったるドスランポスの背中である、運動神経の鋭さから見てもこういう風に飛び乗れて何ら不思議はない。
ドスランポスの背中の定員は二人である。普段は天子が背負うザックが一人分のスペースを占拠しているのだが、今回ザックは宿に預けてあるため天子が収まるスペースがあるのだ。
いつものように空を飛んでドスランポスに追随する衣玖は、そんなアホ丸出しのお目付け対象に向かって呆れともつかない溜め息を吐いた。
大森林を駆けてゆく。一体何人手をつなげば届くのか分からない巨木の幹間を走りながら、一行は大森林のさらに奥へ奥へと進んで行った。
◇
「……霧が出てきたわね」
森を進んでから一時間ほど経った。
周りの景色が靄に包まれたように白ばみ始め、ただでさえ見通しの悪い林間に視界不良が一層拍車がかった。
一度天子はドスランポスから下りて周囲をぐるっと見渡した。樹木の間隙から湧き出てくるように流れ込む霧の光景は絵画にできるような美しさではあるが、実際に目の前で起きると帰れるのかとか、ここはどこなんだろうかとか色々不安になってくる。
霧が美しく見えるのは絵画の世界だけなのかもしれない。
「少し霧が深いですが霧中進行は玄雲海時代の雷雲で慣れてます!」
「……霧が濃くなってきたわね。分かってたけど。分かってたけどそのネタ出すことは!」
世界観とか壊れるからやめとこうな、と天子はツッコミを入れるが衣玖は気にした風もない。いちいちツッコミを入れるのにもしんどくなってきたと思ってきた天子は、会話をフィオナに振った。
「どうフィオナ、あとどれくらい?」
「もう如何ほどもないわ。この霧が出てきたってことは、エルフの里の入口近くに来たってことだから」
「そっか。それじゃあエルフの里の入口とか、見えてくるかもね」
「それは無いわね」
「へ? それって霧が濃いから? 確かに霧が濃いから前はほとんど見えないけど」
現在の視界の限界距離はおおよそ三十メートルほどで、この距離では目の良し悪しの如何にかかわらず前方を見渡すことは叶わない。樹木がひしめき合うように林立していることも視界の悪さに一層拍車をかけている。
しかも発生した濃霧のせいなのか、他の動物の気配がごく微量にしか感じ取れなくなっている。近くに寄れば存在を感知できるものの、遠くから敵を索敵し先手を打つ普段の戦法が使えないのは痛手である。
「そうじゃないの。確かにこの大森林って霧がしばしば発生するし、だから『
「特別?」
霧を掴むかのように、フィオナは両手を空へとかざす。
「実はこの霧は自然に発生したものじゃなくて、エルフの里への侵入を拒む結界なの」
「結界……?」
「六百年前に人間に裏切られて以来、エルフの魔法を駆使して構築した一種の人払いの結界魔法。外界から途絶したエルフの里を分かつ、交流の途絶点よ」
結界というと、神社の本殿の軒下や御神木に掛けられている注連縄が頭に思い浮かんだ。どちらかというと宗教的な意味合いでの結界、つまり神がおわす場所としての結界という考えがまず先行した。
話に聞く限りこの結界も他者の介入を防ぐという役割ではほとんど変わりないようだが、霧が結界の役割をしているというのは少し珍しく思った。
結界についての知識はほとんど持ち合わせていないが、それでもこれが途轍もなく大規模な魔法であることは容易に推察できる。
「何の対策もなしにこの霧を抜けようとしても結界が発動して同じところに戻される仕組みらしいわ。それでここまで迷い込んだ冒険者が力尽きた成れの果てが結構見つかるらしいけど」
「……何だか末恐ろしくなってきたんだけど」
「ちなみにその冒険者の亡骸を餌にしようとして魔物が跋扈したり、成仏できなかった冒険者の魂が亡霊になって現れたりもするらしいわ」
「尚更嫌になったわ!! 早いところこんな場所から抜けようよ!!」
素面でさらっと恐ろしいことを口走るフィオナに眉をひそめる天子は、この女も大概普通の感性持ってないなと遅れながら確信し始めた。普通の一般人なら魔物が跋扈とか亡霊出没とか、そんなまるで豆知識を披露するかのように話したりはしない。
亡霊は別に怖くないが、魔物出没地帯となれば話は違う。この視界不良の中で戦闘行為は得策ではない。即刻抜けるのがベストだ。
というか、よくよく考えてみればフィオナはこの森を一度抜けてきているのでは……と考えるとなんかもう不安が絶頂になる。よく町までたどり着けたものだ……。
フィオナも天子の必死さが通じたのか、「分かった分かった」と返事をしてドスランポスから飛び降りる。
一度深呼吸したフィオナは―――真剣な顔つきに変貌した。先程までの暢気な顔からは想像できない凛とした表情だ。
「―――
一瞬にしてピンと張られた線を軽やかに弾くような、そんなフィオナの美声に、天子と衣玖は息を吐く暇もない緊張を強いられる。ソプラノ歌手のごとき高い声は、魔力さえ拡散させた濃霧の中をどことなく突き抜けていく。
綺麗だ。
全ての要素が完璧に合致し、一人のエルフの美しさを精緻に体現させる。最初であったときに感じた儚さや、悪戯っぽさなどは完全に消失しており、女神が本当に実在するならまさにこれなのだろうと思わせる荘厳さがそこにはあった。
フィオナの美しさに見惚れていると、フィオナの目の前の景色に変化が生じ始める。
視界の隅々まで覆っていた濃霧がまるで生物であるかのように左右に移動を始める。それはまるで海を真っ二つに割ったモーゼの奇跡のように、霧の成分である水蒸気が裂け目を昇って道を形作る。
徐々に広がっていく道は、最終的には馬車一台が悠々に通れる空間にまで広がっていった。その道だけが霧の支配を逃れていて元の緑色の大地が垣間見える。
それはまるで、霧の上に出現した一本の橋のようだ。
「さ、行きましょ。そんなに長くは保たないはずだから」
「え、ええ……」
驚きが抜けきらない天子と衣玖をよそにフィオナは霧の道に足を踏み出す。道の具合は今までの地面と変わらず、落ち葉が堆積してできた腐葉土のままである。
遅れないようにと我に返って先導に従ってついて行く二人だが、心は少し浮ついたままだ。何せフィオナの件といい霧の中に突如できた道といい、突飛すぎる出来事が起こり続けた過ぎた。
しかし少々ふわふわした気持ちは抑えきれずとも、理性が吹き飛ぶことはない。その上もう少しでエルフの里に着くと気づくと嫌でも冷静にならざるを得なかった。
(……あれ? 何で私たちまで一緒にエルフの里に行くことになってるの?)
今更冷静になって考えてみたが時既に遅し。霧の道を抜けた先には、濃霧の無い晴れやかな空間が目に飛び込んできた。
◇
エルフが構築した結界魔法。それを越えるとすぐにエルフの里に入る、と思っていたがどうやらそれは違っていたようだ。
周りの風景はこれまでと同じ大木に囲まれた森の中。しかしここまでの道のりと違うのは下草や藪が刈られていてちょっとした道ができていることだ。道中かかっていた霧も綺麗さっぱり晴れて頭上からは橙色の西日が一日の残滓の如く降り注いでいた。
「結界を抜けたわ。あとはこの道なりに進んで行くだけ」
「そうしたら……」
「エルフの里に着くわけ、か」
何故ここまで来たんだろう、という疑問は結界を抜けて広がる光景を見て頭から消失していた。存外、二人も忘れっぽい性格であった。
ここからは近いのだろうかと思った天子はフィオナを見るが、当のフィオナは周りをキョロキョロ見回して何だか忙しない様子だ。
何を探しているのだろうか。
「どったの?」
「ああ、いや……予定通りなら迎えが来るはずなんだけど」
「迎え?」
「一応、規則破って勝手に抜け出してるわけだからね。巡回衛兵とかうろついているから流石に一人だと心許ないわけよ。んで、知り合いに衛兵見習いがいるからそいつに頼んで当直のときに見逃してもらうようにお願いしたの」
「お願いと書いて強要と読むんですね分かります」
「人聞きが悪いわね。とにかく、そいつに迎えを頼んでるからゲートが開けば気づいてくれるはずなんだけど……」
別に来なくてもちゃんと帰れるしいいんだけど、とボソッと表情を変えずにつぶやく。約束を反故するなんて最低ねと言わんばかりの呆れ具合だ。
とはいえ、フィオナの規則違反に無理やり付き合わされてその上迎えに来いだなんてなんとまあ身勝手というか上から目線だというか。その見知らぬ見習いさんには同情心を禁じ得ない。
しかし、何度か抜け出してきているという話だからその度にフィオナの我儘に付き合っているとしたら、それは最早憐れとしか言いようがない。
そんな知り合いの気心を気づいて無視しているのかそれともただただ無知なのか、フィオナはドスランポスの背中に立ち、背伸びをして遠くを見通していた。
「………………フィオナー………!」
「あ、来たっぽい」
「律儀に迎えに来るんだ……」
その声は天子と衣玖にも聞こえた。声の質からするとどうやら男性らしい。
声に数秒遅れて道の向こうから一人の男が走ってくる姿が確認できた。服装はフィオナとよく似た衣装で、男性版にちょっと変えたようなもの。違う点と言えばフィオナのように短パンではなく長ズボンである点と、腰に下げられているのが短剣ではなく刃の長い長剣である点か。衛兵と言っていたくらいだからフィオナと違い儀式用とか護身用ではなく普通に剣を標準装備しているのだろう。
服装が酷似しているのはエルフの民族衣装だからかもしれない。
遠目だからはっきりとは断言できないが、身長はおそらくフィオナと差ほど差異はない。フィオナと同じ金髪、男子にしては少し長い方で肩辺りで切った髪を後ろで縛っている。顔はフィオナほど整っているわけではないが端正な顔つきであり、ほんの僅かに幼さを感じさせる童顔である。
「やれやれ、レディーを待たせるなんて男として失点ね。……おーいアル、こっちこっち!」
おそらくアルという愛称なのだろう。フィオナはドスランポスの背中から下りて両手を振って合図を送る。
それにしても先程からフィオナは、あのアルなる人物に対して少し酷評が過ぎるのではないだろうか……。
「フィオナ! まったく、君というやつは―――」
傍若無人な振る舞いをし続けるフィオナに、彼は、やれやれと疲れ切った顔で出迎える―――
「―――」
次の瞬間、彼のとった行動は迅速だった。
「―――!!」
神速ともいえる抜剣で、天子を切り払ったのだ。
「ちょっ……!」
「総領娘様!?」
「アル!!?」
何とか紙一重で躱した天子だが、彼は追撃を止めずさらにもう一撃剣を振り払う。危なげに回避した天子は状況の悪さを感じ取り、後方へ大きくバックステップする。
しかし、彼の動きは機敏だった。定めた標的を決して逃さないとばかりに天子の動きにぴったりと食いつき、剣を抜かせる暇も与えない高速の連撃で天子を捉え続ける。
(速い……! 決して小さくない剣を振ってるのに……!)
彼が振るい続ける長剣は長さこそ天子が持つ緋想剣と大差ないが、緋想剣と比べかなり重厚な見た目である。緋想剣は刃幅がかなり細く、見た目スマートな造りなのだが、彼が振るう長剣は緋想剣より厚さがある。結構な重量があるはずなのだが、彼は重さを感じさせない鋭い動きで天子に迫っている。
俊敏さは天子の得意とする分野だったが、それに勝るとも劣らない速度であった。
「アル!! 何をしてるの!?」
「侵入者排除に決まっている! エルフ以外に結界を越えてはいけないことぐらい君も知っているだろう!?」
思いもよらないアルの突然の行動にフィオナは慌てふためく。焦りとともにすぐに頭に浮かんだ言葉をそのまま投げかけるが、返ってきたのは至極当然の答えだった。
見習いとはいえ彼も衛兵。エルフの里に危険がないか見回りする仕事についているのだから、エルフではない二人に敵愾心を見せるその行動は正しいと言える。
しかしまさか何の一声もなく斬りかかるとは想像できなかった。警戒心は見せるだろうから、そのときにこちらから説明すればいいと高を括っていたフィオナはそれが油断だったと遅まきながら気づいた。
「のこのこと結界を越えてくるなんて貴様ら、フィオナに何をした!」
「何も、してない、わよっ!」
「アル! 止めて!」
「はあああ!!」
フィオナの切実な声も、剣を振り続けて興奮状態に陥っているアルには届かずにいた。剣筋は天子の顔面を向けて放たれ、完全に天子を殺す軌道にある。
相手の行動は正当なものであるが故に、衣玖は天子に加勢することができずにいた。残念ながら衣玖では接戦状態にある二人に向けて攻撃はできない。元より天子のような俊敏さを身につけてないため狙ってアルのみに攻撃を加えることは非常に困難だ。
アルの動きは非常に素早い。人外である天子の速度について行けるとは驚きを越えて感心の思いさえ浮かんでくる。
それでいて剣の扱いも上手い。達人と呼べるほどの練度は見られないが、それでも並みの剣士では瞬殺されかねない必殺の剣技を正確無比に次々と繰り出す実力を、この若さで習得するとは称賛に値する。フィオナの知り合いということは、おそらく大体同じ年なのだろう。
この実力は、エルフの身体能力の限界が人間のそれよりも高いためであろうか。そうなると、エルフという種族はとんだ化け物揃いということになるが、フィオナの例もあるからあくまで個人差に違いない。
(けど……避けられないほどじゃない……!)
それでも、天子にはまだ幾ばくか余裕が残っていた。先程から回避に専念しているが、一撃も掠りもしていないのがその現れである。
空気を切り裂く風切り音を眼前で感じ取りながら木に当たらないよう後ろにも気を配る。剣が振るわれたあとの僅かな隙間に後ろの気配を感じ取っているのだ。
そんな天子の余裕ぶりに業を煮やしたアルは少しムキになって剣戟に力を込めるが、それは僅かな隙を与える羽目になった。僅かに大振りになったアルの一振りをサッと回避、瞬時に天子は腰に差した緋想剣に手をかけ、アルの連撃が迫る目前に剣を引き抜いた。
ガギィィン!!
天子の緋想剣とアルの長剣が交錯する。鍔迫り合いになった両者は、押し負けてたまるかとばかりに裂帛の気合を剣に力を込め続ける。
ギリギリギリギリィ!! と耳障りな金属音が撒き散らされるも、両者は少しも気にした風ではない。
「大したスピードじゃない! 感心するわ!」
「ふん、侵入者に言われても少しも嬉しくないがな!!」
「アンタ、人の話を聞かないとか、しょっちゅう言われるでしょ」
「っ―――減らず口を!」
ぐん、とさらに押し込まれた天子は僅かに力負けし、素直に負けを認めることにした。アルの力に拮抗するのではなく、川を流れる小舟のように力の流れに沿うのだ。
緋想剣を舵のように扱い、力の流れを上手く利用して天子は後方に大きく飛びずさる。思い通りの結果に天子は、にやと不敵な笑みを浮かべた。
「にひひ、図星のようね?」
「う、うるさい!! 侵入者風情が、いい気になるな!」
長剣を上段に構え始めたアルは対峙の緊張を解かずに、そのまま静止した。
「―――精霊よ、我が呼び声に答え給え―――」
「……なに?」
その不可思議なフレーズを聞いた途端、天子の余裕の笑みは消え去った。アルの周囲から本来あるはずのない量の魔力が脈動を開始して白い光となり出したのだ。
いや、それはただの魔力ではない。人間や、自分たちが使うような魔法によって生じる魔力とは一線を画した別物だ。
その白い光は、世界に溢れる一般的な魔力とは違い、ほんのごく僅かな生命を帯びているように感じさえする。
周囲に生まれたその
「―――
「う……!?」
天子が身構え、アルが力を開放しようとしたそのとき、両者が対峙する間に強烈な風が荒れ狂い始めた。
それはまるで嵐。巨大台風の暴風の中に立っているような激しい風が、中心から外に向かって吐き出される。途轍もない風量を伴った暴風は懸命に堪えていた天子の足を数歩後ずらせた。
アルも思いもよらない出来事に集中力を散らされ、発動しかけていた魔法が光の残滓となって消える。「この魔法は……!」と覚えのある魔法に、アルはこの魔法の発動主の方を向いた。
「アル! 止めなさいって言ってるでしょうが!」
「フィオナ! 何故止める!?」
「アンタが聞き分けのない大馬鹿者だからよ! ちょっとは人の話を聞きなさい!!」
「う……」
烈火のごとく怒り出すフィオナに、アルは思わず尻込みして振りかぶっていた腕をよろよろと弱々しく下ろした。顔を真っ赤にして憤慨するフィオナに対するアルの表情は、今まで激しい戦闘を繰り広げた強者とは到底思えない軟弱者のそれだった。
「……わーお」
「怒ると凄まじいですね、フィオナさんは。向こうさんもの凄いオドオドしてますよ」
「あ、衣玖。アンタ加勢しなさいよ」
「無理ですって。大体私近接戦あまり得意でありませんし、あんな速い中で雷なんて出せませんよ。総領娘様はともかく向こうは倒れてしまいかねません」
「私はいいのかよ」
「じめんタイプですよね? 能力的に」
「ポ○モンじゃねーよ」
フィオナがアルに説教している中で蚊帳の外の二人はいつもの通りの会話を繰り広げていた。天子もこれまでの戦いの余韻に浸るでもなく、というかその余韻を今のこの状況でぶち壊されたので何だかどうでもよくなってきたのだ。
「アンタはいつもそう、これと決めたら馬鹿みたいに突き進んでばかり! 全っ然周りを見ようとしないし、した試しもない!」
「いや、それはフィオナだって同じじゃ…」
「黙らっしゃい!!」
「……………………はい」
「尻に敷かれてる夫って感じね」
アルは屋外だというのにフィオナに正座させられている。フィオナの説教がつらつらと続いている最中でアルはフィオナのイエスマンに成り果てつつあった。
まあ確かにアルの言い分も分かる。猪突猛進の態度は、人間に興味があるというだけで規則を破って里を飛び出しているフィオナもそう変わりはない。
そう考えると何だか不憫に思えてきた。いきなり斬りかかったのは向こうだが、フィオナの知り合いであるから悪い奴ではないのだろうし、エルフ以外は結界を越えてはならない規則に則った彼の行動は至極真っ当であるから別に二人は恨みつらみを抱いていなかった。どちらかと言うと可哀想という考えしか思い浮かばない。
「あー……フィオナ? もうそれくらいにしてやれば……」
「ダメよ。ここらでガツンと言ってやらないと気が済まないわ」
「だからそれ、自分の胸に聞いて―――ん?」
ふわふわ。
天子の目の前に、緑色に発光している何かが浮かんでいた。それはアルの周囲に発生していた魔力の塊のようなものと酷似している。
「……何これ?」
そのふわふわした球状の発光体はしばらく天子の顔の前で浮いていたが、やがて天子の周りをぐるぐると回り始めた。
ソフトボール大の大きさの光の玉がぐるぐる回っている光景は、どこかユーモアで、和ましく感じられる。天子のことが気に入ったのか、頭の天辺をつんつんと体当たりしているが、全然痛くない。というより、何かが当たっている感触すら感じられない。
緑色の発光体は今度は衣玖に興味を示したのか、衣玖の羽衣につんつんした後に同じようにぐるぐると回転する。
「何ですかこれ」
「いや、知らんけど……あ、消えた」
ふわふわと浮かんでいた発光体は十分遊んで満足したのか、微粒子となって空気中にさらさらと消えていった。あとには、何も残らなかった。
今のは一体何だったのだろうか。何というか、小さな子供に懐かれたような気分である。
「……なんか懐かれたような空気を感じたんですけど……」
「…奇遇ね、私もよ。ねえフィオナ、今のって何?」
分からないことは現地人に聞けばいい。ということで現在の現地人代表であるフィオナに今の緑の発光体の詳細を訊ねることにした。
しかし、天子がフィオナの方を向くと、そこには怒ることも忘れて唖然としてるフィオナの姿と呆然としているアルの姿があった。
「………」
「……フィオナ?」
「どうして……」
「え?」
まるで、自分自身の意志ではないかのような、無意識に漏れた言葉が空中に四散する。
「どうして……精霊が見えるの?」
最近艦これにはまってます。まあ原作プレイしてないんで二次創作の方なんですが。金剛と大和可愛い。青葉ちゃんもいいキャラしてます。
今回出てきた魔法について詳しくは次話以降で説明する予定です。まあなんとなくわかるかもしれませんが……
アルが唱えかけていた魔法の正式な名前は「神速」と書いて〈エア・ウォーカー〉と読む魔法です。効果ももう名前で分かりますよね?