異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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54話 ばば様

 エルフの里の夜は、照明灯が各所に配置されているもののやはり暗闇だった。橙色の光が煌々と灯る道沿いをフィオナは早足で進んでいた。

 天子と衣玖は駆け足でその背中を追った。先程のオリヴァーとのやりとりで背中から発せられる雰囲気は怒りそのものである。

 

 

「フィオナっ、ちょっと待ってよ……なんか色々ごちゃごちゃなんだけど!」

「とりあえず、今どこに向かっているのか教えてもらえませんか?」

「……言わなかったっけ?」

「言ってたような気がするけどよく聞き取れなかったのよ」

 

 

 フィオナは早足から徒歩に戻り、三人が横並びになるように天子と衣玖に速度を合わせた。途中からついてきたドスランポスはその後ろからちょこちょことついてきている。

 怒りを吐き出すように大きく深呼吸し、つっかえたものを吐き出すようにして語り出す。

 

 

「私が行こうとしてたのは、ばば様……長老の所。里の奥にある森で一番背の高い木にある祭壇よ。夜だから見えないけど、昼だったらその高さがよく分かると思うわ」

「長老……ということは、エルフで最も偉い人ですか」

「あれ? でも一番偉い人って族長なんじゃないの?」

「施政に関する決定権のほとんどは族長にあるから、実質的な首長は族長ね。長老は族長だけでは裁断できない重要事項についての承認を与える、エルフの象徴的な御人ね。シンボルと言ってもいいかもね」

「長老に決定権はないの?」

「長老は謂わば隠居しているようなものだから施政の運営に携わる権限が無いのよ。けど仮にでも長老だから、承認とかは必要なわけ」

「つまり、置き物?」

「総領娘様、ズバッと言いすぎです……」

 

 

 つまり、長老はエルフで最も偉いが施政についての発言権を有していないのである。元の世界で当てはめると天皇の役割に近い。

 天子のはっきりした物言いにフィオナは嫌な顔一つすることなく笑った。

 

 

「実際その通りだからね。けど、長老には他にちゃんと重要な役割があるのよ」

 

 

 そう言ったフィオナは、どこか誇らしげだ。

 

 

「今向かってる場所も、それが関係してるのよ」

「一番高い木の……祭壇でしたか。祭壇ということは何か儀式を行うのですか?」

「そ。ばば様はね、四大精霊に祈りを捧げる役割があるの」

「四大精霊?」

 

 

 四大精霊とは数多いる精霊の中でも特に火・水・風・土の強大な力を有した大精霊の代表格のことである。比較的力の強い大精霊とは一線を画す存在であり、精霊たちの原点とさえ呼ばれるのだ。

 普段人前に姿を現すことは無く、その姿は人間はおろかエルフでさえも伝承の世界でしか語られることはない。

 

 

「精霊はエルフとは切って離せない関係だ。故に、精霊を祀り、大切に扱う風習が続いているのだ。その役目を担うのが長老というわけなのだ」

「……アル? 何でここにいるの?」

「お前たちの監視を族長に言い渡されたんだ。そこの人間二人だけでなく、フィオナもな」

「……ふぅん。ま、いいけど」

 

 

 いつの間にか三人の後ろにいたアルバートにフィオナはジト目で睨んだ。族長の命令、という言葉に反応したフィオナはアルバートの動向を訝しんだのだ。

 族長の命令ならアルバートは動かない。それを理解したフィオナはアルバートを追い出すことを諦めた。逆に言えば天子と衣玖を引き止めないのならば、長老の前まで連れていくことを一応許可しているというわけだ。それならばアルバートが同行しても構わないだろう、とフィオナは思った。

 

 アルバートが加わり、一行は里の奥へ進む。そこにあるのは他よりも圧倒的に高く、太い樹木であった。

 樹木の周囲は木で組まれた頑丈な柵で囲まれており、その内側の下草は全て刈り取られていて一面芝生で覆われている。一目で他の樹木とは異なるものだと分かるその木には朱色の門があり、その形はかなり異なるが鳥居のようなもののようだ。さしずめ御神木と言ったところか。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 門を越えようとするとアルバートが制した。

 

 

「何よアル、今更入れさせないって言うの?」

「勝手に決めつけるな。ただ、そこの肉食竜も入れるのかと聞きたいだけだ」

「そういえば、そうね……流石にモンスターを入れるわけにはいかないかも」

「では置いて行きますか? うちのドスランポスは利口なので待てと言えばいいと言うまで動きませんよ」

「姿が見えたら何かと厄介だ。念のためカモフラージュさせてもらう。―――幻影套(ミラージュマント)

 

 

 アルバートが魔法の誦句を唱えると、忽ちドスランポスの姿が見えなくなっていった。気配も完全に周囲に同化しており、意識を集中させねばそこにドスランポスがいるとは分からない。

 

 

「これ、魔法?」

「姿を周囲に同化させて相手から見えなくする魔法よ。ただ姿を消すんじゃなくて周囲に同化させる魔法だから逆探知もされにくいの。周りと同じになるわけだからね」

「なるほどねー」

「わざわざ説明する必要もない。行くならさっさと行くぞ」

 

 

 朱門を越え、四人は光溢れる樹木の内部に入った。内部は照明灯の強力な光で昼間のように明るく、入った途端圧倒的な光量に目を閉じるほどだった。

 入口はまるでホールのように天井が高い吹き抜けとなっていて木の内部とは思えない開放感がある。軽く二十メートルはあるだろう。

 しかしそれだけだ。祭壇らしき設備もないし、そもそも長老と思わしき人物の影すら見当たらない。神聖と言われればそう感じなくもないが、あまりに空疎すぎる気がしないでもない。

 

 

「祭壇も何もないんだけど……」

「そりゃ祭壇は頂上に近い上の方にあるから」

「この木の高さの頂上付近まで階段で上るとかちょっと洒落にならないでしょ……」

「大丈夫大丈夫。一気にスッといけるものがあるから」

「え?」

 

 

 フィオナはホールの奥にある壁にサッと触れた。するとその壁が開き、小部屋が現れた。どうやら隠し扉か何かのようだ。

 フィオナの手招きに誘われて天子と衣玖は恐る恐る小部屋の中に入る。小部屋は、先程までの広大なホールとは違い、一辺が二メートルほどの正方形の部屋だ。ここにも照明が配置されていて視界に困ることはない。

 天子が最後に部屋の中に入るのを確認すると、扉が閉まり、突然の浮遊感に襲われた。天子と衣玖は突然のことで対応が遅れてバランスが崩れた。

 

 

「うえっ! 何これぇ!?」

「もしかして、上昇してる?」

 

 

 この感覚は飛翔し、急上昇したときの感覚に酷似している。ただし、二人は飛んでいないし、風景も何も変化はない。

 突然の出来事に驚いている二人を見て、フィオナはクスクスと子供のように笑っていた。

 

 

「これは昇降機よ。魔力エネルギーを利用してこの部屋ごと昇り降りさせてるの」

「部屋ごと!? いったいどうやって?」

「詳しいことは知らないけど、何でもこの御神木の地下には魔力が噴き出す龍脈点があるらしくて、その天然の魔力を利用して昇降機を動かしてるらしいの。昇降機自体の機構についてはこれっぽっちも知らないけど」

 

 

 ぐうん、と上昇を続ける昇降機に面喰いつつ、天子と衣玖はエルフの技術に見入っていた。

 少なくとも自分たちが過ごしてきた時間―――この世界に飛ばされるより前の時間を含む―――このような機構を目にしたことは一度たりともない。それはつまり、人間にはこの昇降機と呼ばれる機構を作る技術が未だ確立していないことを意味する。

 エルフは長命故、人間よりも優れた技術を持つとフィオナから聞いてはいたが、まさにその通りだと納得した。

 それから御神木を目指して五分ほど浮遊感に身を委ねた。頂上に到着したらしく、緩やかな停止と共に扉がカタカタと開いた。

 

 

「案外乗り心地も悪くなかったわね。いきなり急停止、なんてこともなかったし、振動も少なかったし」

「結構緻密な計算とかしてるらしいから、そういうところはよく研究されてるんじゃないかしら。何にせよ、階段とか上らなくて大助かりだけどね」

 

 

 扉の先には、入口とは百八十度異なる風景が広がっていた。

 ぼうっ、と光量を落とし淡く広がる照明灯の光は、生じた陰りの境目を曖昧にさせてどこか神聖な雰囲気を感じさせる。

 部屋の広さは入口の三分の一にも満たない。先端に近づくにつれて細くなる木の特性上仕方ないことだが、それでも教室一つと半分ほどもあり、狭く感じることはない。

 大きく開けられた窓には緋色の垂れ幕が掛けられ、それが部屋を取り囲むようにぐるっと一周している。部屋の中央には祭壇と思わしき台と、天井から掛けられた赤、青、緑、茶色の各色の細長い垂れ幕がある。色の具合と先程の話を統合するに、おそらく四大精霊を象ったものであろう。

 そしてその祭壇を前にしゃがみ込んで祈祷し続ける人物が一人。

 

 

「ばば様!」

 

 

 祈祷を終えたタイミングを見計らって、フィオナはゆっくりと腰を上げた人物に駆け寄った。

 その人物は、長老と呼ぶに似つかわしい姿だった。見た目は、人間で換算するならば八十歳前後の容姿。深い皺が顔のあちこちに寄り、相当の年齢であると感じさせる。実際、長命なエルフの中でも指折りの高齢であるはずだ。

 服装は儀式用の正装なのか、比較的露出面が多いエルフの服装とは違ってほぼ全て布地で覆われている。胸の下あたりから伸び広がる長い緑色のスカートが特徴的だ。金色の豪華絢爛な(かんざし)を複雑に結った髪の毛に差している。

 複数の鈴が付いた簪が振り向いた動作につられてしゃらん、と音をたてた。

 

 

「おやフィオナ。こんな所までどうしたのかえ?」

 

 

 柔和な笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄る長老の姿は、年相応の老婆だ。少なくとも、元の世界で何百年も生きて若い姿を保ったままの妖怪よりは、ずっと人間らしい。

 嬉しそうな笑みを浮かべて近寄るフィオナの笑顔は、これまで一度も見たことのない種類のものだった。

 それにつられて天子も近寄ろうとするが、アルバートが伸ばした手によって止められた。アルバート自身もその場から動いていないことから、無許可で祭壇に近寄ってはいけないようだ。フィオナについては、聞くまでもない。

 

 

「あのね、今日人間の町に行ってきたの!」

「ほうほう。それで、そこの見慣れない二人がそうなのかね?」

「うん。外で色々あったんだけど、そこでこの二人に助けてもらったんだ」

「永江衣玖と申します。こちらは比那名居天子です」

 

 

 天子と衣玖は少し離れたところから長老に向かって会釈したが、フィオナが手招きしたので入っても構わないと判断して近寄った。アルバートも何も言わなかった。

 

 

「これはこれはご丁寧に。ワシはエルフの長老をやっとるジーナ・フェナローリと言います。皆からは長老と呼ばれとるからそなたらもそう呼んでくだされ」

「はい、そうさせていただきます」

「フィオナを助けてくれたと聞いたが、まあ具体的なことはいちいち聞くまいよ。フィオナの言うことだから本当のことじゃろうしの」

「長老。祈祷の最中失礼します」

「アルバートも来ておったのか。今宵は勢揃いじゃの」

 

 

 ほっほほ、と愉快そうに笑う長老の姿は何となくフィオナの自由さを感じられる。もしかするとフィオナが自由奔放なのは、この長老の性格の賜物なのかもしれない。

 朗らかに笑う長老に反してアルバートは、堅く姿勢を崩さずに口を開いた。

 

 

「族長からこの二人の処遇の是非の裁断を執ってほしいとの任を受けました」

「……ふむ」

「ちょっとアル!? そんな話聞いてないわよ!」

「君が飛び出してから仰せつかったんだ。聞いていないのは当然だ」

 

 

 不快感を隠そうとしないフィオナは、責めたてるようにアルバートにがっつく。しかしアルバートはそれ以上に冷静に、事実だけを述べて言った。

 

 

「君が我儘を言おうと族長の決定を覆すことはできない。いくら長老の後ろ盾を得ても実質的権限を持つのは族長なんだ、長老のご意見に反してでも履行されるべきは族長だ」

「なら何でばば様に是非を執ろうとしてるわけ!?」

「長老ならばエルフの民全体にとって最も最良の決断をなさる、と族長が判断されたからだ。最期の確認みたいなものだろう」

 

 

 族長、オリヴァーは、あくまで長老は自らと同意見であると確信しているようだった。その根拠がどこにあるのかは分からないが、アルバートに確認に行かせる辺り、そう信じて疑っていないようだ。

 それが、フィオナは気に入らなかった。

 フィオナにとって、長老は自分の考えを理解してくれる唯一の人物だ。そもそも、フィオナに人間に対する興味を植え付けたのは、何を隠そう長老なのだから。

 フィオナの考えをエルフの民の意向と背くものと認識しているオリヴァーが、長老がそれに従うと考えているところが、全くもって不愉快であった。

 

 

「……ふん。お父様の回し者!」

「仕事上仕方のないことだ。衛兵は族長の意見に忠実に従わねばならないのだから」

「仕事仕事、このワーカホリック! バーカバーカ!」

 

 

 べーっ、とまるで子供のように嫌悪感を剥き出すフィオナに、アルバートは呆れの一文字しかなかった。流石にそれには天子も衣玖も苦笑いだった。

 

 

「これフィオナ、そう責めなさんな」

「……ばば様」

 

 

 長老の一声に、フィオナは一瞬にしてシュンと静まった。

 

 

「アルバートは責務をきちんと果たそうとしておるだけじゃ。責められる謂れはないであろうよ」

「……だけど」

「それに、自由気儘に好き勝手しとる身で、その発言はちょーっとばかし無責任とは思わんかえ?」

「………」

 

 

 長老の一言一言は責め立てるようなキツイ口調ではないのに、その言葉には相手を自然と萎縮させるような、そんな雰囲気が含まれていた。

 必要時には若輩者以上の風格を漂わせる辺り流石は長老と言うべきか。生きてきた年月が違う。

 

 痛いところを突かれたフィオナは、言い返すことができずに口をつぐんだ。それは常日頃、自分が幸運であり、かつ、皮肉であると感じる部分であったからだ。

 族長の娘というだけで他人とは隔絶された身分保証がされている。ある程度無茶をしたところで何も言われはしない。

 しかも既にアルバートとの結婚が決定している身。将来族長となるであろう彼の婦人として、アルバートを支えることになる。それは決まった職業でも何でもなく、詰まる所専業主婦のようなもの。今からすべきことは精々花嫁修業くらいで、それもエルフの寿命の長さを考えるとそう急いで行う必要もない。

 

 つまりフィオナは、今現在将来に対してしておくべきことが無いのである。何かしらの職に就いているわけでもなく、自由なのだ。

 しかし、自由という幸福を享受する代わりに、それに対する罪悪感も同時に湧いてくるのだ。何もせずに自由に過ごす、自分自身に。

 

 口をつぐんだフィオナに対し、長老は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「じゃが、お主の言い分も理解しとるつもりじゃよ。ワシが若い時分は少ないながら人間と交流もあったしの、人間の良さも、悪さも知っとる。人間をもっと知りたいから、里に連れてきたんじゃろ?」

「………」

「それに、人間に興味を持たせた責任もある。フィオナが悪く思われておる責任の一端はワシにもある」

 

 

 ハッとして見上げた長老の顔は、何も変りなく優しい笑顔を保ったままだった。孫を見る祖母のような顔が、そこにはあった。

 

 

「……そんなことないよ。ばば様は悪くない、全然悪くない。だって勝手に出て行っているのは私の意思だもん。ばば様は関係ない。私のせいでばば様まで悪く言われるのは、嫌」

「フィオナは優しいのう。……じゃがな、フィオナよ、お主はもう少し他人の気持ちを慮る方がいいんじゃないかね」

「他人?」

「左様。オリヴァーもアルバートも無茶ばかりするお主が心配なんじゃよ。のう?」

 

 

 視線を向けられたアルバートは、顔を赤くして視線を避けた。何とも分かりやすい態度である。

 

 

「……無茶、してるのかなあ」

「そう思っておるのなら、アルバートを使っての偽造工作はやめておき。既に皆周知のことだよ」

「う……」

「それにのフィオナ。お主はそちらの二人のことも考えて見たことがあるかえ?」

「……え?」

 

 

 長老が指さした先は、フィオナが思いも寄らなかった天子と衣玖のことだった。

 呼ばれた二人は、何となく長老が言いたいことを理解した。

 

 

「いきなりつれて来られた二人の気持ちを、お主は考えたかい? それに里に入れてはいかんと言われて内心穏やかではなかっただろうよ。周りは全員敵のようなものじゃからな」

「あ……」

 

 

 そこまで言われて初めてフィオナはそのことに気づいた。

 二人が何も言わなかったせいで失念していた、その可能性。自分がただ二人にお礼をしたかったから―――いや、それすら建前で、本当は反対するであろうオリヴァーに反抗したかっただけ。二人のことを何も考えていなかった。

 本当は嫌だったのかもしれない。断りきれなくて仕方なくだったのかもしれない。そう考えると、フィオナの背中に冷たい汗が伝わり落ちた。

 恐る恐る天子と衣玖の方を向く。そこにあったのは、二人の呆れめいた微笑だった。

 

 

「フィオナさんの心遣いには感謝していますし、お礼がしたいという気持ちが偽りでないことも理解しています。ですが、私たちのせいでフィオナさんの立場が一層悪化してしまうのは、私たちの本懐ではありません」

「フィオナの気持ちはちゃあんと伝わったから。それにエルフの里綺麗だったから連れてきてもらって本当によかったよ」

「天子、衣玖……」

 

 

 天子と衣玖の温かな気持ちに触れたフィオナの頭は自然と下がった。

 

 

「ごめんなさい、引きずり回したりして。私、貴方たちのこと何も考えてなかった」

「いいのいいの。貴重な体験になったから」

「では総領娘様、そろそろお暇しましょうか。あまり迷惑はかけられませんからね」

「そうね。もうすっかり日も暮れちゃったし」

「あ、じゃあ送って行くわ! 夜の森は暗いから明かりも必要だろうしね」

「結界越えはダメだぞフィオナ」

「分かってるわよ言われなくても! 結界までに決まってるじゃない」

 

 

 ワイワイと騒ぐ中、遠巻きに見ていた長老は天子と衣玖を手招きした。そのついでとばかりに長老はフィオナとアルバートに声をかけた。

 

 

「フィオナとアルバートは先に下に降りといてくれ。ワシが後で二人を送って行くからの」

「それは…」

「分かった! 行くわよアル!」

「え、ちょっ!?」

 

 

 フィオナはアルバートの手を引っ張って昇降機でさっさと下に連れて行ってしまった。その光景を天子と衣玖は呆然と眺めていた。

 

 

「仲が良いのか悪いのか分からないわね」

「信用しとるんじゃよ。多少の無茶は見過ごしてくれるとフィオナは思っておるからの」

「まさに幼馴染、というわけですね。……それで、わざわざ人払いをした理由について聞きましょうか?」

「ほっほっほ、なあに、大したことじゃあるまいよ」

「人払いは否定しないのですね」

 

 

 衣玖は少し警戒心を強めた。わざわざ監視を任せていたアルバートまで退室させたのだから、それ相応の―――二人には聞かれたくない話があるはずだ。目の前の老婆の口から何が出てもおかしくない。

 しかし、衣玖の警戒とは無縁に、長老は何をするでもなく、これまでの態度を変えずにいた。

 本当に、何もないのだろうか。

 

 

「別に聞かれてもいいんじゃがの。そちらの事情もあるだろうしの」

「……事情?」

「主らは自分のことを人間と言っておったが……実はお主ら、人間ではなかろう?」

「……!! どうしてそれを!?」

 

 

 天子と衣玖は、途端に警戒色を濃厚にした。この世界に来てこの方、たったの一度も見破られなかったのに、長老はそれを看破して見せたのだから無理もない。

 すぐさま臨戦態勢に移ろうと天子は剣の柄に、衣玖は羽衣を出そうとしたが、長老はそれを手で制した。

 

 

「ほほほ、なーに身構えんでもええ。別に知ったから何をするでもなし、他の者にも言ったりせんから安心せい。ただ確認のために言っときたかっただけじゃよ」

「……何故お分かりになったのです?」

「永い時を過ごしてるとの、要らん余計なものまで分かるようになってくるんじゃよ。まあもっとも、わざわざ言わんでも二人は分かっておるじゃろうがの」

「………」

 

 

 長老の言葉に、不穏な空気を感じ取れなかった衣玖は警戒を即座に解いた。どうやら何もする気がないのは本当のことらしい。

 構えを解いた二人に対し、長老はうんうんと頷いて見せた。

 

 

「お主らがフィオナに……ワシらエルフに危害を加える気がないのは、その真っ直ぐな瞳を見てすぐに分かったよ。会って間もないフィオナが全幅の信頼を置いとることが何よりの証拠じゃ……」

「……それで、それを私たちに教えて長老殿は何をしてほしいのですか?」

「もし何かあればフィオナを助けてほしい、ただそれだけじゃよ。あの子は見ての通り危なっかしい子での、渦中に自ら突っ込んでいく質なんじゃよ」

「確かに、まあ……」

 

 

 それは見ていてひしひしと伝わる。

 

 

「ここで出会ったのも何かの縁、差し出がましいお願いじゃがフィオナをよろしく頼まれてはくれまいか?」

「…当然! フィオナはもう友達だもんね!」

「総領娘様が友達と言う言葉を使うなんて……うぅっ」

「それはどういう意味かね衣玖さんや」

 

 

 笑顔のまま額に怒りマークを浮かべて衣玖に拳を向ける天子。そんないつも通りの応酬に、長老は「これなら安心して任せられるわい」と朗らかに笑った。

 こうしてエルフの里での一日は過ぎ去ろうとして行った。

 

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