異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
嘘です。
皆も思うだけにしてリアルに行動するのは止めようね!間違っても汚物は消毒だァーッ!とか言って火炎放射器持ち出しちゃダメ。私との約束だよ。
そんなわけでバレンタインSSです。ここで一つ留意点。
1、日本のバレンタインではないです。女子→男子の一方的なものではなく双方向的な親しい人に渡す方式です。
2、時系列無茶苦茶。時間軸は無視の方向で。
3、本編とは何の関係もありません。あしからず。
それではどうぞ!
「バレンタイン?」
夕食のサラダをもしゃもしゃと食べながら天子は訊いた。
「うん。明後日バレンタインだよ。……もしかして天子さんバレンタイン知らない?」
「あー……知らない。衣玖は?」
「私が聞いた話だと、二月十四日に願い事を書いた南瓜を
「うん多分だけどそれ違うと思うわ」
どこ情報だよ、と天子はジト目で反論した。アリアは苦笑いしながら答えた。
「二月十四日っていうのだけは合ってるんですけどねー……。バレンタインは親しい相手に贈り物を送って日頃の感謝の気持ちを伝える行事ですよ」
「日頃の感謝、ねえ」
「起源は諸説あるらしいですけど、何でもバレンタイン伯爵という貴族が内縁関係の者にお菓子を贈ったことが始まりだとか」
「お菓子を贈るのですか?」
「大体はそうですよ。お菓子なら誰が受け取っても嬉しいですからね」
「それを言うならリアルマネー―――」
「それ以上はいけない。夢も希望もないから」
「バレンタイン伯爵はお菓子の中でもチョコレートを渡したらしくて贈り物もほぼチョコレートと相場が決まってますね」
「チョコレートぉ? そんなの凄く高いじゃない」
天子はチョコレートがコーティングされたケーキを出した喫茶店を思い出していた。確かに甘くてクセになる味だったが驚異的な値段だったことにあとあと気づいて涙しそうになったのだ。
チョコレートが高額な理由は単純、ここランデルではほとんど流通していないからだ。
チョコレートの原料となるカカオは湿潤で温暖な熱帯の気候を必要とする。三方を砂漠、後方をサバンナに囲まれた周辺地域では気候の関係上カカオを栽培できず、必然的に遠方からの輸入に頼るしか他ない。カカオの栽培地はランデルよりも遥か南、帝都がある帝国南方の一部熱帯、あるいはそれよりもさらに南の海を隔てた別大陸にしか存在しない。そんなところから遥々と砂漠を越えた先にあるランデルまで流通する方が不思議だ。
しかもチョコレートは嗜好品、謂わば贅沢な品である。小麦や肉などの生命維持の上で必要な食材ではなく、ただ舌を肥やすためだけに栽培される代物だ。裕福な貴族や商人、または地元住民でない限り易々と手に入るものでもない。
とどのつまり、その入手困難なチョコレートを食そうと思えばそれに見合ったお金が要求されるわけである。
「確かにチョコは高級品ですけど、それは商人だってわかっているんです。どうすれば広く一般民衆にもチョコを行き渡らせるか、そこで考えたんです」
「それは?」
「チョコレートの需要が増えるこの時期にカカオ農家と交渉して一気に大量購入するんです。そうすれば一つ一つの単価を落せる、そう考えたんです。商人の利益優先主義とはかなりかけ離れますけどね」
「確かにそれじゃあ私たちの手には届きやすくなるけど、商人にとってはあまり旨みのない話ですよね」
「元々ボランティア的側面が強いんだ。バレンタインのときくらいは安く提供してやろう、感謝の気持ちを売り買いしちゃダメだろう、ってね」
「やけに詳しいのね?」
「私のお父さん、商人だよ?」
ふふ、と笑うアリア。そう言えばそうだったわねとサラダを食べ終えた天子はテーブルに頬杖をついて返事した。
「アリアはもう誰に渡すか決まってるの?」
「決まってるけど、話しちゃダメですよ。渡す相手は秘密にしなきゃいけない決まりなんです」
「何その面倒な決まり」
「多分バレンタイン伯爵が内縁にサプライズしようとしたんじゃないかな」
「そーなの…てゆかバレンタイン伯爵踏襲しすぎでしょ。もっと柔軟にいこうよアレンジしようよバレンタイン伯爵リスペクトし過ぎじゃない?」
「総領娘様、今日はツッコミが冴えてますね」
「SSだからアンリミテッドで遠慮なく行くぜってやかましいわ」
そんな感じでバレンタインについての予習は終了したのであった。
次の日。天子はアリアと共に買い物に出かけていた。目的は言わずもがな、チョコレートである。
「うへー町がチョコだらけ。見てるだけで胸焼けしそう」
通りはバレンタインのイベント一色で染まっていた。各商店では様々な種類のチョコレートが所狭しと置かれ、それに群がる客たちで道はいつも以上の賑わいを見せていた。
「チョコの形ってハートが多いのねー」
「親愛の気持ちを見せるならそれが一番手っ取り早いですからね。もっとも、それ以外の意味もあるんだけど」
「それ以外?」
「あちらをご覧ください」
「ふむん。あの店は圧倒的に男性の比率の方が高いわね。しかも皆目を血走らせて必死さの度合いが違うわ。正直、怖い」
「あの集団はチョコを買って渡して何とかして出会いを求めようとしている男たちです。年に二、三人人事異動が起こっており、消えた者への怨嗟と怒り、新たに加わった者への誓いの言葉がまるで地獄の亡者のようです」
「できれば一生聞かずに過ごしたかったかな。…ああ、ハート型ってそういう」
何かを理解した天子はそれ以上深く考えるのをやめにした。深入りすると命に関わると野生の管が察知したのだ。
その後軽く店を回りつつ全体をざっと確認し、適当な店でチョコを購入した。どの店も同じようなラインナップでこれと言った特徴は見当たらない。
もっとも、凝った物など必要ないからオーソドックスなもので構わないのだが。
「ふう。こんなものかしら」
「買う分は揃えました」
「んじゃそろそろ帰ろうか」
「はい。……ところで天子さん、そのチョコって衣玖さんに渡すものですか?」
ピタリ、と天子が直立不動になる。
「……何でそう思うわけ? てゆか話しちゃダメな決まりじゃなかったっけ」
「話しちゃダメだと言ったな。アレは嘘です」
「嘘なんかい!」
「で、結局のところどうなんですか? ゲロった方が楽ですよ、ユー」
悪い笑みを浮かべながらつんつんと肘で天子の脇腹を突く。
「……別に、アイツに渡す理由なんかないし」
「えー。いつも一緒にいるじゃないですか」
「成り行きよ成り行き。アイツの隣にいるのが半ば日常になってるだけ、そこに他意なんて介入しないわ」
「それが特別な関係ってやつですよ。気兼ねなく離せる相手が側にいるっていうのはそれだけで一生の宝物ですから」
宿までの帰路の最中、アリアはくるりとターンしながら天子の前に躍り出た。夕日をバックに光るその表情はとても輝いて見えた。
「衣玖さんが天子さんを名前で呼んでいないことが、何よりの証拠ですよ」
「それは……違うでしょ」
衣玖が天子のことを名前で呼ばないのは、それは天子が天界における総領の娘だからであり、気安く触れてよいものではないからである。端的に言えば、触れると爆発する爆弾のような存在であると言える。
その事実を告げることができない天子は、ただ曖昧に否定するしかできなかった。
「違わないですよ。確かに名前で呼んでいないのは少し他人行儀に聞こえるかもしれないけど……それは裏返せば天子さんの名前を大事に思ってるから、汚したくないから敢えて触れないでいるって言えるんですよ」
「大仰すぎやしないかしら。衣玖がそこまで考えてるとは思えないんだけど」
「まあこれは極論ですから。でもそんな考えもあるって思ってくれれば」
「………」
「ま、そのチョコは天子さんが買った物ですし、私が無理強いするのもいけませんから自由に使ってください」
分かれ道にさしかかり、アリアは自分の家がある方の道に分け入っていく。天子が宿泊している宿屋はアリアの道とは反対の方角だ。
「あ、そうそう」
今思い出したかのように、アリアは天子に背を向けたままボソッとつぶやいた。
「今日は衣玖さんはいませんでしたけど、あの人、どこにいたんでしょうね?」
天子が何かを言うよりも早く、アリアは小走りで家路へと着いた。その場に残された天子は、溜め息を吐きながら手に下げていた紙袋の紐をギュッと握りしめた。
茶色の紙袋の中には、リボンが巻かれて可愛らしく梱包された包が四つ。重箱のように縦に重ねられていた。
翌日。バレンタイン・デイ。
町は先日以上の賑わいであった。チョコレートを販売する店が軒を連ねる大通りは勿論のこと、青白い水を湛える噴水が噴き出ている中央広場の賑わいが更なる混沌を極めていた。
主に出張っているのは若い男女。男から男の割合はほぼ皆無だが、女と女、または男と女のペアは広場のあちらこちらで散見できる。若い衆が多数を占めるのは、それより上の者になるとそれぞれ自宅で手渡しを済ませることが多いからである。
年中化した行事といえど、やはり他人に見られるのは恥ずかしいものがあるからだ。
女から女に渡す場合は非常にフランクな雰囲気だが、男と女の場合は途方もない緊張感を伴った現場が時折見られる。手渡した後に残っているのは幸福なオーラもしくは絶望感を纏った暗黒かの決まってどちらかであった。
天子と衣玖は買ったチョコレートを携えてアリアの家へと向かった。お世話になった人というと真っ先に浮かんだのは彼らだったからだ。
それを考えていたのは向こうも同じらしく、玄関を開けた先には家族総出で二人を待ち構えていた。天子と衣玖はアリアとベティ、ロビンにチョコレートを手渡し、三人は天子と衣玖にそれぞれ手渡した。
互いの交換が済んだところで五人はせっかくということで食事に出かけた。いつもよりも少し高めの、ちょっと小洒落た食事処であった。
少しだけお酒を拝借し、その後解散となって天子と衣玖は暮れなずむ夕日を正面にほろ酔いの浮いた気分の中で宿への帰路についていた
「いやーいい酒だったわね」
「北方の麦で作った発泡酒だそうですよ。少し値段は張りますけど、ほろ酔い程度に飲むならば最高ですね。連れて行ってくれたロビンさんには感謝ですね」
「本当ロビンには感謝感激雨霰~」
少しばかり高揚した気分の中、僅かに冷えつつある空気に天子は感謝した。少しとは言いつつも、結構な量飲んでしまった感があるのだ。それでも倒れるほどでも、理性が吹っ飛ぶほどのものでもないが。
「初めてバレンタインという行事を体験しましたが、なかなかどうして結構なものではありませんか。チョコレート一つで他人に気持ちを贈る、向こうではこのような個人的な行事はありませんでしたしね」
「……そうね」
チョコレート、という単語に天子は急激に酔いを覚まさせられる感覚を味わった。右手に握る紙袋の重さが急に増したような気がした。
日頃お世話になっている者に対する感謝を示す。気兼ねなく離せる関係。そんなアリアの言葉を天子は思い出していた。
……明確な感謝の気持ちではない。ただ、いつも側にいてくれてありがたいな、とそんな思いが胸をよぎっただけ。けれど今更、そう今更だ。数百年単位で共にいる相手に今更ありがとうと言うなんて、こっ恥ずかしくていけない。
結局のところ、天子は大きな恥ずかしさと小さな矜持で動けなかっただけであった。素直に気持ちを表現できない天子の天邪鬼な性格も災いした。
もっとも、アリアには軽く見破られていたらしいが……。
あー、と髪をぐしゃぐしゃに掻き毟る。せっかく決して安くないチョコを買ったのだ。それにそこまで言ってくれたアリアにも申し訳ない気もする。
突然の行動に疑問符を浮かべる衣玖を無視し、天子は深く深呼吸した。
「……どうしたんですか」
「衣玖っ」
「はい?」
「これっ!」
右手に提げた紙袋ごと、衣玖に差し出した。首をかしげる衣玖に天子は矢継ぎ早に説明を加えていく。
「今日はバレンタインでしょっ! だから、世話になってる人にチョコをあげるし、だから、これ!」
顔を俯けにしたまま天子は紙袋を衣玖に押しつけた。今衣玖の顔をまともに見ることができない。向けてしまえば、真っ赤になった顔が衣玖に見られることになってしまう。そうなれば、明日からそれをネタに弄られることは必至だ。
くるりと背を向けた天子に、衣玖はきょとんと呆然とし、後に事態を理解して顔を弛緩させた。
「……なるほど。それでアリアさんたちに渡した後もいつまでも後生大事に紙袋を持ってたわけですか」
「ご、後生大事とかじゃないし! アリアたちに渡すついでよついで!」
背中を向けたままプンスカ言い訳する天子を、衣玖は苦笑しながら答えた。
「まったく、素直じゃないですね。……総領娘様」
「な、何よ―――え?」
肩越しに差し出された物を見て、天子は言葉を失った。
それは、巾着のようにラッピングされたチョコレートであった。
「衣玖、これ……」
「私は素直じゃない総領娘様と違ってはっきり言います。これまでお世話になりました、これからもどうぞよろしく」
そう言うと衣玖は天子を置いてずんずんと先に進んで行く。それに置いて行かれないように追いかける天子は、僅かに見えた衣玖の顔が少しだけ紅潮しているのが見えた。夕日が顔にかかって橙色に染まっているわけではなさそうだった。
そんな衣玖の表情を見て天子はくくっ、と苦笑した。
(なんだ、衣玖も恥ずかしがってるんじゃない―――)
それを理解すると、何やら慌てていた自分自身が酷く滑稽に思えた。同時に、感謝の気持ちを伝えることが、これほどまでに大変だということが理解できた。
普段言えないことを、行事を介して暗に伝える。バレンタインという行事を作るきっかけとなったバレンタイン伯爵を敬う気持ちが少しだけ分かったような気がした。
「……ありがと」
「? 何か言いました?」
「何も! さっさと帰って明日の冒険に備えるわよー!」
「備えるのにそんなにはしゃいでどうするんですかまったく」
天子と衣玖の二人はいつも通り、二人で宿へと帰路についた。
風が、歩く二人を暖かく包んでいた。
衣玖さんと天子からチョコ欲しい(切実)
まあ、私の仮想現実再現機能(妄想)で二人からチョコ貰えるからいいんですけどね!