異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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大丈夫!モザイク事件にはならないから……


6話 永江衣玖は乗り物酔いに弱い

 天子と衣玖のダイナミックな土下座をした後、ロビンは「はっはっはっはっは!」と存分に大笑いした。その土下座は、ロビンに呆れとか申し訳なさとか、そういうもの全てを払拭させるような力があった。要は笑うしかなかったのだ。

 二人はロビンが笑って許してくれたのだろう、とそれはそれはもう肩が勢いよく下がる程に安堵した。彼女ら二人には誇りとか矜持とか、もうそんな高尚なものはとっくに消えうせていた。

 

 さて、そんな暢気な時間を過ごした後、早々と出発することとなった。

 

 

「さて、目指すはここより北の町、ランデルだ」

「ランデル?」

「砂漠の境にある町さ。砂漠越えをする商人や冒険者、砂上船なんかも止まっててそこそこでっかい町なんだぜ」

 

 

 ロビンが言うには、そのランデルとかいう町に行商をしに行くようだ。

 もっとも、彼の家はそのランデルにあるらしく、この行商で帝都まで品物を売り捌きに行っていたらしい。

 

 

「帝都?」

「おいおい知らないのか? 皇帝陛下の御膝元、グラーリ帝国の首都のミスニーンだよ。ここいら全てはグラーリ帝国の領土の中なんだぞ?」

「あ、あーあー、そうでしたね! そうですわね!」

「帝国って言やぁ、大陸中で最も栄えた国だ。その圧倒的な軍事力でな。もっとも、辺境に行けばその限りじゃねえけどな。貧困に喘いでいる村だって少なくねえから、貧富の差が激しい国ではあるな」

 

 

 この世界には“帝国”という強大な国があり、その中の帝都、ミスニーンから彼は行商でやって来たらしい。いや、彼の実家はランデルにあるから戻るが正しいか。

 そして国があるということはそれは一つではないはずだ。さらには王国や神国、共和国なども存在するらしい。江戸時代には三百近くあった藩と比べれば少ない方だが、その支配域の広さが違うのだろう。

 

 

「全く、そんなこと子供でも知ってることだってのに。ホントにお前らどこで生まれ育ったんだぁ?」

「ははは……」

 

 

 そんな軽口を叩きながら、三人は砂漠を進んでいた。

 しかし、彼らは歩いて砂漠を横断しているわけではない。ロビンが率いてきた二体のアプトノス、そのうちの一体に三人が乗っているのである。

 

 

「ったく、鞍を三つ持っててよかったぜ。お前ら、俺の幸運に感謝しろよ」

「「はは―」」

 

 

 ロビンの言葉に完全服従の二人である。ロビン自身は遊びの感覚で言っているようだが、二人からすれば命の恩人に等しい存在なのだ。種族の違いとかそういうのはもはや関係なかった。

 

 一体のアプトノスにロビンが行商で得た積み荷をたっぷり載せ、もう一体にロビン、天子、衣玖が乗る格好である。天子と衣玖は初めて騎乗するアプトノスの感覚に、興奮と不安が入り混じった感慨を抱いていた。

 天子は天人に成り上がる前に一度だけ乗馬の経験があった。しかしそれはあまりにも古い記憶で、しかも一度限りのものなのでほぼ未経験に近かった。

 妖怪である衣玖は、当然のことながら乗馬の経験は皆無だ。

 

 だから二人とも乗馬はおろか、何かに跨って乗るということ自体ほぼ初めてなのだ。

 

 そして、何かに乗るというものは、常に“酔い”が付き物で―――

 

 

「うぅ、……なんか気持ち悪い」

「ちょ、大丈夫衣玖? 頼むから私の背中にリバースしないでよ!?」

「衣玖の嬢ちゃんはアプトノス(コイツ)がお気に召さなかったようだな」

 

 

 天子の後ろに座っている衣玖の表情は少しばかり青い。前足後足が交互に揺れ、そのときに発生する揺れにどうやら衣玖は耐性を持っていなかったようだ。

 そもそも衣玖は龍宮の使いという妖怪。彼らの棲家は雷鳴ひしめく雷雲の中である。人生の九割近くを雲の中で過ごし地上に降り立つことは稀であり、そしてこんな砂の上ひいては騎乗しているとなれば慣れないことはするものではないと体は訴えかけるのである。

 まあ、それに合わせてこういう“乗り物酔い”に弱い体質であることも理由の一つであるのだろうが。

 

 

「我慢できないほどではないですけど……できればなるべく早く降りたいですね」

 

 

 無理に姿勢を正そうとする衣玖は、元気が普段の三割減だ。特に何ともない天子にとってはそれが無理やり取り繕うとしているのは丸わかりだった。

 気に入られなかったと本能で気づいたのか、アプトノスは一度止まって体をブルブル左右に揺らした。“酔い”など関係のないロビンと天子にとっては「こやつめ、ハハハ」と言って笑って誤魔化せるのだが、衣玖にとっては「ちょっ、やめっ……」と冷や汗をかきながらなんとかリバースしないように精いっぱいだった。

 

 その後はアプトノスも不機嫌になることなくしばらくなだらかな砂地を進んでいたのだが、ここで天子があることに気づく。

 

 

「あーーーーーっ!」

 

 

 頭を(まさぐ)り、絶叫をあげる天子に“酔い”で不機嫌な衣玖は不機嫌そうな返事をする。

 

 

「総領娘様、うるせぇですよ……頭に響くからちょっと黙りやがれ……」

「無い……」

「は?」

「無いのよ! 私の帽子が!」

 

 

 確かに、いつもつけていたハットのような帽子がいつの間にか天子の頭から消えてなくなっていた。黒色で桃と緑のスカーフみたいなのを付属品としてつけていたアレである。衣玖が大砂漠で付属品の桃を食べちゃった、アレである。

 天子はこれ以上なく取り乱し、自分の腰やらお尻やらを弄って調べてみたが、ついでに衣玖の身体も弄ってみたが「ちょっ、どこ触ってんですかっ……やぁん!」どこにも見当たらなかった。

 

 

「帽子だぁ? そんなの、最初からつけてなかったろ?」

「え!?」

「大体、そんな身体検査して見つかるわけねえだろ? ポケットに入るようなちっちゃいもんでもあるまいし」

「え? それじゃ私のサービスシーンの意味は?」

 

 

 ロビンが最初から着けてなかったと言うことは、つまり彼が二人を最初に見たときから着けてなかったというわけだ。

 ということは……。

 

 

「大砂漠のどこかで、落としたってこと……?」

「そうなるな」

「聞けよ」

 

 

 天子と衣玖が意識を朦朧としながら、帽子が落ちたことに気づかずにそのまま進んできたということだ。意識があやふやだったからしょうがなかったとはいえ、自分の持ち物を落としてしまうというのは結構辛いものだ。

 

 

「あーーー私の帽子ぃ……」

「そんなに大事なものだったのか? 家族の形見だとか」

「いや別に」

「ちゃうんかい。それなら別にいいだろ。ランデルの町に行けば帽子の一つや二つぐらい売ってるさ」

「そーーーーだけどさぁ、なんていうの? 愛着があったのよ……」

「ああ、なるほど……」

 

 

 それは誰でも身に覚えがあるだろう。長く使っていたものに愛着が湧くというのは。

 実際ロビンにも覚えはいくらでもあった。この羽織っている外套だって若い頃になけなしのお金をはたいて買って、その思い出があるから新品を買わないでボロになっても当て布を敷いてつぎはぎになっても使い続けている。

 日本にも、物を百年使い続ければ付喪神という妖怪になる、という話だってある。物だって偏執的に使い続ければ妖怪にだってなっちゃうのだ。

 

 だから、愛着という言葉をロビンは否定しなかった。

 

 ただし、肯定もしなかったが。

 

 

「愛着があったというのは分かるさ。けど、戻ることはできない。……分かるな?」

「……うん」

 

 

 今大砂漠に戻っても帽子があるという保証はどこにもない。それに、どこら辺に落としたかさえも不明な帽子を、転進する危険を冒してまで探しに行くのは馬鹿の所業だ。

 天子もそれが理解できているから、無理強いはしなかった。

 

 

「なあに、ランデルの町で、もっと素敵なデザインの帽子を買えばいい。それをずっと使い続ければ同じことさ。そうだろ?」

「……そう、ね。うん、そうよね! 新しいのを買って、それをお気に入りにして使い続ければいいのよね!」

「そうそう! 時代は流動的なんだぜ? 古いデザインのもんは笑われてちまうぜ!」

「ハハハ!」

「ワハハ!」

 

 

 天子とロビンは互いに笑い出した。ロビンのそれは、天子を元気づけようとしてやったもので、天子もそんなロビンの気遣いが分かっていた。

 だから、笑ったのだ。

 互いに互いを思いやって笑う。それはとてもいいサイクルでお互いを幸福にし合う魔法の呪文だった。

 その呪文はとても簡単で、なんの修行もせず素人にでも打ち出すことができる。しかし、反してそれを打ち出すのはとても難しいことだった。

 おそらく二人は馬が合うのだろう、この短期間でそういう些細な感情の機微に気づくことができた。

 

 しばし二人は笑っていた。アプトノスの上で。

 

 

「……いいですね、そんな陽気で……うう、気持ち悪っ」

 

 

 一人だけ、幸福でない人もいたが。

 

 

 

 

 それからアプトノスに揺られること数時間。

 日は既に西に傾き、太陽の円の底に地平線がかかろうとしていた。真上の太陽よりも大きく見える太陽が橙色に輝いて、空の色も同じく橙色に染まっていた。

 一番星、二番星と次々と明らかになっていく星たち。後数刻も経てば夜空に星が蛍のごとく舞うことになるだろう。

 日が沈むにつれて徐々に下がりだす気温。天子と衣玖は借りた外套をギュッと掴み、深くかぶり直した。砂漠がこんなに冷えだすなんて想定外だった。

 

 

「見えたぞ!」

 

 

 ロビンの声に、天子と衣玖は外套のフードを取り払った。背伸びをして、しかしロビンの高い身長では無意味だと分かると、横にずれて進行方向の先を見やった。

 

 

「あれが、ランデルの町だ」

 

 

 先の砂嵐が止むとその先に巨岩ではない、明らかに人の手が加わった石造りの砦のようなものが見える。そしてそのまだ向こうには僅かに緑が確認できた。

 砂漠との境の町、ランデルがもう目前にあるのだ。

 

 天子と衣玖は、遂に砂漠を越えたのだ。

 




一部なんか衣玖さんのサービスシーンがあったような。気のせいだよね、気のせい。


衣玖「こやつめ、ハハハ(激おこ)」
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