異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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57話 失踪したフィオナ

「お疲れ様でした~」

 

 

 その一言で、今日の一日が終わったことを実感した。労いの言葉をかけてくれる受付嬢に向けて、天子は手に持った皮袋をじゃらんと鳴らしながら手を振り返した。

 

 

「うえっへっへっへー。今日も稼いだわねー」

「悪党に見えますよ。お金を見ながら舌なめずりしないでください」

「真っ当に稼いだお金だから問題なし! 何も後ろめたいことはありませ~ん」

 

 

 そんな会話を続けながら、天子と衣玖は扉を開いた。少し古びた扉なのか、蝶番がギシギシと歪な音をたてた。

 

 

「ここに来るまで歩き続けだったから、久々の依頼だもの。冒険者たるもの、やっぱりギルドで依頼をこなしていかないと腕が鈍るわ」

「まあ、その意見には賛成ですけど。最近は依頼ともご無沙汰だった気がしますから」

 

 

 ハルツの町の中心と辺縁部とのちょうど中間地辺りに立地する冒険者ギルド。二人は依頼の成功報告を伝えに足を運んでいたのだった。

 依頼の内容は町周辺の麦や野菜などの耕作地を荒らすケチャワチャというモンスターを最低撃退、討伐できれば尚良しという依頼だった。

 奇猿狐とも別称されるかのモンスターは名前の通り猿の姿をしたモンスターであり、まるで鉤爪のように長く太く発達した爪は人間では考えられないアクロバティックな動きを可能にする。顔面を覆うほど巨大な耳は怒り状態になると完全に音をシャットアウトして己の弱点である耳を克服するという器用な技も使用し、ムササビのような飛膜は短いながらも飛行を可能にする。

 大型モンスターに分類されるケチャワチャは、その目を見張るような動きで初級冒険者の最初の関門とさえ言われるほどである。

 

 

「いやー、しかしケチャワチャに鼻水をぶっかけられたときは傑作でしたね。戦いの最中だというのに思わず笑ってしまいかけましたよ」

「う、うるさいわね! 誰が鼻水をかけるなんて戦法を思いつくのよ! あのあと寒くて走りにくかったし!」

「www」

「草生やして笑うな!」

 

 

 キーキー喚いているが、一応依頼はしっかりこなしてケチャワチャの討伐は完了している。冒険者になった期間から考えて二人はまだ初級レベルであるが、ディアブロスを討伐できる実力を持つ二人は初級者を飛び越えての上級者の域に既に到達している。ランクは変わらずCであるが、ランク制度に全く拘らない二人は何ランクであろうと一向に構わなかった。

 基本的にランクの昇格の定義は経験である。より上級のモンスターと戦い慣れていくことがランクアップの必須条件である。FからCに一気に移行した二人の例はあくまで特例であり、通常は経験を積まなければランクアップはできないのである。

 もっとも、ディアブロスを倒し、他のモンスターも倒せば次のランクまではそれほど遅くはないであろうが。

 

 衣玖は天子のずぶ濡れになった憐れな姿を思い浮かべ食いかかる天子を上手くあしらいながらこれからどうしようかと考えを巡らせる。

 時間的には夕食は少し早い気がする。夕焼けを匂わせる橙色の空が見えるもののまだまだ日は落ちる気配を見せず、人の賑わいも衰えを見せていない。かといって宿に戻るのも味気ないし、町を見て回る気分でもない。

 仕方ないので衣玖は天子に意見を求めた。ぶつぶつぼやいていた天子は、衣玖の問いに当然のように答えた。

 

 

「そんなの決まってるじゃない。 酒よ酒、飲みに行くに決まってるでしょ」

「……まだ明るいですよ?」

「飲んでれば暗くなるわよ」

「そりゃそうですけど……ああもう分かりましたよ。お金はありますからそれで飲みましょう。場所はいつもの所でいいですね?」

 

 

 オーケーと上機嫌で返答した天子は、速足で行きつけの酒場へと向かう。依頼を達成した後の酒を何より楽しみにしている天子はまさに冒険者と言った風であり、行きつけの酒場では体の小ささに似合わない酒豪っぷりを見せたことから他の人からは結構好印象を持たれていたりする。無論子供としての扱いを受けるのが大半であるが。

 元は天人、俗世からかけ離れた存在だというのに見事に俗にはまり込んでしまっている。まあこの世界に来た時点で天人も俗世も関係なくなっているので今更という感はある。

 ちなみに衣玖といえば、後の天子のお守りができるように飲酒はほどほど。というより言い寄ってくる男を軽くあしらうのが主であったりする。無論やんわりと相手の気分を害さない程度でお断りしている。空気の読める衣玖は流石である。

 

 依頼報告を行った直後であるためザックなど荷物が少々嵩張る。流石にこのままでは邪魔になるので宿屋に戻って荷物を置いて行くことにする。

 衣玖は先を行く天子を、呆れるように追いかけていくが、彼女も飲むのが決して嫌いなわけではなく、むしろ適度な飲酒は好きであるので止めるつもりは毛頭なかった。ただ毎回翌日になって二日酔いで苦しむほど飲んで帰るのは勘弁してほしかった。面倒を見るのは一人しかいないのだ。

 

 そうして一週間近く宿泊している宿屋に戻り、既に顔馴染みとなった女将さんに挨拶をして荷物を部屋に置いた。ツインベッドの部屋は、右と左で大きく様相を変えている。具体的には、物が溢れてごちゃごちゃしている左のベッドと、整然と物自体も少ない右側のベッド。どちらがどっちのベッドなのかは一目瞭然である。

 荷物が軽くなり、向かうは大通りから少し外れた大衆酒場。酒は言うまでもなく、注目すべきは料理。酒の肴に丁度いいラインナップが一通り揃い、しかも味もいい。酒をあまり飲むことができない衣玖には丁度良かった。

 大通りを伝って行くルートよりもより細い通りを通る方が幾分か早い。それを知っていた二人は迷うことなく人通りが疎らな路地を進んで行く。

 

 

「お酒が、私を、呼んでいるー♪お酒と冒険だけが友達さー♪」

「もっとマシな友達を作ってくださいよ……」

 

 

 機嫌よく適当に即興した歌詞とリズムを加えて歌う。天界では歌を詠んでいたからか、何気に美声であった。歌詞は非常に残念であったが。

 大通りから外れた小路に響く、まるで子供の下手くそな歌のような、それでいて透き通る声。その声は、人を注目させる呼び水となる。近くを通っていた人はそれを見て苦笑しながら去って行った。

 

 ―――しかしそれは同時に、騒動をも呼び込んでしまうものだった。

 

 天子と衣玖の目の前に、見慣れないローブを全身に覆った者が唐突に立ちふさがった。

 

 

「誰っ!」

「………」

 

 

 目の前は三叉路になった場所であり、ただ歩いてきただけならば問題ない。しかしこの者は今明確に天子たちの進路をふさぐように歩いてきており、何がしかの意図があると見える。しかもフードで顔を隠した姿、とてもではないが友好的な雰囲気には思えない。

 その者が現れた瞬間、天子と衣玖は瞬時に警戒態勢に移行。慣れた動きで緋想剣の柄に手をつがえて次の瞬間には抜剣できる態勢に整えた。

 

 

「誰なの、あんた」

「……取らなきゃ分からない、か」

「この声、この空気……もしかして」

 

 

 何かを掴んだ衣玖の答え合わせをするように、頭全体をすっぽり覆っていたフードを取る。その顔は、二人が知る顔であった。

 

 

「……なんだ、アルじゃない。フードなんてかぶって、アンタ今怪しさ満点よ?」

「気安く僕の名を呼ぶな! それに人間にどう思われようとも……いや、今はそんなことはどうでも……」

「……どしたの?」

「と、とにかくこっちに来い!」

 

 

 アルバートは再びフードをかぶり直し、天子の手を掴んで通りを外れて路地へと引っ張り込む。突然のことで天子は抵抗できずされるがままであった。

 

 

「ちょ、ちょっと……! 何なのよ一体!」

「黙ってついてこい!」

 

 

 ずんずん歩いて行くアルバートに手を引かれつつ天子は歩き、衣玖も疑問符を浮かべながらそれに付き従う。「ここならいいか…」とつぶやき、アルバートは天子の手を放した。

 突然の行動に天子は戸惑い半分、不機嫌さ半分でアルバートに訊ねた。

 

 

「ちょっと何よ? いきなりこんな狭い所に連れ込んで……ハッ! まさか!」

 

 

 ピン、と閃いた一つの予想を、アルバートに指と一緒に突きつける。

 

 

「路地、暗がり……まさかあーんなことやこーんなことを考えてるんじゃないでしょうね!!」

「その鉄板でどうしろと……┐(´ー`)┌ヤレヤレ」

「おうそこの魚、テメエあとで体育館裏な」

「……真面目な話だ。聞け」

 

 

 漫才を続ける二人にアルバートは険しい表情でぴしゃりと言い放つ。その雰囲気を感じ取った二人は、アルバートの正面を向いた。

 

 

「……何か御用なのですか?」

「……ああ」

「そういえばアンタさ、何でこんな所にいるわけ? エルフは外に出られない規則なんじゃないの。フィオナを除外して」

「……そのフィオナがいなくなったんだ」

「また脱走? この前誘拐されかけたのに、あの子も懲りないわね」

「違う」

 

 

 アルバートは下唇を噛みしめながら、口調を僅かに強めて言う。

 

 

「もう、一週間以上戻って来ないんだ。このようなことは今まで一度もなかった、時間に差異はあれども必ずその日には戻ってきていたアイツが、一週間経っても帰らないのはおかしいんだ」

「戻らない……まさか、また誘拐?」

「分からない……が、その線が濃厚だと思っている」

 

 

 アルバートの苦々しい顔を見た天子と衣玖は互いに顔を見合わせる。結界を越えて外に出ることを禁じているエルフが、姿を隠してこんな人間の町まで出向いているのは、それが理由だったのだ。緊急事態故の特別措置というところだ。

 

 

「フィオナの行方は分からないの?」

「分かっていたら、こうして貴様たちに接触するわけがない。人間に手を借りるなどもっての外だ、自分の尻は自分で拭う」

「デリカシーないわよ……ま、それもそっか、分かってたら人間の町くんだりまで来ないか」

「……それに、今回の脱走に関して僕は何も聞いていない」

「つまり、フィオナの独断ってこと? 今までアンタに脱走の片棒を担がせてたのよね。フィオナだけで、脱走は可能?」

「できないことは、ない。衛兵の見張りの目が薄くなる明け方なら……でも、いつも僕が一緒にやっていたから……!」

 

 

 ぎり、と悔しそうに、強く歯を軋ませる。強く握りすぎた彼の手のひらからは、地面に向かって垂れる赤い線が幾重にもわたって流れていた。悔しさを露わにするたびに傷つけた手のひらは、彼の胸中を示すかのように赤黒く汚れている。

 現在進行形で何が起きているのか。少し感情的なアルバートの説明だけではまだ足りないところがある。けれどそれを訊ねるのは躊躇われた。

 とにかく詳しく事情を把握する必要がある。それに、ただフィオナ失踪の旨を伝えるだけためにわざわざここまで来たわけではないはずだ。天子は、少しキツイかなと思いつつも敢えて聞いた。

 

 

「……それでアンタはどうしたいわけ? 何かしてほしいから、私たちに接触してきたんでしょ」

「……当然だ。不本意だが、貴様らはアイツが心を許している人間だ。今は少しでも情報が多く欲しい……一度里に来てもらう」

「強制なわけ? まあいいけど、今から行けばいいのね?」

 

 

 重々しく頷くアルバート。彼のその所作には、少しばかり安堵の風が垣間見えた。

 

 

「りょーかい。準備してくるから町の外で待ってなさい。衣玖もそれでいいわよね?」

「はい、異論はありません」

「というわけだから、またあとでね」

「……分かった」

 

 

 頷いたアルバートは再びフードをかぶり直し、風を纏わせて建物の上に一気に跳び上がった。発生した風が天子と衣玖の髪に強く叩きつけ、狭く埃っぽい裏路地に砂埃を発生させる。

 

 

「けほっ、アイツこんなところで風なんか起こして……」

「む せ る」

「はいはいっ、分かったからさっさと宿に戻るわよ」

 

 

 軽々しくボケ合う天子と衣玖だが、胸の内では嫌な予感をビンビンと感じ取っていた。

 二度にわたるフィオナの誘拐。町に現れること自体予測不可能なフィオナを、何故二度も捕えることができたのか。

 そして、そこから見える作為的な何か。犯人の目的は何なのか……。分からないことが多すぎる。

 とにもかくも考えるのはエルフの里に行ってからでもできる。二人は宿への帰途を急いだ。

 

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