異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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今回は思いのほかスラスラ書けた感じ。


58話 踏ませぬ轍

 張り詰めた雰囲気を保ったアルバートと共に天子と衣玖はエルフの里へとやって来た。まさかこの短期間でまたこの里に来る羽目になるとは、と二人は思った。しかも緊急事態とはいえ歓迎されているはずもないのに、この呼び出しである。

 場所はフィオナの家。つまり、今回二人を呼び出したであろう族長オリヴァーがいる所である。

 

 

「急な呼び出しすまない。いきなりこちらから接触したから驚いているかもしれない……が、緊急事態なんだ。許してほしい」

 

 

 面子は以前来たときと同じ。

 しかし、その中にフィオナの姿はない。彼女の存在がまるで消されてしまったかのような、そんな喪失感を感じる。それだけ、彼女の存在感は大きかったというわけだ。

 

 

「別に構わないわ。こんなにも早く再会するとは思わなかったけどね……しかも、できるなら実現してほしくなかった形でね」

「……アルバートから事情は聞き及んでいるはずだ。ここに来てくれたということは、協力してくれると解釈していいんだな?」

「ほとんど強制に近かったけど。ま、フィオナは友達だし無論手伝うわ」

「助かる」

 

 

 天子と衣玖も、彼らの要請を断る理由は見当たらなかった。出会ってからまだ日も経っていないが、既にフィオナとは友人の仲である。エルフの規則を破ってまでしてお礼をしたかったフィオナの心がけは二人に十分すぎるほど伝わった。

 円卓を囲んで座るオリヴァーは、天子の答えを聞いて少し安堵した。しかし、すぐにまた申し訳なさそうな後ろめたい表情に変わる。

 

 

「……だが、こちらから協力を求めておきながら何だが、君たちに直接的な協力の機会はほとんどないと思う」

「直接的な協力、とは具体的にはどういったものですか?」

「フィオナの居場所をつきとめ次第、捜索する作業だ」

「……それってほとんど全部じゃないの。どうしてよ? 一人でも多い方が役に立つでしょうが」

 

 

 天子は不満そうにつぶやいた。確かに、協力を求めておきながら直接な協力は求めないというのはあまりに矛盾している。まるで、形だけ協力してもらっているような見せかけの演出にすぎない感が拭えない。

 天子の問いに口を噤んだオリヴァーに代わりに、衣玖は思い至った考えを口に出した。

 

 

「それが、エルフの矜持というやつですか」

「……その通りだ」

「矜持ですって……? わざわざ目の前にポンと置かれたチャンスをみすみす見逃すのがアンタたちの矜持だって言うの!?」

「…まさにその通りだ。だがしかし、我らエルフは誇り、矜持、プライド……言い換えれば様々だが、これらを非常に重要視する民族なんだ。それらを一本心にして、我らは成り立っていると言っても過言ではない。故に、人間を頼るなど言語道断我らの問題は自分自身で解決するのみと豪語する連中も少なくない」

「……ここで、人間に対する偏見が出てくるわけね」

「君たちにも覚えくらいはあるだろう。自分自身の問題を他人に雪がせるなどご免、自分で解決すると思ったことくらい、誰にでもあるはずだ」

「………」

「それが我らは個人単位ではなく民族単位で、より強く表に出ている―――それだけのことだ」

 

 

 確かにそうかもしれない、と天子は感じた。誰でも自分自身の問題を誰かに解決させるなど嫌に決まっている。それは、自分自身の欠点、汚点を相手に曝け出すことと同義なのだから。

 覚えがないと言われれば嘘になる。天子にだってそれくらいの感情はあるし、オリヴァーの言う通り人間ならば皆持つものだ。

 

 

「集会の方でも人間に協力を要請するのに否定的な者も多くてな。その者らが一定数いる以上、たとえ私が族長であろうと彼らの意見を無碍にすることはできん」

 

 

 しかし、だ。

 それでも天子は解せないことがあった。そんな感情などクソくらえに思えることを、この男は忘れている!

 

 

「……アンタは、フィオナの親なんでしょうが! 娘が消息不明だっていうのにそんな悠長に構えてていいわけないでしょうが!」

「おい貴様、族長に対して何て口ぶりだ!」

「アンタにも言えることよアルバート! 幼馴染が、許嫁が―――好きな人がいなくなったっていうのに、どうして何も行動を起こさないのよ!」

「―――っ!?」

 

 

 天子は怒っていた。かつてないほど、湧き上がる怒りを感じて目の前の二人にぶつけた。

 

 

「エルフとしての矜持? 誇り? 大いに結構! 持てる自信があるならば誇ればいいわ、それは結果的に自分自身を高めてくれるもの。―――けど、そんなもん、人一人の命に代えられるほど重くもないのよ!」

「………」

「娘なんでしょ? ―――ええ、原因は確かにあの子かもね。間違いなくここから脱走を図ったのはあの子でしょうよ、そんなの少しでもあの子と接していれば簡単に想像がつくわ。こうなった原因の一つにあの子の無謀さはあると思うし、それを改善しなければならないのはあの子のこれからの課題よ。―――けど!」

 

 

 ダン、と天子はテーブルに勢いよく手をついた。

 

 

「それを容認してやるのも、そこから良い方向に導いてやるのも、親の責務でしょうが! 突き放してばかりの放任主義的教育じゃああの子は良くない方向ばかりにひた走りするだけよ」

「………」

 

 

 天子の胸中は複雑だった。今オリヴァーに対して述べたフィオナのことは、まさしく天子自分自身のことなのだから。

 天界の総領として統治していた天子の父は、常に仕事ばかりで天子に構うことはほぼ皆無だった。天子の身の回りの世話は全て使用人任せ、言伝も全て第三者を通しての間接的なものだった。直接会話したのはもう何十年前のことだったか。

 天子が不良天人と侮蔑されるようになった原因の一端に、間違いなくそのような放任が含まれる。勿論、天界に飽きて下界にちょっかいをかけるようになったという天子の個人的な理由も当然ある。

 

 けど、時々思うのだ。

 もしも、父が、普通に娘を愛してくれていたら。

 自分は、今と違う自分だっただろうか、と。

 

 天子は一呼吸置く。吐き出して薄くなった肺に酸素を送り込み、熱暴走を起こしかけた脳を冷やす。

 フィオナには、自分のようになってほしくない。不良と呼ばれ、軽蔑され、誰からも顧みられなくなった自分のようになってほしくなかった。

 フィオナに天子と同じ轍を踏ませない。そのためには、彼女自身の他に周りの環境を変えなければならない。フィオナの父を動かさねばならない。

 

 

「そりゃ、アンタだって立場もあるでしょうよ。族長って言うくらいだしね。けど、それはアンタのたった一人の娘と天秤に掛けられるほど、しがみつかなければならないわけ!?」

「……それは」

「止めましょう、総領娘様」

「衣玖! アンタ止める気!?」

 

 

 いつの間にか、衣玖は天子の隣に立っていた。熱くなっていた天子の肩にポンと手を置いて、宥めるように諭す。

 

 

「オリヴァーさんも貴方の言葉をきちんと受け止めています。それ以上は、ただの暴言です」

「でも……!」

「その程度のことくらいオリヴァーさんも分かっておられるはずです。理解しておきながら、この人はこの立場に立っているのです。それ以上、責めてはいけません。……大丈夫です、総領娘様。貴方が何を言いたいのか、私には分かっていますから」

「……衣玖」

 

 

 いつになく優しい目を向ける衣玖に、天子は言葉の矛を収めた。確かに言い過ぎたかもしれない、と少しだけ冷静になった。

 衣玖は天子の事情を知っている。天子が直接口にしたわけではないが、彼女と長く接しているうちに周りから向けられる視線や態度で理解できた。そして、それに苦しんでいる天子の姿にも。

 気持ちを落ち着かせるために、溜め息を一つ吐いた天子は頭をポリポリと掻きながらオリヴァーに向き合う。

 

 

「……悪かったわ。私、ちょっとピリピリしてたかもしれない……そうよね、父親として心配じゃないわけないものね。……ごめんなさい」

「いや……こちらこそすまなかった。私も親として少しばかり非情だったかもしれない。……フィオナは良い友人に恵まれたな」

 

 

 頭を下げるオリヴァーの表情は、まるで憑き物が取れた清々しい青空のようなものだった。突然頭を下げたオリヴァーに、アルバートは少し慌てているのはらしいといえばらしかった。

 少し緩んだ空気の中で、「……私も強情ではいけないな」とオリヴァーは顎に手をやって少し思考する。

 

 

「……先程協力してもらうことはほとんどないと言ったな、少し訂正しよう。エルフの領域外での情報収集をお願いしてもよいだろうか。フィオナが向かったのは領域の外、我々ができることは限られている。自由度が高い君たちの方が適任であろう」

「実際に動くのはそちらということで?」

「ああ。もし何かあれば君たちに協力を頼むことはあるかもしれないがな、基本実働部隊はこちらで編成する。とりあえず情報収集に専念してもらいたい」

「了解しました」

「それと―――」

 

 

 椅子から立ち上がったオリヴァーは棚から一枚の紙を取り出し、それに何かを書き添えていく。黒い塗料で書かれた崩し字には、オリヴァー自身の名前とそれに一筆添えた短い言葉が書かれていた。

 

 

「『この者にエルフの領域の立ち入りを許可する』―――必要とあらばここへの立ち入りも許可しよう。領域の結界は広大だが、今現在かなりの人員を巡回として配置している。その許可状を示せば通してもらえるように取り計らっておこう」

「ありがとうございます。……ですが、よろしいのですか? 他の人たちの反対は……」

「集会の方で私から一言言っておく、心配はいらんよ。……君たちには大事なことを再確認させられた。私にとって大事なものは何かをな」

 

 

 そう言ったオリヴァーは許可状に押印して衣玖に渡した。そこに記された文章をもう一度だけ確認して衣玖は用紙を丸めてしまった。

 

 

「これだけ融通を利かせてもらえば十分です。必ずフィオナさんの情報を掴んでみせます」

「頼む。……では、私はこれで失礼する。これから各代表を揃えての集会があるのでね、そこで君たちの件も話しておくよ」

「お願いするわね」

「アルバート、お前は再び巡回に戻れ。あと、休息はしっかりとれ。いざというときに倒れてしまっては元の子もない」

「は、はい……了解しました」

 

 

 テキパキと指示を出しながら紙束を揃えながらオリヴァーは準備を進めていく。あの紙束に何が書かれているのかはわからないが、おそらく集会で必要な資料なのだろう。

 紙束を一つにまとめたオリヴァーは三人を部屋に残して退出しようとする―――が、それは叶わなかった。

 

 

「し、失礼します!」

 

 

 声を荒げながら、一人の青年のエルフがほとんど勢いを殺さず部屋に飛び込んできた。まさに“飛び込んできた”の表現がしっくりくるような慌てぶりである。

 ドアを開けようとしたオリヴァーはそれに虚を突かれた。部屋に残っていた三人も当然の出来事に一斉に闖入者に視線を向けた。

 

 

「何事だ?」

「巡回からの緊急連絡です! これを!」

 

 

 そう言って一枚の紙をオリヴァーに渡す。高級さが窺えるその紙は、ちょっとやそっとじゃ手に入らないような質の良さだ。少なくとも、庶民が軽々しく扱えるようなものではない。

 オリヴァーは怪訝そうに紙を受け取る。しかしその表情は、紙に書かれていた内容を見た瞬間、一瞬にして崩されることになった。

 「こ、これは……」と顔面を青くしたオリヴァーに、天子は何か嫌な予感を感じて声をかけた。

 

 

「どうしたの!?」

「………」

 

 

 天子の問いには答えられなかった。否、答える余裕が無かったと言う方が正しいか。

 ようやく口を開けたオリヴァーの顔は真っ青で、今にでも倒れてしまいそうな弱々しさを感じる。絞り出すようにして紡いだ言葉は、おおよそ聞きたくなかった文言であった。

 

 

『エルフの諸君らへ

 突然このような手紙を送ってしまい申し訳ない。そちらが戸惑っているのは承知であるが、残念ながらこちらが何者なのかを名乗ることはできない。したがって用件だけを簡潔に述べるとする。

 取引をしよう。

 詳細は今後話すとして、さしあたって取引の是非のみを述べてもらいたい。訳あって直接話すことはできないため不便をかけるがどうかご承知願いたい。場所の指定は後ほどまた手紙を送るとしよう

 身に覚えがないとは言わせない。拒否した場合、そちらにとって不幸なことが起こるだろう』

 

 

 一同、言葉を失った。その紙に記されたことがどういったものなのかを一瞬で理解してしまった、してしまったから。

 その紙の内容は、事実上の脅迫状であったからだ。

 

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