異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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ネタ大放出回

※タイトルを書いていませんでした。すいまえんでした;; 2015/3/22


60話 集音

 大衆酒場にて、重苦しい雰囲気を纏った一角があった。あまりもの暗さにどす黒いオーラが見えそうになっているくらいであり、それを感じてしまっている人々はそこをチラと一瞥しては目を逸らす行為を続けていた。

 まるで死んだ魚のように目の前の酒をチビチビと飲んでいる行為はさながら機械のようで、定められたプログラムに基づいて実行しているかのようだった。とてもではないが楽しんで飲んでいるようには見えない。

 

 

「あーーーーーー………なーーーんにも手がかり見つかんないわ……」

 

 

 虚ろな眼でどことも言えぬ虚空をボーっと見つめながら天子はつぶやいた。その言葉は目の前の衣玖に言ったわけでもなし、ただ空中に溶け込んで消えていった。

 衣玖は天子よりは幾分かマシな瞳であったがそれでも疲労が色濃く顔面に表れており、先程から溜め息を何度もついていることからもそれは明らかであった。いかに冒険者生活で体力はつけているとはいえ、無駄足になってしまったことの精神的苦痛感はどうしようもない。天子に至っては「疲れたーダルいー」と主張して憚らない。

 

 

「こんだけ探してるのに一向に手がかり一つ見つからないなんてどういうことよ! フィオナはどこに消えたわけ? でーてこーいやーい……はあ」

「そんなんで出てきたら苦労しませんけどね……はあ」

 

 

 これまでの成果はゼロ。小数点以下切り下げでも何でもない、正真正銘の純粋なゼロであった。

 朝起床してから日が沈むまで聞き込みをぶっ通しで続け、さらに夜には現場で朝まで張り込みを続けていたが待てども待てども誰かが現れることもなく、再度現れる確証がない以上徒に体力を浪費するだけだという結論に至って中断した。

 聞き込みの効果は、予想していた通り皆無だった。そもそもエルフという特徴を隠さなければいけない時点で非常に厄介だ。エルフのことを考えるとあまり公にしてよいものでもないし、そもそも六百年前を最期に交流を途絶した種族のことを言ったところで与太話と一笑に付されるだけだ。

 ぬあ~、とテーブルに突っ伏す天子。身体的な疲労よりも精神的なものに寄るところが大きく、特に堪え性のない天子にとっては尚更だった。

 

 

「うーーー……やっぱ私らじゃダメなのかなあ。心が折れそう……」

「まだ諦めるには早いです! 諦めたらそこで試合終了ですよ?」

「んじゃあ衣玖がどうにかしてみてよ。お得意の空気を読む程度の能力で現場の空気でも読んで犯人を見つけてよ!」

「んな無茶苦茶な……」

 

 

 実際、無茶言っていることは天子も承知の上である。衣玖の能力はそこまで万能でないことは長年共に過ごしてきたことからも十分理解していた。ただのあてつけである。

 衣玖が読むことができるのはその場の一瞬の空気であり、そこから予測できる少し未来の空気の流れである。故に過去の空気を読むことなど不可能であるし、そもそも現場の空気を読んだとして何かが判明するわけでもない。

 分かってはいる。けれども何かに当てつけなければやりきれない。そういう思いを抱いている天子を理解しているから、衣玖は天子の愚痴に何も反論せずに目を閉じて言葉を甘んじていた。天子も、不毛だと理解しているのでそれ以上の愚痴は吐いたりせずに、特大の溜め息を吐くだけであった。

 

 

「……空気を読む、か」

 

 

 衣玖の力は万能などではない。それは衣玖自身が一番よく理解している。

 しかし、この状況を打破する手立てが何も無いこの状況、歯痒く感じるのは天子でなくとも同じだった。

 

 命の恩人だから。ただそれだけで信用してくれた上に、規律を破ってまで歓待してくれようとしたフィオナに、思わないところがあるはずがなかった。

 全力で彼女を助けたいと思う。

 けど、自分たちでは力不足。探せども探せども見つかる気配すらない。

 

 ―――でも。

 

 

(……いや、まだ終わっていない。始まってすらいないのに、これで終わりなんて言うわけありませんよ……!)

 

 

 そう決意すると、ふいにサーッと視界がクリアになっていく気がした。目の前の景色がいつも以上によく見える。

 笑う人、泣く人、怒る人、仏頂面の人―――一人一人の表情が、まるで百面相のようにくっきりと見える。

 自分の周りにも、これだけの表情がある。……様々な表情の分だけ、人の考えていることは違ってくる。こんな身近にも人々の思いは、深海から湧き上がってくる水泡のように揺蕩(たゆた)っているのだ。

 

 

「……そうですね。基本のことを忘れていましたよ」

「え? ……何のこと?」

「初心忘るべからず。素人が下手に手を突っ込んだ結果ってわけですよ」

「??」

 

 

 天子はクエスチョンマークを天辺に浮かべているが、衣玖はそれを無視して今先程思いついたことを実践してみることにした。

 

 

「ちょっと実験してみます。総領娘様にも協力してもらいますよ」

「いいけど……何する気?」

「なあに、いつものようにボーっとしているだけの簡単なお仕事ですよ」

 

 

 「いつもってどういうことだ!」と抗論する天子をよそに、衣玖は静かに能力を行使し始める。天子も、目を瞑り能力の発現を見た瞬間に口を尖らせながらも黙ることにした。

 衣玖の能力は「空気を読む程度の能力」。読むとは言っても文字のように読むのではなく、むしろ空気を感じ取ると言った方が正確だ。空気の流れを読み取り、乱流渦巻く雲中を泳ぐために備わった龍宮の使いの能力である。それを少し応用すれば風を操れるようになるし、衣玖の十八番である雷をも自在に操作できるようになる。

 今回は、その中でも風を操る方だ。

 

 空気を感じ取る。ぬるっとした生温かい空気がまるで吹き溜まりのように渦巻く様相は、建物内部ではどこでも起こる空気の流れだ。外の空気の流れの影響を受けないため、内部に空気が滞留するのだ。

 つまり空気が大きく乱れにくい。それは、操る方としてはこの上ない好条件であると言える。衣玖は現在複雑に流れている流れを読み取り、スッと指先を動かして空気を流れを僅かに変える。

 その変化は些細なもの。能力行使者でもない限り決して気づくことはできない極小の変化だが、衣玖の操った空気の流れは確かに変化をもたらした。

 

 

『――――――――…………ハハ! 姉ちゃんもう一杯! この新メニューっていうのを―――』

『ほう感動的だな。だが―――」

『かーーーっ!!また負けたあ?! ノーカウントだ、ノーカウント―――』

 

 

「わっ、なぁにこれぇ?」

 

 

 突如、天子の耳に複数種類の質の声が届いた。それぞれの声は重なってお互いに塗り潰し合い、途切れ途切れにしか聞こえない。

 それでも自分ではない声が突如として現れる光景には驚かざるを得なかった。天子は当然のことながら、この現象を作り出した衣玖に視線を向ける。

 

 

「空気の流れを少し弄って全てこちらに入ってくるようにしました。今、この酒場の色んな声が私たちの耳に届いているんです」

「へええ? 衣玖ってそんなの能力あったっけ?」

「これも空気を読む程度の能力のちょっとした応用ですよ」

 

 

 空気を操り、音を集める―――集音(エアリフレクション)の初歩である。

 音とは、端的に言えば振動の連続である。発声などで震えた空気が振動し波状となって空気中を伝達していき、我々の耳の鼓膜をさらに振動することによって初めてそれが音と認識する。つまり音とは空気の存在が不可欠であり、空気の存在しない場所では音は生まれないのである。

 その不可欠な空気を弄り、振動のベクトルを誘導すれば間接的に音を操ることが可能となり、今のような集音も可能となるのだ。

 今みたいなことは初体験であったのだろう、天子はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようなはしゃぎようであった。

 

 

「すっごーい! ねね、これって誰を特定とかできないの?」

「できますよ」

 

 

 そう言うと衣玖は天子が指さした先に目を向けた。そこはカウンター席であり、おそらく常連らしい客が店員と親しげに話している。あの会話を聞きたいのだろう。

 全方位に向けられていた空気の流れを操り、カウンター席の客以外の声を全てシャットアウト、空気の流れを固定する。これまで聞こえていた声が一瞬にして届かなくなり、代わりに二種類に声だけが二人の耳元に届くようになった。

 星でも入れたのかと疑いたくなるほどに目をキラキラ輝かせる天子は、衣玖に向かってサムズアップした。

 

 

「すごいじゃない衣玖!」

「それほどでもありません」

「これなら盗聴し放題ね!」

「今すぐその言葉を撤回してください。言い方が酷いです!」

「だってやってること盗聴でしょ」

 

 

 確かに、天子の言う通りやっていることは盗聴と何も変わらない。衣玖は、視線を逸らして「ま、まあ否定はできませんが……」と少し拗ねたように口を尖らせた。

 

 

「でもこれって情報収集に凄く役立つんじゃない!? 効率的にもっともパパーッとさあ!」

「やるの全部私ですけどね。それに……思ったほど効果は見込めないかと」

「えっ、なんで?」

「理由その一、人が少ないならともかく人が多すぎる大通りじゃ使えない。空気の流れが複雑になりすぎて自分たち元までたどりつきませんし、そもそも動いている人がほとんどの外じゃあ無理です」

 

 

 二つ目、ともう一本指をあげる。

 

 

「外は風とかの影響で逐一空気が移り変わっています。……空気の流れを一定にするのは不可能ではありませんが前者の理由が合わさると、まあ無理です。ここにのような閉鎖空間でかつ人の動きが制限された場所でないと使えませんよ」

「別に構わないわ。それくらいの範囲が使用できれば十分。……酒場はね、情報を集めるのにもってこいの場所なのよ」

 

 

 当たり前の話だが酒場にいる人間は酒を飲んだり、食事をするためにここを訪れている。飲酒の程度にもよるが、普通に飲めるのならば、ほぼ間違いなく気分が高揚して饒舌になりがちであり、秘匿していた情報をポロリと漏らす場合がある。

 こうやって能力を使って盗聴紛いをする利点は相手の本心をより引き出せる可能性が高いことである。お互い面識のない相手と面と面合わせて対談すれば否応なく相手は緊張を強いられるだろうが、一人や二人、しかも仲の良い友人同士なら口も緩くなりやすい。酒の勢いに乗せられてついうっかり口を、なんてこともあるだろう。

 なるほど、と納得した衣玖は天子の要望通りの集音を開始することにした。大人数で一気に行うと誰が何を言っているのか分からなくなるのでテーブルに座っているグループごとに行った。

 

 

『今日は儲かったなあ! メインターゲットのランポスに加えて、まさか黄金石の塊がごっそりと出るたあ俺らもツいてるぜ!』

『そのおかげで、こうやって思う存分酒が飲めるってわけだァ! ガハハハハハ!!』

『ちげえねえ! ドワハハッハハハハ!!』

 

『ねえ知ってるかい? 入国税、また引き上げられるらしいよ。しかも、何でもこの町だけって話だ』

『またかい? ついこの前も上がったばっかりでうちのカミさんがぼやいてたっていうのに、うちの領主サマは一体どれだけ無辜の民から金を搾り取ろうっていうんだ』

『さあね。大量の酒と女、酒池肉林でも試してみたいんじゃない?』

『いんや、大方王都のお偉い貴族サマに寄進差し上げるんじゃないか?』

『どちらにせよ、迷惑な話だ……』

 

『帝国の方に出向なんてお前さんもツいてねえな。今の不安定な帝国の方に行って、今更何をしようってんだ』

『まったくだ。だが期間は一年だけっていう話だし、そう長いものでもない。忙しなく働いていれば一年なんてあっという間さ』

『流石、経験者が言うことは重みがあるねえ。だがおめえ、今の恋人はどうすんだよ。流石に連れていけねえだろ?』

『もちろんさ。今の帝都に彼女は連れていけない、彼女にはここで待っていてもらうしかあるまい』

『遠距離恋愛ってか? 冷めちまってもしらねえぞ?』

『心配ご無用。俺、帰ってきたらあいつと結婚する約束してるしな』

『おっ、そいつはめでてえ。なら俺はパインサラダでも作って待っててやるとするかな』

『そのうち子供を見せてやるからよ、まあ見てなw』

 

『くそっ、ざけんな! 足元見やがって……畜生!』

『気持ちは分からなくもないけど……落ち着きなよ。そんなんでグラスでも割って弁償とかになったらそれこそ笑えないよ』

『これが落ち着いてられるか! 営業税の増額!? ただでさえ元から安くない営業税がこれ以上つり上がったら俺たちみたいな明日も不安な零細商人はどうにもなんねェよ!』

『完全に大商人を依怙贔屓してるね。どうせ賄賂だろうけど、僕たちにはどうしようもないね。……ここらが潮時、田舎に帰って大人しく畑でも耕してる方が賢明かな』

 

 

 一組大体五分ぐらい話を聞き取ると次に移動。それを繰り返し、全員分終えると二人は少し考え込んだ。

 生の声というのはかなりの迫力があった。特に怒鳴りつける声が多かったのは少し気になるところだ。そしてその対象も、ほとんど決まっていた。

 

 

「……貴族に対する不満が随分と多いようですね。まあ、上の施政に不満を持つのはどこの世界でも同じということですか」

「そんなことより露骨に死亡フラグばっかり立ててるやつら気になるんだけど。何アレ狙ってんの?」

「折れることを願うばかりです。それよりも貴族の中でも特に領主に対する不満が多かったように見受けられますが……」

「そもそも領主って誰よ。聞いたことないわよ」

「チャールズ・グリンウッド。爵位は男爵の貴族で、この町で最も力のある貴族グリンウッド家の現当主です。……訪れる町のトップくらい知っててくださいよ」

「知ってたらなんかくれるのかっつーの。大体貴族なんて冒険者生活と無縁の長物じゃない。知ってたって何の意味もないわよ」

「貴族のような立場の人が何を仰る……」

 

 

 実質、天界における天子の立ち位置は貴族のようなものだ。いや、天界を統べる総領の娘であるから、むしろ王族とすら呼べる立場の者だ。

 その彼女が己自身の立場を役に立たないと否定するような発言をしては世話ないというものだ。もっとも、当の本人はそんな事微塵も気にしてはいないだろうが。

 

 

「しかし、領主ですか……」

「なによ、何か分かったの?」

「いえ、そういうわけでは……上に立つ者が民の不平不満を被るのは世の常と言いますが、それにしては些か度が過ぎているというか、内容があまりにも故意的すぎるというか……」

「つまり……どういうことだってばよ?」

 

 

 衣玖は顎に手を当ててしばらく思考するが、思い当たる節は見当たらず首を横に振った。

 

 

「……いえ、何とも言えませんね。ただ、どうも気になるというか、胸がざわつくというか……」

 

 

 これが第六感なんですかね、と衣玖は苦笑しながら言った。天子は時折野生の勘とも言うべき鋭さを見せるときがあるが、まさか自分にもそういうのがあるとは微塵も思っていなかった。専ら天子の専売特許だと考えていたからだ。今回はそういった勘は働いていないようだが。

 なら話は早いわね、と天子は勢いよく机をついて立ち上がった。

 

 

「一度その……ビックフット男爵って奴のところに行ってみましょ。それで何かあったら儲けもの、無くても現状維持、なら行ってみるだけでも価値はあるわ。この際形振り(なりふり)構ってられないわよ」

「グリンウッドです。どこのUMAですか」

「何だっていいわよ。とにかく明日の予定は決定よ!」

 

 

 鶴の一声、とまではいかないが天子の強引な決定により明日の行く先が定まった。最近こういった強引さが足りてなかったのかもしれない、と上方修正した衣玖は少し明るい気持ちになって酒を飲んだ。

 




各会話にネタをちりばめてみました。どれくらい分かりましたかね?

干<手こずっているようだな、手を貸そう
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