異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
「去れ! ここは貴様らのような下賤な輩が来るところではない!」
「ですよねー^^;」
町の中心地に近い貴族街。比較的整った建造物が軒を連ねる中で、その建物は威風堂々の様相であった。堀に囲まれた敷地内には高さ三メートルほどの石造りの塀が連なり、四方に開かれた門と吊り橋が唯一の入口である。中に入らずとも見える城の佇まいは、まるで動かざること山の如しを体現したような姿だった。城壁で覆われたこの町をミニチュア化したような要塞である。
この貴族街の、はてはこの町の中心にそびえるこの城はハルツの町の領主、グリンウッド家の屋敷である。周りの同じ貴族の屋敷を凌駕する様は流石この町の頂点と言ったところか。
天子と衣玖は、先日の疑問を調査しようとここまでやって来たわけだが、当然のことながら貴族の屋敷にタダでは入れるなど都合のいいことは考えていない。そのため「これほど素晴らしい城を所有している領主殿に是非面会したい」と褒め称えるために中へと入れてほしいと頼んだわけだが……
『というわけで入れてください』
『ダメだ!』
『どうしても?』
『どうしてもだ!』
『Oh……』
と、交渉の余地もなく突っぱねられてしまった次第である。
天子と衣玖は槍先をこちらに向けてシッシッと追い払ってくる兵士に背中を向けて領主邸門前から離れた。その間、天子はぷりぷりとご機嫌斜めである。
「くそー、こっちが礼儀正しい大人の対応をしてれば、つけあがって! あいつら、いつか緋想剣スウィフトでボコるは……」
「いやまあ、分かってましたけどね……」
「別に、見せてくれたっていいじゃない」
「そうほいほいと一般人に見せていいものでもないでしょう? 貴族と一般民衆では身分が段違いですから。総領娘様の邸宅も、ただの天人は出入りできなかったでしょう?」
「私でも立入禁止区域多かったけどね」
総領の実子である天子でも、実家での立入制限はあった。総領の執務室や天界の重鎮が揃う会議室、それに厨房や応接間など天子が入れない場所は、実は入れる場所より多かったりする。
「不必要な場所に出入りするべからず」。総領はそう言って自由な行動を禁じたのだ。
「それはともかく、これからどーするのよ。いきなり頓挫しちゃったけど、これじゃあ何のために出張ってきたのか分からないじゃない」
「うーん……」
簡単に入れるとは思っていなかったが、これほどあっさりしたものだとは思ってもいなかった。褒めちぎれば何かしらの情報が手に入ると思っていたのだが、見込みが甘すぎたようだ。
「……ま、とりあえず少し歩きましょう。せっかくこんな所まで来たんですから」
「暢気ね……」
とは言いつつも否定はせず、天子と衣玖は領主邸の周囲を少し散歩することにした。何もできない現時、少し心を落ち着かせるためにも散歩は必要かもしれない。
貴族街は名前にこそ貴族とあるが、別に一般民衆の立ち入りを禁止しているわけではなく、貴族街入口に立っている兵士にきちんと理由を話せば通してもらえるようになっている。しかし、貴族街に来る意味など皆無であり、二人のように散歩に来る程度しか理由が無い。
その上貴族という身分上、外に出ることはほとんどなく、貴族街には人通りが極めて少なく、精々武装した騎士が巡回しているしている程度である。
よって、調査はしやすいように見えるが、実はそうでもなかった。
「歩いているのは私たちぐらいだから、調査しようにも騎士が睨みを利かせてるからねえ……下手な真似はできないよ」
今こうして堀沿いを歩いているだけでも、遠くから通りかかる騎士がこちらを盛んにチラチラ見ている。
何か行動を起こそうものならば即座に飛んでくることは想像に難くない。
「んーーー……とりあえずお手上げね……。どーする衣玖、もう帰る?」
「そうですね……ん? あれは……」
「ん、何々?」
衣玖が指さした先には、見覚えのある光る物体が浮かんでいた。
精霊だ。
水が溜まっている堀の上でエルフの里で見た精霊がふわふわと浮かんでいるのが見える。数は十匹ほどで小規模ではあるが、町で精霊を見かけたのはこれが初めてであった。
「へー…こんなところにも精霊っているんだ。……それにしては色も薄いし光量も弱いような……」
「多分魔力の問題でしょう。あの森は魔力が豊富だった分、活発に活動できたのでしょう。……それよりも、こんなところに精霊がいる方が驚きですが」
貴族街は人通りが疎らなせいか、人でごった返す庶民街よりも遥かに清潔な雰囲気を保っている。もちろん清掃員などが充実しているのもあるだろうが。
貴族の邸宅の庭や道路に植樹されており、堀の水も比較的綺麗なため幾分精霊が住みやすい環境が整えられているのもあるだろう。
「……でも、それにしたってこんなところに精霊がいる? 今までどこにも見なかったのに、ここだけなんておかしくない?」
「それは……あ」
二人が悩んでいる間に、精霊たちは塀を乗り越えてその先にある領主の敷地内に入っていってしまった。人間が定めた身分の違いなどお構いなしに、ただ目の前に立ちはだかる障害物を通って行った。
二人は、ただ呆然とその様子を眺めているだけだった。
「……大丈夫かしら」
「精霊は普通人間には見えないと仰っていましたから平気でしょう。エルフぐらいにしか見えないという話ですし―――」
そこまで言うと、衣玖はピタリと動作を止めた。
あることに、気がついた。
「……エルフだけ?」
「衣玖?」
「フィオナさんは精霊を可視可能なのは、それに該当する魔力を大量に保持するから、と言っていました。それは基本的にエルフぐらいで、一般の人間には当てはまらないと」
「それが、どうしたの?」
「……しかしそれだけでは、やはり説明しきれないんですよ。たとえエルフが人間より多く魔力を保有しているといっても、人間にだってそれに匹敵するほど魔力を有する人はいます。それでも町ではそんな見える見えないの噂は少しも立っていない。……ならば、その見える条件とは?」
衣玖は続ける。
「環境、ではないでしょうか」
「それが、魔力以外の条件ってわけ?」
「以外、というよりそれに付随する形ですね。精霊が顕現しやすい環境とは、つまり魔力が豊富な土地。例えば、森とか湖とか、多くは人間の手が加えられていないところで多く発生しますね。……ならば、その豊富な土地で育ったエルフは、必然と精霊を可視できる魔力を保持し、そして精霊と近しい魔力を有するようになる」
「もしかして―――」
そこで天子がハッと気づいたように口を挟む。
「同質の魔力はお互い引き寄せやすい性質がある。そしてそれは、妖精など環境に依存するものほど強くなる傾向がある。……天界で習ったわ」
「よく覚えていましたね」
魔力の同質性誘引作用と呼ばれる現象である。
魔力の質が極めて近いもの同士で起こる現象で、その名の通りにお互いが引き寄せ合う。ただしそれは磁石のそれのようにはっきりと目に見えるものではなく、極めて自然的に引き寄せられていくといったものでしかない。そのため一見したところではそれと判明し難く、またその現象で何かが起こるという類でもないために未だに学者内で議論が分かれている現象でもある。
そしてそれは主に環境に依存する生物―――例えば妖精など―――が多く当てはまる。ある種の自然現象として生まれる彼らは、同じく自然的に発生する魔力と非常に酷似しているからだ。
精霊の構成要素が魔力である以上、誘引作用の法則に悖らないことはないはずだ。
「今まで見たこともなかった精霊が今この場所にいて、そして領主邸に吸い込まれるように入っていった。そしてその現象が作用したと考慮すると……」
「……この屋敷の中にフィオナがいる可能性がある、ということね!?」
遂に、手がかりを掴んだ。曇り空の只中で、今まで実体のない雲を掴んでいるようで何も成果が挙げられていなかったが、とうとう雲間が垣間見えたような気がした。目の前に青い海が広がっていくような感覚だった。
両手をあげて喜ぶ天子だが、衣玖はそれと対照的に冷静だ。
「あくまで仮定の話ですよ。里の森で生まれたものがこちらに移ってきたのか、この町で生まれたものなのか分からない以上、状況証拠だけで決定を下すには早計すぎます」
「だったら、決定的な証拠を掴んでやればいいだけじゃないの。……とは言っても」
「中に入る方法、ですか?」
「YES」
天子は精霊が乗り越えた塀の向こうにそびえ立つ、石造りの城を仰ぎ見た。
塀の高さと堀の間の長さを鑑みると、天子の身体能力で全力を出せば飛び越えられない位置ではない。しかし監視が目を光らせている以上、それを行うのは容易ではなかった。
当然、正面から堂々と入れないのは先程証明済みだ。
「ふっふっふ……そんなの、やることは一つですよ」
腕を組み悪い笑みを浮かべながら、衣玖は天子の疑問にあっさりと答えた。
「
次回、ダンボール好きの伝説的な傭兵が登場!
???「待たせたな」
⑩<ないよ
???「えっ」
⑩<出番なんてない