異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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随分遅くなってしまった……春休みが明けてこれほど忙しくなるとはこの孔明の目をしても(ry


62話 潜入

 目に見える世界には二つの世界が存在している。一つは昼の世界、もう一つは夜の世界だ。その二つの世界は多くの部分で対称的であり、多くの言葉で対称的だと語られる。明暗など、その典型である。

 夜の貴族街は昼の静観さとは裏腹に、深淵から魔物が覗き込んでいそうな不気味さを内包している。

 無論、完全な闇ではない。人類と言う種族が生れ落ちて以来、獲得した火が照明という発展した形となって町を仄かに照らしている。それでも闇を振り払い覆い隠すほどの力はほとんどなく、かつ中心の通りに僅かに点在しているのみで、照明の輝きが煌めいていたエルフの里とは大きく異なっている。通りから少し離れると真の暗闇が待ち受けているあたり、人間とエルフの技術の違いが確かな実感を持って膨れ上がってくる。

 人気はほとんどない。貴族街よりも圧倒的に人が多い庶民街でも既に通行人は皆無の最中、ここにそれ以上の人がいる道理はない。ただし、夜間勤務の巡回警備兵が数名欠伸をかみ殺しながら歩き回っている姿が、手に持った明かりとともにぼやっと浮かび上がる。

 

 

「よっと……無事、貴族街に潜入できたわよ大佐」

「それじゃあ総領娘様の方は蛇さんですね」

 

 

 そんな朧げな様子を、城壁の上から眺めていた。二人は周りを見回して誰もいないことを確認すると一息に城壁から飛び降りてできるだけ無音で着地に成功した。

 時刻は午後十時でほとんどの人間は床についている頃である。こんな夜遅くに二人が出歩いている理由は、今夜領主邸に忍び込むためであった。

 

 

「……それにしても、少しくらい登るの手伝ってくれたっていいでしょうが。一人だけ空から高みの見物ですか(怒)。どれだけ私が周りを気にしながら登っていたのか知ってるわけ?」

 

 

 ほとんどの人間が眠っている夜、貴族街と庶民街を隔てる門は閉じられているのが普通であり、当然今夜もその例に漏れず門は固く閉ざされ前には警備兵が門番として立ちふさがっていた。

 特別な理由など無い以上、門を通り抜けられるはずもなく、二人は必然的に壁をよじ登る他なかったのだ。

 それに、領主邸に忍び込むと考えるとまともに門を通ることは愚の骨頂と言える。なぜならばもし潜入がばれたとしたら経路は封鎖されるだろうし、何より面が割れる可能性が高いからだ。いかに人間離れした能力を持つとはいえ潜入に関しては素人である彼女らが簡単に成功するとは考えにくいためだ。

 

 以上の理由から二人は壁を登っていたのだが、空を自由に飛べる衣玖は壁をよじ登る必要などなく、天子だけがせっせと掴みにくい垂直の壁を越える羽目になったのだ。

 ジト目で睨む天子に対して、衣玖はサムズアップで答えた。

 

 

「信じていましたから(キラッ」

「そこだけを切り取れば良い言葉だけど過程は最悪だからなおい」

 

 

 実際、壁を登るのは予想以上に苦労を強いられた。城壁と言えど上に通路があるためそこに至る階段はあるのだが、当然警備のための兵士が詰めているため通り抜けは不可能。つまり正門、階段と正規ルートは全て塞がれているため壁を直接登る以外に方法が無かったのだ。

 しかし、つるつるのまっ平らというわけでもないが、それでも垂直の壁を登るのはかなりの労力を要した。身体能力だけには自信がある天子でも一筋縄ではいかず、数回の試行錯誤の上で何とか成功と相成ったのだ。しかもいつ監視の目に引っかかるかも知れぬ強行である。

 一時緊張の糸が解けた天子は、しかしながら、衣玖に愚痴るのを止めて前方を見据えた。

 

 

「ま……まだ本命にすらたどり着いていないただの前座だしね。気を抜かずに行くわよ」

「了解です、っと」

 

 

 今の二人の服装はいつぞやの誘拐犯と同じ膝も十分に隠れるほどの丈長のローブである。昼のうちに露店で中古品を格安で購入したものであり、この日限りの代物であるため潜入が終了したらどこかで燃やして証拠を隠滅する予定だ。

 昼に領主邸の前まで行ったため場所は把握済みである。そもそも中心の通りを真っ直ぐ進むだけの簡単な道のりなので間違えるはずもないが、明かりを持った兵士が巡回しており馬鹿正直に進むことはできない。よって、裏道を使いながら遠回りで接近する必要がある。

 

 

「庶民街みたく建物同士が密集してれば屋根の上をピョンピョン移動できたんだけど……」

「一軒一軒が広いですから無理ですね。しかも屋根の上は向こうからも見られる可能性もありますから一概に安全とは言えませんから、どちらにせよこの方法が最善です。……もう敵地なんですから無駄口は控えてくださいよ?」

「うーい」

 

 

 衣玖に窘められ適当に返事をするが、周りの監視は怠らない。肉眼でははっきりと先が見えないが、肝心の兵士はご丁寧とばかりに皆明かりを所持しているので位置はばっちり把握できるうえに、衣玖の能力を併用すれば余程ヘマしない限り見つかる危険性はほぼ皆無であろう。

 角から角へ。衣玖の能力で周囲を確認しつつ駆け足で移動する。裏道といえど油断することなく、むしろ出会い頭にばったりなんて間抜けた事態にならないようにしなければならない。

 そうこうしているうちに目の前を堀と塀で囲まれた巨城が、相変わらずの闇の中で窓から漏れ出る己自身の光に照らされて輪郭朧げに浮かんでいた。明かりが点いているということは中にまだ起きている人がいるということだ。

 

 

「兵士の姿はなし、と……」

 

 

 間の良いことに辺りに兵士の姿、気配はない。行くならば今がチャンスである。

 

 

「よっ―――」

 

 

 足に力を込め、爪先で地面を蹴るようにして一気に跳び上がる。堀の長さ、塀の高さから見て天子の跳躍力で十分届く距離であり、頂点の低い放物線を描くようにして天子は下り立ち、次いで衣玖も一息に飛んで後に続く。一呼吸を吐く間もなく二人は塀をサッと下りて近くの茂みの陰に隠れた。

 敷地内の侵入は、意外に淡々と事が進んだ。もう少し苦労するだろうと踏んでいた天子にとっては、城壁を登ることが最も難関であったことが些か不満であった。

 しかしながら、ここまでは全て前座。ここからが本番であるのだ。

 

 

「とは言っても……ここからは全くのノープランなわけで」

「見切り発車感が凄いですね」

 

 

 普通、潜入捜査とは建物の構造、警備の配置などの人事、主要人の有無など綿密な事前調査を前提として行われるものだ。でなければ侵入先で迷子、警備に見つかる、目標(ターゲット)がいないなど割と洒落にならない事態が発生することになり得る。

 しかし今回はその下準備も何もないある意味では清々しいほどにまっさらな状態でのスタートである。仕方のないこととはいえ、それを言い訳にもできない。

 迂闊に行動できない二人は、しばらくの間茂みの中で小声で今後どうするかを話し合った。

 

 

「……どうするよ?」

「どうするって、こんなときこそ総領娘様の野生の勘が最大限発揮されるときではないですか。期待してますよ?」

「いや野生の勘てお前、そんなもん持ってるわけないしそもそも無理に決まってんでしょ」

「(`・ω・´)b」

「(#^ω^)」

「(人´∀`*)」

「(#^ω^)」

 

 

 無言の会話を続けている間にも徒に過ぎていく。はあ、と溜め息を吐いて衣玖の懇願(?)に折れた天子は茂みの隙間から周りの様子を探る。

 

 

「……あそこ、かしら」

 

 

 天子が指さしたのは、大きな窓から光が漏れているバルコニーだ。バルコニーは見たところそこしかなく、しかも丁度城のど真ん中にあるため、そこは何らかの重要な場所と推測できる。

 

 

「ふむ……総領娘様にしては良い判断じゃないですか?」

「私にしては、は余計」

 

 

 衣玖も異論はないようだ。

 

 

「んじゃパパッと行くわよ」

 

 

 流石に表の通りとは違い、私邸内ともなると警備の密度が段違いである。外の警備が申し訳程度のものだったのと比べると雲泥の差であり、敷地の広さを十分にカバーできる配置数である。しかしここでも警備兵はありがたいことに明かりを持って歩いているため彼らに気づかれずに行動するのは比較的楽であった。

 音をたてないように天子は茂みを抜け出し一気に城に近づく。助走の勢いのままに壁に飛びつき、出っ張りを伝って一気呵成にとばかりに壁を登っていく。城壁のようにまっ平らではなく要所要所に引っかけられる足場があるため城壁に比べて遥かに登りやすく、高さもそれほどないために一気に登りきることができた。

 

 

「あそこから中の様子が窺えそうね」

 

 

 手すりを越えてバルコニーに入った二人は大きな窓の両脇の壁に張りつくように背をつける。漆黒のローブを纏っているため背景とほぼ同化しており余程近づかれない限り発見の危険性はないだろう。

 換気のためか、はたまたそれ以外の理由なのか分からないが都合のいいことに窓は少しだけ開かれており、カーテンの隙間からこっそりと覗き込むことができそうだ。天子と衣玖はそこをそっと覗き込んでみた。

 

 

「……いるのは二人、か」

 

 

 異なる種類の声がぼそぼそと途切れ途切れで聞こえるが、明確に何を言っているのかはここからでは判別し難い。

 しかしこういうときに便利な能力を天子は既に知っていた。

 天子の目配せの意図を即座に理解した衣玖は酒場でやったのと同じ要領で集音を発動。既に手慣れたもので、ほとんど聞き取れなかった声が一本の束に集束するような感覚が耳の鼓膜を過ぎ去って行った。

 

 

『―――では、この書類の通りに頼む』

『分かりました』

 

 

 二人の目に映るのは二人の男。一人は白い長袖のシャツに黒のパンツの小太りした初老の男。もう一人はそれに比べるとかなり若い、目測で二十代後半と思われる男だ。

 目の前で行われているのは何の変哲もない一風景で、上司が部下に指示を出しているだけのどこにでもあるようなワンシーンだ。今のところ不自然な点は見出せない。

 

 

『諸貴族のご機嫌とりにもまったくうんざりさせられる。やれ権利だやれ取り分だ、まるで獲物に群がるハイエナか、死体に吸い寄せられる蠅のような奴らだ。……近代的工業の萌芽以来落ち込んでいた我が町の貴族としての地位権力をここまで再建してやったのは、一体誰だと思っているんだ』

『甘い汁を吸い続けて味を占めてしまったのでしょう。……そろそろ鞭の入れ時かもしれませんね』

『そうだな。甘い汁を独占するのは一体誰が相応しいのか、身の程知らずの愚図共に支配者は貴様らではなく私であることを知らしめる良い時期かもしれん。……ふむ、そろそろ準備しておくことにするか』

『真綿で首を絞めるように、ですね』

『そうだ。一気に狩り殺してしまうのはエンターテイメントに欠ける。ゆっくりと包囲網を形成して退路を塞ぎつつ、どこにも逃げられない絶望の奈落へと叩き落としながら食らい尽すのだ。ただし、追い詰められた鼠の最後の抵抗には気をつけて、な』

『心得ております』

 

 

 会話は、まるで機械のように声調を一つも変えなかった。それを行うのが当然の如く、日常会話のように吐き出されているのだ。

 その会話を聞いて天子は胸中穏やかではなかった。苦虫を噛み潰したような、そんな嫌な気分に駆られた。

 あまりにも黒い。彼の者らの性質は、紛うことなき純粋な黒であった。酒場で領主を酷評していたのも分かるような気がした。

 同じ貴族でも容赦なく叩きのめそうとする、しかもそれは聞く限り相当に陰湿なやり方であり、吐き出したくなるようなあまりものどす黒さに天子は得も言われぬ感情が湧き上がってくるのを感じた。

 

 

「……こいつら、嫌な感じ」

「奇遇ですね、実は私もです。……ここにいると、何だか無性にイライラしてきます」

 

 

 飛び出して目の前の男を殴り倒したい衝動を抑え込むのに余計な労力を払わされることになってしまった。沸々と湧き上がる逸る気持ちは、今ここでは抑えなければならない。衝動的、感情的になってしまってはいけない。

 二人は再び、耳を傾け続ける。しばらく取り留めもない会話が続き、いい加減こんな所から早く去りたい感情に悩まされながらも、一句一句漏らしてはならぬと真剣に目で背中姿を見て耳で声を聞き取る。

 そして、次に発せられた言葉が、大きな転機を迎える。

 

 

『……ところでアレはどうだ?』

『アレと言いますと……ああ、あの』

『様子はどうだ?』

『最初はかなり抵抗して暴れていましたが無駄骨だと諦めたのか今は比較的おとなしくしています。ただ、毒が盛られているとでも思っているのかこちらが出す食事には一切手をつけていないようですが』

『長寿のエルフとはいえ不老不死ではない。食事は徹底させろ、死んでしまっては元の子もない』

 

 

「!! あの男……」

「エルフ、と言いましたね……!」

 

 

 間違いなく聞こえた。聞き間違いでは断じてない。はっきりと、“エルフ”と口にしたのを、二人はしっかりと耳にした。

 

 

「ようやく、ようやく足取りを掴んだわ……!」

 

 

 ここに来るまでにかなりの時間を要することになってしまった。が、見えない幻影を追い続けるのも、もう終わり。

 心の奥底から、熱い何かが浮上してくる。様々な物が溶け込んだマグマのような叫びが思わず口から漏れてしまいそうだ。天子も衣玖も、声にできない代わりにガッツポーズをとって喜びを露わにしている。

 二人の男はそれが最後の会話だったのか、書類を片付けたあと悠々と退出していき、残されたのは部屋にはいない者達の視線のみだった。

 

 

「……ここにフィオナがいるのは確定したけど……どうする? 乗り込む?」

 

 

 今の会話からして、フィオナが少なくともあの男の手の内にあることはほぼ間違いないだろう。フィオナと名前までは断言していなかったが、エルフの里で騒ぎになっていたのがフィオナだけだと考えると十中八九フィオナとみていい。

 ならば即刻乗り込むか、と言われると衣玖は押し黙った。

 

 

「いえ……非常に残念ですが、今は退きましょう」

 

 

 衣玖は今は撤退すべきだ、そう考えている。今すぐにでも乗り込んで救出したい気持ちも当然ながら衣玖にも存在しており、その気持ちが現在の衣玖の心情の半分を占めているのは疑いようのない真実である。

 しかし同時に今ここで感情の赴くまま行動をとってしまえば、今自分たちのしていることが全て無駄になることも把握している。あくまで冷静に、短慮にならずに目の前の現実ではなくその先の未来をきちんと見据えるべきだ。

 すなわち、撤退。ここは一度退いてエルフの人々にこの事実を伝え、そして対策を練ることが最善の策である。男の口ぶりから、どうやらフィオナを今すぐどうにかするというわけでもなさそうであるからしばらくの間は大丈夫なはずだ。

 

 

「屋敷の構造を把握できてないから発見される危険性もあるしね……。OK、じゃあ今夜は一旦下がって……エルフの里に報告に行くわよ」

「はい」

 

 

 天子も撤退の意志を見せ、衣玖の意見に賛同する。伊達に長く生きているわけではなく退き際もきちんと見極めている。無防備なまま猪突猛進するほど、天子も馬鹿ではなかった。

 そうして今度は見つからずにここを去るわけであるが、二人には里でアルバートが使用した「幻影套(ミラージュマント)」のような隠密行動に長けた術を使うことはできないため、行きと同じように進むしか方法はない。

 行きと同じように天子を先頭にして来た道をなぞるように下っていく。一度通った道なので、帰りは楽―――。

 

 

 ガゴッ

 

 

「ゑ?」

 

 

 ―――そう思っていた時期が、私にもありました。

 

 踏み台にしていた足場が、老朽化していたのか知りようもないが、根元から折れるようにして崩れたのだ。当然、そこに重心を預けていた天子は引力の法則に従って下に落ちるわけで。

 

 

「ちょっ、うそお?!」

 

 

 ひゅん、と一瞬の浮遊感のあと茂みに落下し、ガサガサバキバキと枝をへし折りながら地面に尻からダイブした。運よく地面に直撃する羽目にはならずに済んだのだが……。

 

 

「おい、こっちから何か物音が聞こえたぞ?」

「げえっ!? ま、まずっ!」

「何してんですか! 早く逃げますよ!」

「h,hai!」

 

 

 落下の際にたてた音を聞きつけ、夜も半ばのこの時間帯にもかかわらず警備兵が駆け足でこちらに向かってきている。奇妙な音を嗅ぎつけて即座に来るあたりよく訓練されているが、今の二人にとってそれは最悪の事実でしかない。

 既に警備兵はかなり近くまで接近しており、どこから逃げてもばれないで進むことは不可能な位置にある。ここはもう強行突破の他手段はなさそうだ。

 走り出した衣玖の背中を、顔面を青くした天子は追いかけていく。ガサガサ、と茂みを大胆に揺らしたせいで警備兵にはばっちり気づかれることになった。

 

 

「何者だ! 止まれ!」

「ひーっ!;;」

 

 

 逃走劇を始めた二人の全力疾走は、幸いにも警備兵を一気に突き放す速度だった。敷地の最端までの距離を一瞬にしてゼロにしたあと、飛んで塀を乗り越えた二人はそのまま外の巡回にも気を配りながら宿まで一切気を抜くことなく走り続ける羽目になった。

 

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