異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~   作:火也(かや)

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とうとう町に入った天子と衣玖。しかしそこで起きるハプニングとは?!


7話 ランデルの町

 砂漠との境界線の町、ランデル。

 

 砂漠越えをする商人や冒険者たちの宿泊施設の町としてこの町は栄えた。実際この町には多くの宿屋が並び、この町を訪れる人間の宿屋として、その門戸を開放している。

 大きな商会を抱える豪商や一流の冒険者たちが使用する高級な宿もあれば、最低限の設備しか整っていない木賃宿(きちんやど)もある。それはこの町に訪れる人間が多種多様であることを暗に示している。

 

 そして宿場町として機能し始めた町は、滞在する人間の要望に応えてさらに施設を増やし出した。

 冒険者たちのためのギルドの支部、商人の露店や商店の集う通り(ストリート)、治安を担当する騎士団の詰め所、住みつき出す家々など。人が集まればそれだけ建物も増えるのは道理である。

 さらに、人間が増えれば自然と悪いものも呼び寄せることになる。周りの盗賊の被害を減らすために城壁を張り巡らし、魔物やモンスターの被害を食い止める砦が構築される。悪化する治安に騎士団も人員が増加される。

 増えだす定住者のためにインフラの増加が急がれ、近くの湖から上水道がひかれて井戸が設置される。城壁の補修や建物、インフラ整備など仕事を求めて専門の大工たちがここに集まってくる。

 

 宿場町から始まったランデルの町は人間が集まり、紆余曲折を経て発展して栄えた。

 

 そして、ここに交易の要衝の町ランデルとして新たな町史が刻まれることになるのだ。

 

 

 

 

 

「……とまあ、こんな感じだ」

「ああ、うん」

「そうなんですかー」

「お前らぜっっったい真面目に聞いてねえだろ」

 

 

 天子と衣玖はロビンのそれは長い長い話を一応聞いている風に適当に頷いてみたのだが、簡単にばれてしまった。仕方ないから、フリは止めてだるそうな顔をしてみた。

 天子は長い話は嫌いだった。眠くなるからだ。どれくらい眠くなるかというと、朝の朝会での校長先生の話ぐらい眠くなるのだから相当なものだろう。

 

 三人は既に砦をくぐり、町の中を歩いていた。三人が乗っていたアプトノスは砦近くの厩舎(馬じゃないけど)に預けてもらった。元々借り物であるのもそうなのだが、これ以上は衣玖が嫌がったので乗って来たアプトノスだけを早々に預けたのだ。そのときの衣玖の表情ったらもう、幸せな表情でこのまま昇天しちゃうんじゃないかと思われるほどだったと後ほど語るのは天子の談。

 積み荷を乗せたアプトノスはロビンが轡を填めて手綱を引っ張っている。天子と衣玖は手ぶらで土を固めた道を歩いている。

 

 

「けど砦っつっても通るのは楽なのね。ロビンが『よっ』って言ったら簡単に通してくれたし。顔パスってやつ?」

「そりゃ顔馴染みだからさ。信頼されてるんだよ。ていうか、お前らだけだったらあんなに早く通れなかったぞ?」

「本当ですか?」

「町に入るには身分を証明できるものが必要なんだよ。俺はここの商会の会員証があるから簡単に出入りできるがな、お前ら証明できるもの持ってないだろ? そうなったら入念な検査が待ってる」

「け、検査?」

「そう、検査だ。名前、出身地、年齢、職業、どこから来たか、何の目的で町に来たのか、滞在日数はどれくらいか、どの宿泊施設に泊まる予定か……数え上げればキリがねえし、下手すれば町に入れてもらえないことだってあり得る」

「………」

 

 

 天子と衣玖はまたもや顔が真っ青になっていくのを感じた。これで二回目だ。

 自分たちは身元不明の、いわば不審者に近い境遇だ。出身地なんて言ったところで信じてもらえないし、年齢なんて実年齢を語るわけにもいかない。職業なんてそもそも働いていないし、目的と言えば彷徨っていたらたまたま見つけたなんて怪しさ満点の理由だ。

 つまり、二人は真実をほとんど語れない不審者なのだ。そんな二人を門番が町に入れてくれるだろうか。答えはノーだ。絶対に入れてもらえないのはもはや確定的。

 

 結局言いたいのは、またしてもロビンのお世話になったということで。

 

 

「「ほ、本当にありがとうございますロビン様。この感謝は、一生忘れません…」」

 

 

 もうロビンの前を軽々しく歩くことすらできなくなった二人だった。

 

 

「まあいいさ、ここまで来たんだ。顔パスの一つくらいわけないさ」

 

 

 ロビンの寛大な心遣いに天子と衣玖は涙が溢れる思いだった。

 人間とは、こんなにも優しくて心あふれる存在だったのかと二人は人間の見方を改めることにした。幻想郷の地上の人間たちも、こんな人たちだったのだろうか。そう考えると安易に“異変”なんか起こして地上の人に迷惑をかけた自分はなんなのだろうか、と天子は思わずにはいられなかった。

 

 薄暗い黄昏時の通り。歩いていくと次第に建物が増え始め、「ホテル」「宿」などと書かれた立て看板が掲げてある建物が幅を利かせるようになった。

 

 

「さて、ここらが宿屋街だ」

 

 

 ロビンが手綱を引いて立ち止まって言う。

 

 

「俺はこの積み荷を商会に預けに行く。お前たちはここらの宿で泊まっていきな。オススメはそこを曲がったすぐの宿だ。安いし、荷物の管理も徹底して安全だ」

「ロビン………」

 

 

 天子が、別れを惜しむような声を漏らす。

 

 

「んな寂しい顔すんなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」

「っ、褒めたって何もでないわよっ!」

「ハハハ、そんだけ元気があれば十分だ。なあに、俺もしばらくは実家にいるし、会いたいと思えばいつでも会えるさ。お前らが会いたいと思えば、な」

「……うん、また」

 

 

 会おう、とは声に出なかった。なんとなく気恥ずかしかったからかもしれない。

 

 じゃあな、と手を振り上げるロビンの顔には未練の思いは無かった。あちこちを旅してまわる行商人だから、こういう一期一会な状況に慣れているのかもしれない。年齢だけを見れば天子の方が遥かに大人なのに、ロビンの方が明らかに大人に見えた。

 

 

「衣玖の嬢ちゃんも、またな」

 

 

 ロビンは衣玖にも手を振った。しかし、衣玖は何やら深刻な表情をしていてロビンの声に気づいていなかった。

 

 

「衣玖?」

「………総領娘様」

「何?」

 

 

 衣玖は天子を見据えて、言った。

 

 

 

 

 

 

「私たち、お金持ってませんよ……」

 

 

 

 

 

 場が凍りついた。

 

 

「……………………………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

 

 

 ここは真冬なのか、と思うくらいの冷気が辺りに広がった。凍結して動かない三人の間にスチールでできた缶がカランカランと転がって消えていった。

 三人とも微動だにしない。語るべき言葉が見つからないと、誰もが喋れずにいた。

 唯一アプトノスだけがぶもぉー、と場違いな鳴き声を撒き散らしていた。

 

 どれほど固まっていたのだろうか。動かぬ彫像と化していた三人の中、ロビンがやっと、口を開いた。

 

 

「……ウチ、来る?」

 

 

 

 

 

 結局天子と衣玖は、ロビンの厚意に甘えることにした。

 

 大きくて邪魔なアプトノスを片付けるために、ロビンが入会しているという商会に行って積み荷を預けて余計な諸所の手続きは後日済ませることにして早々と切り上げ、厩舎のある砦付近まで戻ってアプトノスを預け、そこから今度は完全に手ぶらな状況でロビンの実家まで行くことになった。

 宿屋街からここまでの所要時間は一時間。なぜか無駄に疲れた気がするのはきっと気のせいではないだろうと三人は心の中で密かに思った。

 

 

「金も持ってねえって……お前ら、本当に何がしたいんだ?」

「あはははは………」

 

 

 もう天子と衣玖は返す言葉がなかった。本当に、金もないのにどうしたかったんだと自答したくなった。

 

 言い訳するならば、天子も衣玖も貨幣を使うような環境ではなかったということが最大の理由だ。天界で各々の享楽に耽る天人にお金など不要だし、雷雲の中で暮らす龍宮の使いにもそれは同様だった。

 つまるところ、金の感覚がなかったのだ。当然知識として頭の中にあるし、見たことも勿論ある。

 しかし、それは所詮言い訳。現実はこうなのだから。

 

 天子と衣玖はもう何度目か分からないロビンの助けを借りることになったのだ。

 もうここまで来たら頭が上がらない程度では済まない。彼の気が済むまで、天子と衣玖は彼の慰み者になったところで文句は言えない。むしろ進んでお勤めしなければいけないくらいかもしれない。

 

 まあ、ロビンはそんなこと望んでいないし、そもそも男性経験皆無の二人にそんなことは無理だろうが。

 

 宿屋街を離れ、三人は町の定住者が済む居住区へとやって来た。もう日が沈んでいるためか、通りに人影はほとんどなく代わりにそれぞれ家に明かりがポツポツと灯り始めていた。

 通りは相変わらず土を踏み固められたものだが、建物の様子は宿屋街とは違う趣を見せていた。宿屋街の建物は程度はあるが比較的綺麗な建物が多かったのだ。それは多くの客を引き寄せるためのものだと理解するのは早かった。逆に、居住区はボロいとまでは言わないが簡素な造りの建物が多く見受けられるのだ。人に見せるものではないため、外聞など気にする必要がないためであろう。

 基本的にここの建物は土壁か、あるいは煉瓦造りの建物が多い。日本で見慣れた木造住宅は一軒も見当たらないため二人にとっては不思議な感覚なのだ。

 二人は珍しいものを見るように次から次へと視点を変えていく。

 

 

「そんなに、家が珍しいか?」

「ええ。私が知っている家は木でできたものが大半ですから」

「ああ、そういうのね。でもここらにゃ、木なんて生えてねえからな。あるのは土と砂だけ、おまけに砂嵐なんか吹かれたら木でできた家なんか軽く吹っ飛んじまう。そういうのも込みで、土とか煉瓦とか丈夫な建物が建てられるようになったんだよ」

「……なるほど。つまり、環境に適した家作り、と」

「そういうこと」

 

 

 衣玖は一人納得してうんうん頷く。日本には日本の、ここではここのやり方があってそれぞれ違うんだと、そんな風土の違いを考えると興味深いと衣玖は思っているのだ。

 

 そんなこんなで進んでいると、ロビンが突然振り返って左手を振り上げた。

 

 

「さあて、お待ちかねだ。ここが、俺の家だ」

 

 

 ロビンが上げた左手の先を見て、それにつられて天子と衣玖の視線も上向きになる。

 すっかり日が落ちた世界に、ロビンの左手の先に映るのは煉瓦造りの一戸建てだった。ひしめき合う建物のせいで庭は無く、そのせいで少し圧迫感を感じる。

 しかし、それを抜きにしても立派な家で、赤い煉瓦造りの壁がモダンチックを感じさせる。両隣の家を比べても見劣りするところは一切存在しない。十分に誇れる家だった。

 一人で住むにはあまりに広い。ロビンは妻帯者なのだろうか、と天子と衣玖は思った。

 

 

「さあ、入ろうか」

 

 

 緊張する天子と衣玖をよそにロビンは勝手たる我が家とばかりにずんずん進んでいく。二人は遅れないようにとロビンについていく。

 そして玄関の扉を開け、明るい光が飛び込んでくる―――

 

 

「お帰りなさい、お父さん!」

「あなた、お帰りなさい」

 

 

 玄関を開けた先にいたのは二人の女性だ。

 一人は小柄な茶髪な女の子で、娘かと思われる。もう一人は大人の女性で、おそらくロビンの妻であろう。

 ドアを開けたロビンは彼女たちを見ると両手を掲げて二人ともを抱きしめた。

 

 

「ああ、ただいま。ベティ、アリア」

 

 

 ロビンは幸せそうに二人を力いっぱい抱きしめる。

 行商に出ていたということは彼女たちはロビン、父と長いこと会っていないことになるわけで、そう考えるとこの喜びようも分かるってものだ。

 

 やがて数秒ほどのハグを終えたロビンは忘れていたかのように天子と衣玖の方を向いて身内の二人に紹介した。ベティとアリアの二人も衣玖と天子の方を向く。

 

 

「ああ、そうだ! ベティ、アリア、紹介するよ。彼女たちは天子と衣玖。砂漠で行き倒れていたとこを―――」

 

 

 ロビンの言葉が言い終わるよりも早く。

 

 ベティの手のひらがロビンの顔面を掴んだ。

 

 

「ねえあなたぁ? 誰なのこの子たちはぁぁぁぁぁ????????」

「あっががががががががががが痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!???」

 

 

 俗に言うアイアンクローの一撃が、ベティの右手から炸裂する。

 あまりにも突然のことで、そしてあまりもの速さで、天子と衣玖は反応することができなくてただ呆然とするしかなかった。

 

 

「だからぁ? 誰なのって言ってるのよぉ?」

「だからっ、いきっ、だおっ、れっ、だってっ、」

「あぁん???? 聞こえないわねぇぇぇぇ?????」

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!!!??????」

 

 

 メキメキメキメキッ!

 ロビンの頭から決して聞こえてはいけないような音が聞こえるが、幻聴だ幻聴。天子と衣玖は何が何やら分からない様子でただ目の前の殺戮劇(?)を見ているしかなかった。

 

 

「詳しいことはぁ、奥でぇ、話し合いましょう? あ・な・た♡」

「いだっ、し、しぬっ、たし、たす、たすけっ、だずげぇっ、あがばああぁあぁぁぁぁ……………」

 

 

 アイアンクローの壮絶な痛みと絶叫で右左に身じろぐロビンをベティは右手だけで制し、そのまま右手一本だけでロビンを引きずって行ってしまった。

 筋肉質で身長百八十センチを超える体格を持つロビンを、女性であるベティが片腕一本だけで持って行った。ロビンの体重はどう少なく見積もっても七十キロ近くはあるはずなのに、人間であるベティのあの細腕でどうやって持って行ったのか。どこにそんな力があるんだと天子と衣玖は少々怖くなりつつあった。

 

 奥へと消えていった二人。その場に取り残されたのは天子と衣玖、あと娘のアリアだった。

 アリアは父と母を家の奥へと見送ったあと、我に返ったように天子と衣玖に声をかけた。

 

 

「えーと、とりあえず中に入って?」

 




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