異世界緋想天 ~天子と衣玖の異世界旅行紀~ 作:火也(かや)
「ごめんね、見苦しいところをお見せちゃって」
「は、はあ……」
家の中に案内された天子と衣玖は、しばらく居間のソファーで待っててと言われたアリアの言葉通りにソファーで待機していた。アリアは家の奥に消えていった両親を探しに行ったようだった。
その間もロビンの絶叫は続いていた。それはもう、大の大人だって恐怖でちびるくらいの悲鳴だった。
ベティの恐怖政治が続いた後アリアの二人を止める声が響いて、それで折檻は終わったようでトタトタとベティがニコニコしながら居間に入ってきたのだ。
天子と衣玖はその笑顔が悪魔の微笑みに見えたのだった。
「私はベティ。ベティ・エインズワース。ロビンの妻です。こちらは娘のアリアです」
「わ、私は永江衣玖です……衣玖と呼んでもらえると」
「ひ、比那名居天子……です」
先程の醜態を恥じるように、ベティは頬に手を当てて恥ずかしがっていた。そんな見た目可愛らしい行動でさえも、今の二人には恐怖にしか見えなかったのだ。
「夫から聞きました。お二人は、砂漠で行き倒れてたんですって?」
「え、ええ。そこでロビンさんから食料と水を分けてもらって助けてもらったんです」
自称空気の読める女、衣玖はガチガチで言葉が出ていない天子に代わってベティの質問に応答した。
「ごめんなさいね。お二人があまりにも可愛い顔をしていたから、てっきり夫が隠し子でも作ってきたんじゃないかって勘ぐっちゃったのよ~ホントにごめんね?」
「いえ、私たちは全然構いませんが……」
チラ、と衣玖は居間の奥に目をやる。そこからは、まるで地獄の亡者が極楽を渇望するような怨念のこもった呻き声が聞こえてきていた。
衣玖は、その声を聞かなかったことにして、話を続けた。
「町まで連れてきてもらったのは良かったんですが、私たちお金を持っていなくて。それで家に来るかって言ったロビンさんの厚意に甘えることにしたんです」
「好意……(ガタッ)」
「お、お母さん、字が違うよ字が! それ以上やるとお父さん死んじゃうよ!!」
目の前で再び殺戮劇が繰り広げられそうになったところをアリアが寸でのところで止めた。
衣玖は、自分何か不都合なこと言ったのかなあ(; ;)ともう泣きたくなる境地だった。実際、テーブルに座って見えない足は、ガクガクと震えていた。天子なんてもう違い世界に飛び立っている気がする。
アリアの言葉に正気になったのか、ベティは「おほほ」と笑いながら椅子に座った。
「ごめんなさい……お母さん、お父さんのこと好きすぎるから、たまにこんな風に暴走するんです」
アリアが取り繕うように言った。
それはもう好きとかいう次元じゃなくね? と衣玖は思った。好きという感情もここまでくればもはや狂気だな、と自分はこんな風にはならないようにしようと衣玖は反面教師を得たのだった。
「おほほ、ごめんなさい。私、昔からせっかちって言われててねぇ……」
その後は、つつがなく(?)話は進んでいった。事実上のここの家主から一時の滞在許可を得、天子と衣玖はひとまずの安堵を得たのだった。
ロビンのことはもう忘れることにした。精神の安定のためにも。
アリアに案内されて階段を上って二階へ上がり、そこの一室を天子と衣玖のために宛がわれた。
そこは使われなくなった家財道具やいろんな物が置いてある物置部屋みたいなところだったが、掃除はされているのか埃っぽくなかったし二人が足を広げて眠れるスペースは十分にあった。
「大きな家じゃないからそんなに部屋がなくて……こんな物置部屋しかないんですけど」
「いえいえ、泊めてもらえるだけありがたいです」
実際野宿も考えられた天子と衣玖だったから、この際部屋ならば何でもよかった。最悪馬小屋で夜を明かしても文句は言わないつもりだった。
アリアが夜食としてパンと干し肉、牛乳を持ってきてくれた。ロビンに拾われて以降何も口にしていなかった二人は空きっ腹に押し込むようにパンと肉を加えて牛乳を流し込んだ。
ろくに荷物も持っていない二人だったから、そのまま着の身着のまま眠ることになる。それは女性としてどうかと配慮してくれたベティが自分の寝巻を衣玖に、アリアの寝巻を天子に貸し与えくれた。
至れり尽くせりな状況で、天子と衣玖はむしろ申し訳なく感じた。おもてなしも度を過ぎれば迷惑となるのだが、文句を言えない立場の二人は成り行きに身を任せていた。
やがて静かになってひと段落ついたとき、天子と衣玖は壮絶な眠気を感じた。
砂漠を眠る暇なく歩き続け暑さと疲労で倒れ、ロビンに拾われ衣玖は乗り物酔いにやられ、町に着いたと思ったらお金の持ち合わせが無くてロビンの家に行ったと思えば妻の壮絶な折檻を目の前まざまざと見せられて。
これで疲れない方がどうかしている。
もう、何も考えたくなかった。このまま気持ちのいい眠気に身を任せたい。
そう半分眠った頭で考えた後、二人は夢の世界へと
◇
「で、これからお前らはどうするんだ」
「ゾンビだ……ここにゾンビがいる……ガクガク(((゜д゜;)))」
「失敬な、人間だ人間」
目の前で目玉焼きを乗せたトーストを齧るのは昨晩折檻されたはずのロビンだった。天子と衣玖、そしてベティとアリアがテーブルに着く中で普通にロビンが着席していた。当然のことながら無傷ではなく、額に包帯が何重にもぐるぐる巻きにされていたが、それだけだった。ベティとアリアは特に何も言わずに同じトーストを齧り続けていた。
「お父さん、
「娘よ、お父さんを魔物扱いするのはやめてくれ」
まるでそれが日常会話であるかのように、三人は何事もなく朝食を続けている。
しかし天子と衣玖はそうはいかず。まるで化け物を見ているかのように、広げた新聞を読むロビンを注視していた。
「ふむ、大砂漠で大規模な狩りか……砂上船で調査に向かわせている、か」
「あなた、今度はいつぐらいに出かけるの?」
「分からないな。いつもの行商ならいつも通り三か月ほどここにいられるが、どうも大規模な商隊が北から来るらしいから、早く出なくちゃならんかもしれん。ま、あくまで予定だがな」
「長くはいられないってこと、お父さん?」
「そうなるな。だが安心しろアリア、その間はちゃあんと家族サービスしてやるからな」
何故か日常の会話にしか聞こえない天子と衣玖は、もう雰囲気に身を任せることにした。これ以上考えると自分たちの常識が当てはまらなくておかしくなってしまいそうだからだ。
二人は食べかけていたトーストを齧り、コップに入れられた牛乳を飲んだ。昨晩食べたパンと肉がすっかり消えて新たに胃袋にトーストと牛乳が入り胃袋を満たした。
ほふう、と溜め息を漏らした天子はごちそうさまでした、と両手を合わせて感謝した。衣玖も同じように手を合わせた。
「それで……お前らはこれからどうするんだ?」
冒頭の質問に戻るわけである。
ロビンが広げていた新聞をたたんで置いて、天子と衣玖に言った。
「金も持ってねえってんのに、この町でどう生活していくわけだ?」
「……それは」
そのことは天子と衣玖が昨日の宿屋に泊る金がないと分かったときからずっと考えていたことだった。
この世界、いや、どの世界でも人間というのはお金を使って物のやり取りをする。物々交換もあるのだろうが、少なくともこの町ではお金を使った取引が成されるのだろうし、一銭もお金を持っていない二人はどうしたってこの町で生きていくのは困難になる。
宿は今のところロビンの家に滞在しているが、今後ずっと居座るわけにはいかないから自分たちの手でどうにかする必要があるだろう。
しかしそのためにはどうしたって先立つものが必要だ。宿だってご飯だって、全てお金がかかるのだから。
「……ロビンさん。この町で、手っ取り早く金を集められる方法って何かありますか?」
お金がないのなら、集めなければならない。
できるなら手っ取り早い方法で、かつ大量に。それは欲張って言っているのではなく、二人の目標を定めるために必要なことなのだ。
二人は異世界人だ。こちらに来たのはあの得体のしれない奴―――おそらく妖怪だと思うが―――がこの世界に送ってきたからで、天子と衣玖はさっさと幻想郷に帰らなければならないからだ。
違う世界というのはあまり心地のいいものではない。少なくとも、今のところは。
ロビンはしばらく考えて、つぶやくように言った。
「……一番早ぇのは、娼館婦になって体を捧げることだが」
「あなた!」
「わーってるよ。んなこと勧められねえよ。けど、一文無しで身元も保証できないやつに任せられる仕事なんてほとんどねえんだよ」
「………」
「男だったら肉体労働っつー手もあったんだがな……女、その上まだ子供だってなるとさらに範囲が狭くなっちまう」
ロビンの真面目な顔に、ベティも静かになる。ベティもそのことを理解しているから強く反抗できないのである。
天子と衣玖はその二人の様子に、八方塞がりかと表情を暗くする。このままでは本当に娼館でこの身を捧げる売春婦になってしましいかねない。それだけは、二人とも頑として嫌だった。
「……まあ、全くないってわけじゃねえけどな」
はあ、と頬杖を立てるロビン。
あまり乗り気でないのだろうか、空気を読んだ衣玖は追及しなかったがそんなことを感じ取れない天子はその言葉に飛びついた。
「何!? あるんなら早く言ってよ! 体を売るのは嫌だけど、それ以外ならなんでもするわよ」
「……冒険者だ」
「へ?」
「冒険者だよ。冒険者になって金を稼ぐんだ」
「……冒険者ってのは昨日の会話でもありましたね。その冒険者とは?」
衣玖の言葉にアリアが反応する。
「えっ、知らないの!? 冒険者っていうのは、魔物やモンスター退治を生業にしている人のことだよ」
「あと商隊の護衛とか、だな」
へえ、と目を輝かせる天子。モンスター退治、という言葉に反応したのだろう。血気盛んなお人だ、と衣玖は思ったが、ロビンの説明に疑問を抱いた。
「仕事の内容は分かりましたけど……ですがどうして言うのを渋ったんです? 聞いた限りでは依頼さえこなせばお金は手に入るのでしょう?」
ロビンとアリアの説明ではロビンが言い渋った理由が見当たらなかった。むしろ好待遇でさえあると衣玖は感じていた。
それにもかかわらず、ロビンが言うのを渋ったということは、何か理由があるのだろう。衣玖はそれを聞きたかったのだ。
ロビンは衣玖が聞きたいことを瞬時に理解し、言葉を繋げた。
「冒険者になるっていうのはな、お前らみたいなのがよく通るルートなんだよ。金がないから冒険者になって身を立てて一攫千金を狙う、ってのがこの世界にゃあ溢れるくらいにいやがる。確かに、そこそこ稼げれば宿屋と飯代くらいわけもねえ。だが、その代償がでけえんだ」
「……代償?」
「危険なんだよ。相手は人外の存在、魔物やモンスターだ。人間の力を遥かに凌駕した莫大な力を持ってやがる。倒せればそれだけ金が入るが、犠牲になったやつも多い。というより、それで死んでいく輩の方が圧倒的に多いんだ」
それが理由ですか、と衣玖は言った。ロビンは無言で頷く。
衣玖はこの世界の魔物やモンスターやらがどれくらいの強さを持つのか知らない。だから、ロビンが言う危険性も実際のところ理解できることではなかった。
あえて例えるなら、元の世界の人間と妖怪の関係に近いものなのだろう。妖怪が人を襲い、人間が陰陽師など専門家を頼って生きていくのと根本的な部分で近しいものなのではないか。
しかし、それならロビンは一つ勘違いしていた。
「ふん、魔物が何? モンスターが何っての。そんなのぶっ倒せばいい話なんでしょ」
「い、いや、そりゃそうだが……」
「こう見ても私、剣の扱いには自信があるのよ。そんな有象無象なんて相手じゃないわ」
そう。それは、天子と衣玖二人とも人間ではない、人外ということだ。
天子は元々は人間であったが、今は天人となって人間とは別の種族だ。衣玖は完全な妖怪で魔物やモンスターと同格の扱いなのだから。
見た目は二人とも人間の少女に見えるが中身はそうじゃない、なんてロビンには分かるはずもなかった。
天子は立ち上がって無い胸をドンと叩き、挑発するかのようにロビンにニヤッと笑いかけた。
「……ほう?」
その分かりやすい挑発に、ロビンは乗ってやった。椅子を引いて立ち上がり、挑発し返すような笑みでロビンは話しかける。
「なら、来い」
席を立ち居間を離れるロビン。それについて行くように天子、衣玖にベティとアリアも追随する。尋常じゃない雰囲気にベティとアリアは若干困惑気味だった。
これまで見たこともないロビンの後ろ姿に普通の家族として接してきた二人は戸惑いを隠しきれないのだろう。逆に衣玖は冷静だった。
天子はこれからすることを半ば勘めいた予知をしていた。これまでそうであったように、己の幻想郷で過ごしてきた生き方が、これから起こる未来を予想していたのだ。
「―――試してやる」
決闘だ。
☆エインズワース家
○ロビン・エインズワース
37歳、男性。187㎝。行商人。倒れていた天子たちを助けてあげた心優しい人。しかしその優しさがときに妻の逆鱗に触れることがあり、そのときはキツイお仕置きが待っている。妻のベティとはかつて幼馴染だった。一人娘のアリアがいる。行商人になる前は実は冒険者だったため、商人とは思えないほどムキムキである。
○ベティ・エインズワース
37歳、女性。宿屋街で働く。ロビンの妻。年の割に若く見え「実年齢より十歳は若く見える」と言われたこともあるのが密かな自慢。夫のロビンをこの上なく愛しており、その愛がときに暴走することも。しかし全て夫を愛するがゆえなので夫も強く言えない。夫とは幼馴染で若い頃は美人でモテモテだったがロビン一筋で、その頃からロビンのことが大好きだったとか。まごうことなきヤンデレだが、普段の生活では賢妻。一人娘のアリアがいる。
○アリア・エインズワース
15歳、女性。母と同じ宿屋で働く。ロビンとベティの娘。少し小柄だが、宿屋で接待業務をしているせいか元気できっちりした性格。容姿は尽く母親から受け継いでおり、父に似なくて良かったというのは父であるロビン自身の言葉。唯一似たのは髪の色だけ。その可愛さは宿屋で人気の看板娘で売り上げに貢献しているの言うまでもない。ときに暴走する母親のストッパー役。そんな役回りだからしっかりした性格になったのかもしれない。苦労人。