暗い明日に幸せな未来を   作:鞍月しめじ

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三話から四話くらいまでは集中連載します。


02.ロドス・アイランド

 ロドス・アイランド、午後6時。

 夕刻前にシャワーに入ったはずのヴィジョンだったが、ブレイズにあれやこれやと付き合わされている内に気付けば夕食の時間も間近だった。

 ボロボロの服を着替え、心機一転の筈の彼女は広いロドス艦内の通路で頭を抱える。

 

「クッソ……ヒドイ目に遭った」

 

 シャワーではちょっと過剰なスキンシップ──過去の傷を見に来るようなものだが──に、シャワーから出ると後日酒に誘われた。

 一応ヴィジョンはまだ十代だ。酒を飲むには少し早い。そもそも、なぜそこまでブレイズが絡むのかヴィジョンが本人に訊くと、彼女はからからと笑いながら──

 

「そりゃ絡むよ。だって、私すぐに次の仕事があるから暫く帰ってこれないしね。こんなに楽しいの、アーミヤちゃんを構ってる時と同じくらいかな。あ、ちょっと下かも」

 

 ──と、楽しげに返してきたのだ。

 それからは彼女の言う通り、すぐにヴィジョンは一人になった。ようやく落ち着けると思ったが、まだロドスに来て数時間。落ち着いている内に、状況を確認すべきかと考える。

 ヴィジョンに考える頭はあまり無い。採用試験でも戦術立案の成績は最悪だったし、それは彼女にも自覚はある。

 見渡すほど広いロドス艦内の通路で、ヴィジョンはまずロドスについての状況を整理する。

 

 やってきたロドス・アイランドは、巨大な陸上艦である。たまに見える窓からは、大地を走る様子がわかる。移動都市というのは今では当たり前で、しかし当面は龍門近辺を移動することになるとヴィジョンはドクターから説明を受けた。

 問題はこのドクターだ。医療部の責任者にはケルシーというフェリーンがいる。彼女には診察と面接の際に会うことがあったが、必要なこと以外は語らないといった印象を抱いた反面、一つ訊ねると百倍の情報量を上乗せされて返されるため話はヴィジョンから打ち切った。

 アーミヤはヴィジョンよりも年下のようだが、なんとロドス・アイランドの代表だという。実際、面接はドクターと彼女主導だった。これにはヴィジョンも少なからず驚いたものだ。

 少し思考がそれていた。ヴィジョンは改めて、ドクターの姿を思い浮かべる。フードと防護用のマスクで顔を隠しており、表情をうかがい知るのは難しかった。男なのか女なのか。種族は? 出身は? 何一つ知ることは叶わなかった。怪しさはあるが、ロドス代表であるアーミヤが特に強い信頼を寄せているらしい。人事部の代表及び作戦指揮はこのドクターが執ることになっている。そして朝、ヴィジョンが狙ったのがまさに、このドクターという人物だ。

 ロドス・アイランドはこの3名によるスリートップ体制。暴徒などを鎮圧する作戦群や後方支援部まで数えていくとキリがない。

 

「改めて、とんでもない所に来ちまったな」

 

 目眩がするほど高い天井を見上げ、息をつく。彼女はロドスに敗けた。ロドスは勝者として、彼女に死ではなく職を与えた。ヴィジョンもわきまえている。逃げようとは思っていないし、逃げられるとも思わない。仮に逃げたところで、化け物揃いのロドスから単身で逃れるのは、それこそ化け物だけだろう。

 逃げようと思わない理由はまだある。治療と衣食住は確保されることだ。実際、来てすぐの投薬で今までの体調が不調であった事をありありと示すように、身体は楽になった。

 衣類はブレイズが勝手に申請してしまったものの、ボロボロで役に立たない服を着る羽目にはならなかった。住処に関しても、ロドス艦内に宿舎がある。広くはないが、お陰で一人部屋だ。雨風をしのげるのは有り難い。

 そして、食事も付く。食堂で立派な食事が食べられるらしい。

 

「食堂は何処だったって?」

 

 考える内に、迷ってしまった。陸上艦とはいうが、ロドスもある意味移動都市だ。都市というからには、単純な広さや構造ではない。

 看板や地図を探してみるものの、食堂の文字を探すには今日の彼女は疲れすぎた。

 

「よぉ、食堂ならそっちじゃねぇぞ」

 

「誰だ!?」

 

 不意の声掛けに、ヴィジョンは素早く振り返る。

 

「おぉ、ブレイズとやりあって疲れてるかと思ったんだが、平気そうだな」

 

 食堂に人が集まっているのか、人通りの多くない廊下にアダクリス族の女がいた。最初の健康診断で、ヴィジョンとも出会っている。

 

「ガヴィル……だったか? 何か用か」

 

 ヴィジョンが訊ねると、ガヴィルは何を言ってるんだと目を細めて、睨み付けてきた。

 

「用があんのはアタシじゃなくて、お前だろ……? 明らかに迷ってんじゃねぇか」

 

「ぐっ……!」

 

 ガヴィルに正論を突き立てられ、思わず言葉にならない声が出るヴィジョン。

 粗暴な言葉遣いだが、ガヴィルは医療オペレーターだ。つまり、医者である。実際医者とは思えないくらい粗暴で、健康診断の時にヴィジョンは三発ほど殴られている。

 乱暴な周知のようで、その対処にも慣れている様子だった為、ヴィジョンが暴れたからではなく割と日常茶飯事なのだろうと彼女も推測出来たのだが、不思議としっかりした姉御肌であることも伝わってきた。医療アーツの使い方や検査の仕方、器具の扱いも決して雑ではなかったのだ。むしろその様を見ていると安心出来たくらいにはスムーズで、手慣れていた。

 

「アタシも看護師じゃねぇからな。そういう役回りは他にいくらでも居るんだが、お前はちょっと特殊だろ? だから、いざって時には殴ってお前を止められるヤツが見とく必要があるんだ。説明あったろ? 暫く医療オペレーターの監督が付くって」

 

「……好き勝手に好きな物は食えなさそうだな」

 

「何も無い相手なら好きにしろって言うところだが、何があるかわかんねぇ以上は医者として許可は出来ないな。とにかく、食堂行くぞ」

 

 ガヴィルはヴィジョンの腕を引っ掴むと、そのまま力のままに引き摺りだした。とてつもない力に、一瞬抵抗を忘れたまま彼女はガヴィルにずりずりと食堂まで引きずられていった。

 

 □

 

 ロドスの食堂は、流石の広さだった。それだけの人数を収容し、朝昼晩と食事を提供する。それに相応しい広さ。ただ、これだけの規模でありながらビュッフェ形式ではなく、献立の決まった形式であること。

 調理担当の負担も凄いだろう。ヴィジョンはある種戦闘よりも重労働に勤しむオペレーターたちへ同情の視線を送っていた。

 

「次からは自分で取りに行けよ」

 

「ロドスに来て数時間なモノでな。慣れてない」

 

 ガヴィルが持ってきてくれたプレートに向き合い、フォークを手に取る。本日の夕飯はウルサス料理。ヴィジョンの出身はクルビアだが、国を出てからはあちこちを転々とした。カジミエーシュを通り、ウルサスにも入った。そこでレユニオンと出会ったのだ。ウルサス料理も、それ以来だ。

 

「喰いながらでいいからそのまま聞いてくれ。暫く監督下に置くとは言ったが、他にも患者は沢山いる。お前だけ特別な訳じゃない。四六時中見張るわけじゃねぇから、そこは安心しろ」

 

「なるほど、そりゃ助かるな。それで?」

 

「部屋まではついて行かないし、それ以降は関知しない。ただ、明日から暫くは毎日検査を受けてもらう。昔何があったのかを聞くつもりはねぇが、ロクな治療を受けてないとなると病状の悪化も有り得るからな」

 

 ヴィジョンの正面に座り、共に夕飯を摂るガヴィルの表情は真剣だ。下手に拒否すれば、また鉄拳が飛んできそうな気すらする。流石に次はノックアウトされてしまいそうだ。

 しかし、ろくに治療を受けていないのは事実。クルビアは比較的感染者差別が薄い国ではあるが、ヴィジョンの両親はそうではなかった。ある日、何気ない散歩で源石運搬事故に巻き込まれ、左大腿に源石が突き刺さった数年前。それから源石病の診断をされると、ヴィジョンの両親は迷わず彼女を追い出した。

 

『早く出ていけッ! 源石病になんて巻き込まれたくない!』

 

 両親の恐怖に引きつり、彼女に理不尽な怒号を浴びせる姿を一生忘れることはないだろう。それからは少年兵として戦った。

 源石病には死に様がある。死亡した患者は最後には破裂し、周囲に飛び散った源石の破片を誰かが吸い込むことで別な生物に感染させるのだ。

 それを知った時、ヴィジョンは誰にも見られない場所でその生命を終えようと誓った。そうして人知れず、クルビアを出国したのである。

 

「わりぃ、なんか思い出させちまったか?」

 

「別に。もう慣れた」

 

 目を伏せつつも、ヴィジョンは平静を保って答える。彼女は他者に幻覚という悪夢を見せる。ならば、この過去は逆にヴィジョンに刻まれた悪夢であるといえる。

 改めて周囲を見渡す。大勢の人間たち。ヴィジョンより酷い目に遭った者も居るだろう。自分が特別だとは万に一つも思っていない。今回は特別なだけだ、まさにガヴィルの言う通り。

 夕飯を突いているうちに、気付けば人数もかなり減ってきた。がやがやとした喧騒に包まれ、人でごった返していた食堂も今は数人がぽつりぽつり残っているくらいだった。

 

「お前、ヴェンデッタの一人ってのは本当か?」

 

 そう問うガヴィルの声は先程より少し潜められていたが、人の少なくなった食堂では少なからずヴィジョンにはしっかり届いた。

 

「そうだ。最早昔の話だが」

 

 昔の自分を鼻で笑いつつ、プレートに残った一品をフォークで突く。

 ヴィジョンにはレユニオン・ムーブメントで、もう一つの名前があった。その名前はロドス・アイランドにもしっかりと届く名前であるようで、少しだけだが彼女も過去の自分と仲間達を誇らしく感じる。

 ヴェンデッタとは、レユニオン・ムーブメントにおけるエリートととも言える地位を築く一つの部隊だ。彼らは炎を纏う剣で、命を燃やして戦う。龍門郊外にも同じようなアーツを使う部下数名と出撃していったようだが、ブレイズを始めとするロドスのメンバーには敵わなかったらしい。

 

「そうか、なるほどな。どちらにせよ、お前を一人で帰す訳にはいかねぇか」

 

「……? どういうことだ」

 

「ロドスにも何人か在籍はするんだが、元レユニオンってのは恨みを買いやすい。何しろ少なからず敵同士だからな。仲間をやられて、引き摺ってるヤツもいるんだ。それがレユニオンのエリート部隊ってぇなら尚更さ」

 

 頬杖をついたガヴィル。彼女は手に持ったフォークでヴィジョンを指し示し、『背中にゃ気をつけなきゃならないってことだ』と軽い口調ながら、なかなかに重い警告をしてきた。

 

「殺されさえしなきゃ構わない」

 

「ほう?」

 

 ガヴィルの額に青筋がたった。怒りにぎらついた瞳を見せると、刹那にズドンとヴィジョンの頭にげんこつが落ちる。あまりの衝撃は危うくヴィジョンが勢いでテーブルに顔面まで打ち付けそうになったほどだ。

 

「くっ……」

 

 なんとかテーブルを掴んで堪えたが、目の前を星が飛んでいる。鈍痛が頭蓋骨に浸透するようで、五分ほど頭を上げることさえ叶わなかった。

 

「あのなぁ……。アタシは医者だぞ? 医者が自分で面倒見てる患者に『傷付いても構わない』なんて言われたら、頭にも来るだろ。治してるのが馬鹿みたいに思えちまう」

 

 ──『いいか』、と。ガヴィルは席から立ち上がると、テーブルに伏せるヴィジョンを真上から見下ろして告げた。

 

「自分で治す気のない患者は治せねぇ。だけど医者は治さなきゃならねぇ。次にそんなコト言ったら、本気でぶっ飛ばすからな」

 

「*クルビアスラング*……! 治される前に頭が無くなっちまうぞ」

 

「なら言葉に気をつけろ。飯食ったか? そろそろ部屋に戻るぞ」

 

 あと一発でもガヴィルから拳を貰えばノックアウトだと思っていたが、彼女なりに手心があったのだろうか。なんとか寸前で耐えられた。

 料理が盛られていたプレートを厨房に戻し、ガヴィルに引きつられるまま自室へ向かう。

 ロドス艦内は間もなく夜間に備えて体制も変わるようだ。就寝前に欠伸をしながら歩くオペレーターもいれば、巡回準備であろう夜勤と思しきオペレーターもいる。

 

 ヴィジョンの部屋の前に来ると、ガヴィルはその歩みを止めた。ヴィジョンへ視線を遣ると、先程見せた暴力性も嘘のように明日の予定を告げる。

 

「明日は朝食前に採血があるから、怖くなっても逃げんなよ。あぁ、それとアタシは今日までだから、次は前線でな」

 

 それだけ告げると、ガヴィルは右手を振り上げて去っていく。去り行くガヴィルの背中を見送って、ヴィジョンは自室に入った。

 

「疲れた。寝るか」

 

 ヴィジョンは特に多く荷物があった訳では無い。最低限必要な冷蔵庫やテレビなどは支給されたし、それ以外は彼女にとって重要ではなかった。

 部屋からはゆっくりと移り行く景色が見えた。ロドスは変わらず運行中らしい。

 ベッドに潜り込むと、温かさから瞬く間に眠気に意識を包みこまれる。今日あったことも、今彼女に考える余裕はない。激動の一日は、漸く一つの区切りを迎える。




【個人履歴】
元クルビア少年兵であり、レユニオン・ムーブメントの『ヴェンデッタ』と呼ばれる一人だった少女。
レユニオン武装蜂起の際に、龍門まで流れ着いていた彼女が合流したが後に離脱。龍門郊外にてドクターとアーミヤ及びオペレーター、ブレイズ率いる殲滅部隊により制圧されたが、ブレイズの進言によりロドスでの治療に同意、吸収された。

【健康診断】
造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系源石顆粒検査の結果においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。

【源石融合率】16%
感染は中期段階。左大腿部に源石結晶を確認。

【血液中源石密度】0.42u/L
幼少時代に感染し、差別的な両親に排他された後は、兵役によって治療を受けていなかった為、ロドス到着直後は予断を許さない状態だったものの、彼女が治療を受け始めてからは比較的落ち着いている。

病状を考えればあまりにあっさりと安定し過ぎているようにも思えるが、採用試験で見せたという彼女の生命力の強さのおかげかもしれない。
――医療オペレーター
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