暗い明日に幸せな未来を   作:鞍月しめじ

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アークナイツ公式さん、オペレーターズをまとめて読めるようにしてくれるとすごく有り難いのでお願いします(懇願)


04.龍門

 龍門スラム街、午前10時。

 

 道中の販売店で、袋いっぱいにお菓子を買い込んだアーミヤ。

 その後は三人共迷わずスラムへ入り込む。裏路地を通れば、そこは表通りからは考えもつかないような雰囲気があった。都市清掃も頻繁には来ずゴミが散らばり、人の姿もまだらだ。

 

「ここには、龍門の感染者が集まっています。まるで表からは隠されるように……」

 

 スラムの広場の真ん中で、アーミヤはヴィジョンへ振り返った。ふわりと彼女のオーバーサイズのジャケットとスカートが風に舞う。

 

「ですが、彼らにはここしかありません。このスラムが無ければ、彼らはきっともっと辛い目に遭っていたと思います」

 

 がさり。ヴィジョンの耳が、何かの足音に反応して動く。武器を構えるべきか? 身構えようとして、数人の子供がアーミヤへ縋り付くのを目にした。

 

「……なんだ、コレは」

 

 もし子供とはいえ、護衛対象に危害を加えるつもりなら容赦は出来ない。しかし、ヴィジョンはどこからか駆けてくる子供たちを前に、呆気に取られることしか出来なかった。

 子供達には明らかに敵意はなく、それどころかアーミヤを『お姉さん』と慕っているようだ。

 

「今回は皆さんにお菓子を持ってきましたよ。この袋から、好きなものを持っていってくださいね」

 

 先程購入した袋いっぱいの菓子には、どうやらそういった意図があったらしい。ドクターとアーミヤで袋を広げると、子供達は目を輝かせる。

 わいわいと袋に手を入れては騒ぐ子供達。先程までどこか陰鬱としていたスラムにも、にわかに活気が生まれる。

 

「感染者なら、彼らをロドスには連れて行かないのか?」

 

 笑顔の子供たちを眺めながら、ヴィジョンはアーミヤの横に並び立つと訊ねた。

 菓子を配ったり、世話を焼くくらいならロドスに連れていけばいい。至極単純で、誰もが考えることだ。

 アーミヤはばつの悪そうに乾いた笑いを口にすると、ヴィジョンへ顔を向けた。

 

「連れて行くだけなら簡単です。ですが、無理矢理連れて行くことは出来ません。それでは隔離と同じ……私達は製薬会社で、実験施設では断じてありません」

 

「……あくまでも、彼らの自由意志だと?」

 

「はい。望まないのであれば、我々も強制はしません。連れ去ってしまえばそれは拉致ですし、この子達も自分の人生──生活がありますから」

 

 ロドス・アイランドは単なる一企業。アーミヤに言われて、あの巨大な船の役割とそれ故の制約を少し理解する。

 連れて行く事ができないから、可能な立ち位置で感染者をサポートしたい。ヴィジョンには、アーミヤはそう言いたいようにも見えた。

 まだ来て1日しか経っていないヴィジョンに、アーミヤたちの抱く理想や理念は理解出来ない。だがいつかは理解できる日が来るのか? いや、むしろアーミヤの理念を深く知っている者も少数かもしれない。

 それでもアーミヤという少女の下には彼女を守らんとするものも、頼らんとするものも集まってくる。ヴィジョンも少なからずレユニオンの一員ではなく、鉱石病感染者として迫害に遭った身だ。黒い陰謀は数多く見てきたつもりだし、巻き込まれもした。それでも目の前の少女は、残酷な大地に真っ向から立ち向かうのだろう。暗い大地に落ちた影に光を射すのだろう。

 

「スゴイな、お前は」

 

 思わずヴィジョンが溢す。

 

「……え?」

 

 主語がなく、アーミヤにはうまく通じなかったようだ。小首を傾げるアーミヤへ、『なんでもない』とヴィジョンは告げると周囲の警戒に移る。

 先程からも特に異常はないが、スラムのちょっとした騒ぎで注目も引いただろう。警戒は強めるに限る。武器ケースを左手に、影になりそうなところは見て回った。

 

「お姉さん、アーミヤお姉さん達の友達なの?」

 

 少しアーミヤ達から離れた場所で、ヴィジョンはスラムの少女にそう声を掛けられた。

 恐らくは厳しい生活なのだろう。血の気の薄い白い肌には生傷が目立ち、衣服は伸びてボロボロだ。ロドスに来る前──ドクターを襲った時のヴィジョンでさえ、もう少しまともだった筈だ。

 そして何より、右腕に見える源石結晶が少女の状態を克明に示していた。

 

「……まぁ、そんなところだな。菓子は貰わないのか?」

 

「私はいいの。お姉さんは、私が怖くない?」

 

「怖い……?」

 

「皆──この病気の人は皆、怖がられるから」

 

 少女は自身に分布する源石結晶を眺め、それからヴィジョンをまっすぐ見上げる。彼女も迫害の被害者なのだろう。想像に難くはない。

 

「……大丈夫。一人じゃない、ワタシもだ。それに、アーミヤも」

 

 ヴィジョンは自身の大腿部に手を触れ、それから広場で交流を図るアーミヤへ視線を向ける。彼女の手の甲に見える源石結晶は、明確な感染者の証だ。それでもアーミヤは感染者、非感染者の区別無く平等に接しようとする。

 

「仕事に戻る。身体に気を付けろよ」

 

 ヴィジョンは少女の頭にぽん、と手を置いてからその場を立ち去る。

 

「お姉さん、お名前は?」

 

 ヴィジョンを呼び止める声に、彼女は足を止めて振り返る。

 

「ヴィ……ミシェーラ。ミシェーラ・リットン」

 

「私、ラン。また来てね、ミシェーラお姉さん」

 

 少女──ランは柔らかな微笑みと共に手を振って見送ってくれていた。ヴィジョンもそれに応え、手を振り返した。

 少々場を離れてはしまったが、このスラムに危険は無いようだ。あらかた菓子を配り終えたアーミヤたちを見遣ると、移動の用意をしているようだった。

 スラムでの用事は終わりらしい。三人は子供たちに手を振ると、スラムを後にする。

 

 □

 

 龍門市街、午前11時30分。

 すっかり昼時に差し掛かろうとしている。改めて市街地を歩くと、レユニオンが占拠した時からの復興は早い方だろう。あの戦いは決して軽微なものではなかった。龍門とレユニオン──その戦争と言えた。

 その戦争の痕跡は、もはや殆ど無い。ドクターとアーミヤはどこへ行くか目的を持っているようだが、ヴィジョンはその内容を聞いていない。二人の話に首を突っ込む気はなかったし、興味も無い。

 

「ヴィジョンさん。そろそろ軽く食事でもと思ったのですが……龍門から来た、チェンさんというオペレーターに教わった『レンヤム喫茶』でいいですか?」

 

「チェン……龍門近衛局のチェン・フェイゼか。そういえば、ホシグマとかいう鬼も来てたな。──あぁ、私ならどこでも構わない」

 

 結局チェンの姿を見ることはなく、ホシグマともあまり関わり合いにならないように振る舞った。今思えば、逆に怪しかったかとも思う。

 もう少し自信を持たなければ。事情を知るロドス内部ならまだしも、あまりまごついて外部に過去の立場が漏れると面倒だ。ヴィジョンはもうロドス・アイランドのオペレーターなのだから。

 

「しかし、なんで喫茶なんだ? 昼食ならもっと他にあるだろう」

 

 あまり考えても仕方ない。ひとまず湧いて出た疑問をアーミヤたちに投げ掛ける。

 

「チェンさんとスワイヤーさんに聞いたのですが、何でも両手の大きさほどのカツサンドが食べられるそうです」

 

「来て一日のワタシには分からんが、随分食い意地が張ってるんだな」

 

 ヴィジョンが涼しげに言うと、みるみる内に赤くなったアーミヤの顔から、まるで給湯器のように湯気が上がる。

 

「ち、違います! 違うんです、ドクター! ヴィジョンさんもっ! 皆さんが『一度食べるといい』とお勧めしてくださったのを思い出して……!」

 

「好きな物を食べると良い。私も食べてみたい」

 

 ドクターのフォローでなんとか落ち着きを取り戻したのだろうか、わたわたとしていたアーミヤも動きを止めた。

 羞恥はそう簡単に引かないのだろうか、今度は俯いたまま胸の前で両手の人差し指を突き合わせている。

 

「アーミヤ。その店は付近か?」

 

 ヴィジョンが周囲を見渡しながら、アーミヤへ訊ねる。指を絡めて顔を赤くしていたアーミヤだったが、ヴィジョンに訊かれて顔を上げた。

 

「すぐそこです。この通りにあるお店だそうですから……」

 

「そうか。二人は早く店に入れ。ワタシは来客の相手をする」

 

 武器ケースのジッパーを開けつつ、ヴィジョンが語る。既に彼女には敵の位置が判り始めていた。先程までの緩んだ空気から一転して、緊張の糸が張り詰める。

 ドクターは当たり前のようにPRTSの端末を取り出したが、ヴィジョンはそれを手で制した。

 

「ワタシの仕事は二人の護衛だ。安全な場所に逃がしこそすれ、戦闘に巻き込みはしない。早く行け」

 

 アーミヤも心惜しそうな表情を見せるが、ヴィジョンが武器を取り出したのを見てドクターの手を引いた。

 店に入ってしまえば、安全は確保出来る。二人の後ろ姿が建物の中へ消えたのを確認すると、ヴィジョンはゆっくりと後ろへ振り返った。

 

「さっきから何の用だ? コソコソと後をついてきて」

 

 ヴィジョンの前に、ボロ布を纏った男がいる。だらしなく伸びた髭、手入れもなくベタついた髪。少なくともまともな生活を送ってはいないだろう。だが路上生活者というよりは、流れ者というべきか。右手には釘を何本も打ち付けたバットが握られていた。

 

「お前……傭兵だな。その生活を始めてどれだけ経つ?」

 

「分かるのか……。ロドスにも、侮れないヤツが居たもんだな」

 

 ケースから刀は取り出したが、抜刀はしない。付近に他の敵の気配は無く、流れ者相手に刃を振るうことはない。

 左手にしっかりと得物の感触を得つつ、握り締める。

 

「ロドスと分かってて手を出すのか」

 

「違う。ロドスだから手を下すんだ」

 

 場が一気に動く。駆け出し、距離を詰めた流れ者がバットを一息に振りかぶる。張り詰めた糸を断ち切るように迷いなく、ヴィジョンの頭骨を砕く為に正確に狙いをつけて。

 

「何が目的かは、後で近衛局に話してもらうとしようか」

 

 ヴィジョンが左手で刀を振り上げ、軽々バットを弾くと刹那に腰を落とし、流れ者の足を刀で掬い上げる。

 男の瞬く間に彼は足をすくわれ、ぐるりと縦に回転する。その後に待っているのは、頭からの転倒でしかなかった。

 彼はヴィジョンを完全に見誤っていた。得物のバットはかすりもせず、ただ男は地面に転がされただけだった。為すすべなど無い。彼女が刀を抜かなかっただけでも彼にとっては幸運だろう。

 

「寝ていろ」

 

 転ばせた男の側頭部を鞘で殴り、昏倒させる。

 ひとまず危険は排除できたか。念の為の残心は欠かさないが、同時に敵の気配はやはり無い。単独の暴漢と見て間違いなさそうだ

 刀をケースに仕舞い、周囲を見回す。近衛局を呼ぶにはどうしたらいいか。幸い野次馬は集まっていて、近衛局に通報が行くまで時間は掛からないとは思えた。

 

「ヴィジョンさん!」

 

 野次馬を掻き分けて、アーミヤとドクターがヴィジョンへ駆け寄ってくる。騒ぎになった為に慌てて出てきたようで、二人揃って少し息が上がっていた。

 

「安心しろ、殺してはいない。騒ぎにはなったが、もし他に敵がいたなら、このほうが都合がいい」

 

「私達は騒ぎを起こしに来たわけじゃない。スタンドプレーは止めろ」

 

 ドクターからの言葉を聞いて、ヴィジョンが目を丸くする。

 

「初めてマトモに口を利いたな。……悪かったが、こうする他なかった。サイレンが近付いてるな、もう少し待つぞ」

 

 思えば、ヴィジョンはドクターと会話はしていない。面接などでは顔を合わせたものの、その目も話す言葉もヴィジョンを見てはいなかった。しかし、今は光の無い瞳がヴィジョンを映している。マスクの向こう──少し影の差したその中で、ハッキリと彼女を見ているようだった。

 指揮官たる者、やはり口数少なくとはいかないか。ドクターの感情がほんの少しだが、ヴィジョンには見えた気がした。

 

「……おや、今日はつくづく縁がありますね」

 

 近衛局の到着と共に展開された隊員と一緒に現れたのは大柄の鬼族。朝、ロドスにも現れたホシグマだ。

 

「ホシグマさん? わざわざ、ホシグマさんが?」

 

 ホシグマはアーミヤたちへ会釈すると、乗ってきた警察車両を一瞥する。

 

「小官の車が一番現場に近かったものですから。現場を見るに、単なる喧嘩では無さそうですね」

 

「ロドスを狙った暴漢のようだ。それ以外はわからない」

 

「なるほど……。すみません、アーミヤさん。それにドクターも。こちらの方──ヴィジョンさんで間違いなかったですか?」

 

「あぁ、間違いない。事情聴取ならいつでも構わないぞ」

 

 仕事だったとはいえ、ロドスは龍門には無関係だ。そんな彼女たちが近衛局に出番を作ったとなれば、そのまま帰してくれるとは当然思えない。しかし、ヴィジョンもあくまで任務を遂行したに過ぎない。聴取を受けても、後ろめたいことは何も無い。

 

「では、ヴィジョンさん。少々お時間を頂きます。アーミヤさんとドクターのお二方は、こちらで送迎を手配しましょう」

 

「いえ、そこまでしていただくわけには……」

 

 アーミヤは流石に遠慮を見せるが、ホシグマも押し切りたいようだ。

 

「ロドスを狙ったとなれば、この先まだ危険もあります。ヴィジョンさんの聴取が終わり次第、送迎のついでに顔を出しますよ。その時は、チェンにも会っていけるかと思います」

 

 ──ですから、どうか。ホシグマがそう言って頭を下げた。そこまでされては、アーミヤも無下には出来ない。

 近衛局の到着で野次馬も散らされ、すっかり静かになった。

 少し待って、ドクターとアーミヤは近衛局の車両で一足先にロドスへと帰還する。残ったのはホシグマとヴィジョン、それから三名の近衛局職員。

 

「よし、我々も移動しましょう。皆は先に戻っていてくれ。ヴィジョンさんには、私個人的にも話がある」

 

「しかし……」

 

 ホシグマは近衛局の中でもエリートだが、職員も彼女を置いて帰るわけには行かない。当然の判断だ。事情聴取という名目でもある。

 

「どうしても気になるなら、もう少し静かな場所で人が来ないように見張ってくれると助かる」

 

「判りました。では、ヴィジョンさんも車へ」

 

 職員に促されるまま、ヴィジョンはホシグマと共に車に乗り込んだ。大型車両ではあるが、ホシグマにはそれでも少し天井が窮屈そうだ。

 彼女の個人的な話とは何なのか、ヴィジョンにはさっぱり見当もつかない。しかし、聴取なら何も問題はない。

 車は昼過ぎの龍門市街地を走る。あちこちに行き交う人々が見えたが、ヴィジョンはそれを黙ってみているだけだった。




ホシグマは今も世話になってます。
オフモードホシグマすき……。

最近異格ジェシカに一万円溶かしたドクターより。

※ホシグマがヴィジョンの名前を訊いていたのに、訊いてないことになっていたので修正しました。
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