ロドス・アイランド本艦、午前6時。
「個人家具の護送依頼?」
昨晩の報告書作成から幾ばくも時間が経たない内に、ヴィジョンは外勤人事部に呼び出されていた。
内容は『個人家具護送』だ。ロドスは製薬会社であると共に、民間軍事会社のような性質もあるらしい。新薬の開発には莫大なコストが掛かるし、人件費も馬鹿にならない。そうした資金の捻出の為か、一般からの護送任務などを引き受けているようだ。
「然程難易度の高い依頼ではありませんが、ヴィジョンさんには早速ロドスの仕事を体験していただこうと。これからはどんどん増えていきますよ」
外勤部門のオペレーターは手元のスクリーンを操作すると、早速護送依頼の人員にヴィジョンをアサインしたようだった。
「ドクターの許可は得て人選していますが、今回はヴィジョンさんよりも練度の低いオペレーターも二名ほど同行します。貴方のロドスでの能力を測る試金石と捉えていただいて構いません」
「子守は苦手だぞ」
「仮にもロドスのテストをパスしたオペレーターですから、能力に問題はありませんよ。あぁ、ただ一つ」
外勤部門オペレーターは意味深にヴィジョンへ告げる。
「──ロドスに依頼するということは、
この時、ヴィジョンにはそのオペレーターの言っている意味がわからなかった。家具の護送など、誰でも出来る事のはず。わざわざロドスに依頼するまでもなく、トランスポーターや専門の業者に依頼すれば良い筈なのだ。
頭にクエスチョンマークを沢山浮かべながらも、ヴィジョンは仕事の準備に取り掛かる他なかった。
□
龍門アップタウン、午前9時30分。
「確かに慣れていなさそうだ」
早朝に外勤オペレーターから伝えられていた二名の低練度オペレーター。一名はペッロー族の女性医療オペレーターだ。不安げに周囲に視線を泳がせていて、かなり緊張している様子が見て取れる。
もう一名はフェリーン族の男性術師オペレーター。こちらは事前情報に反して、練度の低さは振る舞いには出ていない。
更に今回はもう一人、アルビノのサヴラが一人アサインされていた。こちらはコードネームをレンジャーというらしく、手慣れた仕草で弓を準備する姿は歴戦の風格を感じさせる。
「お主はブレイズと対等にやり合ったという、ヴィジョンじゃろう? 儂らの仕事は分かっておるな?」
「勿論だ。ただ、依頼もそうだがあの二人も不安だな……」
ヴィジョンの視線が、低練度の二人へ向けられる。
「なに……。何事も慣れじゃよ。実際、お主もこの仕事は初めてじゃろう?」
「まぁ、確かにな。依頼人との話はドクターがするのか?」
「うむ。作戦指揮官として参加する以上、今のリーダーはドクターじゃ。そろそろ行こうかのぅ。ヴィジョン、二人を呼んできてくれ」
レンジャーの指示のまま、ヴィジョンはトラックに積まれた荷物を見上げる二人のオペレーターに駆け寄った。
どうやら想像以上の高級品が積まれているらしく、医療オペレーターはすっかり萎縮してしまっていた。
「スゴいですよ、コレ。あのテーブルなんて60万龍門幣はします。壊したらとんでもない賠償来ちゃいますね」
術師オペレーターはやはり落ち着いているが、作戦に集中している様子ではない。ヴィジョンはただ仕事をするだけで、中身に興味はない。特に覗きもせず二人を交互に見つめる。
「今回はワタシも初めてだが、少なくとも仕事という自覚はあるぞ。二人は給料出なくていいのか」
「ご、ごめんなさい! どうしても、いざこうして見ると緊張しちゃってっ!」
医療オペレーターが慌てて頭を下げる。あまりの勢いに肩から下げたメディカルキットが衝撃でずり落ちる程だ。
「ワタシも最初の任務は緊張したよ。大丈夫だ、何もなければ周りに気をつけるだけで終わる」
術師オペレーターは既にレンジャーの元へ向かっていた。『行くぞ』と医療オペレーターに声を掛け、ヴィジョンも集結地点へと向かった。
目的地までの推定到着時間は一時間。トラックを追うには難しいが、何しろロドスのオペレーターだ。一台の乗用車をヴィジョンが運転し、助手席には医療オペレーターが乗る。
遠距離の目にはドクターの操るドローンが主となるが、任務内容はどちらかと言えば急襲に対応する作戦。先回りして立っている訳にはいかない。
後席にドクターと術師オペレーターを乗せる。レンジャーは屋上を飛び回って索敵すると言って駆け足でビルを昇っていった。
トラックが走り出すのを見て、ヴィジョンも車を出す。何も無ければ、彼女が医療オペレーターに伝えた通り『少し気の張るドライブ』くらいだろう。
実際、最初の十分ほどは何もなかった。前を行くトラックにも異常は無い。トラック運転手からの応答も早かった。
「本当に何も無さそうですね」
術師オペレーターも落ち着き始めた頃。ドクターとヴィジョンはトラックの異変に気付いた。
交差点を右折。その先からは背の高い建物は少なくなる。レンジャーの追尾がしづらくなれば、頼れるのはドクターの操るドローンのみになる。それからもう一つ。
トラックは規定のルートを早速外れたのだ。術師オペレーターが連絡を入れると、ドライバーからの返答は変わらずあった。
『すみません。この先に渋滞があるそうで──』
ルート変更は渋滞回避のため。トラック運転手はそう釈明したが、やはり少し違和感を感じる。ステアリングを握るヴィジョンが目の前を走るトラックのテールランプを睨んだ。
「ドクター。護送任務は毎回、今回のような形式を取るのか?」
「いや、時々による。今回は少し様子がおかしいが」
「考え過ぎですよ! きっとこの先で元のルートに──」
術師オペレーターは車内に漂い始めた重たい空気を振り払う為にか、運転席のヴィジョンへ笑いかける。
その刹那だった。ヴィジョンの目に真っ赤なブレーキランプが迫り、トラックとの距離がぐんと縮まる。ヴィジョンも咄嗟の判断でブレーキペダルを床まで踏み込み車を急停止させた。
護衛対象であるトラックとはいえ、今のはどういうつもりか。まさか、異状でもあったというのか。
混乱の前の静けさとも言うべき『間』に、レンジャーからの通信が入る。深刻そうな彼の語調は、まさにこれから起きる混乱を報せるようで。
『皆、聞いてくれ。トラックのルートは既に規定のルートではない。今回の敵は──』
レンジャーの通信の最中、トラックのリバースランプが点灯する。トラックはヴィジョン達の車目掛けて後進し、あろうことかそのまま激突した。
『──トラックの運転手その人じゃ』
激しい衝撃を受けたが、ヴィジョンも激突の瞬間に後進させていた為にある程度衝撃は逃せた。それでも激しく頭部をゆすられたが。
トラックはそのまま車を置き去りに走り去る。そのテールライトを車内から眺めながら、ヴィジョンはドクターへ問い掛けた。
「どうするんだ? 追うのか」
追うのか、追わないのか。指揮官の指示を待つ間もヴィジョンはエンジンを吹かし続ける。
「レンジャー、追跡の対象をトラック基準から、この車を基準に。ヴィジョン、全力で追尾しろ。レンジャーが狙撃出来る場所に追い込む」
「出来るか?」
ドクターからの指示に疑問を投げ掛けるヴィジョンだったが、このままではトラックが視界から外れてしまう。
なけなしの知識を振り絞って、エンジンの回転数を一定に保つ。
「術師、車内からアーツでトラックの進行方向を狙えるか? 位置は都度、私が指示する」
「やってみます……!」
医療オペレーターが事故のショックによる皆の痛みを和らげる間、作戦は粗方決まった。とにかくヴィジョンに出来るのは車を出すことだけだ。
ギアを入れ、タイヤを滑らせながら逃げたトラックを追う。龍門の住宅街では逃げ場は多くない。すぐに追い付けはしたが、接近しようとすればトラックは急ブレーキで妨害してくる。既にボディ前方がひしゃげたヴィジョンたちの車がこれ以上の損害を受ければ、追跡が不可能になるのは間違いない。
急ブレーキに合わせ、ヴィジョンはトラックから分かれるように左折し路地を通り抜ける。
「レンジャー、変わらずこちらを追尾しろ。トラックは私のドローンで追う」
『了解した。しかし、早く止めねば終わらぬぞ』
依頼である以上、護送対象である荷物を失うなど論外。なんとしてもトラックを止める必要があるが、今は住宅街を挟んで追跡している状態だ。レンジャーの狙撃が出来る屋上も無く、ひっきりなしに遠くから聴こえるクラクションがトラックの暴走を伝えるようだ。
「掴まれッ!」
恐らく遊歩道だろうか。市民の行き交う歩道に乗り上げ、クラクションを叩きながら唯一の近道を突き進むヴィジョンたち。車からはシュウシュウと音を立てて煙が上がっている。
『この先の地点で待機する。ヴィジョン、上手くやってくれ』
術師のアーツ、レンジャーの狙撃。それで止まれば万々歳だ。徐々に車もアクセルペダルの反応が悪くなってきていた。
トラックは目の前。二台横並びで住宅街を走れば、周囲からは悲鳴が上がる。
「レンジャー、相手のトラックの速度を落とせるか!?」
『任せろ。お主はどうする?』
「止めるにはこっちも腹を括るしかない。全員シートベルトを確認して掴まれッ!」
エンジンはとうとうガラガラと異音を発し始める。それでもとヴィジョンはアクセルペダルを踏み込み、瞬間的にトラックより車体半分前に出た。
トラックは急ブレーキにより一気に後ろへ流れていく。そのフロントガラスに、一本の矢が正確に運転席へ突き刺さっているのがヴィジョンたちには見えた。
トラックを抜き去る瞬間、パーキングブレーキを掛けて車をスピンさせたヴィジョンはトラックと正対する際にパッシングを行う。ライトの点滅をトラック運転手に見せつけ、タイヤのスキール音と共に彼女はアーツを使用した。
強い光と音を利用し強い幻覚状態に陥らせる彼女のアーツは、運転手の目を潰すにはあまりにも充分すぎる。今回は周囲も明るく、激しい騒音の中ではあったが専門の訓練を受けているかもわからない窃盗犯が相手なら問題はない。
コントロールを失ったトラックは電柱に激突すると、それきり動くことはなかった。
「これは、任務失敗なのか?」
運転席のシートにもたれたヴィジョン。恐らく荷台の家具も無事ではないだろう。全力で止めはしたが、任務自体は失敗か。
事件もあまりに大きくなりすぎた。すぐに龍門近衛局が駆け付けてくる。龍門に来てから、既にヴィジョンは三回はその世話になっている。
「初任務でこんなことになるなんて……」
医療オペレーターもまさかこんな大事になるとは思っていなかったようだ。耳も心なしか垂れている。
近衛局に連行される窃盗犯。どうやら今回の依頼主に個人的な恨みがあったようで、現場に駆け付けた依頼主に対してありったけの罵詈雑言を残しつつ去っていった。
勿論、依頼に関してもただでは済まないと思っていたヴィジョンだったが、依頼主がトラックの荷台に入り込むとどういうわけか安心しきった表情で出てくる。
「いやはや、確かに家具はめちゃくちゃです。でも物は幾らでも買えばいい。個人的には、これだけ無茶をしても荷物を守ろうとしてくれたことに感謝したいくらいですよ」
想定外に寛大な発言。思わずヴィジョンたちは顔を見合わせる。
「引き続き、護送をお願いしても? ここから新居に持っていかないと」
トラックは大破したが、まだ荷物は残っている。依頼主曰く、新居は事故現場からそう遠くないようで護送を引き続き頼みたいということだった。
ここからがようやく『普通』の護送任務になりそうだ。
□
ロドス本艦、午後4時20分。
結局依頼を終えて戻って来る頃には夕方になっていたが、依頼主も寛大で正式に依頼完了となった。
夕暮れのブリッジで涼むヴィジョンの傍らへ、見慣れた白い影が並んだ。黒い髪を靡かせ、ヴィジョンと二人テラの風を浴びる。
「ずいぶん派手にやったって?」
エリートオペレーター、ブレイズ。彼女は早速今回の依頼の噂を聞きつけたらしい。
戦場を派手に彩る分にはブレイズも得意だ。によによと少し意地の悪い笑みを浮かべて、ヴィジョンの顔を覗き込む。
「言うな。まさか運転手が化けてるとは思わないだろ」
「まぁそりゃあね。業者自体は向こうが用意したみたいだし、そこがクロだったらどうしようもない」
手すりに背中を預けると、ブレイズは茜色の空を見上げる。
「私、暫く外勤に出てたでしょ。実はさ、そこでどういう訳か君の名前を聞いたんだよね」
「ワタシの……?」
「君、恨み買ってるね。結構根深いかも」
「……まぁ、そうかもな」
恨み。恨みと言われれば、確かにあるかもしれない。傭兵をやってきたのだから、それくらいはある。
正直なところ、恨みと言われても思い当たる節がありすぎるのだ。傭兵をやってた頃か、それともレユニオンに合流した頃か。どちらにせよ両手では数え切れない。
魂の抜け切るような、重たいため息がヴィジョンから吐き出される。
次は何が待っているやら。ロドスに来てまだ数日だが、もう数ヶ月分には感じるくらいには濃密な日々だ。
ブレイズと別れると、ヴィジョンは真っ先に自室へ向かった。勿論、眠る為に。
もっとレンジャーおじいちゃん活躍させたかった……
次の出番をお待ち下さい。