忠犬にして、猟犬にして、狂犬にして、駄犬なTS獣耳娘   作:きし川

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浪川静流

 浪川(なみかわ)静流(しずる)は平凡な男子高校生だった(・・・)

 スポーツも学力も並み程度、背丈も並で、顔も特段良いともいえず、かと言って悪くもない。これまでの経歴も至って平坦で問題を起こさず、なにかに貢献したこともない。自分から行動を起こしたこともない、名前の通り『静かに流されている』だけ人間。とにかくオンリーワンと呼べるようなものがない男子生徒だった。

 

 ところが、高校1年の梅雨の頃、彼はこれまでの人生で初めて自発的に行動を起こした。

 雨の降る通学路。特に意味もなく、いつもより早く家を出た静流は、ある女子生徒の後ろを歩いていた時、静流は何故かその女子生徒から目を離せないでいた。自分でもなぜそこまで惹きつけられたのか分からず、気づけば歩く速度を早めて、女子生徒の肩を掴んで振り向かせていた。胸元のリボンは緑色。学年ごとにネクタイとリボンの色が異なるよう()いる静流の通う高校において、それは女子生徒が静流の一つ上の学年であることを示していた。

 驚いた表情を向ける女子生徒の顔を見て、静流は初めて自分がこの女子生徒に感じたものを知った。

 

「好きです。付き合ってください」

 

 名も知らぬ相手への告白。

 感情的な性格ではない静流が、ほとんど考える間もなく、その言葉を口にしていた。

 完全な一目惚れである。

 言ってから顔どころか体全体が熱くなるのを感じ、梅雨の湿気も相まって、制服の中はひどく汗ばんだ。

 

「いいよ」

 

 女子生徒は当然ながら静流の名前なんて知らないはずだったが、告白はなんと受け入れられた。

 浪川静流の灰色どころか、ほぼ無色の学生生活に一つ彩りが加えられた瞬間であった。

 

 その日から、浪川静流と凍空(いてそら)冬子(ふゆこ)は一緒に登下校を共にするようになった。デートは未だにしていないが、静流に不満はない。登下校とという限られた時間の中で、冬子と会い、話すだけで幸せだった。

 

 そんな幸せの真っ只中にいた男子高校生、浪川静流は――突然、姿を消した。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 とある高等学校の放課後の時間帯。

 二棟ある校舎の片方、本校舎と呼ばれている建物の3階端の小さな教室。

 そこは、長らく使われておらず、場所の関係で教員を含め一人(・・)を除けば、誰も近づかない空き教室である。

 現在、この教室は一人の生徒により完全に私室化されていた。お湯を沸かす電気ポット、愛飲する紅茶の葉やお菓子の類。さらには、どうやって持ち込んだのかベッドまで置かれている。

 

 どうしてただの1生徒がこんなにも好き勝手をやって、誰にも咎められないのか。

 それは、その生徒がただの人間ではなく、“魔女”と呼ばれる特殊な存在だからだ。魔女の扱う魔法にかかれば人払いや家具の持ち込みなど、容易くできてしまうのだ。

 

 そうして魔法によってセーフハウスに仕立て上げた教室で優雅に紅茶を飲む女子生徒。

 公共の施設である学校の一室の不法占拠者である魔女、凍空冬子は音を立てずにソーサーにカップを置いて、口を開いた。

 

「これは、とある友人からの情報なんだけれどね――夏休みの期間中に“魔女狩(まじょが)り”達は本格的に動くそうよ」

 

 誰かに言うように語る冬子。その周りには誰もいない。

 

「大丈夫ですよ、僕が守りますから」

 

 冬子しかいないはずの教室に少女の声が響く。

 ゆらりと、あるいは、ぬるりと、冬子の背後に少女が現れる。

 恋人(・・)のティータイムを邪魔しないように気配どころか存在を消していた――肩と腋を露出した和服を着た、獣耳と尻尾の生えた少女。

 余裕とでも言いたげな微笑みを浮かべて、冬子の斜め後ろに直立している。

 そんな様子の眷属(・・)を冬子は窘めるように言った

 

「甘く見てはダメよ静流君(・・・)。今回やって来る魔女狩りは、今日まで貴方が相手してきたアマチュア達とは違うわよ」

 

 眷属の少女の正体は、現在行方不明となっている男子生徒、浪川静流である。ある事情から魔女である冬子の眷属となり、少女の姿になっているのだ。

 なぜ少女の姿なのか。

 それは冬子が貞操の危機を感じ取ったからだ。

 別に厭らしい視線を向けられてはいなかった。けれど、ひどく情熱的な視線を向けてくるので、落ち着かないのだ。

 

「ええ、わかっていますよ。あれだけ殺したんです(・・・・・・・・・・)。それ相応の戦力が投入されるでしょう、なんならかの対策を講じることでしょう――僕はそれらを真正面から叩き潰し、貴女への『愛』の強さを証明します」

「……そう」

 

 背中に感じる圧力に冬子は苦笑いを浮かべる――否、浮かべることしか出来なかった。

 なにを言ってもダメなのだ、この眷属は。

 眷属化の初日で魔女狩り達を追い払え、と命令したのに、切り落とした魔女狩りの首を持ち帰って目の前に並べる始末なのだから。

 どうにも手綱を握れているようで、実は握れていないような気がしてならない。

 

 チリンチリン――

 

 鈴の音が空き教室に小さく鳴り響く。

 2人にしか聞こえない鳴子の魔術の音。それは冬子に害を為そうとする者達が警戒区域に侵入してきたという警報だ。

 

「――ああ、噂をすればですね。殺してきます」

「追い払うだけでいいのよ」

 

 また、やり過ぎて警戒度を上げられても困る。

 そんな思いを込めて冬子を言った。

 静流は頷いて返答する。

 

「はい、二度と来れなくなるように追い払います」

 

 やっぱりわかってないな、と冬子は思った。

 

「心配しないでください。素人(・・)が敷いた魔術に引っかかるような――手負いの獲物にしか噛みつけないようなアマチュア達です。失敗はしません」

 

 別に心配してないけど。

 心中でそう言いながら、ゆらゆらと束ねた黒髪と尻尾を揺らして教室を出ていく静流の背を見送り、冬子は脱力するよう背もたれに身体を預けた。

 天井を見上げながら、ため息を吐く。 

 

「なんでこんな事になっちゃったんだろう……」

 

 冬子は自分の計画が狂ったあの日、雨の降る通学路でのことを思い出していた。

 当時、冬子は魔女狩りとの戦闘で傷を負い、日常生活は問題なく送れるが満足に戦うことが出来ない状態だった。もしもその状態で魔女狩りに会えば簡単に殺されてしまう、と危惧していた

 そこで冬子は眷属を作り、自分の身を守らせることを思いついた。

 

 やり方は簡単だ。適当な人間を誘惑し、服従させ、戦えるだけの力を与えてやればいい。

 その日のうちに、学校へ登校する段階から冬子は眷属作りを実行。

 そして、浪川静流という男子生徒を手中に収め、一週間も経たずに眷属とした。

 ここから冬子の計画は狂った。

 あのとき出会うまで名前どころか存在すら知らなかった男子生徒が、思いもよらないポテンシャルを秘めていたからだ。

 

 ついこの間まで一般人だったのにもかかわらず、襲いかかる魔女狩りを皆殺しにし、教えた訳でもないのに魔術を独学で習得していた。先の鳴子の魔術も静流が勝手に仕掛けたものだ。

 

「ここまで有能な眷属はなかなか見ない」と、冬子の友人である魔女は言う。

 確かにその通りで、その評価には冬子は納得している。だが、手放しには喜べない。

 性格に難がありすぎるのだ。

 

「主思いでいいじゃない」と、別の友人の魔女は茶化して言うが、冗談ではない。あの眷属は『主思い』なんて言葉で収まるものではないのだ。

 誘惑の魔法と眷属化の魔法で主に対する忠誠心を上げているにしても、あまりにも冬子に対する感情が強すぎる。

 

「今まで何に対しても心動かされることのなかった僕が、初めて感情的になったんです。貴女が好きでたまらない、貴女が愛おしくて仕方がない。ああ、これが初恋の魔性なんでしょうね」と、以前その異常なほど高い好感度に対して問いただした時、静流は語った。

 

 やはり人選ミスだったのでは。

 冬子はそう思えてならない。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 次の日、学校に登校した冬子は、自分の根城たる空き教室に入った。

 

「うわ……」

 

 入った瞬間、冬子は顔をしかめた。

 教室の床にきれいに敷かれた新聞紙の上に15人分の首が整列されていた。

 

「おはようございます」

 

 生首の列を挟んだ向こう側で床に正座し、にこやかに微笑みながら恋人を迎える静流がいる。冬子には、その様がまるで狩りに成功した犬が成果を主に見せているように見えた(獣耳と尻尾があるせいでより一層そう見えた)。

 

「おはよう。やっぱり私の話、聞いてないじゃない」

「いいえ、そんな事ありません。僕が貴女の話を聞き逃すわけないじゃないですか」 

「じゃあ」

 

 と、冬子は眼前に並べられた生首の列を指さした。

 

「この首はなに? 私は追い払え、と言ったんだけど?」

「はい。確かに貴女の言葉通り『撃退』を目標として交戦を開始し、相手の戦意を削ぐため、手始めに5人の首をはねました。ですが、あちら側の意思は堅く、さらに一つ、さらに二つ、と首を転がしても退いてくれなかったんです。結果、このようなことになってしまいました――申し訳ありません」

 

 と、にこやかに微笑みながら(・・・・・・・・・・・)静流は事後報告を終えた。

 申し訳ありません、と言いながらまるっきり悪びれる気のない態度に冬子はため息を吐く。

 教室の扉を閉め、奥のベッドに冬子は腰掛ける。その正面に静流は正座した。

 

「あのね、ただでさえ名指しで襲撃されるような身分にまでなってるのに、さらに注目度を上げるようなことするのはやめなさい。もっと強力な魔女狩りが差し向けられてしまったらどうするの」

「それはそれで良いではないですか? 下っ端の首で止められないというのなら、将の首を掲げれば襲いかかる者の数も減るでしょうし」

「そんなことをすれば、魔女狩り総出で私達を討伐しに来るわよ」

 

 静流君も私も死んでしまうわ、と付け足すように言って冬子は肩を落とす。

 

「それも良いですね。恋仲の人と一緒に黄泉に行く、ロマンチックで素晴らしいと思います――まぁ、僕が五体満足のうちは、万が一にもありえませんが」

 

 冬子よりも豊満な(冬子の胸と比較した場合、大抵の胸は豊満になるが)胸を張って、微笑む静流。

 それを見て、冬子はもはやため息すら出なくなった。

 

「……ところで」

 

 少し沈黙を挟んで、

 耐えかねたように静流が口を開く。

 

「褒めてくれないんですか?」

 

 と、うずうずと身じろぎながら上目遣いで冬子を見た。

 

「………………」

 

 冬子は表情には出さずにげんなりとした。

 今の静流は承認欲求が強い。

 冬子に出会う前、『主役』でも『脇役』でもない『背景』のような人間だった頃の静流にはそんなものは一切なかった。だが、冬子と運命の出会いをし、冬子に自分の価値を見出した静流は、褒められるか否かで自分の生き死にを判断するようになっている。もしも、冬子に褒められなかった場合、拗ねて、周囲に八つ当たりした挙げ句、最終的に静流は自殺するだろう。

 尚、強い承認欲求の裏にそんな事情があることなど冬子は知らない。だが、魔女としての勘が褒めてやるべきだと、告げている。

 

「……ええ、そうね、よくやったわね静流君」

「はい、ありがとうございます」

 

 静流は満面の笑みを浮かべ、尻尾を振った。

 

「ただ、放課後までにはそれを片付けておいてね。誰にもばれないようによ」

 

 ソレとは、当然首のことである。

 

「はい、もちろん。戦果報告が済んだ以上、こんなものはただのゴミですから」

 

 そう言って、静流はどこから取り出した麻袋に並べた首を投げ入れ始めた。本当にゴミを扱うかのような雑な扱いに冬子は少し思うところがあったが、自分の命を狙ってきた者の扱いなどどうでもいいと、切り捨てた。

 

「……そろそろ時間ね。私は教室に戻るけど、くれぐれも騒ぎを起こさないようにね」

「はい。騒ぎになる前に殺します」

 

 だから、そういう目立つようなことはやめてよね。

 冬子は心中でそう思った。

 

 

 

 

 夏休み開始まであと7日。

 




ニュートラルに生きてきた奴のギアいじっちゃって、ロー入っちゃって、もうウィリーさ(制御不能)というお話
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