忠犬にして、猟犬にして、狂犬にして、駄犬なTS獣耳娘   作:きし川

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魔女狩り

 市内の歓楽街の一角に建つ雑居ビル。

 その地下一階で営まれているバーは、“魔女狩り”達の拠点の一つである。

 客はもちろん、店員も全員“魔女狩り”で、情報交換、武器の調達の場だ。

 

「いよいよ中央のエリート共が“例の魔女”の討伐に本腰入れるらしいぜ」

 

 店の奥にあるカウンターで眉間に皺を寄せた中年の男、高橋がバーの店主にそう言った。

 

「だろうな。あの魔女は殺しすぎたからな、むしろ遅いくらいだ」

 

 グラスを拭きながら応える店主。

 男は酒を呷って、グラスを音を立てて置いた。

 

「俺は今日、その魔女を殺しに行くつもりだ」

 

 店主は手を止めて、男を見た。

 

「本気か? いくらアンタでも今回ばかりは……」

「やってやるさ。俺には金が必要だからな」

 

 高橋は懐からヒビの入ったスマホを取り出して画面を見せた。

 画面には『魔女討伐懸賞金の更新のお知らせ』と太字で書かれ、その下に『犠牲者の急増を鑑みて、以下の魔女の懸賞金を増額します』『冷気の魔女 1000万円』と記載されている。

 

「もう知ってるかもしれないが、あの魔女の首にかかった懸賞金が増額されていた――俺はこの金が欲しい」

「……わかってるのか? 相手は自分の首の価値を1万ポッキリから1ヶ月足らずでそこまで懸賞金を跳ね上げたようなやつだぞ。明らかに異常だ」

 

 まっすぐ目を向けて、店主は諭す。

 高橋は睨み返して、言った。

 

「俺には時間がない。このタイミングを逃したら、もう俺が助かる手はない」

 

 高橋は病を患っている。

 放っておけば命に関わり、今の段階ならば治療が可能な病。

 ただし治療には高額な費用が必要で、その日暮らしの高橋には払えない。

 だからこそ、なんとしてでもこの魔女の懸賞金を手に入れなければならないのだ。

 

「……そうか。そこまで言うなら、もうなにも言わない。俺はここで健闘を祈らせてもらうよ」

「ああ、そうしてくれ。……いつもの酒、キープしておいてくれよ」

「キープも何もアンタぐらいしか飲まんよ」

 

 お互いに笑みをこぼし、高橋は店主に「もう一杯くれ」と注文し、店主は酒を注いで、またグラスを拭き始めた。

 高橋の好みの酒はこの店で一番高い酒だ。値段相応に美味いが、高すぎるため稼ぎの少ない常連の魔女狩り達は飲まない。

 おまけに店主のケチな所が出て、普通の酒の半分の量しか飲めないのだから余計にだ。

 

 

 カランカラン。

 バーの出入り口のベルが鳴った。

 扉を潜って、入ってきたのは10人ほどの若者達だ。

 髪を染め、ピアスを付け、何人かは入れ墨まで入れている。そして、それぞれの手には、大きなバックを持っていた。

 “やんちゃ”な風貌の若者達は、まっすぐカウンターまで近づき「アンタがここのマスターか?」と、短髪のブロンドヘア頭の男が声をかけた。

 

「そうだよ。ご注文は?」

「冷気の魔女ってやつの居場所」

 

 店主の手が止まる。

 

「……アンタらも、あの魔女の討伐に来たのか」

「そうそう! この辺にいるって聞いてきたんだけど、その感じだと合ってるぽい?」

「ああ、確かにこの地域にいるが……」

 

 店主はちらりと高橋の方を見た。今しがた件の魔女の討伐に名乗りを上げたばかりで他の魔女狩りとバッティングしてもよいのか確認したかったからだ。

 高橋は酒を静かに飲んでいた。

 なにも言ってこないということは、教えても構わないということだ。

 

「……分かった。詳しい場所を書いたモノを渡すよ――それと、ここはバーだ。なにか飲んでいけ」

 

 タダで情報を貰えると思うなよ、と店主を付け加える。

 

「んじゃ、俺はビールね、おまえらは?」

 

 ブロンドヘアの男の仲間たちが次々と酒を注文する。店主は棚から酒を取り出してグラスに注いでいく。

 その間にずっと黙っていた高橋がブロンドヘアの男に話しかけた。

 

「おい、若いの。お前ほんとにあの魔女を殺すのか?」

「あ? なにおっさん、文句でもあんの?」

 

 不機嫌そうに眉をひそめ、ブロンドヘアの男が睨む。

 

「いや、文句はねぇよ。ただ勝算はあるのかって、気になってな」

「もっちろん! あるに決まってんじゃん!」

 

 ブロンドヘアの男は、足元に置いていたバックをカウンターの上に乗せ、ファスナーを開く。

 

「見てよ、コレ」

 

 と、バックから取り出したものを高橋に見せた。

 ロシア製のアサルトライフル。

 一瞬、精巧に作られたモデルガンかと、高橋は思った。だがすぐに、本物であると、確信した。

 

「お前、そんなモンどこで手に入れたんだ? 本部に登録された魔女狩りでもない限り、この国に持ち込めないだろ」

「まぁ普通はそうらしいね。でも、俺、友達(ダチ)が中央登録の魔女狩りやっててさ。その伝手で武器融通してもらえたんだよね」

 

 いやー、持つべきものは友だわ、とブロンドヘアの男は笑った。

 アサルトライフルをバックにしまったとき、ちょうど注文した酒が配られた。

 ブロンドヘアの男は受け取ったビールを呷る。

 

「ところでさ、もしかしておっさんもその魔女狙ってんの?」

 

 ブロンドヘアの男が高橋に話しかける。

 酒に弱いのか、もう顔が赤い。

 

「なんでそう思う?」

「いや、なんとなくね。すげー目がギラついてたからさ、やる気なんだろうなって思ってね」

「……そんなに顔に出てたか?」

「まぁね――あっ、そうだ。もしよかったらおっさんも一緒に来る?」

 

 ブロンドヘアの男の提案に、少なからず驚いて高橋は顔を向けた。

 

「何だって急に……」

「見た感じおっさんって、慣れてそうだからさ。一緒に来てもらったほうが良いかなって――ほら、俺ら強い武器使えるだけのトーシロだし」

「…………」

 

 高橋は内心、目の前の若い男に感心していた。

 てっきり“イキった勘違い野郎”だと思っていたが、意外にも観察眼や自分の力量を分かっている。

 

「いいぞ。こんなおっさんで良ければな」

「マジ!? サンキューなおっさん!」

 

 調子の良いやつだな、と高橋は笑みを溢した。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 バーを後にした高橋達は、ターゲットである冷気の魔女の元へ向かっていた。

 そこは閑静な住宅街の一角で、市街地方面から見ると、奥地に位置する。企業の社長や代々この地域に住んでいる資産家などの邸宅が立ち並ぶ高級住宅街と呼ばれる場所。

 そんな場所をアサルトライフルを携えた集団が闊歩している。

 見つかりでもすれば大騒ぎだが、時刻は深夜。ほとんどの住居の電気は消えていた。

 

「こんなところに住んでるんだ、冷気の魔女って」

 

 見たこともない豪邸の数々に目を向けながら、ブロンドヘアの男、柏原はつぶやく。

 その隣を歩く高橋が口を開いた。

 

「冷気の魔女に限らず、魔女ってのはそこかしこにいる。もっとも、強い魔女ほど表に出てこないがな」

「へーなんで?」

「詳しくは分かってねーが、どうやら魔女達には隠れ家のような物があるらしい。実力のある魔女はそこに潜んで、俺達の目から逃れている、と推測されてる」

「そうなんだ。あれ? じゃあなんで冷気の魔女は潜んでないの?」

「知らねぇよ。向こうにもなんか事情があるのか――そうでもなきゃ、俺達を挑発しているのか」

「だとしたら、懲らしめてやらないとね」

 

 口角を上げて、笑う柏原。

 それを見て、高橋は口を開く。

 

「何度も言うが油断するなよ」

「分かってるって、これでも警戒して――」

 

 次の瞬間、高橋の背筋に冷たいものが奔った。

 

「っ……さがれ!」

 

 高橋は柏原の襟首を掴んで後ろへ飛び退いた。

 何事かと、二人の前を歩いていた柏原の仲間達が振り返る。

 刹那、ころりと、彼らの――9人全員の――頭が地面に落ちた。

 

「は、は……?」

「…………」

 

 目の前で起こったことに柏原は理解が追いつかず瞠目し、高橋は険しい表情をして、前方を睨みつける。

 

「出てこい。いるんだろ?」

 

 だれもいない暗闇に高橋は言った。

 直後、じわり、と空間に浮かび上がるように人が現れる。

 

「こんばんは、魔女狩りの方々。ここから先は立入禁止です。それでも踏み入れるというのなら、こちらも武力を行使し、あなた方を排除します」

 

 肩と腋を露出し、スカート状に改造した着物を着た――獣耳と尻尾のある少女。

 微笑みながら、しかし感情を感じさせない冷淡な口調で警告を言い放つ。

 高橋はそんな少女に薄ら寒さを感じつつ、少女が人ではないモノだと看破した。

 そして、己の経験(・・・・)を頼りに少女の正体を口にする。

 

「おい、お前“魔女の眷属”だろ。警告なら、手ぇ出す前に言うもんだぜ」

 

 魔女というにはいささか魔力が頼りなく、かと言って人間と呼ぶには余計なものが生えている。

 消去法と経験則からの発言。

 それに対して少女は――

 

「はい、存じています。ですが、あなた方はいつもこちらの話を聞いてくださらないので、こうしてまずは戦意(・・)を削ぎ、聞く姿勢になってもらうようにしているのです――まぁ、それでも聞いてくださらない方々ばかりで先日も全員殺すことになってしまいました。ですので、今回は反省を活かして戦意削ぎに9人殺してみたのですが、警告を聞き入れてくれますか?」

 

 否定しなかった。

 高橋の予想は的中していた。

 だからといって目の前の獣耳和装少女――冷気の魔女の眷属、浪川静流に不都合はなく絶えず微笑む。

 

「……そうか、そういうことか」

 

 先程の殺しの手際を思い出して、高橋は得心がいったような表情をした。

 

「お前だな? 最近、冷気の魔女の討伐にいった仲間を殺してやがったのは」

「な……! 冷気の魔女がやってたんじゃなかったのかよ!?」

 

 高橋の言葉にようやく落ち着いた柏原が声を上げた。

 

「はい、そのとおりですよ。僕が彼女のためにあなた方のお仲間を殺しました」

 

 包み隠さず静流は開示する。

 知られたところで特段困ることはないからだ――と、このときは思っていた。

 

「そうかい……」

 

 高橋はただ一言そう返して、眷属の少女から目を離さないまま、懐に手を入れた。

 

「じゃあ死んどけ」

 

 懐から一瞬で引き抜かれる手。

 その手には大型のリボルバー拳銃が握られていた。

 流れるような動作で静流の眉間に照準を合わせ、引き金を引く。

 けたたましい銃声、50口径の銃口からマズルフラッシュが吹き、弾頭が飛ぶ。

 静流は右足を引いて、半身になり弾を躱した。

 訝しむように高橋を見る。

 

「……どうやら貴方は今までの方々とは毛色が違うようですね。先ほども、僕の“隠れ身の魔術”に気づいたのは貴方だけのようでしたし、今までのアマチュア達とは力量に差があるように思えますが――どこかで訓練でもしてましたか?」

 

 高橋は口角を上げて、言った。

 

「こんな草臥れたおっさんだがよ……これでも一時期、中央登録の魔女狩りだったんだぜ。そこいらのド素人と一緒にすんな」

 

 魔女狩りには、大きく分けて2つのグループが存在する。

 魔女狩りの総本山。“教会”と呼ばれる組織に正式に認められ、公式の魔女狩りとして登録された中央登録の魔女狩りと教会に認められておらず、非公式の魔女狩りとして扱われている未登録の魔女狩り。

 前者は魔女狩り界のエリートとされ、後者は数合わせの有象無象として扱われており、その力量は雲泥の差がある

 

「中央登録……なるほど、だからそんなに強そう(・・・)なんですね。でも、どうして今はそこいらのド素人(・・・・・・・・)と同じ立場に?」

「……昔、仕事でミスって魔女を殺しそこねたのさ。そのせいで俺は登録解除されて、こうなった――だが、俺はまだ終わっちゃいねぇ。魔女を殺して、金を手に入れて、病気を治して、俺はもう一度中央に戻る! だから、お前みたいな眷属風情にかまってる暇はねぇんだ。とっとと死ね!」

 

 リボルバーが火を吹く。

 今度は1発ではなく、4発。

 1発目は眉間、続く2発は左右への回避を予想しての発砲。

 最後の1発は左右に放ったいずれかの弾頭が当たったときのトドメのもの。

 静流は(高橋から見て)左へ動いた。

 それを見て、高橋は左へ最後の弾を撃ちこむ。

 2発の銃弾が静流に向かう。

 決まった。

 高橋はそう確信した。

 

「なに……!?」

 

 だが、高橋の予想は裏切られた。

 回避行動をとる静流の動きが、途中で加速したのだ。

 

 魔術による瞬間加速? いや、魔力を感じられなかった――だから、これはこいつの身体能力!

 

 つまり、目の前の眷属は最初の1発を本気で回避していなかったということ。

 1秒にも満たない時間の中でそう分析した高橋は、舌打ちをする間もなく、シリンダーから薬莢を排出した。

 高橋のリボルバー拳銃は装弾数が5発しかない。そのため、一発ずつの当たった外れたの結果が極めて重要視される。

 もし、外せば敵の前で弾を込めるという致命的な隙を晒すことになるからだ。

 

 当然、静流がその隙を逃さないわけはない。

 前屈みで突進するように高橋へ駆け出す。速度は十分、高橋の装弾完了前には懐へ踏み込める勢いだ。

 誰にも邪魔されなければ。

 

「う、うおぉぉぉおお!!」

 

 蚊帳の外にあった柏原が叫びとともにアサルトライフルの引き金を引いた。『狙いをつける』ような精密射撃ではなく、『数撃ちゃ当たる』を体現したような乱射撃。

 腰のあたりで構えて、暴れる銃身に翻弄される様は素人のそれだ。

 だが、その素人の攻撃を前に静流は後退した。

 不規則乱れる弾道、リボルバーなんかよりも数倍は多い弾数、それらが合わさり、静流の目には弾丸でできた壁が迫ってくるように見えたのだ。

 

「あ……!」

 

 カチカチ、引き金が鳴る。

 弾切れ。慌ててポケットから予備のマガジンを取り出して銃身に差し込もうとすると、手からマガジンがこぼれ落ちた。

 柏原の手はひどく震えていた。暴れる銃身を制御しようとした反動なのか、初めて直面する人の死と目の前の少女への恐怖か、どっちが原因かはわからない。

 ただ、もう戦えそうにないのは明白だった。

 

「おい、若いの。お前は帰れ」

 

 装填を完了させた高橋が柏原に言った。

 

「な、何いってんだよ、おっさん!」

「お前はまだ若い。まだ真っ当な道に戻れる、魔女狩りなんて辞めて普通の生活を送れ」

 

 それだけ言って、高橋は目の前の眷属へ意識を集中する。

 直立し、腕をだらりと下げた――リラックスした状態。とても戦いの最中であるとは思えないような佇まい。

 突き入れるような隙はなく、おそらく弾の速度にも慣れた頃(・・・・・・・・・・)だろうと、高橋は考えた。

 ならば、と――高橋は静流へ向けて駆け出した。

 

「おっさん!?」

 

 柏原がその行動に驚く。

 銃を持っているのに、なぜ近づくのか分からなかったからだ。

 

「死にやがれ!」

 

 静流の2歩手前で高橋は引き金を引いた。

 躱されるというのなら躱しきれない至近距離で(かつ、相手の手の届かない間合いで)撃てばいい。

 極めて単純な作戦で失敗の可能性なんて一抹も考えられない。

 今度こそ決まると、高橋は思った。

 次の瞬間、勝利を確信した笑みは驚愕のソレに変わる。

 

「なに……!?」

 

 至近距離で放たれた弾頭へ静流は手刀を振り下ろし、叩き落とした。

 高橋の作戦は、静流が回避する前提(・・・・・・)の作戦。

 すでに避けるという手段を必要としなくなった(・・・・・・・・・)静流には意味がなかった。

 

「ありがとうございました」

 

 2度目の驚愕に身を固める高橋へ、静流は終了の言葉を放つ。無論、まだ決着はついていないが、静流にとしては、もう終わったようなものだ。

 一歩、踏み込み銃を持つ手の手首を手刀で払う。

 ポロリ、と手が銃を握ったまま落ちる。

 さらに一歩踏み込み――

 

「あなたのお陰で、中央登録の魔女狩りの戦闘力が把握できました。最低(・・)でもあなた程度の実力者がいるのですね――まぁ、素人(・・)の僕でも殺せる程度であれば、近々投入される魔女狩り達とも渡り合えそうです。改めてありがとうございました。本番前のいい予行練習になりましたよ」

 

 2撃目の手刀が放たれる。

 迫る静流の手。

 それを見ながら、高橋は心中で叫んでいた。

 

 本番前だと……? 俺のことは前座だと言ってんのか!? それに俺が最低だと? 違う! 俺はこの程度なんかじゃない! もっと、もっと上なんだ! エリートだ! 最低なんかじゃない!

 

 もう二度とこの男について語ることはないため、ここに記載する。

 そもそもこの高橋という男は仕事でミスなどしていない。登録された時点で満足し、鍛錬を怠り、結果として実力不足を理由に当時の人事の判断で登録解除されただけである。

 高橋はそれに納得ができなかった。エリート時代に見下していた有象無象と同じ立場になることを許容できなかった。だからこそ、生活費を削ってまで、あの店で一番高い酒を飲むことで『お前たちとは格が違う』ことを、中央登録の魔女狩りにしか知られていない技術や知識を享受することで『俺はお前たちより優秀』であることを示していた。示すことで自分の精神を保っていた。

 だが、その精神の均衡が崩れる時が来てしまった。病にかかり、このままでは死ぬと言われて以降、今までの過去を振り返ることが多くなってしまった。そして、あることに気づいた。自分が今の状況に満足しかかっていることに。

 高橋は否定した、拒絶した。

 エリートであると自負する自分が『有象無象共に埋もれたまま死んでたまるか』と強く思った。

 時間がない。高橋は焦った。

 この命が病に殺される前に、病を治し、また中央登録の魔女狩りに戻る。そして、エリートとして人生を終える。

 それを目標として、そのための第一歩に、冷気の魔女を狩ろうとしたのだ。

 

 

 静流の手刀が高橋の首筋に触れ、するり、と通る。

 ころり、と体から頭が落ち、ギラついた眼を静流に向けていた。

 

「さて、あとはあなたですね」

「ひ、ひぃ……!」

 

 柏原が尻餅をつきながら、さがる。

 

「ま、待ってくれ! 俺は、も、もう、冷気の魔女には近づかない! き、君の警告に従うから! だから、殺さないでくれ!」

「おや、初めて警告を聞いてくれる方が現れましたね。よかった、今回は彼女の機嫌を損ねずに済みそうです」

 

 静流は微笑んでそう言った。

 その笑みにさらに恐怖心が増し、柏原は身体を震わせる。

 

「こ、殺さない……のか?」

「はい、そういう“お願い”なので、退いてくださるのなら、こちらからなにもいたしません」

 

 柏原は震える足に活を入れ、来た道を――足をもつれさせながらも――駆けていった。

 静流は遠ざかる柏原の背を見送り、恋人である冬子に指示通りできたことを褒められる光景を妄想しながら、切り落とした首を拾おうとした。

 

「ん? そういえば……」

 

 1番近くに転がっていた高橋の首を見た時、静流は見落としていた重大なことに気づく。

 高橋と柏原は、この日出会うまで静流のことを知らなかった。つまりそれは、魔女狩り側は静流の存在を把握していないことになる。

 これはこの先の戦いにおいて優位に立てる要素だ。

 それをおいそれと捨てるほど静流も戦いがわからないわけではなかった。

 

 柏原の走った方へ目を向け、まだ視覚できる場所にいることを確認すると、あっという間に追いついて、襟首を掴む。

 

「申し訳ありません。少し事情が変わりました」

 

 返事を聞くより先に、静流は柏原の首を手刀で斬った。

 驚いた表情で転がる柏原の頭。

 それを拾い、静流はすばやく高橋達の首を回収した。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、静流は冬子の空き教室でいつものように戦果の首を並べて、彼女を出迎えていた。

 

「静流君」

「はい、何でしょう」

「何度言えばいいのかしら。私はげ・き・た・い! をしてほしいの!」

 

 正座する静流の前に腕を組んで立ち、声を荒げる冬子。

 こんな朝から珍しい、と不機嫌な表情で自分を見下ろす恋人を見上げて静流は思う。

 そんな事を思っていると、普段から彼女を見ている静流にしかわからないほどの小さい変化が冬子にあることに気づいた。

 

「……もしや、寝不足なんですか?」

「……ええ、そうよ。昨日の晩、家の近くでなにか事件があったみたいで夜中にサイレンは鳴るし、ずっと騒がしいし、全然眠れなかったのよ」 

 

 なるほど、だから不機嫌だったのですね、と静流は恋人の不運に悲しんだ。

 

「ああ、それは災難でしたね……ここで仮眠しますか?」

 

 教室の隅に置かれたベッドを指さして静流は提案する。

 

「いいえ、もうすぐ朝のホームルームが始まるもの、遠慮しておくわ」

「そうですか、どうか無理をしないでくださいね」

「気遣ってくれてありがとう。じゃあ、そろそろ教室に行くわ」

「あっ、ひとつお伝えしたいことが」

 

 踵を返して空き教室を出ようとする冬子を静流は呼び止めた。

 

「なに?」

 

 と、冬子は振り返る。

 

「実は昨晩、貴女の家の近くで魔女狩りと交戦したのですが、どうもあちら側は僕の存在を把握していないようなのです。おそらく全員殺したおかげで情報を持ち帰れなかったからでしょう――これは良い兆候です。夏休みにやって来る中央登録の魔女狩り達は貴女への対策をしてくるでしょうが、僕への対策ができない、ということは貴女を守りやすくなるということだと思いませんか?」

 

 きっと褒めてくれるだろう、と静流は尻尾を振るって、冬子の言葉を待つ。

 

「ふーん、そう。私の家の近くで、ね……」

 

 おもむろに冬子は手を静流へ伸ばした。

 頭でもなでてくれるのだろうか、と静流は期待したが、予想に反して冬子の手は静流を抓った。

 寝不足の原因を作った者への成敗だ。

 

「い、いはいです、いはいですよ! なんでこんなことを!?」

「ふふふ……それはね、静流君、貴方が悪いことをしたからよ」

「わりゅいこと!? ぼくがなにかしましたか!?」

 

 静流はなんで自分が抓られているのか分からなかった。静流は常に冬子の事に対して全力だ。そして、やり過ぎて冬子になにかしらのしわ寄せが来ることも常である。

 そのことに気づかないのが静流の短所なのだ。

 

「そういうところよ、静流君。……まぁ、でも私のために魔女狩りと戦ってくれたことはありがとう」

 

 頬から手を離し、冬子は静流の頭をなでた。

 

「じゃあ、今度こそ教室に行くわ。何度も言うけど穏便にしてね」

 

 冬子が空き教室を去り、扉が閉まる。

 静流は撫でられた頭に指で触れ、微笑む。

 頭を撫でられ、『ありがとう』と感謝された。

 であれば、意味もわからず怒られたとしても、問題ない。

 

「次もがんばりますね」

 

 彼女のためにより多くの魔女狩りを殺そう。そうすれば、より一層自分を求めてくれる。彼女を守れるのは自分だけなのだ。 

 そう心のなかで、改めて決意し、いつものように首の処分に取り掛かった。

 

 

 

 夏休み開始まであと5日。 




魔女狩りにも色々あるんじゃ……という話。


静流君は悪い子じゃないんです。手加減しないだけなのです。
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