忠犬にして、猟犬にして、狂犬にして、駄犬なTS獣耳娘   作:きし川

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今までとは違う

 今年の夏もひどく暑い。暑いは暑いが類を見ない暑さだ。

『異常気象』

 特にこの日はその言葉を強く感じさせる日である。

 昼間の気温と夜間の気温の差がほとんどないという、冷房設備なしで眠るにはあまりには寝づらい熱帯夜。

 しかし、世の中には冷房設備を使わずにこんな夜を乗り切れる者もいる。

 冷気の魔女、凍空(いてそら)冬子。彼女もそんな者たちの一人だ。

 

「ふぅ……今日はこの辺にしておきましょうか」

 

 自室の机で夏休みの課題に一段落つけ、冬子は就寝しようとベッドに潜った。今夜は夜なのに30℃を飛び越えて40℃に迫るというが、冷気の魔女である冬子には関係のない話。

 暑ければ冷やせばいいじゃない。暑さに喘ぐ友人に冬子がドヤ顔で言う口癖だ。

 

「夜分にすみません、少し良いですか?」

「ぴ……っ!?」

 

 ベランダの窓の外から放たれた声に思わずおかしな声を漏れた。

 窓へ視線を向けると、カーテンの僅かな隙間から赤色の瞳が冬子を覗き見ていた。その目と合った瞬間、大嫌いな幽霊を連想してしまい、冬子の二の腕に鳥肌が立つ。

 なお、その正体は言わずもがな、冬子の恋人であり冷気の魔女の眷属たる――獣耳和装恵体少女、浪川静流である。

 

「し、静流君……! いるなら言って、びっくりするじゃない……!」

 

 心臓が飛び出るかと思ったわ! と心の中でツッコむ冬子。

 

「申し訳ありません。ひとつ聞いていただきたいことがありまして」

「……なんなの?」

 

 いつになく真剣な口調の静流に冬子は眉をひそめる。

 

「夏休み前に増設した“鳴子の魔術”ですが、一部の術式が何者かによって解除されました。やはり貴女がおっしゃっていた通り、彼らは今までのアマチュア達とは違うようですね」

 

 感心するように言う静流に対し、冬子の表情は険しい。

 冬子が魔女狩りに負わされた傷はまだ治っていない。もしも静流の守りを突破された場合、冬子は戦闘をするどころか抵抗することだってできないだろう。

 

「どこに敷いた魔術が解除されたの?」

「この住宅街の外側に敷いた術式です。外からひとつずつ解除しながらこちら(・・・)に向かっています」

 

 静流は各地に敷いた鳴子の魔術を全て感知している。そうすることで侵入者がどこから入ったのか認識しているのだ。

 

「……そう、ここに着くまでにどのくらいかかる?」

「このまま進行速度であれば、15分以内には」

 

 冬子はため息を吐いた。

 襲撃の時期は事前にわかっていたこととはいえ、自分の命がたった15分という短い時間で潰える可能性があるという事実は、魔女とはいえまだ17歳の少女である冬子には早々受け入れるのが難しいものだ。

 

「安心してください。貴女は僕が守ります」

 

 静流はいつもと変わらない。

 怯えも緊張も感じさせない眷属に、冬子は問いかける。

 

「……静流君は怖くないの? もしかしたら、死ぬかもしれないのよ?」

 

 その言葉に一切の虚勢がないか、確かめるための問い。

 半分(半分以上かもしれないが)自分で招いた自業自得とはいえ、間に合わせの眷属として、『本当の戦場』に居合わせることになる、元一般人の浪川静流の真意を聞きたかった。

 もし土壇場で(眷属化の魔術でその可能性は低いかもしれないけど)静流が敵前逃亡をした場合、冬子の死に直結するからだ。

 それに対し、静流は微笑んで応えた。

 

「そうかもしれませんね。でも、貴女を残して殺されたりなんかしませんよ。僕が死ぬのは貴女がお亡くなりになった時か、貴女に『死ね』と言われた時です」

「……そう」

 

 静流の精神(こころ)の強さに、『羨ましい』と思ってしまう冬子。

 もしかしたら、主人に尽くす眷属化の魔術のせいで精神的な強度が上がっているのかもしれない。

 それでも、こんな状況でも堂々と構えられるその姿勢は、戦えなくなった途端に年相応に周囲に怯えている冬子にとっては、勇気づけられるものだ。

 

 こんなことで怖くなっていたら、魔女として示しがつかないわね。

 

「なら、今まで通り私を守って、静流君――それと、私は『死ね』なんて言わないわ。『生きて帰ってきなさい』貴方にはまだ役割がある」

 

 いつも通り(・・・・・)の冬子の言葉に静流は頷く。

 

「分かりました。すべて殺します」

 

 静流もいつも通り(・・・・・)の返事をして「では」と音を立てずにベランダから消えた。

 

 2人にとって長い夜が始まる。

 今までにない緊張感に包まれる中、『今まで通り』を突き通すことを決めた冬子だが、今夜ばかりは勝手が違った。

 

 

 

「結論から申しますと、戦闘はありませんでした」

 

 翌朝、いよいよ自室に生首の列が並ぶのか、と腹を括って静流の帰りを待っていた冬子は報告を受けて怪訝な表情を浮かべた。

 

「どういうこと?」

「僕が迎撃に向かい、あちらを視認できる間合いになった途端――引き返していきました。念の為、夜通し動きがないか、見張っていましたが、再度住宅街に侵入することはありませんでした」

 

 内容を聞いてもピンとくるものがなく、冬子は眉をひそめる。

 魔女狩りとは、そこに魔女あらば、勇猛果敢に、猪突猛進に、確殺することを第一とする組織のはずだ。一日どころか、一刻たりとも魔女の存命を許さない『殺意の擬人化集団』のはずだ。

 懸賞金目的のアマチュアならいざ知らず、教会に名を連ねることを許されたプロが一晩の間になぜ殺しに来ない?

 

「なにやってんだか……」

 

 相手の狙いがまるで分からない。

 徹夜で思考が鈍くなってきた脳に活を入れるべく、冬子は3杯目の(いつもは飲まない)コーヒーを飲む。

 

「……静流君はどう思う?」

 

 自分だけでは答えが見つけられず、冬子は静流の見解を聞くことにした。

 間髪を入れず、静流は答える。

 

「今のところ、僕にはあちらの考えは分かりません。ただ、近日中……早ければ今夜にでもまた彼らはやって来るのは間違いないかと」

 

 確信に満ちた声音で静流は言った。

 えらくはっきりと言うので、冬子は気になり説明を促す。

 

「それはどうして?」

「僕が普段、魔女狩り達に対して“迎撃”の姿勢でいるのは、貴女に言われたからというだけではありません。夏休み前に襲撃してきた魔女狩り達が僕の存在を知らなかったように、僕も彼らの規模や戦闘能力を正確に把握できていないからです。もし、なんの下調べもなしに敵地に飛び込んで、自分より強い敵、自分の戦力よりも多い戦力と会敵し、返り討ちに合ってしまった――なんてことは笑い話にもなりません」

「つまり?」

「昨夜の襲撃は様子見、こちらの戦力の確認のために踏み込んできた――僕はそう思います」

 

 静流の意見を聞き『そういうこともあるのね』と冬子は納得した。

 魔女にとって、見かけるやいなや率先して殺しに来る魔女狩りは厄介者ではあるが――結局のところ、人間と同じである。

 魔女全体の意見として、人間とは『路傍の石』。進路上に転がりでもしてない限りは、自分から蹴り飛ばすに値しない存在。

 だからこそ、自分から攻めることのない冬子にとって、静流の意見は新たな気づきに繋がるものだった。

 

「と、なると……こっちもお出迎えの準備(・・)をしなくてはならないわね」

「でしたら、僕に考えがあります」

 

 切れる手札は少ないが打って損はない、と作戦を巡らせていると静流が口を開いた。

 

「なにをするつもりなの?」

「あちらと同じことをします」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 市街地に建つ一棟のホテル。その7階の一室には男女の二人組が宿泊している。

 その片割れである60歳ほどに見える男は、ソファに腰かけ、一枚の写真を観察していた。

 

 昨夜、魔女の縄張りへ偵察に向かわせた男の部下(・・)が撮った写真。

 一見普通の夜の住宅街だが、写真中央に小さな不自然な歪みが見て取れる。

 周りの光を歪ませて、身体を隠している『なにか』がいるのだ。

 男が歪みの輪郭に沿って蛍光ペンを走らせると、『なにか』の形が人に近いことが分かる。

 

「魔女か……いや」 

 

 男の頭にその『なにか』が魔女であるという考えが浮かんだが、すぐに否定した。

 魔女は無頓着だ。こちらから手を出さない限りは意に介さない――ゆえに、近づかれただけで動くことはないはずだ。

 無論、例外はありえる――そういう魔女もいるかもしれない。

 その可能性を込みにしても、やはり男は写真に写る『なにか』が魔女ではないと思う――思わせる証拠があった。

 

 男の部下の報告には、該当地域に見たこともない魔術が多数仕掛けられていたという報告があった。

 解除を行った者から聞くところによると、その魔術に攻撃性はなく、触れた瞬間に警報を鳴らす類のものであるという。

 そういった類のものは、魔女には不要(・・)なものだ。

 近づく敵意をあらかじめ知る必要などない。叩き潰すせばよいのだから。

 この世に存在する全てにおいて抜きん出ている。本気でそう思ってこの世に君臨しているのが――魔女という生き物。

 

「……まさか、眷属か?」

 

 魔女の眷属とは、使い捨ての傀儡だ。とある面倒くさがりの魔女が楽をするために生み出したと伝えられている。

 しかし、あくまでも日常生活面での補助を目的としているためか、戦闘面では全くといって脅威にならないものだ。

 

 そんなものを、魔女狩りの迎撃に使うことに男は魔女からの挑発のように感じ、ソファの背もたれに身体を預け、写真に写るものに思わず問いかける。

 当然、被写体は喋らない。

 

「だーれだ?」

 

 不意に男の視界が温かいものに覆い隠され、耳元で女の声が囁く。

 背後から手で目を隠されたのだ。

 男はため息を吐く。

 

「……冴嶋(さえじま)、任務中だぞ。遊ぶな」

「ブーッ! 違いまーす! 二人っきりの時の呼び方してくれないと、手をどかしませーん」

「……美由紀」

「正っ解! さっすが神山(かみやま)先生、弟子のことお見通しだね!」

 

 満足した表情で神山の視界を覆っていた女、美由紀は手を離した。

 神山は振り返って、呆れたように美由紀に言う。

 

「お見通しもなにも、この部屋には俺と美由紀しかいないだろう……それと、さっきも言ったが今は任務中だ。遊びに来てるんじゃないんだぞ」

「だって、暇だし、先生構ってくれないし、やることがないんだもん」

「……それなら夜まで待て、今夜中に冷気の魔女を仕留める」

 

 神山の言葉に美由紀は珍しいものを見たような目を向ける。

 

「へぇ、慎重派の先生が珍しいね、いつもなら最低3日は様子見するのに」

 

 神山は殺意の高い魔女狩り集団の中では珍しく、魔女に対して慎重だ。

 偵察と調査を重ねた上で、安全に、確実に殺す。

 そんな神山が率いる魔女狩り達は、通称“神山隊”と呼ばれている。その殺意の低さをよく思わない魔女狩りがいる一方、早死(・・)にしたくない一部の魔女狩りにとっては『比較的安全に経験が積める』として好まれ、神山の下につきたいと集う者たちも多い。

 

「まだまだ不安要素は多いが……上層部からの催促もうるさいんでな。今夜中に作戦を実行する。昨日の偵察の結果を見る限り、あの仕掛けられ『警報』に触れても出てくるのは、魔女ではない『なにがしら』だ――お前には先に教えておくが、今夜の作戦では、お前にこの『なにがしら』を相手してもらおうと思っている」

「その『なにがしら』について、先生はなにか分かってるの?」

「いや、分からん、が――おそらく魔女の眷属だろう、と思っている」

「魔女の眷属……え、あの魔女の眷属? 戦えるの、アレ?」

 

 美由紀は今まで見てきた『魔女の眷属』の姿を浮かべて、苦笑いを浮かべた。

 コウモリや犬、時に虫のような生物と酷似した姿。

 あれ等と魔女狩りが『戦闘』が出来るとは美由紀は想像できなかった。

 同じことを考えていた神山は「まぁ、なんだ……」と言った。

 

「あまり脅威にはならないだろうが、『邪魔』になる可能性がある。だからこそ――手早く片付けてほしいのさ、“神山隊”最強の女にな」

 

 説明を聞いて「ふーん。そっか」と美由紀は納得した。

 

「いいよ、先生、私がパパパッと片付けてあげる――けどさ、けっきょく夜まで暇なのは変わらないじゃん」

 

 美由紀は不満げに言った。

 そもそもやることがないからこうしてちょっかい(・・・・・)をかけているのだ。

 

「……なら、冷気の魔女の偵察に行って来い。住宅街の外からなら奴も動かない」

 

 すでに部下に言って、住宅街の周囲を見張らせているが、またちょっかいを出されても困るので、神山はそう指示した。

 

「やだ、外暑いもん」

「………………」

 

 美由紀は即答で断った。無理もない、なにせ今の外の気温は43℃。不要な外出は控えるよう警告が気象庁から出ているほどだ。

 

「なら、見張りをしてる連中に、これで飲みもんでも差し入れをしてやってくれ」

 

 神山は一万円札を財布から取り出して、美由紀に差し出す。

 美由紀は「しょーがないなー」と、しぶしぶお札を受け取り、外出の支度を始める。

 服を着替え始めたのを見て、神山は窓の方へと目をやった。

 

 窓の外には、神山達のいる階層よりも低い雑居ビルが立ち並び、異常な暑さが生み出す陽炎で揺れている。

 

「……ん?」

 

 神山は、ふと一棟のビルの屋上に妙な『もの』を見つけた。

 ゆらゆらと、揺れる黒い人影。それが、ジッと目を自分に向けている、と神山は感じた。

 よりはっきりとその正体を確かめようと、目を凝らす――その時だった。

 

「……ん」

 

 横から伸びてきた手で神山は顔を向きを強制的に変えられ、その視界は美由紀の顔に埋め尽くされた。

 直後、神山は柔らかい感触を唇に感じる。接吻だ。

 

「……おい」

「『行ってきます』のチューだよ先生」

 

 いたずらの成功した子どものような笑みを浮かべた顔を向ける美由紀。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 と、背を向けて、部屋を出ていった。

 神山はため息を吐いて、その背を見送った。

 再び――ビルの屋上に目を向けると、人影はいなくなっていた。

 

「気のせいだったか……?」

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

「只今戻りました」

「おかえりなさい。どこ行ってたの?」 

 

 場面は凍空邸の2階ベランダと冬子の部屋に移り、先ほど偵察(・・)から戻った静流が座し、ガラス戸を隔てた調査報告をするところである。

 

「市内にあるホテルです――彼らはそこに泊まっているようですね」

「そうなの。よく見つけられたわね」

「この体になってから、嗅覚がとても鋭くなったんですよ」

 

 ちょん、と自分の鼻を指して、静流は言った。

 

「それで、あちらの人数ですが――いま住宅街の外にいる者が10人、ホテルで待機している者が10人で合計20人ですね」

「へぇ、結構多いのねー」

 

 冬子は雑に答えた。

 

「その中でも特に強そうなのが――2人いましたね。夏休み前に襲撃してきた元中央登録の魔女狩りの方よりも強そうな方が」

「へぇ……誰だっけー?」

 

 冬子は興味なさげに答えた。

 

「お忘れになったんですか? ――奇遇ですね僕もなんです」

「へぇ、そう……まぁ忘れるくらいだし、どうでもいいんじゃない……?」

 

 冬子は面倒くさそうに答える。

 いくらなんでも応じ方が大雑把だ、ちゃんと話を聞いてくれていないように感じて寂しくなった静流は耐えかねて、尋ねた。

 

「……もしかして、眠いんですか?」

 

 椅子に座る冬子は瞼が落ちかけ、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

「別に……徹夜してからずっと起きてるだけだから、平気よ――それに、中央登録の魔女狩りが命を狙ってきてるのに寝れるわけがないわ」

 

 そう言って冬子は本日5本目(・・・・・)のエナジードリンクを呷った。

 

「あれ? 朝方はコーヒーを飲んでおられませんでしたか?」

「……家に置いてあるの全部飲んじゃったから、代わりにコレ飲んでるのよ――甘ったるいったらありゃしないわね、コレ、ふふふ……」

 

 眠気のせいか、カフェインのせいか、急に笑い出す冬子。

 机の上には、インスタントコーヒーの空袋とエナジードリンクの空き缶が乱雑に置かれている。

 その様子に静流は心配そうに声をかけた。

 

「あの、あまりそういうのはたくさん飲みすぎないほうがいいと思います。体に悪いですし、そもそも無理をせず眠って体を休めてください」

「だから、寝れないって言ってるじゃない。すぐそこまで私を殺そうって連中が来てるのよ、わたし戦えないのよ、自分で自分を守れないのよ!」

 

 カンッ、と5本目の空き缶を強かに置いて、冬子は吠える。

 もはや冷気の魔女でも17歳の乙女でもなく、酔いに任せてストレスをぶち撒ける酔っぱらいであった。

 しかし、恋人兼主人の身を案じる静流は説得を諦めない。

 

「そのための僕です。魔女狩りについてはどうか任せてください――誰一人として、貴女に触れさせないし、貴女の視界に入れさせません」

「……でも、相手は今まで違うわ。まだ戦ってもいないのに『安心』出来ない」

「…………」

 

 グサリ、と冬子の言葉が静流の心に突き刺さる。

 でも、これは仕方のないことだ。

 ここでいくら言葉を重ねても、結局は口先ばかりで、冬子に『安心』させる要素――『実績』がない。

 ならばと――恋人を不安にさせる自分の不甲斐なさに、静かな怒りを覚えた静流は語気を強めて言った。

 

「でしたら――今夜、僕が彼らを殺したら、寝てください。必ず貴女に『安心』を齎します」

「勝算はあるの……?」

 

 頬杖をついて、冬子は訝しむ。

 静流は頷いて、

 

「先に挙げた2人を除いて、他18人はそれほど強くはないでしょう。その2人に対しての作戦も考えてあります」

 

 と、自信ありげに言った。

 

「ふぅん……まぁいいわ――どの道、静流君に頼る他ないし、任せるわ」

「はい、お任せください。必ずや首を持ってまいります」

「首はいらないわよ」

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

「では、作戦内容は以上だ。各自、配置につけ」

 

 時刻は進み、深夜帯。

 いよいよ神山率いる魔女狩り達による、討伐作戦が決行される。

 神山が泊まる部屋に美由紀を含めた19人の部下が集い、直前のブリーフィングを行ったあと、(加齢により移動が遅い)神山以外のメンバーが冷気の魔女の縄張りへ行く。

 それから4つに分かれ、5人一組のグループは3方向から魔女の住居へ侵攻し、美由紀は魔女の眷属と思われる『なにがしら』を足止めする流れになる。もっとも足止めどころか一秒と掛からずに討伐できると美由紀は自負しており、神山自体もそれには同意している。

 なぜなら、今回、作戦に参加する魔女狩りの中では、美由紀が一番強いからだ。

 

「じゃあ、先生行ってくるね――あ、その前に」

「やめろ、みんなの前だ。ちょっとは恥じらえ」

 

 昼間のようにキスしようとする美由紀を止め、さっさと行けと言わんばかり、美由紀を回れ右させて背中を押した。

 

「えー、ケチー」

 

 と、不満げな顔をする美由紀。

 それを見て、苦笑する部下たち。

 呆れ顔の神山。

『いつも通り』の神山隊の光景である。

 

 ぞろぞろと武器を携え、部屋を退出していく中、「あっそうだ」と美由紀が振り返った。

 

「先生、この仕事終わったらさ……結婚しない?」

 

 突然の告白に部下一同は美由紀の方を見た。

 一方、神山は「するわけないだろ……冗談言ってないで、早く行け」と、一蹴する。

 

「はーい」

 

 くすり、と笑って、ポカンとしている部下の間を通り抜けて、部屋を出ていく。

 

「冗談じゃないんだけどなぁ……」

 

 部屋を出る瞬間にボソッとつぶやいて、コツコツと靴音を立てて、廊下を歩いていった。

 慌てて部下も追いかけていく。

 

「まったく……こんなジジィのなにがいいんだか……」

 

 もっと若くていい奴がいるだろうに、と神山は思った。

 ソファに腰かけ、ため息を吐く。

 

「結婚か……そういえば、あいつもそろそろそんな歳か……」

 

 神山が美由紀と出会ったのは、15年ほど前である。

 当時から、すでに神山は魔女狩りとして活動しており、美由紀はただの中学生だった。

 普通ならば、遭遇することのない2人だったが、魔女が気まぐれにより起こった災害に修学旅行中だった美由紀と学友が巻き込まれ、魔女の討伐に派遣された神山と美由紀は出会った。

 災害の原因たる魔女は神山の手で討伐されたが、美由紀は多数の学友を喪った。その後、傷心の美由紀を親元へ帰し、二度と出会うことはないと神山は思っていた。

 ところが、その5年後に神山は再び美由紀と出会った。今度は互いに魔女狩りとして――

 美由紀本人の希望から“神山隊”の配属となり、美由紀は神山の部下となったのだ。

「なぜ、魔女狩りになったのか」と聞くと、美由紀は2つの理由を答えた。

「私と同じように苦しむ人が出ないように魔女を倒したい」、「助けてくれた先生の役に立ちたい」

 それが美由紀が魔女狩りになった理由であった。

 よくある理由だった。特に1つ目の理由は大半の魔女狩りが抱くものだ。神山自身も魔女のせいで家族を喪っている、だから、美由紀の願いが理解できた。

 だが、彼女が魔女狩りになった事を肯定する一方で、素直に歓迎できない気持ちもあった。

 美由紀は自分と比べれば、ぜんぜん若い。だからこそ、いともたやすく命が奪われる危険な事をしてほしくない、と思ってしまう。それは美由紀に限ったことではなく、若い世代の魔女狩り全員に神山が思っていることだ。ただ、美由紀は自分の手であの地獄から助け出せた数少ない命であり、こんなことで死んでほしくはない。

 

「なんとかしてやりたいが……どうしたもんか――ん?」

 

 部屋の明かりが全て――唐突に消える。

 すっかり物思いにふけってしまった神山の意識が切り替わり、冷静に判断して、停電だと、思い至った。

 

 …………! …………!

 

 部屋の外――廊下の方が少し騒がしい。

 神山は先ほど出ていった部下達が騒いでいるのか、と気になり部屋を出ようとした。

 だが、ドアノブに触れようとした時、神山はなにかとてつもなく『嫌な予感』がした。

 その刹那――ドアを突き破って差し込まれた腕が、神山の心臓を突こうする。

 間一髪、その凶手を躱し、すぐさま竹刀袋に入れた武器――刀を手にした。

 

「こんばんわ」

 

 神山が刀を手にしたと同時に、襲撃者はドアを蹴破って部屋に入ってきた。

 暗さに慣れた神山の目が襲撃者の姿を見る。

 黒い布地の肩と腋を露出するよう改造された着物を着た、獣耳を生やした少女。

 顔は童顔だが、背丈は高く、体つきは大人びている。

 そんな少女――浪川静流が左手に美由紀の首(・・・・・・・・)を持ちながら、微笑んで神山に声をかけた。

 神山は一瞬だけ美由紀の首に目をやり、すぐに静流へ目線を移して口を開く。

 

「……ああ、こんばんわ。部屋に入る前にノックしろって、誰かに習わなかったのか?」

「すみません、少々急を要していたので――ところで、気にならないんですかコレ?」

 

 と、美由紀の首を差し出すように見せる襲撃者。

 

「そりゃあ気にはなるさ。でもな、魔女狩りっていうのはそういうもんさ。楽な仕事なんてありはしないし、死ぬときはあっさり死んじまうもんなんだ……俺はな、そんな魔女狩りっていうのを40年もやってきた男だ。今更、仲間が死んだくらいで動揺なんかしないぞ『魔女の眷属』さんよぉ」

 

 刀の鍔に指をかけ、まっすぐ静流を見据える。

 一方、静流は構えず微笑んだまま。

 

「なるほど……これがベテランというものなんですね――味方が全員死んでも、取り乱さないなんて」

 

 ちょっと計算違いです、と付け足しつつも、静流はさして残念でもなさそうに言った。

 

「へぇ、あいつら全員をたった数分でやったのか。大した腕だが、どうやったんだ?」

「別に大したことはしていません。ただ停電の混乱に乗じて奇襲しただけですよ。こういう手をつかわないと、他の方はまだしもこの人(・・・)に勝てるかわからなかったので」

 

 静流は美由紀の首に一瞥してそう言った。

 

「冴嶋の実力を見抜いてたのか、いい目をしてるな」

「いえ、違いますよ。貴方が“神山隊最強の女”と言っておられたので、警戒してただけですよ」

 

 静流の言葉に神山は眉をひそめた。

 

「……どこで聞いた?」

「この部屋で――というのは語弊がありますね。僕がそう聞いたのは正確にはビルの屋上です。ほら、昼間に目があった(・・・・・)じゃないですか」

「昼間……? まさか……!」

 

 神山の脳裏に、昼間見た光景が思い浮かぶ。

 あの陽炎の中に見えた人のような影。

 あの時の人影と目の前にいる静流の格好が近いものだと、ようやく気づいた。

 

「……気のせいじゃ、なかったのか」

「あれ、気づいてなかったんですか? ――まぁ、それならそれで良かったです。気づかれていたら、今夜の襲撃は失敗していたかもしれないので」

 

 神山は何も言えず、奥歯を噛み締めた。

 もしあの時、気づいていれば――部下達は、美由紀は死ななかったかもしれない。

 たが、それは無理なことだった。

 魔女狩り史上ではともかく、神山が積み上げた約40年の経験には魔女側から偵察に来るようなことなど一度もなかった。

 それ故の先入観。

 魔女からは動かない――という固定概念が神山の思考の柔軟性を損なわせてしまった。

 しかし、だけど、けれど、そうだとしても……。

 

 後悔ばかりが頭に過り、もしも、たらればの妄想を一瞬して――すぐさま頭からはじき出した。

 

「そうだろうな――でなきゃ、そいつが早々やられるわけがねぇ」

 

 と、神山は美由紀の首に目をやって言った。

 そして――鍔を鳴らした(・・・・・・)

 

「さあて……そろそろお話もここいらで終わりにしようぜ――早くあいつ等を弔ってやらないといけないからよ、始めようじゃないか」

「同意します。僕も彼女の『不安』を早く取り除いてあげたいですから」

 

 両者の間に空気が張り詰める。

 静流は『いつも通り』の腕をだらりと下げた――無手状態。

 神山もまた、彼にとっては『いつも通り』の直立状態。

 長い無音が続き――

 沈黙を破ったのは静流だった。

 一歩、前に踏み出す。飛び道具を持たない静流にはまず『接近する』という行動が最初になる。

 

 そう、踏み出した。

 ただ、それだけのことをしただけ。

 

 だが――次の瞬間、前触れなく、静流は左肩から右脇腹にかけて切り裂かれたような衝撃(・・・・・・・・・・・)を受けた。

 

「……え?」

 

 ポロリ、と静流の左手から美由紀の首が落ちた。

『想定外』の衝撃を受け、静流の体が、膝から崩れ落ちる。

 だが、それ以上(・・・・)のことは起きなかった。

 

「……なんだと?」

 

 今度は神山が疑問符を浮かべる番だった。

 魔術(・・)は直撃したはずなのだ。直撃したのならば、静流が無事で済むはずがないのだ。

 しかし、静流は血の一滴も出していない。

 神山は眉間にシワを寄せ、膝をつく静流は睨んだ。

 

「……いまのは、魔術ですか?」

 

 困惑と動揺から回復した静流が立ち上がって問うた。

 たが、神山は答えず、逆に静流を問いただした。

 

「なんで、斬られてねぇ? 確かに“空太刀(からたち)”は入ったはずだ」

「ああ……それは」

 

 静流は切り裂かれた着物をはだけて、その下に着た下着(・・)を露出させた。

 薄い伸縮性の布地が静流の恵まれた身体を包んでいる。

 それは、一般的には下着としては使われないもの――レオタードだった。

 

レオタード(コレ)のおかげですよ。物理的な防御力は皆無ですが、魔術に対しては高い防御力を発揮する、と僕の彼女は言ってましたね」

「なんで、そんなもん着てんだよ」

 

 神山は純粋な疑問をぶつけた。

 静流は答える。

 

「ご覧通り僕は乳房が無駄に大きいので、それでは戦いの時に支障が出るだろう、ということで、彼女にこうしてもらいました」

 

 と、静流はレオタードに包まれた豊満な乳房を左腕で押し上げながら言った。

 

「チッ……運の良い奴め――なら頭だ、そこは守れねぇだろ」

 

 神山は苦々しく言いながら、刀を完全に納刀――いつでも鍔を切れる(・・・・・・・・・)ようにした。

 

「いいんですか、そんな『宣言』をして? 躱されるかもしれませんよ?」

「お前がどうしようと俺の“空太刀”には関係ねぇ。言っちゃなんだが『狙撃(そげき)』は得意なんだよ、俺」

「『狙撃』ですか……刀なんて近接武器を使っていながら、変なことを言いますね」

「よく言われるよ。けど、その表現が合ってんだ――この魔術にはな」

 

 神山は構えた。

 先ほど変わらない、直立姿勢。

 左手の親指を鍔にそえ、いつでも打てる(・・・)状態だ。

 

「さて、どうする? 狙いはバラしたが、俺の魔術への対抗策は思いつくか?」

「その前に確認したいのですが、その空太刀という魔術は『攻撃を指定の空間に配置する魔術』で合っていますか?」

「…………」

 

 神山は答えない。

 もちろん答える義理などない、というのもあるが――あまりにも看破されるのが早すぎた。

 初見、一度目で、見破れたのは神山にとっては初めてだった。

 だから、思わず閉口してしまう。

 

「そして、魔術の発動起点は『鍔を鳴らす』ことですね?」

 

 と、さらに静流は続けた。

 さながらミステリー作品などで犯人の犯行を当てる探偵を見ている気分に、神山はなった。

 

「……なんで、そう思う?」

 

 認めてやろうかと思った。けれど、素直に認めるのは悔しく感じ、理由を聞いた。

 

「鍔を鳴らした後、そのまま刀を抜くでもなく、構えもしないのは、不自然に感じます――もっとも素人なので、そういう戦い方を知らないだけかもしれませんが、でも……今回はそれで間違いないですよね」

 

 静流は微笑む。

 神山の心の中を見抜いたような確信した言葉。

 

「ああ、そうだ、その通りだ――だが、どうする? この魔術の効果と起点が分かったところで、お前はどう対処できる?」

「確かに相手が動けば必ず当たる(・・・・・・・・・・・)この魔術は、僕にとって厄介な魔術ですが――対処しようがないわけではないですよ」

 

 静流は笑みを絶やさない。

 

「実はこの間、ようやく『必殺技』が実戦で使えるものに仕上がったので、それなら突破できます」

「必殺技だと?」

「はい――あ、必殺技と言っても『殺傷力の高い一種の技』ではなく、『命中性を上げた連続技(コンボ)』ですが」

「そうかよ……」

 

 神山は鍔を鳴らした。

 狙いは静流の正面と左右(・・)の空間。

 静流の推理はおおよそ正しかった。

 だが、一度の鍔鳴りで複数設置できる(・・・・・・・)ことには気付けなかった。

 

「どっからでも来いよ」

 

 勝ちを確信した挑発。

 静流は一言、

 

「行きます」

 

 と、言い一歩踏み込んだ。

 神山の懐へ。

 

「――なっ!?」

 

 神山は驚愕に目を見開いた。

 魔術は発動しなかった――つまり、静流は空太刀を仕掛けた空間を通らずに接近したことになる。

 

「どうやって……っ!?」

「魔術、ですよ」

 

 静流が神山の胸に軽く掌底を当てる(・・・・・・)

 静流の2つ目(・・・)の魔術起点――その条件が達成された。

 

「クソ……ッ」

 

 神山は悔しげに顔を歪めせることしかできなかった。

 全盛期であれば――静流が目の前に現れ、胸に掌底を当てるまでの間に刀を抜き放てただろう。だが、神山の体は若い頃の無茶や無理な鍛錬によって、もはや刀を十全に振るうのが難しい状態(・・・・・・・・・・・・・・・)である。

 こうして懐に入られた時点で負けていた。

 

「“開花”」

 

 静流が魔術の名を呟き、発動する。

 神山の知らない魔術。

 それは、神山の体の内側へ作用し――次の瞬間、

 神山の背中が爆ぜ、血と内容物(・・・)が飛び出して、宙に『朱い花』を咲かせた。

 

 悪いな、美由紀。仇、取ってやれなかった……。こうなる前にお前を、辞めさせるべきだったのに……。

 

 遠ざかっていく意識の中、神山は心中で悔恨する。

 そして、最期に美由紀の顔を思い浮かべて、力なく床に倒れた。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 冬子はいよいよ眠気が限界を迎えようとしていた。

 眠気ざましに飲んでいた飲料は無くなり、今にも机に突っ伏しそうになっている。

 

「ただいま戻りました」

 

 ベランダから聞こえた静流の声に、ピクン、と肩を跳ねさせ、涎が垂れた口元を拭って、

 

「おかえりなさい、静流君……」

 

 と、眠たげに言った。

 もはや静流の前で魔女らしく、主らしく、振舞える余裕はない。

 そんな恋人の様子に静流は前置きなしに本題である戦果を報告することにした。

 

「先ほど、魔女狩り達は全滅しました。今夜はもう襲撃されることはありません」

「そう、なんだ……ありがとう」

 

 静流の言葉にホッと『安心』した途端、急激に眠気が襲いかかる。

 

「っ……こんなとこで眠ったら、いけないわね」

 

 ぺちん、と頬を叩いて、眠気に対抗する。

 椅子から立ち上がって、ベッドに向かおうとしたとき――

 

「あ……っ」

 

 めまいを起こし、倒れていく冬子の身体。

 それを見た静流はホテルの一室で神山の懐へ踏み込んだ時と同じ魔術“縮地”を使い、倒れる冬子の前に移動した。

 

「おっと、危ないですよ」

 

 冬子の身体を受け止める。

 

「う……ん、やわらか……」

 

 なにやら寝言を言って、静流の豊かな乳房に顔を埋め、冬子はとうとう深い眠りについた。

 

「……おやすみなさい」

 

 静流は冬子の背に手を回して、起こさないようにゆっくりとベッドへ冬子を運んだ。

 

「あれ……?」

 

 そこまではよかったが、いざベッドに寝かそうとすると、冬子は静流の着物を掴んで離そうとしない。

 

「……どうしようかな」

 

 静流は悩んだ。

 無理やり引き剥がすことはできるが、それだと冬子を起こしてしまう可能性があった。

 

「しかたないですね……」

 

 悩んだ末、静流は冬子と一緒にベッドに入ることにした。

 冬子が抱きついたままの都合上、向かい合うような形で寝転ぶ。

 

「なんだか……寝づらいな」

 

 冬子の匂い、体温、普段から感じるそれらが、いつも以上に濃くはっきりと感じる。

 加えて、勉強机のライトだけが照らす暗い一室で恋人と二人きりという状況に、静流は戦っているとき以上に緊張してしまう。

 

 普段(・・)なら屋根の上でも警戒しながら眠ることができる静流だが、今夜ばかりは『いつも通り』にならず――眷属になってから、初めて寝不足になるのだった。

 

 

 

 夏休み終了まで後3週。

 

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