ボクは脇役A 作:アップルパイ
10年前と3年前、僕は恋をして失恋した。
生まれて6年という短い時間で両親を事故で亡くし、父と友人だったという一条家に引き取られたあの日から普通の生活というのは消え去った。
幼くても何となく分かることがいくつかあって、それは同じ歳ぐらいの友達の家には強面の人が沢山いることは無いし、家で迷子になるなんてことも無いという小さな事だけど我が家が普通じゃない事は理解出来る。
小学校に通う頃には自分の家が、この街を取り締まってるヤクザ集英組の家で自分を引き取ってくれた人はその組の頭だと、自分と同い歳で兄弟のようなあいつは2代目候補だと聞かされれば嫌でもわかるものだった。
本当の意味で、僕は父とは血の繋がった家族になれないことが分かり、どんなにあいつが嫌がっても僕が代わって、この組を纏める若頭になる資格もないことが分かってから僕はヤクザの一員として自ら鍛えてもらい、2代目候補のボディーガードを務めることに率先した。
と言っても、彼は一向に僕をボディーガード扱いしないのだが。
「おーい、楓」
「どうした、楽」
「朝飯、出来たぞ」
「……今日こそ静かに食べたい」
「無理だろうな」
朝食は毎日、僕と楽が交代で作るが如何せん作る量が多いし、男しかいないあの空間で静かに食べるなんて無理ゲーである。
この家の2代目候補にして、ヤクザにならずに真っ当に生きたいという志してる義理の兄弟にすぐに行くとだけ伝え、僕はハンガーで吊るしていた高校の制服に腕を通して鏡で確認する。
床に置いていた鞄を手に取り、朝ご飯を食べに行こうとしたタイミングであることを思い出し、足を止めて机の引き出しを横目で見る。
普段なら置いていくのだがなんとなく持っていこうと思い、引き出しを引き、中にある複雑な形をしたペンダントを手に取って僕はそのペンダントを胸ポケットに突っ込む。
「……楽は覚えてるのかな」
10年前、父さんに連れていかれた自然豊かな場所で何人かの女の子達と遊んだ思い出。
その中にいる一人の女の子と楽は再会したら結婚しようと特別な約束をし、僕は楽と約束を交わした女の子の名前や顔は忘れてしまったけれど、それが人生で初の恋であり、失恋であった事と約束だけはハッキリ覚えてる。
錠と鍵、想い合った2人だけが開けることの出来るもの。
僕が持ってるペンダントも錠の形をしているし、楽とは色が少し違うだけで鍵があれば開けられる。
でも、僕は楽と違って女の子と特別な約束をしたわけでもなく、持ってる意味が違っているし、そもそも開けなくてもこの中にあるものを覚えている。
「……
廊下から騒がしい声が聞こえてきて、本格的に静かに食べられる時間はなくなったことを悟り、僕は開けっ放しにしていた引き出しを締め、忘れ物がないかを再確認してから部屋を出た。
鞄を足元に置き、既に用意されていた朝食を前に騒がしい部屋の中で、端っこに座って僕は淡々と食べ進めていく。
どうやら楽はまだ食べられていなかったようで、僕が食べ終わる頃に食べ始めていて、このままでは遅刻してしまいそうだなと他人事のように思っていれば強面の一人、集英組の竜がリムジン等と言うじゃないか。
勘弁してくれ、いくら僕でもリムジンに乗って登校なんかしたら平穏な高校生活なんて送れない。
楽には悪いけれど、僕だけ普通に登校させてもらおうと思い、ボディーガードだって送られるなら不要になるのは分かっているので、そそくさと逃げるように玄関に向かえば、もちろん楽が引き留めようとしてくる。
「ちょ、楓!!逃げるな!」
「僕は今出れば間に合うから先に行く」
「かえでさーん!?」
「竜さん、楽を頼みます」
「もちろんでっせ。あ、楓坊ちゃん実ぁ最近、見慣れねえギャングどもがうちの土地を荒らしてまして。気ぃ付けてくだせえ」
「…うん、わかった。じゃあ行ってきます、楽もまた後で」
「行ってらっしゃいやせ!!」
「嘘だろ!?楓、頼む待ってくれ!」
見慣れないギャングね、また父さんから話でもされるのだろうか。
ぺこりと竜さんに挨拶をしてから玄関を出て、僕は風に靡かれながら舞う桜の花びらを眺めながらこれから通う通学路を歩く。
コーヒーのいい香りがしてきて、またあの喫茶店に行きたいなと思っていた矢先だった。
よく知る人物が現れて、僕はここに楽が居ないことに良いような、悪いような気持ちを抱えながらも顔に出さず、僕に気付いてくれた相手に向かって微笑む。
「おはよう、楓くん!」
「一条弟くん、おはよう」
「おはよう、小咲さん、るりさん」
「あれ、一条くんは?」
「楽は朝食担当の日だったから食べ遅れてね、遅刻しそうだったから僕が先に家を出たんだ」
「一条兄くん、高校も平凡に過ごすの無理ね」
「る、るりちゃん!」
「あはは、きっとリムジンだろうから無理だろうね」
「楓くん、もし良かったら一緒に行かない?」
「良いの?」
「道は同じだから問題ないわよ」
中学生の時からの知り合いである小野寺小咲と宮本るりは、楽が家のことを知られずに平凡に暮らしたいという気持ちを知っている。
そしてそれがほぼ無理なことも、もちろん二人は察してくれているが。
小咲さんを真ん中に、僕が道路側、反対側にるりさんと並べば、宮本さんはニヤリと笑って僕と小咲さんを見つめる。
その視線が不思議と思い、僕らは首を傾げれば宮本さんは更に怪しい笑みを浮かべるのみ。
「るりちゃん?」
「一条弟くん、貴方はさらっとそういうことをするのね」
「これでも男だからね」
「小咲、一条兄より一条弟の方がいいと思うわ」
「るりちゃん!?」
「あ、あはは……」
顔を真っ赤にさせ、あわあわとしてる子を見て僕は彼女たちから見えない左手をギュッと強く握りしめる。
やっぱり、今の二人の間に入る隙なんてない。
幼い頃の初恋の人も僕ではなく楽が好きで、次に好きになった人も楽が好きなのだ、と相談を受けた時は本当に神様に嫌われてるのではと思った。
でも、僕はどう足掻いてもヤクザの一員から抜けられるわけがなく、そんな僕よりも楽と結ばれた方が彼女は幸せになると信じて3年。
初めて小野寺小咲という女性に出会ったのは、中学生の入学式のときで桜並木の下に佇み、綺麗な髪を靡かせている姿を見て目を奪われた。
とても綺麗だと思ったし、偶然にも同じクラスで席も近くになったことがあって仲良くなることが増えたが、そんな彼女が目で追っていていたのは僕ではなく義兄の楽だった。
同じ一条で苗字だと紛らわしいからと、名前で呼んで欲しいと楽と伝えたけれど彼女が呼ぶのは僕の名前だけだ。
その理由を本人から聞いてるから僕は嬉しいよりも悔しい。
── 楽のこと名前で呼ばなくていいの?
── …その、恥ずかしくて、でも楓くんは大切な友達だから
「ね、楓くん」
「うん?」
「席もお隣さんだね、またよろしくね!」
「…うん、よろしく」
花のようなふわりと優しい笑顔を向けてくれるだけでも、楽と違って組の手伝いをしてる僕には勿体ないほどに幸せなのに欲張ってしまう。
中学の3年間だけでなく、高校ですら同じクラスにさせて貰えただけでも僕はきっと幸せ者だ。
クラスメイトに呼ばれた小咲さんは、鞄を机の上に置くと呼ばれた方に行き、僕も静かに席に座ろうとすれば今まで黙って見ていてくれた宮本さんの視線を感じる。
「一条弟くん、あなた」
「ん?」
「いいえ、何でもないわ」
気付いてないフリをしてくれてる彼女もきっと優しい。
僕が彼女に笑えば、宮本さんは言葉にはしないものの溜息を吐いて僕の肩を軽く叩いて自分の席に移動していく。
彼女には気付いたらバレていた。
でも、僕よりも親友の小咲さんの気持ちを優先して欲しかったし、何より僕も楽が小咲さんを好きだというのは相談を受けていたし、僕自身も小咲さんに想いを伝えるつもりもなかった。
そんな僕の心情を恐らく、もう一人の幼馴染と同じぐらい察してくれている宮本さんの行動にはとても感謝してる。
「おはよ、楓」
「おはよう、集」
「楽はどうした?」
「ギリギリに来ると思うよ、送りにリムジンって話してたし」
「ははっ!」
お腹を抱えて笑うこの青年、舞子集が幼馴染である。彼とは幼稚園からの腐れ縁であり、僕は何回か別クラスになることもあったが楽とは、小、中、高校と全ての年度でクラスが同じという偉業も達成している。
彼も小咲さんや宮本さんと同じように楽の平凡な生活というものを目指してるのを知ってるし、恐らくそれが無理だとということが分かったのだろう。
集もまた誰かに呼ばれ、僕は窓際の席で本を読もうと鞄から小説を取り出しふと外を見た時だった。
金髪でロングヘアーの女の子が塀を飛び越え、見事に楽の顔に足をぶつけた瞬間を。
「………え?」
「楓くん?どうしたの?」
「………ふ、ふふっ」
「楓くん!?」
「だ、大丈夫、ふっ、あははっ!」
偶然、隣の席まで戻ってきていた小咲さんが本を落とした僕を心配に思ったのか声をかけてくれたのだが、それよりも今見てしまった光景が忘れられず、僕は笑いながら必死に小咲さんに大丈夫だと伝えるけれど笑いが止まらない。
そんな僕に彼女はオロオロし、背中を軽く撫でたり落ち着くようにしてくれるけれど、僕はあの瞬間が忘れられなくて暫く笑いっぱなしだったけれど、落ち着いたから大丈夫だと伝えようとした途端、視界に現れる鼻血を出した義兄。
「笑い死ぬ!僕を笑い死にさせたいの!?」
「はぁ!?楓、お前人の顔見て笑うなよ!」
「い、一条くん!?その怪我どうしたの!?」
さっきの瞬間を思い出したのもそうだけれど、僕は楽の鼻の両穴から垂れる鼻血を見たことで収まったはずの笑いがまた戻ってきた。
一般的に片方の穴から出る鼻血が両穴から出ている、それだけでも面白いと言うのに本人が一向に気付いていないのだから笑うしかない。
大笑いしてる僕とは違い、小咲さんはさらにオロオロしてる中で騒ぎを聞いた集が戻ってきて楽の顔を見て目を見開いた。
楽はそんな僕たちに起きたことをそのまま話してくれるのだが、そのせいで僕はさっきの見た瞬間を思い出してしまい、笑いをこらえるだけで一苦労で、集は信じられないと楽を見つめるのみ。
「はあ?女通り魔にやられたぁ?」
「バカ言え。うちの学校の塀、2m以上あるだろ。それ飛び越えて膝蹴りってどんな女の子だよ」
「はあー、いや集、信じられないけど事実だと思うよ。僕もさっき窓から見て笑ってたからね」
「…マジかよ、いやそれで笑い死にそうになってたのか」
何とか笑いが止まって僕がそう言えば、苦笑を浮かべながら視線をやる集に僕は頷く。
流石に経験者と同じ場面を見た人がいれば、集も信じられなくても信じるしかないと割り切ったようだ。
「ちょっと待って、今、絆創膏を……」
「え?いいよ小野寺、こんなのティッシュ詰めてほっときゃあ……」
「一応言っておくとね。鼻すりむいてるよ、楽」
「…まじか」
僕たち三人で会話を広げる中、隣の席で鞄を漁ってる小咲さんを不思議に思っていれば、どうやら絆創膏を探してるようでカバンの中から絆創膏を取り出した。
肩まで伸ばした綺麗な黒髪がふわりと揺れ、探してる間に顔にかかったのか右側のもみあげを耳にかけ直し、絆創膏を楽に貼ろうと前に出る。
「ほら、ばい菌入ったら大変だから!」
「おう、サンキューな」
楽の鼻に絆創膏を貼った小咲さんに、僕は常に絆創膏を持ってるなんて小咲さんは凄いなと思わず感心してしまう。
もしかしたら、女の子は持ってる子が多いのかもしれないけれど、いつ使うのかも分からない絆創膏を持ち歩いてるのは彼女の優しさの一つだろう。
目の前で照れてる義兄の姿を見て、僕も諦めたとはいえ感じるものはあるわけで、静かに座って本を読もうとすれば視線を感じて、ちらっと視線を向けられてる方に目をやれば集と目が合う。
「あいつもさっさと告白すればいいのになぁ」
「ヘタレだからね」
呆れたように笑う彼に僕も苦笑しながら返せば、それもそうかと納得されてるあたり楽は楽である。
さて、今度こそ本を読もうとすれば集に名前を呼ばれ、今度はなんだろうと目を向ければ嫌な予感をさせる目線。
ニヤリと笑ってるその顔は、彼がいつも突拍子もないことをやる前にする顔にそっくりなのだが、僕はこの顔をされるとだいたい厄介事に巻き込まれたことしかない。
「そーんで、楽の浮いた話は聞いたことあるのに楓のは無いんだが好きな人とかいねーの?」
「…好きな人?」
「おう、楓くんの好きな人だよ」
「え、楓、お前好きな人いんの?」
「楓くんそうなの!?」
集の余計な一言が聞こえてしまったのか、楽と小咲さんまで反応するし、小咲さんの近くにいた宮本さんも黙ってはいるけれど視線だけはこちらに向けてくる。
僕はブックカバーを撫でながら、ふっと息を吐いてニコリと微笑む。
「いないよ」
「なぁんだ、つまんないなぁ」
「びっくりしたわ、好きな人出来たら俺に教えろよ!兄貴なんだから!」
「はいはい」
担任のキョーコ先生が来たタイミングもあり、皆がバラバラに自分の席に戻っていく中、隣に座った彼女だけは少しだけ僕の方に身体を前に倒してくる。
「えっと、小咲さん?」
「わ、私も、皆みたいに力にはなれないかもしれないけれど相談ぐらいなら乗れるからね…!」
「────っ」
恋する女の子は可愛い、なんて随分前から異性の誰よりも傍で見ていたから実感していた。
でも少し頬を赤く染めて、両手をギュッと力を込め、ただただ真っ直ぐと向けられたその眼差しに僕は息を呑む。
僕は黙って本を机に置き、友達として応援しようとしてくれてる彼女に向けて微笑み、僕はありがとうと伝えた。
「楽のこと、名前で呼べるといいね」
「うぅ……」
実らない恋だと知ってる。
だから、せめて君が幸せに笑う時間を近くで見れればいい。
そう、僕は少女漫画で言うならば、主人公とヒロインを引き立てる脇役Aだ。