ボクは脇役A 作:アップルパイ
いい人だけど、恋愛対象にならない。
小咲さんのお陰で授業中、ノートをとる時も黒板を見るときも髪が邪魔にならずにスムーズに授業を受けることが出来た一時間目。
授業が終わるチャイムが鳴って挨拶をし、座席に座りながら板書が終わったノートと不要になった教科書を片付ける。
この休み時間の間に次の授業の準備を進めれば、突然聞き慣れた人物の大きな声を聞いて驚き、ペンケースに入れようとした消しゴムを落とす。
「はい、消しゴム落としたよ」
「ごめん、ありがとう」
「ううん。でも、一条くん急に大きな声出してどうしたんだろう」
「さぁ、でも気になるから僕聞いてくるよ」
「あ、私も行くよ!」
座席を立ち上がり、自分の制服のポケットやシャツなどを触りながら無いと騒いでる義兄のもとに行き、声をかければガバッと僕の肩を掴んでくる。
流石に痛くて離してもらい、何があったのかと聞けば楽は焦ったように僕の顔を見てくる。
「無い!無い!」
「楽痛い、離して。それでどうしたのさ」
「無いんだよ!」
「無いのはわかったけど、何が?」
「俺のペンダントが無いんだ!気づいたら首にかかってなかったんだ!」
ペンダントと言われて脳裏に過ぎったのは、僕が今朝普段なら置いていったけれど今日は胸元のポケットに入ってる物と同じ形のもの。楽は僕と違って、小さい時から何があっても肌身離さず大切に持っていた宝物の事だった。
10年前、僕が持ってるものと同じ形のペンダントを好きな女の子と約束を交わしたもので、楽はずっとその子を探して持ち歩いていたものだからこんなに焦ってるのだろうと察する。
僕は念の為、急に自分のがあるか不安になって自分の胸元にあるかを制服の上から触れれば、チャリっと金属の感触と音が聞こえて僕のはちゃんとここにある事を確認する。
「途中で落としたんじゃない?帰ったら探してみようよ、あと一応キョーコ先生にも聞いてみたら?落し物で先に見つかってる可能性も」
「…いや、きっとあの時だ」
「あのとき?」
「お前が俺に膝蹴りを喰らわせたあの時!あの時以外あり得ねえ!」
「はぁ!?」
「そんなの一人で探しなさいよ」
「何言ってんだ!さっきも言ったけど、お前の膝蹴りを喰らった時以外あり得ねえ!てめーにも責任あんだろ!」
焦った顔をしていたのに、急にそう言って桐崎さんを睨みつけながら指を指して怒鳴るものだから僕も流石に困惑する。
大切なものなのはわかってるし、僕だって楽のこの10年間を見ていたから焦る気持ちもわかるけれど、だからといって証拠や理由もないのに桐崎さんに怒りをぶつけるのは少し違うと思う。
というより、普段の楽ならもう少し落ち着いて考えるし発言するのに、今日に限っては出会い方が最悪だったからか桐崎さんに対しての態度がなかなかに酷い。
そして指をさされて睨まれた桐崎さんも素っ頓狂な声を上げ、食ってかかるように言い返す。
「楓くん、一条くん何があったって?」
「あぁ、楽って昔から大切にしてるペンダントがあってさ。それを失くしたらしいよ」
「ペンダント?」
「うん、ちょっと待って。楽のものじゃないんだけど」
僕と一緒に楽を気にかけてくれていた小咲さんに、こっそり話しかけられて僕は自分の胸ポケットに手を突っ込む。
それから少し冷たい金属を指先に触れ、僕はそれを掴んでから小咲さんに見えるように見せれば小咲さんは目を見開いて固まる。
「これ、僕のなんだけど楽も色違いで同じものを持ってて。楽は毎日持ってる大切なものなんだ」
「……これ」
「小咲さん?」
「…あ、ううん、私の見間違いかな」
「気になるなら貸そうか?」
「へ?」
「僕は楽みたいに毎日身に付けてるわけじゃないから」
「で、でも大切なものじゃ」
「うん、大切。でも、楽ほどじゃないよ」
ペンダントを見てから何処か浮かない顔をしてる小咲さんが気になり、僕は小咲さんの手のひらに僕のペンダントを乗せて渡す。
不安げな表情の理由は分からないけれど、僕は楽のように結婚の約束をしてたわけではないし、毎日身に付けていたわけでもないから少しの間自分の手元から離れても問題ない。
「…楓くん」
「それに小咲さんなら大切に扱ってくれるでしょ?」
「も、もちろん!」
「あははっ、小咲さんなら僕も大丈夫だって思うからさ。帰る時までに返してくれればいいから、気になるなら見ていいよ」
「…じゃあ、少しだけ借りるね」
「うん、どうぞ」
ギュッと僕が持っていた時よりも大切に持ってくれる姿を見て、ギュッと心臓が苦しくなるけれど僕は頷く。
そして、本日三度目となる言い合いを始めたバカ兄貴に僕は溜息を吐く。いい加減クラスの皆にも迷惑をかけそうだし、僕は小咲さんに一言伝えてから義兄と桐崎さんのもとに行って肩に手を置く。
ほぼ同時に勢いよく振り返り、僕に視線を向けて睨んでくるものの、僕はニコリと笑って二人にどう説得しようかなと考えるだけだ。
そんな僕を見て後ろで集を始め、クラスメイトが物凄い勢いで離れていったことは少し気になるけれど。
「楓!お前からも言ってくれよ!」
「こいつの弟だか知らないけど、あんたからも言ってよね!」
「二人ともストップ、ここは何処でしょうか」
「…か、楓さん?」
「…え?」
「ここは学校で教室なんだ、二人の気持ちはわからなく無いけど周りを見て」
「……ハイ」
「……ウン」
「僕の言いたいことわかるよね?」
「スミマセン」
「ゴメンナサイ」
「放課後にでも二人で話し合って、無理そうなら僕も入るし」
怒鳴ることはせずに、淡々と僕が笑いながら説得しながらトントンっと二人の肩を叩けば、さっきまでのことが嘘のように二人はずっと僕に頷いたり、ゴメンナサイしか言わなくなっていく。
僕は迷惑をかけてしまったクラスメイトにも謝ろうと、くるっと振り返ったら何故か全員から距離を取られていて僕はポカンっとしてしまう。
「え、何で皆、僕から離れてるの」
「…神様、閻魔様、楓様だな」
「集?」
「いいえ何でもございません、失礼をお許しください」
「えぇ…?」
「…彼、しっかりヤクザの血が流れてるわね」
「るりちゃん…!」
怒ってるつもりはなかったんだけれどなと、僕は頬を指で掻きながら気まずくなってしまい、2限目を告げるチャイムが鳴るまで違う意味で居づらい空気を耐えることになってしまった。
あれから楽と桐崎さんはちゃんと言い合いをすることはなく、何回か白熱しそうなタイミングはあったけど、その度に集が僕のことを連れてくるものだから二人は何も無かったかのように肩に手を置き合って仲良いアピールをしていた。
「楓くん!」
「小咲さん?」
「ペンダント、ありがとう」
「あぁ、うん。何か思い出せた?」
「え?」
「いやペンダントの話になった時、何か浮かない顔してたからさ」
「…ううん、私の勘違いだったみたい」
「そっか」
「…そのペンダントって、一条くんとお揃いで買ったの?」
「違うよ、10年くらい前かな。僕と楽が貰って、それから持ってるんだ」
「じゅっ…!物持ちいいんだね……」
「…まあ、僕は楽みたいに肌身離さず持っていたわけじゃないから」
教室から出て廊下を歩いていれば声をかけられ、振り返れば小咲さんが走ってきたのか僕の手に貸していたペンダントを返される。
確かに、言われてみれば10年前に貰ったものとはいえ、僕のも楽のも随分綺麗に残ってるなと思う。
ペンダントを眺めながら、僕が持ち歩いていないことを苦笑しながら伝えれば小咲さんは何処か悲しそうに、でも何か思いつめたような顔をしていて僕は不思議に思う。
「小咲さん?」
「あのね、普段持ち歩いてなかったとしても、大切にする方法は人それぞれだと思うよ」
「……。」
「大切なもの、貸してくれてありがとう」
「あ、うん、どういたしまして」
宮本さんのもとに駆け出していく彼女の背中を見送り、僕はこの日を境に首にかけることはしないけれど、胸ポケットにペンダントを入れて持ち歩くことが増えた。
あれから数日、楽と桐崎さんは何とかお互いに苛立ち、喧嘩しながらも放課後は時間を見つけては楽のペンダントを探していた。
僕ももちろん手伝ったけれどなかなか見つからず、楽の深い溜息が日に日に増えていく。
「にしても、なかなか見つからないな」
「……あぁ」
「小咲さんにも僕のペンダント見せたし、形を覚えてくれて探すの手伝ってくれてるんだけどなぁ」
「小野寺…!!」
「僕も探してるんですけど?」
「ありがとうございます楓様!!」
「とりあえず、同じ場所探してても仕方ないか。僕はもう少し奥に行ってみるから」
「あぁ!まじでありがとな楓!」
「はいはい」
見つかってないけれど、今にも泣きそうな義兄に僕は手をヒラヒラと振ってテキトーに返事を返す。
少し奥まで歩いて僕は制服のジャケットを脱ぎ、汚れなさそうな芝生に放置してワイシャツの袖を折って捲る。
教室の窓から眺めていたから、もし何処かに飛んで行ったとしても距離とかなんて分からない。さらに運が悪いことに楽と桐崎さんが出会った場所は、木などが生い茂っていたりするからペンダントも見つかりにくい。
制服のズボンが多少汚れてしまうのは致し方ない。
僕は四つん這いになり、ペンダントを探していくけれど、見つかるのは誰かがポイ捨てした空き缶やペットボトル、食べ終わったコンビニ弁当などのゴミ達。
いっその事、ここまで来たらついでに掃除しながら探すかと思い、片っ端からゴミを拾っては立ち上がり、後でまとめて捨てるために一点の場所に置く。
そこまで多くない量とはいえ、結局捨てるのだから帰りにごみ袋を用務員さんに貰ってこようと考えながら生い茂る中に突っ込んでいく。
途中でどこかの生徒が植物に水やりを定期的に行っているからか、地面が濡れて泥になってる場所があって気付かずに手と足をつけてしまい、滑りそうになるのを何とか耐えて起き上がる。
「……あー、最悪だ、泥に突っ込んだ」
「楓くん?」
「え?」
まだ春とはいえ、日差しが強い中で探し続けていたからか汗が出てきて、腕で拭っていれば名前を呼ばれる。放課後だし、あまり人気のない場所なのに誰かと思って振り返れば驚いた顔をした小咲さん。
放課後は部活動がある生徒や委員会の生徒以外は、基本的に早く帰る人が多いし、家の手伝いをしてる小咲さんがこんな時間までいるのは珍しいな。
生い茂る草木の中から出て、小咲さんにどうしたのかと聞こうと思えば、僕の顔を見て大きな目をさらに大きくさせて、ポケットからハンカチを取りだして走ってくる。
「足もと気をつけて、水やりの時にやりすぎたのか水が溢れて泥があるんだ」
「うん、ありがとう。楓くん、顔に泥ついてるよ」
「え?どこだ」
「腕で拭っちゃダメ。広がっちゃうよ、動かないで」
「いや、いいよ。ハンカチ汚れちゃうし」
「いいの、ハンカチは汚れるものだもん」
「…ありがとう」
「ふふ、いいえ」
「こんな時間まで残ってるの珍しいね」
「…私も、一条くんの探し物を手伝おうと思って」
「…そっか。家の手伝いとかで忙しいのに、ごめん」
「ううん!大切なものだもん、人手が多い方が見つかるよ!」
楽よ、ここに女神がいるぞ。
もっと手前側の方で探してる義兄のことを思いながら、僕は小咲さんにもう一度お礼を伝え、茂みの中は既に汚れてる僕が担当して、汚れる心配がなさそうな場所を小咲さんに頼んで探し物を再開する。
こんなに探してもないとなると、誰かが届けて出したのか?
もう一度、楽に学校側に聞いてみたりするべきなのではと思い、小咲さんに声をかける。
とりあえず楽に提案しようと思い、楽がいる場所の方に向かえば、楽と桐崎さんの姿が見えてくる。
何だかんだ、桐崎さんもあんなに言い合いしても手伝ってくれてたんだと思っていたら二人の雰囲気が悪くて僕は足を止める。
「あれ、桐崎さんと一条くん」
「待って、小咲さん」
「え?」
「…何か、様子が」
2人が出会った初日から、いつか楽と桐崎さんのストレスが爆発する日があるだろうとは思っていた。
無理やり抑えた僕の責任でもあるけれど、どうにか穏便に、出来ることなら仲良くなって欲しいという思いが僕の中であった。
だけど、僕自身もやる事があったりして、あんまり楽に時間を割くことが出来ず、楽が爆発しないように話をちゃんと聞けていなかった。
それに実は一瞬だけ思ってしまった。
このまま楽が約束の女の子の事ばかり気にしていたら、小咲さんから意識は離れて、少しは僕を見てくれる可能性があるんじゃなんて、醜くて穢い感情がチラつかせてしまった。
「うるっせぇな!!だったらもう探さなくていいからどっか行けよ!!!」
楽の怒鳴り声が離れた僕達にも聞こえる。
桐崎さんが来てからは良く聞くようになった楽の怒鳴り声とは比べ物にならないドスの効いた声が聞こえ、僕と小咲さんは楽の姿に驚いてあと一歩が踏み出せない。
楽の心情でも表してるかのように空は雲で暗くなっていき、ごろごろと雷の音が鳴り初め、次第にぽつぽつと雨が降り出してくるけれど、僕たちはただ二人の姿を黙って見つめる。
どうすればいい、楽に話しかけるべきだろうか。でも、ここまで本気で女性に対して怒鳴ってる姿なんて僕も見た事がないし、楽は僕と違ってあのペンダントと約束を本当に大事にしていた。
だけど、その約束もペンダントも当事者じゃない桐崎さんにとっては確かにここまで大事にすることなのかと思ってしまう気持ちも理解できない訳じゃなくて。
「…わかった」
雨の中、桐崎さんのその一言だけがこの場に残り、桐崎さんは黙ってこの場を去っていく。
チラッと楽の方を見るけれど何も言わずに顔を伏せていて、僕を追いかけてきた小咲さんも、このままでは濡れて風邪をひいてしまうかもしれない。
それは一番避けたい、彼女は僕たちのことを思ってここに残ってくれていたのに巻き込むことはしたくない。
「…小咲さんは戻ってて」
「…で、でも」
「このままじゃ君が濡れて風邪ひくよ。僕ので申し訳ないんだけど、これかぶって走って」
「そんな、楓くんの制服が濡れちゃうよ!」
「制服ぐらい乾かせば問題ないよ、僕の席にでも掛けといて」
楽の傍にいたいのだろうけれど、ここで小咲さんが風邪を引いてしまったらそれこそ楽は気にしてしまう。
小咲さんが濡れないように僕の制服で申し訳ないのだが、彼女にジャケットを頭の上にかけて、急いで中に戻るように言えば最初は戸惑いがちだったけれど小咲さんは僕の制服を持ったまま中に走っていった。
その間も微動だにしない楽の背中を軽く叩けば、やっと目が合う。
「落ち着いた?」
「……わりぃ、つーか俺、女子相手に怒鳴っちまった」
「僕こそごめん、抑えさせといて話を聞いてなかった。まあ、怒鳴るのは良くなかったかもね」
「…はぁ、だよな。てか楓は悪くないだろ、教室で怒鳴りあってた俺たちが悪い」
「あのさ、ここまで濡れたんだしこのまま濡れて帰らない?」
「…いいぜ、風呂だけ竜に沸かしといてもらうか」
「僕から連絡しとくよ、傘がぶっ壊れたってね」
「ふはっ、そんなこと言ったら間違いなく迎えに来るじゃねーか」
「リムジンは嫌だから黙って帰ろうか」
「だな」
教室に戻った頃には桐崎さんの姿も小咲さんの姿もなく、僕が伝えた通りに椅子にジャケットがあると思って席に近付くもジャケット無い。
あれ、置いといていいと伝えたのになと思いながら探すも、見当たらなくて不思議に思っていれば、メールの着信音が鳴って僕はポケットから携帯を取りだして確認する。
相手は恋愛相談のためにアドレスを交換していた小咲さんで、僕のジャケットはどうやら彼女が持って帰っていて、乾かして綺麗にして明日返しますという趣旨の内容。
気にしなくてよかったのにと思いつつ、制服に関しての返事とわざわざありがとうという文、それから楽のことを少し書いて送り、僕は楽と共に校舎を後にした。
翌朝、僕は普段家を出る時間よりも早く出て走って学校に向かえば、既にそこには先客がいた。金髪の綺麗な髪を頭の上で縛り、汚れるのも厭わないと言わんばかりに四つん這いになって茂みの中を探してる姿。
「桐崎さん」
「っ!?あ、あんたは…!」
「一回立って、膝が汚れてる」
「……ほっときなさいよ、関係ないでしょ」
「関係なくない、それに見られたら嫌でしょ?」
「…うっ……。はぁ、分かったわ」
会いたくないやつが来たと顔に書いてあるものの、僕の考えに一理あるのか渋々立ち上がってくれて僕はハンカチで膝に付いていた土を落とす。
そして、僕は鞄を地面に置いてシャツとズボンを捲って桐崎さんに向かって笑う。
「汚れそうなとこは僕がやるから、桐崎さんは汚れにくい場所見てよ」
「は、はぁ!?そしたら、あんたが汚れちゃうじゃない!」
「僕は言い訳できるし」
「…それは」
「ほら、時間も限られてるから」
「…ふんっ、分かったわよ」
「んじゃ探そう……って、桐崎さん、まさか塀に登る気?」
「何よ、文句ある?」
「いえ、無いです。怪我だけ気を付けてください」
これならきっと大丈夫。
僕は勝手にそう思いながら、またいつものように茂みの中に潜った。
とはいえ、いくら何でも塀に登るのは予想外だ。