ボクは脇役A 作:アップルパイ
決して、友達の枠を超えないように。
少しでも気分を変えて欲しくて、ジョギング程度のスピードで走りながら僕はチラッと後ろを走る小咲さんの表情を伺う。
最初は僕の行動に驚いていたけれど、次第に暗い表情がなくなっていくのが分かり、僕はゆっくりとスピードを落として最後は歩くぐらいにペースを落とす。
振り返って暗かった表情が消えたことを確認していれば、呼吸を落ち着かせてる小咲さんと目が合う。
「少しはスッキリした?」
「っ、うん」
「走るのもさ、たまにはいいでしょ?」
「ふふ、うんっ」
偶然、近くにあった自販機の前まで歩いてポケットから財布を取り出し、小銭を入れ、お茶を二本購入して一本を小咲さんを差し出す。
キョトンっとした顔だったけれど、僕とお茶を見てから彼女は焦りだし、トートバッグから財布を取り出そうとしているのを見て僕は止める。
「走らせちゃったお詫び」
「え、ダメだよ!待って、今お金出すから」
「ははっ、そんな飲み物一本ぐらい気にしないで。ほら、まだ春とはいえ喉が渇く前に水分は取らないと」
「うぅ……。ありがとう、今度は私が買うね」
「んー、じゃあ覚えてたらでいいよ」
「そう言って、いつも楓くん誤魔化すんだから。私はちゃんと覚えてるよ!」
ぷくっと頬を膨らましながら僕からお茶を受けとり、彼女は飲む前にもう一度僕にいただきます、と伝えてからお茶を開ける。
そんな彼女に、僕は既に飲み物を飲んでいたから口が塞がれていたため、どういたしましての意味を込めて頷き返す。
自分では自覚していなかったけれど、身体は緊張状態だったのかペットボトルの蓋を閉めてから残りの少なさに驚く。
僕が想像していたよりもどうやらかなり喉が渇いていたようで僕は自分の動揺っぷりに苦笑いをしてしまう。
小咲さんも何口かお茶を飲み、落ち着いた様子なのを確認してから僕はまた小咲さんの家の方向へ歩き出せば、彼女も僕の隣をゆっくり歩き始める。
歩幅やペースを気にしながら、どうやって楽と千棘さんのことを説明しようか悩む。
「楓くん」
「うん?」
「あのね、さっきから気になってたんだけど。楓くんって剣道習ってるの?」
「剣道?やってないけど」
「でも、今持ってるそれって竹刀じゃない?」
「……あっ」
「あれ、聞いちゃダメだったかな…?」
「いや全然!ただ、まあ、ある意味で戦うのに必要で持ってきたというか、念の為というか……」
「…た、戦う?」
「あー、その……」
今さっきまでのことに動転していて、自分が竹刀袋に木刀を入れながら持ってきていたことをすっかり忘れていた。
首を傾げてる彼女を見て、僕はもう変に隠すことはせずに最初から全て話してしまった方がいいと判断し、僕は頭の中で近くに座れる場所はなかったかを思い出すがいい場所が浮かばない。
出来れば人気の避けた場所を選びたいのが本音だけれど、場所を選んでる余裕もない事は目の前の彼女の様子を見ていれば分かる。
何処でもいいから、いっその事ヤクザやギャングの男達が行かなそうな場所はないかと考えば、ふと思い出すのは最近出来た新しいお店。
「…小咲さん、もし良かったらなんだけど」
「うん?」
「最近、この近くで新しいお店が出来たの知ってる?さつまいもを使ってる」
「知ってるよ!専門店だったよね、私も気になってたんだ」
「僕なんかであれなんだけど、もし良かったら今からそこに行ってみない?少し話したいこともあるんだ」
「もちろん!行こっか」
「ありがとう」
「ふふ、でも楓くんがスイーツって少し意外かも」
「え、そうかな」
「聞いたこと無かったなぁって、ちょっとだけね」
口元に手を置いて、クスクス笑ってる彼女に誘ったのが僕だったけど良かったのかなと不安に思っていた気持ちが消えていく。
確かに、あんまりスイーツを食べるって話は彼女にしてこなかったなと今までのことを思い返してみれば、彼女は笑顔から急に眉毛を八の字にして少し不安げな顔になる。
「でも普通の喫茶店とかじゃなくていいの?」
「僕は何処でも、それに小咲さん大学芋好きって言ってたでしょ?」
「………へ?」
「そのお店さ、一番の人気は大学芋だってビラに書いてあったんだ。休日で混んでるかもしれないけど、行くなら丁度いいかなって思ってさ」
小咲さんは甘いものや和菓子が好きだけど、特に大学芋が好きだと前に言っていたからちょうどいいだろう。
そう思って僕は歩いていたけど、なかなか歩き出さない彼女を不審に思い振り返れば固まってる彼女を見て内心焦る。
もしかして、好みが変わってしまっただろうか。そうなると、彼女にとってはあまり魅力的なお店では無いかもしれない。
急いでこの辺りのお店や喫茶店を思い出し、彼女が好きそうな別のお店はなかったかと思い出そうとすれば、聞き取れない小さな声で何かを言われた気がして僕は一度思い出すことを辞める。
「ごめん、小咲さん聞き取れなかった。今なんて言った?」
「……私の好きなもの、覚えててくれたの…?」
「う、うん。前に好きだって言ってたなって……」
「……。」
「ごめん、もしかして好み変わったりした?他のお店が良かったら今から探すけど……」
「変わってない!大好きだよ、大学芋!」
「そ、そっか。なら良かった」
さっきまで驚いて固まっていたのに、ぶんぶんと顔を横に振っている彼女を見て僕は一安心する。
良かった、これで好みが変わっていたらどうしようかと思った。
僕もそうだけど、以前までは好きだったものが何かしらの理由をきっかけに苦手になってしまうことは珍しくないから本気で焦ったのだ。
とはいえ、だいたいの場所はわかっているものの、行ったことないお店だから僕は携帯を出してルートを確認する。
「楓くん」
「んー?」
「ありがとう、覚えててくれて」
「え?」
「さっき、楓くんは自分は優しくないって言ってたけどやっぱり優しい。だって私がした話を覚えてくれてて、私が好きそうだからってお店も提案してくれたんだよね?」
「……。」
「私にも今度教えてね、楓くんの好きなもの」
正直、彼女の嬉しそうに笑う笑顔が僕に向くことは無いと思っていた。
いつだって、その笑顔は義兄に向けられていて、誰にだって分け隔てなく接する彼女だけど、彼女の特別はいつだって楽のものだったから。
僕から見て千棘さんの笑顔は夏の花を代表する向日葵のような笑顔ならば、小咲さんには何処か儚さがあり、僕はその儚さが桜のようだと勝手に遠目から見ていたがそれは僕の勝手な想像だった。
花に詳しいわけじゃないけど、小咲さんも夏の花が良く似合う笑顔だった。
「……うん、今度教えるよ」
「約束だよ?」
「うん」
「ふふ、じゃあ行こっか」
── あぁ、僕、やっぱりこの人が好きだな。
素直にそう思ったけど僕は口に出すことなく、大学芋を楽しみに笑う彼女を横目で見ながら僕達は新しいお店に向かう。
僕たちがいた場所からそのお店は案外近かった。店内も休日だけどすんなり席に案内され、僕はアイスコーヒー、彼女はアイスティーと大学芋を頼んで届くまではなんてことない話をした。
頼んでいたものが届き、小咲さんが大学芋を食べて精神的に余裕があることを確認してから、僕はもう一度なんて話だそうか考える。
からんっと氷が溶けて、グラスの中で揺れる音が僕たちの間に響く。
「小咲さん、それで話なんだけど」
「あ、うん」
「…楽と千棘さんの事で」
「…うん」
「率直に言うと、二人は付き合ってないよ」
「……え?」
傷付いた顔をした彼女を見て、僕はテーブルの下にある手に力が入る。
やっぱり隠すのは良くない。楽と千棘さんのことを全部話して、その上で小咲さんを応援しようと決め、僕はハッキリと告げた。
僕の言葉にポカーンっと顔をした小咲さんに、もう一度本当の恋人ではないとハッキリ伝えれば困惑した様子で、僕は千棘さんの家のことを言うか迷ったけどこの際仕方ないとある程度話すことに決める。
それに、僕だけじゃあの二人のフォローなんて出来る気がしないのだ。小咲さんをヤクザとギャングのことに巻き込むのは嫌だけど、何れは僕だけじゃ絶対に対応できなくなる。
「僕と楽の家が特殊なのは前に話したけど覚えてる?」
「う、うん。集英組って名前のヤクザだったよね?」
「そう。その家関係なんだけど、楽と千棘さんが恋人のフリをしないと最悪の場合、戦争になるって話になって」
「戦争!?」
「こ、声!」
「あ、ごめんなさい…!」
「いや僕こそごめん。それでその戦争を避けるために、二代目である楽が千棘さんと恋人のフリをすることになったのが昨日なんだ」
「……そう、なんだ」
「…だからさ、えっと」
「楓くん?」
「つまり、楽のこと諦めるの早いって僕が言ったのはそういうことなんだ」
僕は別に二代目になれないことに不満を感じたことなんてなかった。
元々、一条家の人間じゃないし、孤児だったところを父さんが救ってくれただけでも僕からしたら幸運だった事だから。
でも本当のことを言うと、楽や千棘さんが言ったことは僕だって考えなかったことじゃないし考えとして過ぎらなかったわけじゃない。
もし僕が二代目であれば、若しくはその候補であれば楽ではなくて僕が千棘さんと恋人のフリをすれば、小咲さんが今こうやって傷付くことは無かった。
僕が傷つくことに関してはとっくに覚悟していたし、小咲さんを応援すると決めた以上分かりきっていたことだから特に問題なんてなかった。
自分がヤクザに入ったことも後悔したことは一度もない。他にもヤクザになった理由はあるけど、その中に孤児だった僕を引き取ってくれた父さんへの恩返しの意味もあったから。
だから不満なんて一切感じてなかったのに、まさか家の事で小咲さんが傷ついて苦しむことになるなんて予想外で嫌だった。
片想いで、実ることがない僕と違って彼女は楽と両想いであるから余計に。
「…そっか、そうだったんだね」
「小咲さん?」
「…私ね、ずっとるりちゃんに言われてたんだ。早く勇気出さないと、一条くんを他の女の子に取られても知らないよって」
「……。」
「…桐崎さん、とっても綺麗で可愛くて。それに二人とも、すっごくお似合いだったから本当に」
「…小咲さん」
「…ねぇ、楓くん。私、まだ間に合うかな…?」
こんな顔、させたかったわけじゃないのにな。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、辛いのか、苦しいのか、嬉しいのか、多分、今この瞬間に小咲さんは色んな感情で溢れてる事は表情を見ればわかる。
僕はアイスコーヒーを一口飲んでから、出来るだけ彼女に僕の想いが伝わるように言葉を選び、慎重に口を開いた。
「…小咲さんが言うように、まだ少ししか関わってない僕も千棘さんって凄いなって思うところ沢山ある」
「…っ!」
「だけど、小咲さんにだって小咲さんにしか無い良いところ沢山あるよ?」
「え?」
「例えばだけど、小咲さんには関係ないのに楽が失くしたペンダントをずっと探してくれたり、担当でもないのに係の仕事を手伝ったり、誰かの忘れ物は必ず届けたりとかさ」
僕は目を瞑り、小咲さんと出会ってからのことを思い出す。
出会った時から視野が広くて、彼女は困ってる人がいたら放っておかない優しい人だった。
その優しさで救われた人は僕も含まれていて、閉じていた瞼を開けて窓ガラスの方に視線を向ける。桜が散り始め、葉桜が目立つようになってきた木を見つめながら僕は思い出にふける。
「休んでる子が困らないようにプリント纏めたり、迷子の子がいたら声をかけて一緒に親御さん探したり、誰かが泣いてたら決してほっとかずに傍にいたり」
「……。」
「それに誰にだって分け隔てなく接して、誰に対しても優しい。それは凄く難しい事で僕には出来ない。ね、小咲さんのいいところ沢山あるでしょ?」
これで少しは自信を持ってくれたらいいのだが、そう思って眺めていた葉桜から視線を移し、小咲さんの方を見れば頬を赤く染め、僕から視線を逸らす姿。
想像していた姿とは違って僕は唖然とするも、もしかして何か気に障ることを言ったのかと自分で言った言葉を思い出す。
よくよく考えたら、僕は友達という枠の中には収まらないような言葉を言ったことを自覚して頭が真っ白になる。
不味い、このままじゃ完全にやばい。
どうにかして誤魔化さないとと焦る反面、下手に焦ってしまえば彼女に違和感を感じさせてしまうと何とか冷静さだけは取り繕う。
「…と、友達のいいところを見つけるの得意なんだ」
「ふふ、ありがとう。でもこんなに褒められたの初めてだから、何だか恥ずかしいな……」
「……っ」
いくら何でも言い訳が苦し紛れすぎないかと自分を責めるも、小咲さんは特に疑わずにいてくれる。
本当に照れくさそうに、でも嬉しそうに笑うものだから、僕もどれだけ冷静な自分を取り繕っても隠せなくなって顔を伏せる。
「え、えっと、話は戻るんだけど、私は一条くんたちが困ってたらフォローしたらいいのかな…?」
「あ、あぁ。迷惑かけるけどお願いします」
「全然迷惑じゃないよ…!」
僕自身、少し気まずい空気が流れを感じていれば、彼女がどうにか会話を続けてくれるけどそれも途切れる。
これ以上自分が何か口を滑らせないように、少しでも紛らわせるためにアイスコーヒーが入ったグラスを勢いよくとって吸い込むけれど、ズズっと大きな音が鳴るだけで慌ててグラスの中身を見れば空っぽで氷のみ。
タイミング悪すぎるだろと内心文句を言ってれば、同じ音が前からもして顔をあげれば、僕と同じように顔を赤くしてストローで飲み物を吸おうとして空だった小咲さん。
お互いに視線が合い、更に何とも言えない空気が漂う中、僕達はほぼ同時に空になったグラスをコースターの上に戻して黙り込む。
だんだん、さっきまでの自分たちに笑えてきて二人で笑う。
「ふ、ふふっ、同時に無くなっちゃったね」
「うん、そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
「送るよ」
「え、でも楓くんのお家って反対じゃ」
「もう夕暮れだし、付き合わせたお礼」
伝票を手に取り、僕がレジに向かおうとすれば小咲さんは慌てて追いかけて来て、また自販機同様にお金の事で揉めるものの、何とか僕が払って外に出る。
隣を歩く小咲さんはまだ会計のことが納得してないのか、むすっとしていて僕は苦笑しながらも触れることはしない。
専門店と小咲さんの家はそこまで離れていなくて、10分もしないうちに見慣れた暖簾が見えてくる。
「…じゃあ、ここで」
「…本当にいいの?私、今日何も払ってないのに」
「気にしないで」
「…ありがとう、でも今度は絶対私が払うからね!」
「うん、わかった。じゃあまた明後日、学校で」
ギュッと両手を握りしめ、僕に宣言する彼女に笑う。
また二人で出かける機会があったら嬉しいけれど、自分がまたやらかさないかだけ心配だなと考えながら、僕は来た道を戻ろうとすれば名前を呼ばれる。
「楓くん」
「ん?」
「頑張るね、一条くんのこと」
「うん、応援してる」
「私、楓くんと友達になれて良かった」
「────。」
「あと送ってくれてありがとう、また学校で!」
笑顔で手を振ってくれる彼女に僕も手を振り返し、帰る方向に体を向けてから一度も振り返ることなく曲がり角まで真っ直ぐ歩いていく。
曲がり角で曲がった瞬間、僕は溜息を吐きながらコンクリートの壁に寄りかかって夕暮れの空を眺める。
「……友達になれて良かった、か」
嬉しい言葉だ、喜ぶべきだろう。
でも、素直に喜べないのは僕と彼女で明確に相手に思ってる感じてる感情が違うから。
家に帰れば恐らく、集英組やギャングの監視の中でデートをしてストレスが溜まっているだろう楽のメンタルケアに回らないといけない。
その状況の中で、この複雑な気持ちを抱えながら過ごすのは僕にも来るものがあるからどうにか帰宅中に切り替えようと決めて歩く。
この時から学校が始まる明後日が色んな意味で怖いなと思ってはいた。
思ってはいたけど、まさか学校に行く前から今はまでの日常からかけ離れた日常に変わるとは予想しておらず、まず初めに外に出たらまさかの千棘さんの姿。
「…おはよう、ダーリン、楓」
「これ、僕だけ先に行ってもいい?」
「…やめろ、頼む、置いていくな」
「…置いていったら許さないわよ、楓」
「まあ朗報で千棘さんには伝えれてなかったけど、一昨日会った小咲さんに二人のことざっくりと説明しといたよ。偽物の恋人だから大変そうにしてたらフォローしてあげてって」
「ほんとに!?楓アンタ最高よ!このもやしとは比べ物にならないくらい頼りになるじゃない!」
「んだとコラ!!」
「だから二人が下手なことしない限り、学校ぐらいは気楽に過ごせると思うよ。3年って長いけどさ、何かあったら僕と小咲さんがテキトーに誤魔化せばいいし」
「楓〜!持つべきものは弟だな…!」
「本当にありがとう!楓!」
「はいはい、でもクロードは平気?」
千棘さんの疲れ具合を見る限り、彼女もきっと楽と同じように質問攻めにあっていたんだろうと察し、僕は朗報を伝えて二人に出来るだけ現実逃避させる。
だけど、一番懸念しなければいけないのはビーハイブの幹部で二人が偽物の恋人になってから疑い続けているクロードの存在。
僕が二人に聞けば、楽はもう顔全部で嫌悪感を出していて、千棘さんもどうやら困っているようで疲れが更に出てる気がする。
「…一番厄介なの、マジであのメガネなんだよなぁ。あいつ、今日は?」
「さぁ…?今日は朝から見てないけど。まあ最悪、楓が相手してくれれば何とかなるわよ」
「千棘さん、僕を警備会社のテコムか霊長類最強の選手と勘違いしてない?あの人、銃弾ぶっぱなしてくるんだけど」
「楓、そう言ってるけど刀で弾いてたの覚えてるんだからね。それよりも!学校で、もし私たちの関係バレたら許さないからね!?楓が動いてくれたんだから!」
「んなの言われなくても!」
「…二人とも、教室の前だからそろそろ」
「アンタが先に行きなさいよ!私は楓と入るから!」
「はぁ!?俺が楓と入るからお前が一人で入れよ!」
「……僕は先に教室入るから二人で入れば?」
「絶対嫌!」
「ふざけんな!お前が後から入れよ!」
「はぁ!?アンタが後で入りなさいよ!」
朝から元気な二人に僕はまだ一日が始まったばかりだと言うのに、既に疲れながら教室の中に入れば、一気に視線が集まって僕はその異様さに驚く。
入口前で止まるわけにもいかず、その異様さを感じながらも中に入れば次第に僕ではなくて後ろにいる二人へと視線が集まり始めてることに気付き、僕は一つの可能性に気付いてしまう。
まさか、二人の関係が知られてる?
もしそうなら、いったいどうしてと教室中に視線を向けていれば、一人の人と目が合って僕のもとに彼女が近付いて来るのを確認し、僕も楽達に視線が向いてる間に移動する。
「おはよう、小咲さん。何があったか知ってる?」
「おはよう、楓くん。それが私も舞子くんに聞いた話なんだけど……」
「おめでとー!お前ら付き合うことになったんだってな!末永くお幸せにー!」
「なんだよそれ!いったい何の話…!」
「とぼけんなって楽!もーネタは上がってんだ!」
小咲さんの言葉が紡がれるより先に集の大きな声が聞こえ、僕は目を見開かせながら彼女に視線を向ければ、彼女も戸惑いながらも小さく頷いた。
いくら何でも伝わるのが早すぎる。
どうしてこんなに話が早いんだ、まだ二人が付き合ってる素振りなんて一昨日の土曜日に出かけた時ぐらいしかなかったし、学校内で見せたことなんて一度もないはず。
僕は唖然としながら、集を中心に盛り上がりつつあるクラスに耳を傾ける。
「一昨日の土曜日…!街で二人がデートしてるのを板野と城ヶ崎が目撃してしまったのだよー!」
「…なっ!?」
「らくぅー!オレは悔しいぞ!まさかお前が先に彼女出来るなんてよ〜!楓も教えてくれたってよ〜!」
「おー?なになに、お前ら付き合うことになったわけ?いいねー、青春だねー」
「いやいやいや…!先生まで…!」
楽が必死に弁解しようと頑張ってる中、本当のことを知ってる僕たちはどうにも出来ずに立ち竦むのみ。
流石の僕と小咲さんもこんなに話が大きくなってしまったら、誤魔化しようがないしフォローのしようがなくてお互いに目を合わせるしか出来ない。
小咲さんは今も、どうにか二人を助けられないか考えてるのか眉毛を八の字にして困った顔をしつつ、ずっと考えてくれてるけど僕は窓から見える存在に気付いてしまい頭痛がしてくる。
楽と千棘さんの両方からヘルプと目を向けられ、僕は窓から見えた存在にバレないように二人に窓を指させば二人の顔が絶望へと変わる。
今朝、どこにいるか分からないと言っていたクロードが木に登って双眼鏡を使ってクラスの中を見て楽たちを監視しているのだ。
この瞬間、僕たち3人の思いは間違いなく一致していたと思う。
──
結局、二人は最後の楽園と呼べた学校ですらラブラブカップルの演技を続行しなければいけなくなり、僕はそんな二人を見ながら溜息を吐いた。
二人も正直被害者側ではあるのだが、渦中の二人には申し訳ないのだけど僕はこれが今日から毎日だと思うと憂鬱にもなる。
「……小咲さん、ごめん。僕、もう帰っていいかな」
「楓くん!?まだホームルームも始まってないよ!?」
「あー、明日からこれが日常……」
「し、しっかりして楓くん!」
これなら、まだ片想いを隠してる日々の方が胃に優しかったかもしれない。