ボクは脇役A 作:アップルパイ
── かくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎(藤原実方朝臣)
胃薬が常備薬となることを覚悟して始まったこの生活は、僕が想像していた以上の生活だった。
高校生というとアニメや漫画でも人の恋愛事には敏感な時期。
特に楽なんて前まではヤクザの息子ということもあって友達作りも大変そうにしていたけど、本人は気付いてないが仲良くなれば容姿も整ってる方で優しいから密かに女子から人気があった。
さらに言えば、その楽の偽物ではあるものの彼女が最近転校してきたばかりの美人ハーフ千棘さんともなれば、周りにとってはこれ以上面白いネタはないと盛り上がる要素しかない。
その結果、当事者である二人はもちろんだけど、義弟の僕にまで質問の嵐で放課後になるまで僕はクラスメイトから逃げられなかった。
何とか質問の波を逃げ出して先生に頼まれたノートを運び、職員室に届けて僕はまた溜息を吐く。
「……はぁ」
「溜息多いな、一条弟。幸せ逃げるぞ〜?」
「僕の幸せならとっくに逃げてますよ……。キョーコ先生助けてください、当事者じゃないのに僕まで質問されるんですから」
「ははっ!若いうちはよくあるから頑張れ〜」
「……はぁ」
明日もこれなのかな。
そう思うと、既に憂鬱なのだが楽と千棘さんの方が大変なのは百も承知なので僕も割り切るしかないだろう。
本日何回目かも分からない溜息を吐きながら、明日からのことをボーッと考えていれば先生に名前を呼ばれる。
「一条楓くん」
「は、はい」
「君も青春しろよ?」
「……え?」
「似ていないのに、お前たち二人は揃いも揃って生きづらそうだからな」
お前たちって僕と誰のことを言ってるんだろう。
きっと楽では無いことはわかって、先生に詳しく聞こうとした矢先、先生は呼び出されてしまい聞くに聞けず、僕は帰るためにも楽がいるだろう教室に戻ることにした。
人気の少ない廊下を歩いていけば、僕たちの教室から何やら賑やかな声が聞こえて僕は入る前に扉から覗いてみれば楽と千棘さんの姿。
千棘さんが何か書いているのか席に座っていて、楽は隣の誰かの机の上に座りながら何かを思い出す素振りをしながら話してる。
また喧嘩でもしたのだろうか、無意識に周りにクロードがいないか確認していたら僕の名前を呼ばれた気がした。
「俺の場合、先にクラスメイトと仲良くなった楓がいたからノート作るのも楽だったんだよな……」
「楓?そういえば、アンタがヤクザの息子で怖がられてたなら楓もじゃないの?」
「あ、あー!それはだな!?」
「…何よ、急に挙動不審にならないでくれる?」
「そのー、あれだ!アイツは世渡り上手なんだよ」
「世渡り上手?」
「あぁ、昔から相手の考えを察したり、空気読んだりするのが得意なんだよ。だから俺と違って馴染むのも早かった」
「え、それ凄いんじゃないの?」
「すげーと思う。でも基本アイツも一歩引いてるからか、あんま本音とか言わねーけど」
「…ふーん」
「昔は笑わなかったのに、今じゃ澄まし顔も多いが笑うことも増えた!成長してくれて兄ちゃんは嬉しい…!」
「あ、わかった。あんたってブラコンでしょ?」
「ちげーよ!!」
軽蔑の眼差しで楽を見る千棘さんを最後に僕は覗いてた扉から離れ、僕はコンクリートの壁に背中を預けて身を隠す。
この辺りは幼稚園からずっと一緒という人が珍しくない地域だから、僕が一条家に引き取られた事を知ってる人は少なくない。
それもあって最初はヤクザに引き取られた可哀想な子だと、今は無いが当時は大人達に同情の眼差しを向けられた事もあったのが懐かしい。
楽は千棘さんが僕の両親のことを知らないだろうと思い、どうにか誤魔化したのだろうけど無理やり感が凄くて疑われてるし、挙句の果てにはブラコンと言われる始末。
相変わらず喧嘩に発展するのは困るし、仲がいいのか悪いのか分からないけど何だかんだ息はあっているのだから僕は苦笑してしまう。
どうせ、僕が一緒に帰らなくても二人の様子が気になってる集英組やビーハイブの強面たちがどっかで見てるだろう。
あの雰囲気を壊してまで、声をかけて一緒に帰るのは悪いから今日は先に帰ろう。
楽の携帯にメールで先に帰ることだけを伝え、静かに教室を離れて階段を降りて下駄箱に行けば先客がいた。
「…あ、楓くん」
「小咲さん?」
「今日一日大変だったね、お疲れ様」
「あはは……。まあ、僕は質問攻めにあっただけだから二人よりはマシなんだけどね」
「ううん、そんな事ないよ。楓くんも休み時間、ずっと捕まってたでしょ?」
「あー、まあね」
下駄箱を開けて上履きをしまい、履いてきた靴を取りだして履き替える。朝から始まった怒涛の質問は流石に僕も疲れた。
とは言っても、来週ぐらいには落ち着いてるはずだから今週一週間耐えきれば静かな日常ぐらいは帰ってくるはず。
ぶっちゃけ、そう願ってないとやってられないというのもある。
「途中まで一緒にどうかな?」
「もちろん」
「ふふ、ありがとう。あ、そうだ!明日、調理実習だね」
「ケーキだっけ?」
「うん、みんなで作るの楽しみだなぁ」
「小咲さんは何ケーキにするか決めた?」
「一応決めたよ、楓くんは?」
「僕はまだ、候補は決めたんだけど」
ここ数日、それどころじゃないこともあって調理実習のことはすっかり頭から消えていた。
楽のように洋菓子も得意だったら困らないのだろうが、僕は料理はまだしも手先の不器用さが壊滅的であるため、何故かケーキを作っても見た目がケーキにならないのだ。
楽からは、めちゃくちゃ美味しいのに見た目と一致しないビックリ箱と称される僕の壊滅的な不器用さによって、明日も無事に見た目もケーキなものが作れる自信はない。
集にはお腹を抱えて大笑いされ、一種のマジックだとからかわれてるのだからもう諦めるしかない。
「ふふ、どうしたの?凄い困った顔してたよ?」
「…僕、凄く手先が不器用で。壊滅的に」
「そうなの!?」
「ケーキとか作っても味は美味しいって言われるんだけど、見た目はケーキじゃないんだ。楽にはビックリ箱って呼ばれてる」
「そ、それは凄いね……」
「…まあ、練習すればマシな程度にはなるんだけどね」
「ふふ、でも何だか嬉しいな」
「え?」
「ごめんね、でも楓くんって苦手なことなさそうだったから。普段からあんまり苦手って言わないでしょ?何でもそつとなくこなしてたから、楓くんにも苦手なものがあるって知れて嬉しい」
くすくすと口元に手をあて、嬉しそうに笑う彼女に僕は呆気に取られる。
まさか、彼女が僕のことを知って嬉しいと思ってくれるなんて思わなくて僕はポカーンっと口を開けて間抜けな顔のまま固まる。
僕と彼女の分かれ道はそう遠くなく、僕は右に、彼女は左に分かれる道まであっという間についてしまった。
「じゃあ、また明日」
「…うん、また明日。気を付けて」
「ありがとう、楓くんも気を付けてね!」
笑って手を振る彼女を見送り、彼女の姿が見えなくなってから僕は大きく溜息を吐いてその場にしゃがむ。
あんなこと片想いの相手に言われて喜ばない人いるのだろうか、と言っても小咲さんはそういうつもりで言ったわけじゃないのは分かりきってる。
ぐしゃっと髪を無造作に掴んで、また大きな溜息を吐き出す。
「……あー、僕って単純すぎだろ」
自分から意図的に彼女に自分のことを話してなかった事もあるくせに、彼女が僕のことを知って嬉しいと言われると喜んでしまう自分に呆れてしまう。
朝から散々な目に巻き込まれて疲れていたはずなのに、そのたった一言で明日も頑張るかと思えてしまうんだから惚れた弱みは怖い。
人気が無いうちに切り替えて、誰か来る前にさっさと立って帰ろう。
こんな道のど真ん中に男子高校生がしゃがみ、唸っていたら間違いなく心配されるのがオチなのだから。
だから、さっさと鏡を見なくても分かるぐらい熱くなってる顔の赤さが引いてくれることを僕は願った。
暫くして僕は、自分の頬に手を触れて熱くない事を確認し、スーパーで買い物をしてから家に帰って着替える。
夕食を作るまでの時間。僕はキッチンで明日の調理実習でケーキの見栄えを良くするため、市販のホイップクリームでデコレーション練習をするほど自分が浮かれていたと自覚するのは、全て終わって風呂に入ったときだった。
「おい、楓、風呂ん中で唸ってたけど大丈夫か?」
「…ほっといて、今、僕は自己嫌悪してるんだ」
「は?」
「何喜んで浮かれてんだよ僕は!?数時間前の僕を殴りたい!」
「マジでどうした!?」
翌朝、昨夜のことを忘れるために朝食担当は僕だったこともあり、早く起きて慣れたように朝食を準備して竜さん達に一声かける。
いつものように端に座って食べ、食べ終わったらシンクに持っていき、自室に戻って自分の準備を再開。
鏡で全体の身支度を確認してから鞄を玄関に置き、僕は時間を確認してから洗面所まで移動してやっと覚えてきた編み込みを今日もチャレンジする。
と言っても、やはり僕の手先は壊滅的に不器用なので上手くいかず、僕はお世辞にも綺麗とは呼べない編み込みを見て苦笑してしまう。
「おー、楓行けるかって何してんだ?」
「…ヘアアレンジ、小咲さんに教わったんだけど僕の不器用さ知ってるでしょ」
「……ど、努力は認めるぞ?」
「……はぁ」
「学校で小野寺にやって貰えばいんじゃねーの?」
「…ふーん、楽がそんなこと言うとは」
「な、なんだよ!」
「どうせ楽の事だから、ちくしょー!楓のやつ羨ましい!俺も小野寺にやってもらいてぇ!とか言うと思ってた」
「なっ、なっ…!?」
「もっと練習するしかないか……」
引っ張りながら抑えていたヘアピンなどを取り外し、今日も小咲さんに教わりながらやるかと思いながら、僕は固まって動かない楽を置いて玄関に向かう。
後ろから何やら騒いでるけど、僕が置いていくよと言った瞬間に物凄い勢いでやってくる楽に僕は呆れつつ、靴を履いて楽と共に歩いていけば、既に待ち合わせ場所に来ていた千棘さんの姿。
「おはよう、千棘さん」
「ふっふーん!楓おはよう!」
「…なんだよ、偉くご機嫌だな。なんか不気味」
「なっ…!誰が不気味よ、あんたはまともに挨拶も出来ないわけ!?」
「…楽、一言余計。千棘さん、何かいい事あった?」
「ふんっ、あんたはほんとに楓を見習いなさいよね!そんな愚かなもやしは今日が何の日か分かっていないようね」
「……あ…?」
「もしかして調理実習?」
「えぇ!今日こそ楓以外にも友達を作るって決めてるんだから!」
ルンルン気分で今にもスキップしそうなぐらいご機嫌な千棘さん見て、僕は友達を作る絶好のチャンスで考えると、確かに調理実習は最適だなとご機嫌なのを納得する。
僕の隣で歩き、千棘さんに苛立ちを浮かべてる楽は調理実習よりも愚かと言われたことの方が気になるようだけど。
相変わらず、僕は二人に挟まれて喧嘩を適度に止めながら登校し、教室についた瞬間、小咲さんに心配されるまでが一連の流れになった。
家庭科室は1階の端にあって少し離れてるため、僕たちの教室からは余裕を持って動くには昼休みが終わったらすぐに移動になる。
食べ終わったお弁当を片付け、調理実習で使うために持ってきた普段使ってるエプロンを出す。そろそろ移動するかと思い、必要な道具たちだけ持って僕は一人で行こうとするけどもちろん楽と千棘さんに捕まる。
「……二人で行きなよ」
「い、いいじゃない楓!私はダーリンの弟とも仲良くなりたいの!」
「そ、そうだぞ!ハニーと仲良くしなきゃダメだろ、楓!」
この二人、特に千棘さんは僕の制服がシワになるぐらい強く掴んで離してくれないし、楽も楽で僕の背中を叩くのだから早々に諦める。
移動の時ぐらい、僕だってクロードの監視から逃れたかったけど、二人が何かやらかしてクロードが奇襲してくるよりはマシだ。
家庭科室に移動すれば、各自に割り振られてる座席になるため、僕は二人とは少し離れた場所に筆記用具と教科書を置き、持参したエプロンを付ける。
その時、僕の髪がまた邪魔なのが気になり、エプロンを付けてからどうにか止められないかと硝子に反射する自分を見ながら対策するも発揮される僕の壊滅的な不器用さ。
「一条弟くん」
「るりさん?」
「貴方、何回それやって失敗してるのよ」
「…不器用なんだ、僕」
「…そう、わかったわ。小咲呼んでくるから待ってなさい」
「……えっ」
僕が硝子に反射で見ながら、一人で格闘していた姿を宮本さんは見ていたのだろう。話しかけられたかと思えば、すぐに僕の髪をみて呆れながらも待ってろと言われる。
小咲さんに手伝ってもらうのは大変申し訳ないんだけど。
「楓くん、どうしたの?るりちゃんが呼んでるって聞いたんだけど」
「…その、前に編み込みを教わったんだけど」
「うん」
「…どうしても上手く出来なくて」
「あっ、ふふ、いいよ。少しかがんでくれる?」
「…ごめん、ありがとう」
小咲さんより身長が高い僕は、彼女がやりやすいように屈めば、彼女は慣れた手つきで僕の髪に触れてあっという間に纏めてくれる。
さっきまで見ていた硝子を見れば、あの時と同じように綺麗に編み込みされた髪で僕はおーっと思わず声をあげる。
軽く頭を振っても問題なく、僕は女の子って凄いなと再確認させられる。
「ありがとう、何回か練習してるんだけど難しくて」
「ふふ、全然。編み込みって難しいから、いつでも言ってね」
「…ありがとう。それとるりさんにも助かったって伝えといてくれる?」
「わかった!じゃあ頑張ってケーキ作ろうね!」
「うん、頑張ろ」
笑って自分の座席に戻る彼女を見て、料理が苦手だと聞いていたけど、やっぱり和菓子屋の娘さんだからお菓子作りは得意なのかなと、この時は考えていた。
そうして始まった調理実習だけど時々、千棘さんが何かやらかしてるのか楽の叫び声が聞こえるものの調理実習は進んでいく。
僕も壊滅的な不器用さを回避するためにデコレーションが必要ないチーズケーキにしたから何とか形になった。
楽が言うようなビックリ箱にはならずに済み、ほっとしていれば肩を掴まれて何事かと思えば気味の悪い笑みを浮かべてる集。
「しゅ、集か、吃驚したな」
「なぁなぁ、楓くんよぉ〜?」
「…なに?」
「ケーキ、誰と交換するんだい?」
「…はぁ?」
「いやねー、小野寺さんがどうやら渡す相手をもう決めてるとさっき聞いたのだよ。うちのクラスで小野寺さんと仲良い男子は君だろう、楓くぅん」
「何を企んでるのか知らないけど、その相手は僕じゃないよ」
「マジ?」
「マジ、僕のケーキも渡す相手決めてない」
「……楓じゃないなら誰だって言うんだ?誰なんだ?」
「知るか!!」
肩を掴んで揺らしてくる集の手を叩き落とし、僕はチラッと小咲さんの方に視線を向ければ、そこにはるりさんと小咲さんが微笑みながら一緒にケーキを作ってる姿。
彼女の渡したい相手が僕なわけないだろ。
未だに僕の言葉を信じない集に呆れていれば、千棘さんのケーキが完成したのか集が飛んでいき、僕も自分のケーキを落ちない場所に移動させてから様子を見に行く。
そこには、かなり奮闘しただろう痕跡達と出来上がったケーキを持って喜んできたのに、今にも泣きそうな千棘さん。そして、そんな千棘さんの前で厳しい表情を浮かべる楽。
ときどき、僕も千棘さんと楽のやり取りを聞いていたけど千棘さんはどうやら料理がそんなに得意ではないか、経験が浅いようで黒いケーキからは黒煙が立ち上ってる。
「楽〜〜!当然お前は食うよな!?愛しの恋人のケーキだもんな!」
「なぁ…!?」
「楽、恋人が頑張って作ってくれたんだからさ。食べるのは礼儀だよね」
「お、おう…!当たり前だろ…!」
楽の肩を掴む集と背中を押す僕に、楽は近くに置いていたフォークを勢いよく掴んで千棘さんの手にあったケーキから一口分取って、そのまま勢いよく口に入れた。
見た目は失敗かもしれないけれど、楽が一緒に作ったのなら変なものは入ってないだろうし、僕も近くにあったフォークを手に取ると目を見開く楽。
「……うめぇ!え、ちょ、嘘だろ…!?」
「……ホント?」
「千棘さん、僕も貰っていい?」
「え、えぇ!」
「いただきます。…うん、美味しい」
「……っ!」
僕もビックリ箱なんて、とんでもない評価を受けてショックだったことがあるのだ。少しでも自信に繋げて欲しくて、楽と千棘さんの2人が食べたのを確認してから貰っていいかを聞いて一口貰う。
きっと、最後の焼くときに時間設定をミスしてしまったのだろう。
表面が少し焦げていたけれど、味は凄く美味しいケーキで素直に感想を述べれば、千棘さんの表情は明るくなり、次第にクラスメイトがこぞって食べに来る。
もう大丈夫だろうと思い、人波をかき分けて抜け出して僕は自分の座席の方まで移動すれば、遠目から事の成り行きを見ていたのか小咲さん達が近くに来る。
「桐崎さん、良かった。料理出来るの凄いなぁ」
「一時はどうなるかと思うぐらい、一条兄くんが頑張ってたけどね」
「あはは、そうだね」
「楓くんは何作ったの?」
「僕はチーズケーキ、デコレーションとかしなくて済むから」
「手先が壊滅的に不器用ならいいんじゃないかしら」
「……うぐっ」
「るりちゃん…!」
「あ、ねぇ、小咲さん」
「楓くん?」
るりさんのどストレートな言葉にダメージを負いつつ、僕は小咲さんが背中に隠してるものを察して僕は彼女の名前を呼ぶ。
さっき集が言ってた彼女が渡したいという人は僕ではない、きっとその相手は楽だ。
だから、ここでサポートするのは友達の務め。
「頑張ってね」
「……へ!?」
「外で待ってて、いい感じに行かせるから」
「…楓くん」
「大丈夫だよ」
「……うんっ」
不安げな顔から覚悟を決めた顔になった小咲さんは僕に頷くと、背中に隠していたものを持ってそのまま外に繋がる扉から外に出ていった。
さて、どうやって外に出させようかな。
洗い物をしようと使った器具を手に持ち、水道の方へ移動する楽を見ながら移動しようとすれば、ずっと黙って見てくれていた宮本さんの声かけられる。
「一条弟くん」
「ん?」
「…いいえ、何でもないわ」
「ん、わかった」
僕たちの関係性は少し変わってる。でも、お互いに小咲さんの為に動くという部分が分かってるから余計な言葉は要らない。
僕は彼女が離れると同時に今も水道で器具を洗ってる楽のもとに行き、僕はテキトーな嘘をついて楽に外へ行かせる。
千棘さんのケーキで家庭科室の中は盛り上がってるんだ、楽と小咲さんが一瞬抜けていたとしても誰も気づかないだろう。
冷たい水をボーッと眺めながら、僕は楽から引き継いだ器具を洗っていく。
「か、楓くん!」
「…え、小咲さん?」
「一条くんが……!」
洗い終わった器具を元にあった場所に片付け、エプロンを脱いでいれば外に行ったはずの小咲さんが戻ってくる。
あまりの必死さに何かあったのかと、近くにいた宮本さんにも声をかけて二人で外に出れば何故か倒れてる楽の姿。
「こ、小咲、貴方何したのよ」
「そ、その私のケーキを食べてもらったら……」
「……見事に気絶してるね」
「…ううっ、やっぱり私にはダメだったんだ」
「……小咲さん、そのケーキってどこにあるの?」
「こ、ここにあるよ…?」
料理が苦手だとは聞いていたけど、まさか食べた相手を気絶させるほど酷かったのかと僕もるりさんも信じられず、楽に食べさせたというケーキを見せてもらえば綺麗なショートケーキが1ホール。
恐らく、倒れてる楽が食べたであろう切り分けられた一切れが一口分だけ減っている。
予想していたものよりも圧倒的に綺麗な出来栄えに、一緒に作っていたるりさんはともかく僕は言葉を失ってしまう。
「……ほ、本当はね、一条くんに食べてもらったあと楓くんにも渡そうって思ってたの」
「……ぇ」
「で、でもやっぱり辞めるね…!」
「ま、待って」
「…楓くん?」
「僕にもくれようとしたの、ケーキ」
「…うん、沢山助けて貰ってばっかりだったから」
その事実に僕は唖然とする。まさか渡す候補に入ってたことなんて想像してなくて、ただの友達である僕はその候補にも入ってないと本気で思っていた。
正直、こんなに綺麗な見た目で気絶させられるようなケーキになるのは信じられない。普通に美味しそうだと思う。
それとは別に、いくら苦手だと自覚ある小咲さんでも好きな人が自分の作ったケーキで気絶したなんてトラウマものだ。
「……るりさん、楽の事頼んでもいいかな」
「…え、えぇ」
「小咲さん、そのケーキ貰ってもいい?」
「え、ダメだよ!私が作ったのは……」
「でも、僕にもって考えてくれてたんでしょ?」
「……うん」
「弁当食べたばっかだから全部は食べられないけど、楽が残した分だけ貰ってもいいかな」
「…う、うん。いいよ…?」
僕は彼女からケーキを受け取り、心配そうに見てる小咲さんと目を見開いて本当に食べるのかという顔をするるりさんに見つめられながら、僕はフォークをケーキにさす。
調理実習で用意された食材だし、作ったのは料理が苦手とはいえ、小咲さんなのだから人が食べたら不味いものは絶対入ってない。つまり死ぬことは無い。
好きな人が目の前で悲しんでるっていうのに、頑張らない理由は無いだろ。
楽に僕が勝てる要素なんて無い。だけど、ここでぐらい頑張って僕が食べ切れば、彼女が自分でお菓子や料理を作ることに対してトラウマにはならないかもしれない。
「いただきます」
「……ぁ」
僕はフォークで一口分を取って口に運び、小咲さんとるりさんが見ていて違和感を感じさせない速さの咀嚼スピードでケーキを食べ進める。
何回か意識が飛びそうになりながらも堪え、残り一口となった時には本気で危なくなったが根性で乗り切れと舌を噛んで食べ切る。
僕が言った分を食べ切って、まだ残ってるケーキを唖然としてる小咲さんに返してから僕は使ったフォークを持ちながら口を開く。
「ごちそーさま、フォーク洗ってくるから僕は先に戻るよ」
「……う、うん」
「…………。」
楽には悪いけど、そのまま唖然としてる小咲さんとるりさんの横を通り過ぎてフォークを持ったまま家庭科室に戻る。
中はどうやら片付けが始まってるようで、すぐ側の水道には集がいたから僕は集の肩を掴んでフォークを渡す。
「おー、楓。お前どこに……え、どうした」
「…悪いんだけど、これ、洗っといて」
「お、おう。……え、大丈夫か?顔真っ青だぞ」
「…大丈夫。ただちょっとトイレ行ってくる」
「楓!?」
この日、僕はどうにか家に帰宅したものの途中から記憶がなかった。
ただ一通、菜々子さんから謝罪と感謝のメールが届いてた。
令和の日間で1位って本当ですか…?
読んでくださった皆さまに感謝。