ドラゴンクエスト~Ars, please take me with you~ 作:プニたけっち
「ベギラマ ! 」
近距離から放たれたベギラマがアルスに命中する直前の事だった。離れたメルキドの高台から放射された1本の羽がアルスと大魔道の間に挟まり戦いの場を照らす。
「な、なんだ ! ? 」
羽から発せられた光が戦いの場を照らすと、そこにいたはずのアルスの姿は消え大魔道のベギラマは誰もいない草原を深くえぐり取った。
「む……逃げられたか。まあいい、あの程度の小僧なぞいつでも倒せる」
大魔道は大して気にする様子もなく、ただ一言だけそう呟き眼前にあるメルキドの町を眺めた。大魔道の目的はあくまでメルキドの陥落でありどこの誰かもわからぬ戦士の撃破ではない。その為にゴーレムのコントロールを奪い取ったのだから。
「さて……む ? 」
メルキドの正面で戦う魔物の群れだが先ほどとは動きが少々異なっている。まずメルキドの守備兵の士気が上昇したようで町の入り口で抗戦している。そしてもう一つ、ゴーレムの動きが途端に止まってしまった。
「ゴーレムが動かないだと……何故だ ? 」
大魔道は首を傾げるが戦いは拮抗、自らも仕方なく前線に赴き戦いに参加するのだった。だが彼はアルスとの戦いで少しではあるがダメージを負った故にゆるりと歩を進める。それはメルキド陥落はもう目の前という慢心から出たものであった。慢心というものは勝利から遠ざける要因である事を、これまでの戦いで常に勝利してきた大魔道は知らないのだ。
* * *
アルスが突然の発光に思わず目をつぶり次に目を開けると、そこは先ほどまでいたメルキドの町の高台であった。
「若いの、危ないところじゃったな」
緊張状態だったアルスがハッと声のする方を向くと、そこには望遠鏡を持ち長い白いひげを蓄えた老人が立っていた。その深い皺はこれまで辿ってきた長い年月と苦労の証。
「あなたは…… ? 」
「マゾットという、よろしくの若いの」
差し出された皺枯れた手を握りかえすアルス、遅れながらアルスもまた自己紹介を返し落ち着くと今更な疑問に辿り着く。何故自分がメルキドへ戻ってきたのか ?
「不思議かな若いの……いやアルス君。それはな、これよ」
マゾットは懐から1本の羽を取り出す。それはアルスも見たことがあり、おそらくアレフガルドに住むものならば誰しもが1度はお目にかかったであろう冒険者の必需品。
「それはキメラの翼ですか ? いや、でも何か違うような……」
道具屋で働いていたアルスは目の前にあるキメラの翼にちょっとした違和感を感じる。羽1本1本に何か魔力がこもっているような、輝きがあるような気がする。
「ほう鋭いね、これは市販されているキメラの翼ではない。聞いて驚け、これは『1度行った場所なら瞬時に移動できる』勇者ロトの時代のキメラの翼よ」
「え、これが昔のキメラの翼、どうりで何か違うわけだ ! 」
アルスの目つきがすぐさま変わる。アルスが働いていた道具屋の店主やガライから聞かされた昔の強力な道具の事、もしそれがあれば冒険が格段に楽になるのは間違いない。
「昔ゴーレムの材料を探し回っていた親父が見つけた品でね、まあ2本しか見つからなかったんじゃが」
「あ……ひょっとしてその内の1本が……すみません、貴重な品を……」
「よいよい気にするな、むしろこんな時の為の道具じゃ。部屋の肥やしにするよりも使った方がキメラの翼明利に尽きるわい」
かっかっかっと笑う快活なマゾットの様子にアルスもほっと安堵の息をつく。
「まあ今はあれじゃな。お前さんも少し休め」
マゾットが高台の階下へと視線を下すと、そこでは未だモンスターとメルキドの戦士たちの戦いが続いていた。戦況は膠着状態であり、理由は突如としてゴーレムが機能停止したことであった。マゾット曰く、おそらくではあるが大魔道がゴーレムに仕掛けた『大魔道の魔力』がゴーレムの中で異物として扱われ、ゴーレムが機能不全を起こしたからではないか。人間の身体も風邪をひけば体調を崩す、ゴーレムの場合も同じである。仮にこの予測が間違っていたとしてもゴーレムが停止しているのは好機であることに違い無し。
そもそも魔物がメルキドを攻めあぐねていた理由がゴーレムとメルキドの高い壁であるから、メルキドの戦士たちは壊された壁を塞ぐように動き町の入り口で魔物の動きをギリギリの所でなんとか食い止めていた。
戦況膠着の理由はもう一つある。それはアルスの行動であった。アルスはついさっき大魔道に敗れてしまったわけだが善戦していた事は事実、明らかに他の魔物とは格が違っていた敵側リーダーの大魔道を一応は追いつめていたように見えたことが戦いを見ていた数人の戦士たちによって伝えられ、ならば俺もと鼓舞につながったのだ。町が滅ぶか否かの瀬戸際に、住人達は老若男女問わず動き出した。避難誘導、食料作成、物品移動、それでもビビる男どもの尻を蹴っ飛ばす町のおば様方、これまで守護者であったゴーレムが敵に回った今、皆ようやくわかったのだ。
『もう逃げ場なんてない』
戦わなければ死ぬ、メルキドに閉じこもっていても勝てない、勇者ロトの末裔なんていつまで経っても現れない。仮に今回勝てたとしても竜王を倒さなければ生き残れない。生きたければ戦うしかないのだ。
町で戦う戦士たちとゴーレムを展望台から見下ろしながらマゾットは呟く。
「わしの一族執念の結晶であるゴーレム、本当は破壊などしたくない。メルキドを今まで守ってくれた我が子が悪に利用されるのはわしもゴーレム自身も本意ではない、じゃから何としてもゴーレムは倒さねばなるまい」
「マゾットさん……」
マゾットの寂しそうな表情を目にしアルスは言葉が出てこない。元々口が達者ではないアルスではあるが、これまでの研究成果を無にするも同然のマゾットの決意を目にすれば、たとえアルスではなくてもかける言葉が出てこないのではないだろうか。
「さて……ゴーレムの生みの親であるこのわしにはゴーレムの破壊手段は構築済みじゃい」
「な、あの巨人みたいなゴーレムをそんな簡単に破壊できるんですか ! ? 」
鉄の斧による攻撃がビクともしない巨体相手への対策があるのかと驚くアルスに対しマゾットは老人に似合わないが若者のようにチッチッチッと指を振り答えた。
「理屈はな。今ゴーレムはわしが流していたこの妖精の笛の魔力に加えて魔のものの魔力が混じって、体内がしっちゃかめっちゃかになっておる。ここにもう一つ別の強い呪文を撃ち込んでそこに妖精の笛をぴーひゃらら~と吹けば三つの魔力がぶつかり合いゴーレムの身体はバラバラに崩壊する。じゃが問題は強い呪文の方じゃ。お主ベギラマは撃てんのか ? 」
「ベギラマ……ですか ? あいにくですが……」
そう、アルスはベギラマが撃てない。アルスは今やレベル20に到達しており、アレフガルドに現存している大抵の呪文は使用できる。だが最大火力を誇る呪文ベギラマだけはどうしても使うことができなかった。アルスはメルキドへ向かう途中でベギラマを使えないものかと練習は行っていたのだが、これまたどうしてか力量不足なのかは不明だがどうしても扱うことができなかったのだ。
「そうかの ? さっきお前さんの戦いを望遠鏡で見ておったが、見たところお前さん魔法戦士じゃろう。あれだけの力を持っているのならベギラマの一発や二発撃ててもおかしくないんじゃが……」
マゾットは顎鬚をさすりながらしばし考え込む。
「ひょっとしたら想像が異なるのかもしれんぞ」
「想像 ? 」
呪文を扱う際に大事な要素は三つ。
・力量
・精神力
・想像力
まず呪文は一定の力量、つまりレベルが無ければ行使できない。未熟者には使う資格が無いというわけだ。次に精神力、つまりはMP。必要な分の精神力を消費し呪文を発動する。最後に想像力、例えばギラは炎を生み出し敵を焼く呪文。炎がメラメラと燃えるイメージを頭に思い描きながら発動する。ホイミなら聖なる光で傷を治すイメージで発動する。
ではベギラマはどうだろうか ? ベギラマはロトの時代とは呪文効果そのものが異なる。一塊の敵を一度に燃やすのが正しい形だがアレフガルドに現存しているベギラマとは大魔道が使用した通り直線上に熱光線を放射する、この時代最強の攻撃呪文である。
アルスも雨の賢者からベギラマとはどのような呪文なのか教えを受けていたからいつかは使えるようになるだろうと楽しみにしてはいた。雨の賢者もアルスならそう遠くない内に使えるようになるだろうという考えではいた。だがもうそろそろ使えるようになってもよいのに一向に使える様子がない。一体何がいけないのかと悩みながらメルキドを目指していたのである。
「わしは呪文の事に関しては専門外じゃから確実な事は言えぬが、お前さんのベギラマは他の連中のベギラマとは形が違うのかもしれん」
「しかしどうすれば……」
「なあに、こういう時は下手に頭で考えず直感頼りよ ! 」
マゾットの考えもあながち間違いではない。頭の中で何時間も考え抜いた考えよりも直感で思いついた考えの方が結果的に良い場合もある。現にマゾット自身もそうだったのだから。
「ベギラマは熱光線だという先入観は捨てて、お前さんの脳裏に浮かんだイメージをそのまま形にすればよいと思う」
思い込み。それは時に物事の進歩を阻害することにもなりかねない厄介なもの。アルスは目を閉じて精神を集中する。
炎というイメージを取り払い、その奥にある何か……そこへ到達するよりも前にアルスの意識は展望台の下から聞こえる悲鳴によって引きずり戻されてしまう。
「げげ、こっちが押されて来とる。もう少し気張らんかい若い連中め ! 」
アルスとマゾットが話し込んでいる間にも戦いは続いており、気合と根性で耐え抜いていたメルキドの戦士達もついに限界がきてしまったようで魔物に押され始めていた。魔物の指揮を執るのは言うまでもなく大魔道……。
「おいおいまずいぞ。これでは魔物が町に入ってきてしまうわい ! 」
マゾットが慌てながら懐から妖精の笛を取り出しダメもとで先ほどのぴーひゃらら~を演奏するがゴーレムはその停止信号を受け付けずズシンズシンと大地を踏み鳴らす。
「あああダメじゃあ ! やっぱり言うことを聞いてくれん ! 」
(まあ無理だろうね。残念ながらこのご老人には魔力があまり無いようだし、それ以上に演奏の才能も無い。あれでは折角の名器も台無しだよ)
(ガライさん、なんだか妙に辛辣ですね……)
ガライは先ほどからずっと黙っていた。そのままマゾットが持つ妖精の笛を眺めていた。銀の竪琴を見ていた時よりも熱心に、力を込めて……ガライは決断した。
(アルス、一つ頼みがある。僕に妖精の笛を演奏させてほしい)
(え、それは妖精の笛が名器だからですか ? でも今の状況では……)
ガライは首を横に振り答える。
(約束しよう、僕は必ずゴーレムを止めてみせる。僕に残された全ての力を使い、ゴーレムを止めて見せる)
(残された全ての力…… ! ? それはつまり……)
(君との旅は短かった、けど楽しかった。実に楽しかった。ずっとあんな暗くて水が滴り落ちる場所で眠りにつくなんてごめんだと思っていたけど、君があの墓で僕を見つけてくれて、もう一度このアレフガルドの大地を旅することができた。本当に感謝している)
ガライはアルスの前で丁寧に、深々と礼をする。突然固まってしまったアルスをキョトンとした顔でマゾットが見ている、しかし今のアルスにはそんな事は気にしてはいなかった。気にする暇など無かったのだ。
「ガ、ガライさん……」
(妖精の笛、あれを僕は一度だけ演奏したことがある。だから、あの音色を奏でれば大丈夫だ。君の力も加わるんだ、絶対に大丈夫だ)
「でも、俺はベギラマは撃てない……俺にはベギラマを撃てるイメージが湧かない」
(ははは、そこのご老人が仰っていただろう。君はベギラマを撃つ必要なんてない、君のイメージした物をそのまま撃てばいいんだ)
アルスのイメージ、それは炎を振り払ったその奥にある光。
(……今までありがとう。アルス)
「………………俺も楽しかった。一人の旅は心細かった、あなたがいてくれたからここまで来れた。こちらこそ、こちらこそ ! ありがとうございました ! 」
誰もいない虚空に向かって涙するアルス、アルスとガライは互いに礼をする。マゾットにガライは見えない、誰にも見えない。だがそこには確かにガライはいた。
「……マゾットさん、妖精の笛を貸してください」
「な、なぬ ! ? じゃがこれは……」
「お願いします。どうか、彼に演奏をさせてください ! 」
「か、彼って誰じゃい…… ? 」
マゾットは突然アルスの謎の頼みに困惑するが真っ直ぐな眼に押され、暫し悩んだ末に妖精の笛を貸し出した。
「ありがとうございます……」
(ありがとうアルス、ご老人。アルスには嘘をついてしまったなぁ……墓で演奏したのがラストパフォーマンスだなんて言ったけど)
古ぼけた木でできた妖精の笛がアルスの手から離れふよふよと浮かび上がっていく。魔物に味方していたような曇り空がいつしか散ってゆき太陽の光が差し込んできた。
(やはり僕にはレクイエムよりもこっちの方がいいね)
上空に現れた謎の笛により奏でられた美しい音色は戦場となっていたメルキドの町に響き渡り、敵味方問わずに思わず空を眺めた。
「な、なんじゃあれは!妖精の笛が独りでに動きおった!しかもゴーレムが止まったぞ!」
マゾットが興奮しながらゴーレムを見ると、先程まで停止命令を受けつけなかったゴーレムが止まり、静かに目を閉じた……。
「ガライさん……マゾットさん、俺は行きます!」
「お、おい!あれはいったい何だと……行ってしもうた。ん?そういえば彼、武器は持っているのか?」
現在丸腰なのはわかってはいた。しかし敵の侵攻が止まった今を逃しては勝機が消える。今はガライとマゾットが教えてくれた、アルスの思い描いたベギラマを放つ他に道はないのだ。
※ ※ ※
ああ……懐かしい。僕が妖精の笛を吹いたのはもうかなり昔……君が僕の部屋に乗り込んできた時だった。
「あなた吟遊詩人ガライなんでしょ?ルビスとかいう女神の封印を解くのに、ここから北にある塔の天辺で妖精の笛を吹かなきゃならないの。だから一緒に来て、勿論お金は払うし目的地まで必ずあなたを守るから」
最初はなんて無礼な女だと思った。名乗りもしないで要件だけ伝えて、さも僕が彼女について行く事が決定事項みたいに話してくるのだから。だけど精霊神ルビス様の救出に行くというのは、大魔王に支配されたアレフガルドに光をもたらす事になるかもしれない。それにあの時はスランプ気味だったし丁度いい気分転換になるかなと思っていた。
※ ※ ※
「ひいい!魔物が来たあ!」
「一々騒がない!」
彼女はとても強くて、竜王軍なんかとは比べ物にならない程に強い魔物の群れを1人であっという間に蹴散らした。ここに来るまでにかなり強い化け物を1人で倒したらしいし、これくらい朝飯前だと言ってのけた彼女の勇ましさと実績はまるで英雄のサーガだった。
「言ったでしょ?あなたは私が守るからって」
アレフガルドに彼女よりも強い戦士なんて絶対にいないと断言できた。
※ ※ ※
「や、やまたのおろちを倒したのですか!?」
「ええ、とても強かったけど。でも、あなたの故郷は無事ですから安心してください……ところで一つお願いが……これで剣を一振打っては頂けませんか?」
「こ、これはオリハルコン!何処でこれを……い、いえ、それはどうでもいい事。わかりました、私の持てる力の全てをこのオリハルコンに込めます!」
ルビス様の封印を解いた後にやって来たマイラの町で彼女は一本の剣を手に入れた。大魔王に破壊された伝説の剣をもう一度作り直したんだ。あの剣を天に向かって掲げる彼女の姿は紛れもなく勇者だった……。
「私が勇者?どうでもいいよそんな事。私は自分の事を勇者だなんて思ったことは無い。今まで私がやって来た事が結果的に皆の為になった、勇者なんて称号は後から付いてきただけだよ」
何でもないかのように言ってのけた彼女だったけど、彼女の事を勇者と呼ぶ人々の気持ちが少しだけ理解できた。短い間だけだけど彼女の旅に同行した、それだけの間でも彼女は面倒くさがってはいたけど人々の為に魔物と戦った。絶対に背を向けずに。
自らの欲望に忠実に、それでも他人の為に全力で戦う。それが、僕が見た勇者だった。
※ ※ ※
僕が今まで演奏していたルビス様を開放した音色、それはゴーレムにも効いたらしい。さすがは妖精の笛、効果は覿面だ。だけど僕の身もどんどん薄くなっていく。随分力を笛に吸われたなぁ。でも後悔は無い。どうせ一度は死んだ身、むしろこうして新しい勇者の力になれたのだから。
後はアルス次第だね……さあ、僕も旅立つとしようかな……。
はは、一番最初に僕を迎えに来たのは君か……うん、やっぱりアルスは君に似ているよ。大丈夫だ、きっとアルスなら竜王を倒せる。君の……子孫なんだもんね。
※ ※ ※
「何故だ……ゴーレムが動かぬ」
ゴーレムが機能停止をしても魔物の群れの中で指揮を執っていた大魔道は意外にも冷静だった。メルキドの壁は崩れ今の状態でも攻略など容易であると判断したからだ。突然上空に現れた妖精の笛が原因なのだろうとは考えていたが、ゴーレムがこの後活動再開すればよし、しなくてもこのまま力押しで十分。本来の守護神としての形に戻ったとしてもそれまでにメルキドを破壊すればいい、むしろ壁が崩れて守る箇所が増えた分ゴーレムだけでは町を守り切れまい。そう考えてもおかしくはない。だからこそ彼は後を他の魔物に任せ群れの中でもほぼ最後尾にいて配下に散開して町を攻撃するよう指示しようとしていたのだが、そのため前線での細かい動きまでは把握していなかった。それが幸か不幸かは別にして。
一方でアルスはゴーレムの足元まで走ってきていた。余計な事は考えず神経を集中させ魔力を込める。
(俺が見えかけた魔力の正体、それはおそらく……これだ。その先、直線に伸びるのではなくもっと曲がりくねるイメージ……)
熟考する必要はない、答えは一瞬。名前はわからない、今までこんな形や名の呪文は聞いたことが無い。だからアルスは既存の呪文の名を唱えた。自分が敗北した最強の呪文の名を。
「ベギラマ ! 」
アルスの右手から放射された魔力はベギラマとは程遠い形状だった。魔力の形は燃え盛るような炎ではなく雷、そう、雷の蛇だった。それは本当にベギラマなのかと疑いたくなるような雷の蛇は獲物を仕留めるように素早く動き、ゴーレムに当たると全身を縛り付けながらやがて大爆発を起こした。この爆発現象は妖精の笛によって魔力が増幅されたものであることはもちろんなのだが、同時にアルスが持つ魔力もまた無視できないものである。なにせベギラマとは形状、効果、既存の呪文と全く異なる物なのだから。
もしアルスの血を引く者が魔力に優れていたのならさらに進化した呪文になるのかもしれない。ベギラマが正統進化した物になるのか、はたまた爆発方面にシフトチェンジするのか、それは現段階では不明であるが。
いずれにしてもゴーレムはベギラマによって砕かれ人型の形を取ることはできず大きな岩の塊となり大地に降り注いだ。アルスの後方には魔物はいない、いるのはゴーレムの後方。つまり大魔道の命令によって散開する直前だった魔物達の頭上に隕石の如く落下してきたのだ。
この瞬間形勢は逆転した。ゴーレムのすぐ近くにいた魔物は岩石と熱烈なキスを交わし絶命、生き残った魔物も回復魔法や薬草で息を吹き返したメルキドの戦士達によって次々と討ち取られていく。この時ゴーレムはメルキドの守護神として役割を全うしたのだ。
「…………すまぬ、ゴーレムよ。すまぬ……ありがとうのう……今までメルキドを守ってくれて」
ゴーレムの最後を見届けたマゾットのしわがれた顔に一筋の涙が流れる。その皺はマゾット三代の努力と執念の結晶であったが故に。
「な、なんだと ! ゴーレムが、馬鹿なッ ! ? 」
驚いたのは大魔道。自分たちが散々苦戦した悪魔が爆散し配下の魔物が壊滅状態からの逆転敗北したこの事実は大魔道を驚愕させるのに十分だった。
「あのゴーレムを破壊できるほどの何かがメルキドにあるとでも……」
「マホトーン ! 」
暫し、しかし致命的な呆けた時間の中で呪文を唱える声が高らかに響く。大魔道にとっては軽く倒せる相手であると判断した、だが決して逃がしてはならなかった相手でもあった。その声の主は銀色に輝く盾を構えながら突撃してくる。
「大魔道ッ ! 」
「ちいッ、また貴様か ! ベギラマ……っ ! ? 」
大魔道は右手をアルスに向かって構えるが呪文を放とうとはしない。
「うおおッ ! 」
「ぐああ ! 」
大魔道はアルスの右拳で頬を殴り飛ばされると受け身を取れず杖も手放してしまい後方へ吹っ飛ばされていった。
「ぐ……小賢しい、またベギラマの餌食になりたいか ! 」
大魔道は両手をアルスの前に出し魔力を練り上げる。
「……だったら撃ってみろよ、ベギラマを……」
「……」
アルスの挑発に対し一向に動こうとしない大魔道、呪文の発射態勢を取り固まったままだ。
「お前はベギラマを撃てない……マホトーン、今度は効いたみたいだな」
「……そういう貴様こそ何故仕掛けてこない ? わかるぞ、貴様は先ほどの戦いで武器を全て失った。殴りかかってきたのがその証拠だ」
大魔道の言うこともその通り。攻撃のチャンスを逃してはならないと丸腰で来た、それは失敗だったかもしれないが攻撃に転じなければ負けていた。実を言うとアルスも道中武器を手に入れようとはしたのだが破損激しいものばかりだった為に断念せざるを得なかったのである。やむを得ず素手と呪文での攻撃を仕掛けようとしたときであった。
「お客様あぁぁぁッ ! ! 」
町の後方から聞こえる聞き覚えのある声、それは昨日の武器屋の主人であった。重たそうな身体を必死に動かし一振りの剣を手に走ってきていた。
「お待たせしましたああ ! 炎の剣です ! 」
待ちに待ったアルスの剣がついに届く。大魔道も呪文が撃てない今周囲の魔物に武器屋を殺そうと指示を出すも誰もいない。自分が路傍の石同然だと、どうでもいいと判断した戦士たちによって配下が討ち取られ、今や自身の命が危うい状態になったのだ。
「ありがとうございます ! 危ないから離れてください ! 」
「はい ! ではご武運を ! 」
贅肉を震わせながら有り得ない速度で撤退していく武器屋、アルスも普段ならば苦笑いしながら見送るのだろうが今そんな余裕は無い。剣を受け取るのと同時に大魔道の表情が変わる。焦りの表情が消え口元が愉快に変わるのを見逃さなかったから。
(マホトーンの効果が……切れたか)
二人の動きは先ほどの戦いと同じ。アルスは剣と盾を構え大魔道は右手を向ける。互いの必勝の構えでもあった。先に動いたのは今回も同じくアルス、大魔道に向かって駆け出した。だが違うのは只々真正面から突っ込んできたことだ。
「愚かな、儂のベギラマをまたその身に受けたいか ! 」
アルスは大魔道の言葉に返事をせず走る。愚直に、さっきと違う周囲をぐるぐる回るのではなく正面から。
「死ねいッ ! ベギラマ ! 」
アルスに対し強烈な熱光線が放射される。顔面から命中しかかったその時水鏡の盾を正面に構えベギラマを受けきる。受けきりながらなお突進してきた。若干勢いが弱まるがアルスの突進は止まらない。アレフガルドに残っている最高峰の技術を以てして作られた盾、水鏡の盾は持ち主を邪悪な者の呪文から確実に守ってくれたのだ。
これに驚いた大魔道はベギラマを解除し一旦逃げようと考えるが思考が巡りまわる。ここでベギラマを止めたら確実に攻撃を受ける。大魔道も炎の剣は見た、その剣は鋼鉄の剣よりも出来栄えがはるかに上。もし攻撃を受けたら?損傷激しい鋼鉄の剣でもある程度はダメージを受けていた。今度は万全の状態で性能が上の武器で攻撃される。
攻撃を受けたら?
(ど、どうする!?どうすれば!)
焦りは判断を鈍らせアルスの接近を許した。既に攻撃の射程内。
「り、竜王さま…!」
「逃さない!」
大魔道のベギラマは射線を僅かにずらし水鏡の盾から外れアルスの胴体に命中しかかる。だがアルスは咄嗟に身体を回転させ真っ直ぐにしか放てないベギラマを回避、そのまま炎の剣を一閃させる。
「が、がは!?」
アルスの攻撃力に炎の剣の切れ味、そこに回転した事による遠心力が加わり威力が倍増。
会心の一撃!
「あの時……あの時遊ばず殺しておけばよかった……竜王様……!」
胴体が横に斬られ真っ二つとなった大魔道は過去の失態を嘆きながら絶命した……。
「勝った……勝ったんだ!俺達勝ったんだよ!」
アルスが大魔道を倒した様を見ていた戦士の一人が大声で勝利を叫ぶ。次第に人へ人へと伝達されてゆき、遂にはメルキド全体が歓喜の雄叫びを挙げるのだった。
「……ガライさん、やりました……これが俺の、俺だけの呪文です」
役目を終えたかのように上空から落ちてきた妖精の笛を受け止めたアルスは笛を握りしめ、空に向かってそう呟いた……。
この日、メルキドは竜王軍幹部でもある大魔道を打ち倒した。
同時刻、セシール……ローラ姫、竜王軍の手に堕ちる。
遅くなってすみませんm(_ _;)m
次も遅くなるかもしれないです(汗)