ドラゴンクエスト~Ars, please take me with you~ 作:プニたけっち
基本的に今作で二人の名前は肉体ベースで書いています。
・姫、セシール、ローラ姫=本物のローラ姫
・ローラ、従者、本物のローラ姫がセシールと言った相手=本物のセシール
以上となります。
互いに走り動いたのはほぼ同時だった。アルスは炎の剣、悪魔の騎士はロトの剣を振り抜き大広間の中央で激突する。名剣同士が剣戟を振るい火花を散らし鉄の音が鳴る。炎の剣は大魔道を一撃で倒しドラゴンの強靭な皮膚を容易く切り裂いてきた。だが悪魔の騎士とロトの剣にはそれを軽々と受け止めた。これが盾であれば話しは違っていたかもしれないが、ロトの剣は……かつて大魔王を葬った伝説の剣は魔王の手先に力を貸している。
「く……まさかと思ったけど、本物なのか…… ? 」
「はい。本物さ……本物の……ロトの剣だ」
灰色の鎧の中に存在する男の表情はおそらく嗤っているのだろう。彼が所持している剣は間違いなく持ち主に力を貸している。アルスの実力はガライの墓で戦った時よりも格段に増しており既に力量差はかけ離れている。しかも今現在竜王の島は虹の雫によって覆われており魔物の力が大幅に抑えられている。仮に元人間である悪魔の騎士に適用されなかったとしてもアルスの方がレベルは高い。
その差を埋められるほどロトの剣は強力なのだろうか?
否、答えは一つ。レベルアップはアルスだけの専売特許ではない。味方を斬ったのだ。沢山の魔物を斬り、レベルアップを短期間の間に行ったのだ。
それはまるでガライの墓でアルスが行ったように。
「教えてやる、この剣は完全ではない。これでも……まだ不完全だ」
コンコンと左手の甲で剣を叩く。ロトの剣の中央には明らかに何かをはめる円形の窪みがある。そこに何かがあったのだろう。
「不完全…… 竜王が封印でもしたのか ? 」
「いいえ。さあな、俺がこの城で見つけた時には既にこうだった。この剣の全盛期がどれほどのものだったのかなんて知っているのは作った本人くらいだろうさ」
悪魔の騎士が今の状況で手心を加えるとは考えにくい。最初から確殺させようときている以上言っていることが本当だと信じてよいだろう。
「おしゃべりは終いだ」
悪魔の騎士が数歩でアルスまで接近しロトの剣を横に一閃、咄嗟にしゃがんで回避すると体当たりしようとするもすんでの所で考えを改め横に飛ぶ。同時にロトの剣がアルスのいた場所に振り下ろされていた。剣の攻撃力、悪魔の騎士の腕前が合わさり城の床が砕け散っていた。侮っていたわけではないが額に汗が垂れ落ちる。
汗を拭う暇もなくアルスもまた炎の剣の魔力を解放しギラを発生、敵と同じく剣を横に一閃するとちょうど悪魔の騎士の視界を遮る。
「無駄だ」
ロトの剣による五月雨切りはギラによる目隠しを一瞬にして振り払う。
「ベギラマ ! 」
ギラは囮、アルスの本命はベギラマによる奇襲だった。悪魔の騎士が盾を投げ飛ばしベギラマに命中させると空中で爆発、広間に大音と爆風が広がった。
「「うおおおッ ! ! 」」
間髪入れず突撃した二人は爆発の中央付近で再度激突、炎の剣とロトの剣がぶつかり合い火花を散らせた。
(強い……やはりこいつ、本物の勇者の子孫なのか……)
剣を押し合い再度距離を取った二人はここでようやく息をつく。アルスだけではない、悪魔の騎士にとっても今の攻防は息がつけないものだったのだ。悪魔の騎士がまだ人間だった頃の姿はラダトームで見ただけだった。実力は外見だけではわからなかったが、何度も攻防を繰り返していくうちに本物だと理解できた。
「……見事と言っておこう。聖なる祠で逃げ出した時とは違うな」
「それはどうも」
「俺は素直に褒めているのだ。俺のように女神から託宣を受けたわけでもないのにここまでやる、賞賛に値するぞ」
悪魔の騎士にとってこれは正真正銘の誉め言葉だった。悪魔の騎士の強さとは女神から与えられたもの、アルスはそれが無く自力で強さを高めてきた。自らを鍛えて強くなるものに対する者は悪魔の騎士からすれば人間魔物問わず尊敬に値した。
「……何故だ」
「…… ? 」
「それだけの力がありながら何故竜王の部下になった。ラダトームのパレードで見たあなたは強さと自信に満ち溢れていた。なのに何故竜王に力を貸すんだ」
「……死にたくなかったからだ」
悪魔の騎士が人間だった頃に感じた恐怖、竜王という絶対的な存在に対する恐怖。今ならどうかはわからない、悪魔の騎士として活動したこのわずかな期間に多くの人間を殺し精神が闇に染まった今ならば最後まで戦ったかもしれない。しかし力はあっても精神が成熟する前に強大な存在と対してしまったのであれば……。
「死んだら全てが終わる。金を払えば命が助かるわけでもない。ただ、助かりたかっただけだ」
「……そうか」
アルスとてこれまでの旅の中で死にかけた事は何度もある。ここ最近では大魔道との戦い、マゾットがキメラの翼で助けてくれなければ間違いなく命を落としていただろう。だからアルスは目の前の男を『そんなことで人類を裏切ったのか』と馬鹿にする事などしなかった。
「だがな、俺は竜王に降った事を後悔してはいない」
「力をくれたからか?」
「いいえ。女神の力が弱まり、巫山戯た制約が薄まった。俺がこうして普通に話せるのは竜王の手下に生まれ変わったからだ。酷いものだったぞ、『はい』と『いいえ』しか話せないのはな」
アルスはもし自らにそんな制約があったらと考える。セシールに対して『はい』『いいえ』でしか話せない、確かに頭がおかしくなりそうな制約だと、そう思った。
「……少し話しすぎたな。そろそろ終わらせよう」
「……ああ。たとえあなたが本物の勇者の子孫だとしても」
2人が剣を構える。アルスは水鏡の盾を背中にしまい剣を両手で持つ。悪魔の騎士も同じく両手持ちだった。
「俺はセシールを助けに行く。その為にも、あなたはここで倒す」
同情はあったが、それとこれとは別。アルスは割り切った。理由がどうあれ多くの人間を手に掛けた悪魔の騎士は『元勇者』は自らの敵なのだと。
「はい。そうだ、それでいい」
姿勢を低くし剣を縦に構える。
「「…………ッ ! 」」
互いの動きはわかっている。二人の攻撃方法はよく似ていた。一撃必殺、それが最終的に行き着いた攻撃方法だったのだ。これで三度目になる剣の激突、名剣対名剣、刀身がひしゃげてもおかしくない程の衝撃にも関わらず二人の剣はよく耐えた。衝突の反動でそのまますれ違いすぐさま次の手を打つ。
しかし今までは互いの手はほぼ同じだったものの今回はついに手が異なった。
「マホトーン ! 」 「ラリホー ! 」
アルスは呪文が来ると読んでマホトーンを唱える、その読みは的中していた。悪魔の騎士はラリホーを唱えていたのだから。
呪文の命中精度は使い手によって異なり、当然使った回数が多いほうが上である。今回は悪魔の騎士に軍配が上がった。
「くっ……」
「死ねい!」
ラリホーで眠気が増したアルスにロトの剣が襲いかかる。手抜かりは無い、確実にアルスの息の根を止めるべく悪魔の騎士は一撃に全力を込めた。
「……ぐッ!」
「なに!?」
悪魔の騎士が攻態勢に入った直後、アルスは炎の剣の刀身を利き手ではない左手で強く握った。当然そんな事をすれば傷を負い出血は避けられない。だがこれで眠気は消えた。
「か……ふ!」
渾身の一撃を間一髪で躱したアルスは即座に炎の剣で悪魔の騎士の心臓を貫く。たとえ魔物だろうと人間だろうと心臓はある。貫かれれば待つのは死である。
「……力業で俺のラリホーを破るとは」
「こうでもしないと、破れないと思ったからだ……あなたのラリホーも、剣も……」
「……ちっ、一手……届かなかったか。」
そう言うと、悪魔の騎士の手が次第に灰となって崩れ落ちる。
「こ、これは……」
「はい。竜王の、下僕になって負けた者の、末路だ……女神の託宣を得ていない……お前より優れていると、俺に残されたちっぽけな自尊心を満たしたかったが……」
右手も灰になり、ロトの剣がカランと軽い音を立て床に落ちる。
「欲しければ、持って行け。それは本物のロトの剣。鎧はダメだったが、魔に堕ちた俺にも、力を貸してくれた、勇者の剣……だ」
語る時間は短くそれだけ言い残すと、悪魔の騎士の身体は灰となり崩れ去った。辺りには城の吹き抜けに従うように悪魔の騎士だったものが風に乗って舞い散った。
アルスは埋葬代わりとして炎の剣の魔力を放出し可能な限り灰を更に燃やすと、ロトの剣を拾い上げ背後の玉座に安置されていたロトの鎧を回収した。
「これがロトの鎧と剣、竜王へ挑む前に手に入ったか」
アルスは敵のいない安全地帯でロトの鎧と剣を身に着ける。するとブルーメタリックの全身鎧は見た目とは裏腹に非常に軽く、それでなお魔法の鎧を上回る耐久性を感じさせた。
ピシリと嫌な音が鳴り始め、それは次第にピシリピシリと次々と連鎖的に繋がる。そして遂にはガシャンと大きな音を立て魔法の鎧が砕け散った。
「……ありがとう、今まで俺を護ってくれて……」
魔法の鎧はこれまで数多くの邪悪な魔物からアルスを護ってきてくれた。だが今この時偉大なる後任が現れ、役目を終え砕け散ったのだ。
「……待っていろ竜王、セシールは必ず取り戻すぞ」
魔法の鎧に黙祷を捧げ、アルスは玉座の裏側に見つけた隠し階段から下へ降りていった。その姿をもし三賢者が目にできていれば、彼はかの勇者ロトの生き写しだったと感じたに違いない。
______________________________________
アルスが虹の橋を渡ったころ、竜王城の最下層ではローラ姫が軟禁部屋から別室へと連れ出されていた。豪華な椅子に座る竜王は今のローラを見て愉快そうに嗤っている。対してローラは自身の首飾りを竜王に見せつけながらせめてもの悪態をつく。その首飾りは骸骨をあしらった非常に悪趣味なもので禍々しいオーラを放っている。美しいローラ姫の外見には全くと言ってよいほど適していない。
「少しお太りになったかなローラ姫 ? 」
本人の名誉の為に言っておくがローラは窮屈な生活の中でも何とか借り物である姫の身体のプロポーションを維持していた、これも中にいるセシールの努力の賜物だろう。
「……あら。今までお部屋に閉じ込めておいただけでなく、こんなものまで身に着けさせたくせにそのような事を言いますの ? 」
「いやいや『死の首飾り』大変良く似合っているぞ。くくく」
「それはそれは感謝いたしますわ。何せこれを首にかけられてから時々身体が動かなくなって、日課の運動もお散歩もできませんもの」
死の首飾り……呪いのアイテムの一種でありこれを身に着けたら最後、解呪しない限り二度とその身から外す事はできない。さらに身に着けている間持ち主の意思に関係なく身体の自由を奪う。先日ローラは魔物によってこの首飾りを無理矢理装着させられ、連日不定期に自らを襲う金縛りに悩まされていた。
「それはけっこう。さて、今日は姫様にお客人を紹介しようと思う」
「お客人…… ? こんな所に家臣が迎えに来たとでも仰るのかしら」
「見ると驚くだろう」
(いや、ほんと誰よ。まさか本当にラダトームから兵士が姫様救出に来てくれたの ? )
竜王の嫌な笑みは気に入らないがローラもその客人とやらは気になるので、心の耳を巨大にしながら竜王の言葉に耳を傾ける。竜王の言葉に従い配下の魔物が一人の女性を連れてくる。その女性を見たローラは声を出さずにはいられなかった。
「ひ、姫様 ! ? 」
「ほう、姫様か」
ローラはつい目の前に連れてこられた女性……自らの身体に閉じ込められている本物のローラ姫に対し姫様と呼んでしまい『しまった ! 』と口を押える。竜王はその様子を見て酷く楽しいのかくぐもった嗤いを出していた。
「セシール、もうお芝居の必要はありません。竜王に全てばれてしまっているようですから」
「……げ、だったら私の姫様言葉見て内心馬鹿笑いしていやがったのかよコイツ ! 」
毅然と振る舞うセシールと正体が露見した途端に乱暴な言葉を使うローラ、どちらが姫様なのか一目瞭然である。
「随分と楽しませてもらったぞローラ姫よ。器のローラ姫もな」
「けっ、悪趣味なドラゴンだな」
「セシール、そこまで。あまり私の姿でそのような言葉は使わないでくれると助かるのだけど」
「あ……すみません」
セシールに窘められるローラ。事情を知らなければ頭がこんがらがる事間違いなしだろう。セシールとローラは竜王に促され近くの椅子に腰かけた。椅子には特に何も仕掛けはされていないようだ。
「さてローラ姫、今そなたは肉体と精神がバラバラの状態だ。そろそろ元に戻って頂きたいものだな」
「お断りする……と言ったら ? 」
「その時は死の首飾りが未来永劫姫の身体から離れないだけだな。そなたの従者には一生不自由な身体のまま過ごしてもらおう。今でも大変らしいからな、いつ動けなるかわからない呪いというものは」
「そう。この身体も居心地が良いし、戻る必要がないならこのままでいさせていただきますわ」
(こ、こわ……姫様目が据わってる)
ローラはセシールと竜王の間にバチバチと暗い火花が散ったのを確かに見た。
セシールは今のこの状態、セシールとローラの身体が入れ替わっている事こそが唯一の武器だと考えていた。そもそも何故竜王はローラ姫を欲しているのかがわからない。ローラ姫が美人だから嫁に欲しかった ? 見た目重視ならわざわざ本物のローラ姫を再度連れ去ってくる必要はない。中身がセシールでも無理やり手籠めにすればよいだけだ。
(せめて竜王の狙いがわかれば……)
(あの眼……姫様はまだ諦めていない。それなら私は余計な事は言わない方がいいわね)
主人の表情から情報収集を狙っている事を見破った中身セシール、彼女はせめて邪魔をしないよう案山子に徹することにした模様。
「姫よ、そなたの考えなどわかっている。儂の狙いがわからないのだろう ? 何故ローラ姫の身柄が欲しいのか、何故そなたらを元に戻したいのかが知りたいのだろう ? 」
「あら、教えてくださるのかしら ? 」
(すっごいわ姫様、表情全然変えずに情報得ようとしてる)
竜王という敵の親玉相手に全く物怖じせず、足を組んで余裕の笑みを浮かべ談笑している姫の姿は大層頼りに見える事だろう。最もそれがただの強がりであることは竜王にはお見通しである、これがわからないセシールではないだろう。
「まあ気晴らしにな、教えておいてやろう。狙いは姫の身体と内に眠る呪文の才よ」
竜王の何とない答えに拍子抜けしたローラ、反対に余裕の表情を崩さず一字一句聞き逃すまいとするセシール。王対女王といった様相を呈している。
「元に戻って、私があなたに力を貸すとでも ? 」
「そなたの意思は関係ない。要は竜の血と強力な魔力を持つ子を産んでくれればよい」
(子ども ? )
(何か引っかかるなあ、それなら本物の姫様いらなくない ? 私連れてきた時点で襲えばいいんじゃ……)
無表情のセシールとムムムと唸るローラ。本来ならばこれが逆なのだろうが、その様子も竜王にとってはただの暇つぶしなのかもしれない。
「竜属の中には一際力が優れている者もいれば変わった能力を持つ者もいる。大抵そういう者は種族のリーダーとなり群れを率いるのだ」
おそらく前者はアルスが倒したドラゴンなのだろう。では後者は ?
「儂にも能力がある。未来予知というものがな。見えた未来は儂の死よ。忌々しいロトの子孫に殺されるというな」
竜王の声の中には明らかな敵意が含まれている。だが表情には嗤みがあった。
「であれば死を回避する事もできる。精霊神の依怙贔屓を受けただけの小僧ならば自信、経験、これらに伴う実力を身に着けるよりも前に葬ればよい。もっとも、儂の想像以上に腰抜けだったがな。儂の誘いに哀れなほどに応じたよ」
竜王の脳裏に蘇るは『はい』『いいえ』しか言えずにみっともなく命乞いをした男だった。
「だがそれでも儂の死という予知は変わらなかった。今度はアレフガルドを支配した儂が『青い肌をした六本足の巨大なモンスター』になぶり殺しにされる夢だ」
そこでようやく竜王の表情が歪む。歯を食いしばり牙がむき出しになる。
「予知は夢で見るが、夢の儂が本気になったとしても、手も足も出なかった ! 空を飛び、儂以上の炎を吐き、与えた傷も癒えてしまう。牙をもがれ、爪は剥がれ !
儂は殺された
儂は考えた。これは儂自身の能力であるが故に『いずれ降りかかる未来』であるし儂はこれ以上強くはなれぬ。じゃから手駒を増やそうとな。最初はロトの血筋を儂の子どもにでも取り入れようかとも考えた。じゃが精霊神に愛されたロトの血筋は光そのもの、儂の闇とは相性が酷く悪い。ならば他の強力な力を持つ他種族の血を取り入れ儂の手駒にしてしまえばよい」
竜王はそこまで話すとドラゴンの杖をセシールへと向ける。
「そこで目をつけたのが、ローラ姫じゃ。人間の中でも一際強力な魔力を有するローラ姫、そなたと儂の血が交われば儂を上回る存在が……上手くいけば、大魔王を単身討伐した勇者ロトを超える存在が誕生するやもしれぬ」
「はん、気色悪。ただの打算だらけの子作りじゃん」
ローラの批判に対し心外だとばかりに竜王は話す。
「王族の婚約というのは政略結婚であろう、おそらくそなたは姫の側近と見た。側近ともあろうものがそんな事も知らぬのか ? 」
種族の違う魔物からのごもっともな指摘にローラは言葉を失ってしまう。それが真実なのだとローラはわかっていたのだが、当のセシールは涼しい顔をして足を組み座っている。
「それにそなたらとて無関係ではないぞ、儂が見た予知夢は確実に当たる。あの海の向こうからやって来た憎きモンスター、『奴の出現は絶対に避けられない』。仮に儂を『例の戦士』が倒したとしよう、それでもあのモンスターはやって来る。おそらくそなたらは年老いて目にすることはあるまい。じゃがアレフガルドは滅亡する、確実にな」
「……例の戦士 ? 」
ローラは滅亡するかもしれない未来よりも竜王が語った例の戦士という言葉の方が気になったようで、ふと主人であるセシールの方を見ると無表情の中に少しだけだが喜色が浮かんでいるのが目に映る。というか完全に恋する乙女のそれだった。無論それなりに仕えたローラだからこそわかる程度だが。
(まさか姫様、本当に男ができて ! ? )
数多の男をあしらってきた主人が本気で惚れた男とは一体どれほどの男なのかローラは非常に興味が湧いた。
「悪魔の騎士が目の敵にしていた男だったな……む ? 」
ふと竜王の眉間に皺が寄る。だがすぐに元に戻る、彼にとっては取るに足りない事だったのだろう。
「話の途中で考え事ですか ? 」
セシールの棘だらけの言葉が飛び出すが、竜王は気にするまでもなく答えた。
「喜べ姫よ、そなたが待ち望んだ男が悪魔の騎士を倒してもう間もなくここへ来るようだ。ロトの剣と鎧を持ってな。大魔道、ドラゴン、悪魔の騎士、どれも頼りにならぬ連中じゃ」
「アルスが……」
セシールから漏れるアルスという名前、名前を聞くのは竜王、ローラ共に初めてだった。ローラはラダトームの町でそんな奴いたなあと頭に姿がぼんやり浮かぶ。
「もしやロトの子孫が複数いるかもしれないと考えていたが、読みが当たったな」
「……竜王よ一つ伺いたいのですが、貴方はなぜ危機感を抱かないのです ? ロトの子孫がもうすぐ来るのに」
セシールからの当然すぎる質問に、竜王は大層面白そうに嗤った。
「何故か ? そんなの決まっているじゃろう、来たところで結末は決まっているからじゃ」
竜王が持つドラゴンの杖、竜王自身の眼が赤く光る。
「儂の勝利でな」
竜王の口元から長い牙が隠される事なく現れる。まるで獲物を狩る寸前の獰猛な獣のように。対してローラは思う、アルスがどれ程強いかは知らないが甘く見すぎていると。アルスはロトの剣と鎧を手に入れたのならば竜王としても無視はできないはず、なのに妙に強気すぎるのだ。表情からそんな考えを見透かしていたか、竜王はローラに向かって嗤いだした。
「アルスとやらは確かにロトの装備を手に入れた。じゃがな、鎧はともかく剣があれではな。ちょうどいい、貴様には教えておこう。ちょっとした暇つぶしとしてな」
「な、なにすんの……さ……」
竜王は玉座から立ち上がるとローラに対して目にもとまらぬ早口で二つの術をかけた。その術は相手に自らの記憶の一部を複写し渡すもの。かつて存在した『モシャス』という呪文の応用技である。そしてもう一つ……ローラに情報が渡されると同時に瞳から光が消える。
「セシール、セシール ! ? 」
セシールがローラの身体に眠るセシールに走り寄るが、ローラは返事をしない。呼吸もしているし瞬きもする、ただ虚空を見つめ言葉を発しない……。
「ぐあっはっはっ ! 儂の術をかけたのよ。ああ安心しろ、確かに従者に情報は渡しておいた。だが代わりに物言わぬ人形にしてやったわ。不思議に思わなかったかローラ姫、随分ペラペラ情報を渡すなと ? 答えがこれよ、渡したところでそなたらには何もできぬからだ。そのローラ姫の器には三日前から死の首飾りをかけてやった。身体が動かなくなる事など些細な事、その首飾りをかけた身体は三日間かけ続ければ『身体そのものが儂に忠誠を誓い』儂が術を唱えれば『意識を表に出せなくなる』もうそなたの従者は儂の操り人形じゃ ! 」
「セシール……竜王、よくもそこまで悪辣な術を ! 」
「かかか ! 己が助かるために他人と身体を入れ替えた人間に言われる筋合いなどないわ」
セシールを蔑むように、本性を現し愉快そうに嗤う竜王の声はどこまでも耳障りだった。今やローラは竜王の意のままに動く僕、自身の身体も、セシール本人の精神も竜王の手の中なのだ。
「姫よ、良い表情を見せてくれたついでだ。何故器だけでなく精神のそなたも必要だったのか ? 肉体と精神が一致しなければ強い力は出せぬ。じゃから器だけでは不完全なのだよ、そなたが器に戻る事が大事なのじゃ。だから……」
「…… ! ? セシール何をするの ! ? 」
いつの間にかセシールの背後に回っていたローラがセシールを羽交い絞めにすると竜王の手によって腰に1本のベルトが巻かれた。そのベルトは死の首飾りと同じような作りをしていて、悪魔をあしらった禍々しいデザインが施されている。
「呪いのベルト、効果は器にかけた死の首飾りと同じじゃ。そなたならば3日もいらぬ、アルスとかいう男を葬り去ればそなたの心は闇に染まる。絶望という名の闇にな」
「こ、こんなもの……う……ああ!」
羽交い締めから解放されたセシールはベルトを外そうとするがどうやっても外れず、途端に身体が痺れて動けなくなり床へ倒れ伏した。
「か……身体が……動かない」
「そのベルトも首飾りも解呪できねば外れぬよ。さて、器と精神……両方が儂の呪いにかかった時、儂の願いが成就する。そなたらがどうやって入れ替わったかは知らぬが、呪いの力でそなたらの精神を元に戻す。姫よ、そなたは物言わぬ人形と化し儂の子を産み続けるのだ。優秀な儂の手駒をな。
ぐあっはっはっは!」
竜王は倒れたまま動けないセシールと竜王を只々見続けるローラを眺めると酷く上機嫌で部屋を出ていった。
「あ、アルス……」
「…………」
竜王が向かうは真の玉座の間。侵入者はそこへ来る、間違いなくそこへ来る。
(ロトの子孫よ、器と精神を元に戻す為にも貴様は儂自らの手で確実に息の根を止めてやろう。そうすればあの忌々しいモンスターを倒す事ができる)
アルスは未来を得る為、竜王もまた未来を得る為。
決戦は近い。
お読みいただきありがとうございました。次回竜王戦です。