劣等人種のテロリズム   作:聖成 家康

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2話 最優先は”戦線離脱”

『メインシステム起動、パイロット認識――完了。〈バーク・カスタム〉システムオンライン』

 

 抑揚無き音声が流れ、光学モニターが前方に展開された。

 アベルは操縦桿を握りしめ、包囲してくる無数のホロウィンドの情報を手早く脳に送り込む。

 

「設定が完全に終わってない……このっ……急いでるのに――イオン濃度最適化、コネクトサーキットとニューラルパッチ直結、コーティングジェル融解、分布、サーキット指数正常化……」

 

 さながら魔術の如く得た情報と処理したそれを口ずさみつつ、終えられて無かった機体の動作設定を完了。

 

 

「……フライトシステム搭載機か……上手く使えるかな」

 

 不安を漏らしてから、操縦桿を押し倒した。

 

 横たわっていたバークの、真っ赤に染まったモノアイが不気味に起動。ぐるり、ぐるりと一回転して周辺景色を馴染ませる。

 ゆっくり、ゆっくりと起き上がり強靭なる脚部で大地を踏みしめた。

 

 

『アベル!? 白いのはどうした!?』

 

 ソウタから通信が入る。まだ起動を終えていないのか、二機とも動く気配が無い。

 

「敵パイロットが戻ってきた。リュウタ君は死んだし、ウルも負傷した……その二機は何としても持って帰るよ」

 

 言い切ってから、アベルはぎり、と歯ぎしりをする。変えられた結果の筈だった。ここで五機全て盗めれば、どれだけ良かったか。

 

『……どうする。()()殿』

「全力で逃げる!!」

 

 ロビンに聞かれ、アベルは堂々と声を張り上げた。

 二機だけでも十分な収穫だ。〈ゲディア〉には、それ程の価値とそれに見合う性能がある。

 

「っ……!!」

 

 機械音を察知し、アベルは光学モニターを見据えた。

 奪取予定の白い〈ゲディア〉――その複眼がギラリと輝いたのだ。

 

「あいつが乗ったのか……!」

 

 苦渋を滲ませながら、アベルは機体を急速発進させた。

 

 バーク・カスタムの重厚なるスラスターから蒼炎が吹き出し、その巨体を上空へと舞い上がらせた。

 

 格納庫の天井を破って、巨影が空を駆けた。

 人々の悲鳴は、騒がしいコックピットの中では聞こえるはずもなかった。

 

 アベルはレーダーに視線を配る。

 自身に着いてくる反応は『トルネイド』と『アレス』。ロビンとソウタの乗る〈ゲディア〉の名前だと、すぐに分かった。

 

 そして、格納庫に取り残された反応。

『ブリーチ』『クロス』『アラネア』――それが奪取し損ねた機体の名。

 

 ――討つべき敵の名だ。

 

「ロビン、ソウタ! 白い機体が来る! 武器はある?!」

 

 迫る脅威を二人にも伝える。

 

『レールガンにビームサーベル……豊富だ。一機の迎撃には申し分ない』

『こっちも同じくだ!』

 

 

 翡翠の騎士 〈トルネイド〉。直線的な頭部V字アンテナがまるで兜にも見える機体。

 巨大な盾と、大型レールガンを構え迎撃体制に入る。

 紅の剣士〈アレス〉。四対のブレードアンテナから勇ましさを漂わせる機体。

 腰に携えた二本のビームサーベルを引き抜き、敵を待ち構えた。

 

「熱源……!! 来るよ!!」

 

 アベルがそう言って間もなく、飛び去ろうとする獲物を狙い、ビームが解き放たれた。

 辛うじて直撃を免れるも、当たれば大破を免れることはできない――狙撃用のビームだった。

 

『あの白い奴遠距離用かよ!』

『運が良い。仕留めるぞ』

 

 スラスター噴射を強め、やる気な二機。

 しかし、アベルは張り詰める嫌な空気を肌で感じていた。

 

「……くぅっ……」

 

 自身の隅で悶えるウル。

 彼女の為にも、長い激闘は避けたい。

 

 刹那――レーダーが複数の反応を感知。

 光学モニターが映し出すのは、パニックになった人混みを背後に飛翔する五機のアングリフ。

 

 白銀の兵士 バーク――。

 つまりは、帝国軍人が繰る機体。

 

「二人は撤退を優先して!!」

『そんな機体で大丈夫かよ!!』

 

 心配するソウタの言葉も耳に入らぬほど、アベルは真剣だった。

 

 ――この手で憎き帝国軍人を殺せる。

 切迫した状況でも、そんな事で興奮してしまっている自分がいた。

 

 それは、抑えられなかった。

 

 

 滞空から、一気に滑空へと移ったバーク・カスタム。

 腰に携えたビームサーベルを両方引き抜き、底同士をドッキング――ハルバート形態へ変形させた。

 

 

『貴様ら!! ミリシアズだな!?』

『劣等人種が、成敗してくれる!!』

 

 

 無線に入る帝国人の声。

 何度も、何度も聞かされた”劣等人種”という罵倒。

 

 操縦桿を、怒りに身を任せ押し倒す。

 

 

「何が……劣等人種だぁぁぁっ!!」

 

 

 

 蒼き戦場。彼女が描く荷電粒子の軌道が弧を生み出し、敵機を幻惑する。

 ライフルを構えたバークは、二対の光の刃によって一刀両断。カイザー融合炉の爆発が、美しい青空を汚した。

 

「もう一機!!」

 

 ビームライフルを引き抜き、距離を取ろうとした臆病者の脚を撃つ。

 体制を崩した所で、その下半身と上半身を泣き別れにする。

 

 二連目の爆発。

 瞬く間に二機やられた恐怖に、攻撃の手が緩まった。

 

『なんだコイツ……!』

『下等人種のくせに……!! なんと生意気な!!』

 

 赫皇(クリムカイザ)人が他人種に敗れる。そんな屈辱を味合わせられただけでも、アベルは満足だった。

 

 ――安堵のような気持ちを抱いていた彼女の機体を、再び地上からレーザーが掠めた。

 

「っ!! 〈ブリーチ〉か!!」

 

 レーザーを回避しつつ、ビームライフルで動きを止めていた敵機を撃墜。

 地上の様子を瞬時に確認する。

 

「……居ない……? 一体どこから――」

 

 熱源を再確認し、回避行動を取る。

 その隙を狙い、高周波ブレードで突撃してくるバークの腸をハルバートで穿つ。

 

 爆発しなかったその機体を踏み台に、新たなる推進力を獲得。

 蒼炎の火の粉に包まれる巨人は、モノアイでぎょろりと視線を忍ばせた。

 

 更に増援がやってくる。数は多い。

 だが、バーク・カスタムには見向きもしなかった。

 

『〈アレス〉と〈トルネイド〉を狙え!! 鹵獲しろ!!』

「……っ」

 

 拾ってしまった嫌な通信に、アベルは唇を噛んだ。

 

『アベル、奴が――〈ブリーチ〉がどこにも居ない……!!』

「え……?」

 

 ロビンの通信を聞き入れアベルは困惑する。

 彼の洞察力はかなりの物。それがある程度巨大なアングリフを見逃すなど考えられなかった。

 

「……私は一旦地上に降りる。二人は敵を落としながらポイントアルファまで急いで。できる?」

『……お前はどうする』

 

 冷たく聞こえるその熱の籠もった声音に、アベルは微笑んでから答えてやる。

 

「信じて」

『……了解した』

 

 複数のバークを連れ、飛び去る〈トルネイド〉と〈アレス〉を見据えてから、バーク・カスタムは地上目掛けて自由落下する。

 

「……ウル……」

 

 降下の最中、彼女の出血を確認すれば自らの血の気が引く。

 出血が酷い――もしかしたら、もう。

 余計な考えを、首を振って消し去る。

 

 

 バーク・カスタムは地上に降り立つと、ハルバートを構えた。

 精密かつ確実な狙撃、にも関わらずその狙撃をしたであろう機体の姿が見えない。

 

 考えられる理由は――。

 

光学迷彩(ステルス)……」

 

 何らかの方法で自らに光が当たることを避けさせ、姿を消す高度な技術。

 今のこの時代では高難易度と言えど一般化した技術の一つ。帝国が持っていてもおかしくはない。

 

「どうすれば……!!」

 

 バーク・カスタムのモノアイを研ぎ澄まし、周囲への警戒を極限まで高める。

 上空での戦闘の影響か、地上は瓦礫の山がそこら中に乱立し、白煙が立ち昇っていた。

 

 そんな中で、いつ襲われるか分からない恐怖が、彼女の鼓動を異様なまでに高めさせた。

 

「落ち着け……落ち着け……」

 

 呼びかけても心臓は聞く耳を持たない。

 この脈動を抑えるには、最早今の状況をどうにかするという手段しか残されていなかった。

 

 熱源確認。

 秒針が傾くより先に回避行動に移り、解き放たれた荷電粒子の結晶体の直撃を免れる。

 

 その方向に向け、ビームライフルを放ってみるも当たった様子無し。

 景色に紛れ、移動を繰り返しているようだ。

 

 熱源を感知し、即座に回避行動を取る。

 

 訓練の成果を出せている反面、それによる疲弊はかなりのものだ。

 

 仕留められなくてもいい。ほんの一瞬でも相手を欺き、逃亡が叶いさえすれば。

 

 三度放たれる光線。

 回避に成功するも、微かに掠めてしまう。

 

 その反動で、機体が大きく蹌踉めく。制御が効かない――。

 

 

「しまった!!」

 

 

 死を覚悟する。

 しかし、コックピットをレーザーが貫くことはなかった。

 

「……? 撃ってこない?」

 

 疑問が湧き出た瞬間、即座に後退。

 寸前で、放たれたビームを回避できた。

 

 〈ブリーチ〉が撃ってこなかった事に疑問を抱きつつ、戦闘に意識を戻す。

 

 ほんの僅か、戦闘から意識が外れた影響からか彼女はある単純な事に気がつくことができた。

 

「……音……」

 

 どしん、どしん。うぃーん、うぃーん。

 微かに聞こえてくるアングリフの駆動音。

 

 確かなどよめきを孕んだそれは、遠ざかったり、近づいたりしながら鳴り響く。

 ――そう、ステルスはあくまで姿を消すだけ。音まで誤魔化せる万能なからくりではないのだ。

 

 熱源を感知。即座に回避。

 それを行いながらも、彼女は確実に敵の位置を探ろうと四苦八苦する。

 

「よく聞け……よく……」

 

 

 自らの吐息すら耳に受け付けず、ただ、殺るべき獲物の気配を探る。

 腰に携えたビームライフルに、バークの指が迫った。

 

 

 

「そこだぁっ!!!!」

 

 

 

 空を裂く閃光。

 虚空を目指したかと思われたそれは、道半ばで見えないなにかに激突し、爆発を伴って粒子と化す。

 

 

 地上に堕ちる蝶のような機械――可視光を反射する小型機”バタフライ”。噂には聞いていたが、実戦投入がされていたとは。

 

 それらが羽を回転させてからピクリとも動かなくなった時――ある一箇所から、似たような機械が無数に飛び立っていった。

 

 無数の白銀なる群像が飛び立つ地。くっきりとした人型が浮かび上がってきて、奴がようやく姿を顕わにした。

 

 純白の戦士――〈ブリーチ〉。

 V字型アンテナを持つその機体の、真紅の眼が孕む不気味な輝きが、彼女の心胆を凍てつかせた。

 

「……命中……!!」

 

 無数のバタフライを纏う事による光学迷彩もどき。カモフラージュ性は抜群だが、バタフライという、集団行動しか取り柄のないヘタレを用いたのが唯一かつ最大の欠点だ。

 

 

 

 〈ブリーチ〉のコックピット内で、マティアスは額に冷や汗を滲ませる。

  

「……探ったというのか。足音だけで〈ブリーチ〉の位置を……それにしても射撃が正確――訓練された軍人そのものだ」

 

 格納庫で見た、あの女の凛々しい顔立ち。

 ――なぜか思い出すだけで、頭が鳴る。

 

「あの女、何者だ……?」

 

 

 

 狙撃ライフルを投げ捨てた〈ブリーチ〉。バーク・カスタムの射撃を疾走によって全て潜り抜け、ビームナイフを抜刀。

 

「近接戦なら、負けはしない!!」

 

 ハルバートを携え、蒼炎を背に追撃。

 振り下ろした一線は飛翔により避けられるも、高機動な二撃目をビームナイフの刃で受け止めさせた。

 

 自らの刃を弾かれ退くバーク。

 

 銀の群像が上空へと消えていく。

 微かに暗くなった視界の中で、殺すべき対象のみを凝視する。

 

 ほぼ同時に一歩を踏みしめた。

 

 

 ――刹那、切迫する空気を弾け切るように二対の荷電粒子の塊が衝突。

 コーティングジェル膜の内側に孕む膨大な熱が火の粉を散らした。

 

 ハルバートとビームナイフの、目に留めるのすら億劫になる軌道の数々。

 バークと〈ブリーチ〉が繰り出す斬撃は、奇しくも互いに命中することなく、されど絶えず描かれていく。

 

 

 〈ブリーチ〉は胸を反らしハルバートの斬撃を免れ、ビームナイフの矛先を突。

 荷電粒子に灼かれ、鋼鉄の塊の重圧に押しつぶされたバーク・カスタムの装甲が、鈍い音を立てて弾け散る。

 

「くっ……!!」

 

 深々と刺さる光の刃。

 やがては貫通し、バーク・カスタムの腕に亀裂を生み出す。

 

 軋む機器系統を顧みず、ハルバートを一回転。

 幻惑する暇すら与えずに、首筋へ一閃。

 案の定防がれるが、その反動で下半身から上半身ががら空きになる。

 

 全身全霊の力を乗せて、操縦桿を押し倒す。

 呼応したバークが繰り出す強烈な斬撃は、〈ブリーチ〉の腹部を確かに捉えた。

 

 

「当たれぇぇッ!!」

 

 

 融解と亀裂。その鈍くも、多少軽ささえ覚える音が、静寂の中鳴り響く。

 寸前で回避されたが、最大の深手を負わせることに成功する。

 

 敵機は蹌踉めき、その傷へ意識を向けざるを得なくなる。

 

 

「今しかっ……!」

 

 

 酸素、水素、窒素。そんな物は関係なしにスラスターユニットがあらゆる空気を焼却し、荒波にも似た蒼炎を噴き出した。

 

 

 飛翔するバーク・カスタム。

 運良く上空に集まっていた”バタフライ”の可視光屈折に紛れ、念願の撤退に成功する。

 

 

 〈ブリーチ〉は歪を帯びた、異様な様相の大空を赤き複眼に捉えていた。

 中のパイロットが、その空を見て何を思っていたかなど、アベルには知る由もなかった。 

 

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