アベルを残し、戦場から数千メートル離れた森林に身を隠していた揚陸艇に帰還したロビンとソウタ。
仲間から称賛の声を浴びるも、一切の喜びを見せることはしなかった。
なぜなら、彼女が帰ってきていない。作戦成功のために身を挺して囮になったアベルを、二人はずっと気にかけていたのだ。
勇敢で誰よりも仲間思いな優しい彼女が、帝国なんかの犠牲になっていい筈がない。
「帰ってくるよな、アベル。ウルと一緒によ」
「……俺は信じた」
片時も機体の――〈トルネイド〉の側を離れないロビンは、険しい顔のまま言った。
「必ず帰って来る。あいつは」
仕方ないとは言えど何一つ、助けてやれなかった。
彼だって男の端くれだ。――まるで腰抜けのような自分が情けなくて情けなくて仕方がなかった。
「……!!」
耳に響くスラスターの音――。
ロビンとソウタは、ぷしゅー、と音を立てて開く格納庫のハッチへ視線を固定した。
森林の湿った空気と共に入り込んできたのは、片腕を失くした帝国軍の量産機――バーク。
装甲は蒼く、二人には見覚えのある姿であったが、周りのミリシアズ達は驚愕し、アサルトライフルを向ける。
「待て!!」
ソウタが声を張り上げてもなお、彼彼女らは銃を降ろす気配すら見せなかった。
バークのモノアイが色味を失くす。
コックピットハッチが開くと、中から人が二人、その姿を現した。
「……アベル……!!」
ロビンが声を上げると、銃を向けていた者達は感極まり、銃口を逸らすと同時に歓声を響かせる。
「誰か! この子の手当てを!」
血塗れた
駆けつけた医療班に彼女を預けると、急に脚に力が入らなくなったのか、その場を崩れ落ちてしまった。
ロビンとソウタは顔を見合せ、彼女の元に歩み寄った。
彼女が見下ろす二人に気づくまで暫く時間がかかったが、存在を認知して途端に、その翡翠の瞳が潤いを増した。
勢い良く二人に抱きついたアベル。
甘く、柔らかい香りに混乱する二人であったが、そんな事はお構い無しだった。
「……良かった……本当に良かった……」
涙を溢し、二人の生存を喜ぶアベルを、ロビンはぎこちなく抱きしめてやる。
「……あぁ。俺は生きてるぞ」
「俺だって生きてるぜ!! ビンビンだ!!」
一人の犠牲を出した。
それは、アベルにとって耐え難い事実。
故に、二人の生還は彼女にとっては何よりも嬉しいことなのだろう。
数分の間、アベルは二人から離れようとしなかった。
その間、他のミリシアズも集まってきて彼彼女らを賛美し始める。
アベルは二人を抱きしめたまま笑い、その喜びを皆と分かち合うのだった。
ロビンとソウタは顔を見合せ、互いに何かの限界を熱烈に訴えているのは、彼女には見えていないのだろう。
◇
神聖なる祭りの場を汚され、アリア帝国軍は混乱の渦の中に立たされていた。
立ち昇る煙と張り詰める嫌な空気。軍からすれば、”一大事”であった。
「ミリシアズだと……!? 劣等人種どもめが……!!」
事情を聞き入れたヴェルクは、その屈辱から壁を力任せに殴った。
エルンストは呆れた様子で空を仰ぎ、自分だけでは収集がつかない事を辺りに知らしめている。
「カイザー融合炉から溢れ出たアルフ粒子のせいで、街は電波障害で大混乱なんだぞ!? バークも何機やられたと思ってる!」
『十二機だ』
「黙れっっ!!」
ヴェルクの怒号は、同じ通信チャンネルを聞いていたエルンストの耳を劈いた。
『〈トルネイド〉と〈アレス〉が奴らに奪われた。アスルト様にこの事を報告しろ』
「ちょ、ちょっとまってよ!!」
マティアスからの通信に、カールは驚愕の意を示す。甲高い声が響き渡り、辺りが静まり返った。
「〈アレス〉……? あたしの〈アレス〉が盗られたっていうの!?」
『そう言っている』
「……そんな……」
青褪めたカールは、すとん、と肩を落とす。
それっきり、何も喋らなくなってしまった。
「でもよ、三機でも〈忘却戦〉に支障は出ねぇだろ?」
「馬鹿者!! あの機体がミリシアズの手に渡ったという
怒鳴り散らすヴェルクに、耳を塞いで萎縮するエルンスト。
親衛隊はこの状況下で混乱していた。
全国民が待ち望んだ〈忘却戦〉を、明日に控えているにも関わらず。
「負けてなるものか……我々
ヴェルクは口に残る苦汁を噛みしめ、再び拳で壁面を叩きつけた。
◇
燦々と大地を照らしていた透き通るような陽光が、いつの間にか穏やかな橙の光を孕んで地上に降り注ぐ頃。
見るも無惨な姿になった都市の上を、ミリシアズの揚陸艇は飛行していた。
骨格を剥き出しにしたビルに、廃れたレストラン、清潔さの欠片もない市営病院。
廃墟の中から次々に顔を覗かせるのは、老若男女、種々様々な人間たち。
そこにいる誰もが、アリア帝国に住処を追われ、命からがら逃げてきた被害者だった。
ミリシアズの作戦成功を心待ちにしていたのか、片時も揚陸艇から目を離すことはなかった。
都市の中心部。巨大な交差点が敷かれた道路が、煙を吹かしながらハッチのように開く。
揚陸艇は、その先に広がる暗闇の中へ吸い込まれるようにして降下していった。
円柱状にくり抜かれたかのような空洞。
その壁面には通路が作られてあり、大勢のミリシアズ同志たちが英雄の凱旋に歓喜している。
格納庫に着陸した揚陸艇。
ハッチが開き、作戦本隊が歓声を浴びながら地上に降り立つ。
「どうだぁ!? 生きて帰ってやったぜ!!」
ソウタは真っ先に出しゃばり、両腕を広げてにかっ、と笑う。
その周りに人が集まってきて、瞬く間にどんちゃん騒ぎが始まった。
アベルはロビンの隣で、肩を窄めて視線を落としている。
「……リュウタの事は、仕方がない。お前がどうにかできた事ではないだろう」
図星なのか、肩をぴく、と竦めてから更に顔を俯かせる。
そんな彼女の肩をぽんぽん、と叩いてロビンは一歩先へ出た。
(優しいなぁ……ロビンは)
酷い悲哀と、仄かな喜びが混ざった微笑みを漏らしてから、そんな彼の後を追う。
「ロビン!! お前生きてたんだな!!」
「死ぬわけがないだろう」
「どーせ助けてもらったんだろうが、アベルによ!!」
青年たちがロビンを取り囲むと、彼女の名前があがる。
ロビンは、恥ずかしそうに目を逸らした。
「当たりかぁ!?」
冷やかしを受けるロビン。
――まぁ確かに、彼は今回助けられたと言ってもいいだろう。
「でもロビンは、あの機体を壊さず、生きて帰ったんだから。立派だよ」
気休め程度に、アベルはそんな言葉を投げかけてやる。
一瞬、辺りが凍ったように静まる。
なぜか顔を赤くしたロビンが、アベルを一瞥してからぐいん、と顔を逸らした。
何か不味いことを言ったか、とアベルは冷や汗を垂らす。
「アベルは男たらしだな……」
「あぁ、こいつの顔見せてやりたいぜ」
背を向けたロビンを覗き込む彼らは、恐る恐るといった様子でアベルにそう言った。
そんな状況が、なんだか急におかしく思えてきて、ぷっ、と吹き出してしまう。
「変なの」
白い歯を見せて可愛らしく笑うその様は、今の今まで鉄の巨人を操って血しぶきを散らしていた女とは到底思えなかった。
彼彼女らを賛美する人混みからようやく解放され、三人は人気のない場所に立って一息ついた。
「……アベル。代表のところに行け」
「うん。もちろんそのつもり」
「なーんか、”成功した”って言った代表の反応手に取るように分かるな」
ソウタの言葉に、アベルは小さく笑った。
「代表は……嬉しいだろうね、きっと」
桜の唇から、掠れた声音を溢れる。そこには悲哀と僅かな熱が確かに籠もっていた。
アベルはくるり、と踵を返し二人に背を向けてから、可愛らしく顔だけ振り向かせた。
「じゃあ、お疲れ様。二人とも」
無邪気な笑みを浮かべ、小さく手を振る。
そうしてアベルは、地下に広がる巨大な迷宮たるミリシアズの基地――『アンダーグラウンド』に消えていった。
「なぁ、正直に言えよロビン。どこが好きなんだ?」
かしこまって言ったソウタの顔が、見るに耐えないくらい潰れたのを、アベルは知らない。
◇
「……そうか。二機だけか」
代表室――という場所の割には、薄汚れたコンクリートに囲まれただけの質素な部屋。
そこのチェアに、一人の男が腰掛けている。
燻るような茶髪と美しいブロンズの瞳は、
白いコートを羽織った長身の彼は、アベルの方へ視線を集中させる。
デスクの前に立つアベルは、固唾を胃の中へ落とした。
男は急に立ち上がって、背筋が凍る程大きく冷たい足音を響かせながら、彼女に歩み寄る。
思わず、目を瞑った。
「すげぇじゃねぇか!! 合格!! 合格だ!!」
頭にずしん、と乗っかるは彼の大きな手。
髪がくしゃくしゃになるのもお構い無しに、力強く撫でてきた。
「こうして生きて帰ってきて? 目的の機体を二機も奪取してくる? 及第点どころじゃあねぇな!! 最高だ、最高!!」
「……い、痛いです。オーディン代表」
苦笑を漏らしつつ抗議すれば、男――オーディンは快く手を離してくれた。
「流石、父親に似るだけあるな。作戦は必ず遂行する……! くぅ〜カッコイイ!」
大興奮するオーディンを前に、アベルは気分を下落させていた。
「……リュウタ君を殺してしまった。それに、相手にはまだ三機も残ってます……成功とは、言えないです」
翡翠の瞳を、萎れた睫毛に隠す彼女を見兼ねて、オーディンはこんな言葉を投げかける。
「……何も持ち帰ってなかったら、そりゃあ俺だってキレてた。でもなこうして二機だけでも奪えて、戦う準備は十二分に整った。だとしたら、
眉を垂らしていた彼女の形相が、その言葉を境に急変する。
瞳孔を剥き出しにし、息を荒くする。溢れ出る何かを抑え込むよう、手で口を覆い隠した。
「お前が〈ミリシアズ〉に入りたいって、どうしても俺に懇願したときの気持ちを思い出せよ……お前は、どうしたい?」
眼を剣のようにし、睨みつけるアベル。
視線の先は彼ではあったが、彼では無い何かを見つめている気迫が秘められていた。
「……帝国の人間を……