さて、任務開始から何分くらい経っただろうか。
序盤に倒した人型の呪霊を祓ってから進展がない。
施設内に残された呪いはまだ強いと言うのに、肝心の呪霊が姿を全く見せてくれないのだ。
俺達を警戒しているのか、隙を窺っているのか。
さっさと祓って楽になりたいのだが………
「新夜くん、そっちどうだった?」
「……ダメだな、全く出てこねぇ。俺たちの事を相当に警戒してるみたいだな」
手分けして捜索したのち、別れた場所に集合。
しかし、なんの情報も得られなかった。
途方に暮れそうになったその時、新夜くんがある事にいち早く気付いた。
「……おい、円呼は?」
「えっ…?」
……そういえば。
円呼さんの姿がない。
もう集合時間なのに、何故か彼女だけいなかった。
ここは入り組んでいるから、道にでも迷ったのか?
道に迷っただけならそれでいい……いや、そうであって欲しいのだが、どうしてもあの考えが脳裏を過ぎる。
「……新夜くん………まさか円呼さん……」
「あぁ、襲われてるかもな、呪霊に」
「……ど、どうする?」
「とりあえず円呼の残穢を追うぞ」
新夜くんは冷静に円呼さんが道に残した残穢を辿っていく。俺もそんな彼についていく。
通る道にある電球はジリジリと点滅し、まるでこちらへと誘っているかの様にゆらめく光を見せる。
しばらく歩くと……
「これは……蜘蛛の巣か?」
道を塞ぐ様に、巨大な蜘蛛の巣が張られていた。
行き止まりの様にも見えたが、円呼さんの残穢がその通路の先まで伸びていた為、新夜くんが刀で蜘蛛の巣を切って道を開いた。
すると、今まで一直線に進んでいた円呼さんの残穢が大きく波打っている事に、俺は気付く。
引いて戻るかの様な波の形だった。
つまり何かに出会したか、あるいは……
「……引き返そうとした…?」
「あぁ、そしたら、さっきの蜘蛛の巣で道が塞がれていたんだろうな。あの蜘蛛の巣……微量だが確かに呪力を帯びていた。おそらく、ここの呪霊のだ」
「……っ……」
……できれば考えたくはなかったが、やはり円呼さんは呪霊に襲われたと見て間違いないだろう。
次第に増えていく蜘蛛の巣を掻き分け、俺達が辿り着いたのは、大量のテーブルと机が並べられた社員食堂だったであろう場所だった。
テーブルと椅子が、夥しい数の蜘蛛の糸で束ねられ、障害物のようにあちこちに固められている。
「なんだよ、これ………気味悪い……」
すると、新夜くんが突然小さい声で叫んだ。
「……っ…!おい、あれ見ろ…!」
「えっ…?」
新夜くんが叫び、指差した先の天井に、巨大な何かが貼り付いているのが確認できた。
その影は、まごうことなく蜘蛛の形を成している。
間違いない……ここのボスである呪霊だ。
……だが、それだけではなかった。
呪霊と一緒にぶら下がっている丸い球体のような物。
それに円呼さんが磔にされていた。
口を蜘蛛の糸で塞がれており、必死にもがいている。
呪霊が円呼さんの術式に気付いて封じたのか…?
そこまでの知能があるとしたら二級なんかで済まない気がするのだが………
しかも、驚くべきところは、まだあった。
「……おい……あの球体……」
「…………え…?」
新夜くんが球体を至極驚いた目で見ているので、僕も暗闇の中目を凝らして見てみる。
……そして。
「……っ…!?!?」
……俺は、絶句した。
円呼さんが磔にされている球体は、人の死体と蜘蛛の糸で強引に固められていたものだった。それもただの死体ではない。球体から飛び出す顔や曝け出ている肌の形からして全員女性だ。
……絶句は続く。
その球体の一部にされていた女性の腹を突き破って、小さい蜘蛛呪霊が1匹、外に飛び出してきた。
しかし、外に出たその呪霊は、生まれたその直後に親の蜘蛛型呪霊の肉体に吸収されていった。
さらにその親呪霊は口から触手にも見える管のような何かを伸ばすと、球体として固められた女性の死体の秘部に突っ込み………あぁっ、見てられない……
そんな中、新夜くんは冷静に考察を展開する。
「まさか、あの死体の塊に集まる呪力を餌にして巨大化していったのか…?」
……忌み地、死体、噂、肝試し、その他諸々。
確かに呪いが自然と集まる条件としては、これ以上にないと言っていいほどかもしれない。
……あの呪霊も、おそらくそれを理解している。
肝試しに来た女性を襲い、殺し、あの球体に固めて、忌み地を作る事で、より効率的に呪いを蓄えていったのだろう。
つまり、このままでは円呼さんも……
「………」
「……助けなきゃ」
「なっ…おい、バカ…!相手は呪霊のくせに知能が高いんだ!一級相当……下手したら特級に片足突っ込んでる可能性だってあるんだぞ!?」
『……オオオ、オ…マエ…ダ、レ、ダ?』
「…っ…!」
俺が前に出たのに驚いた新夜くんの叫び声が呪霊にも聞こえて、こちらにその悍ましい顔を向けてきた。
……目と目が合い、微かに足がすくむ。
最初に出会した呪霊とはのしかかる圧がまるで違う。
でも今は、五条先生に連絡を取ってる時間はない。
まずは目の前の〝命〟を助けなければ。
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……一方その頃、伊地知と五条は。
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「あの……五条さん……」
「ん?」
「本当にこんなことして良かったんですか…?本来なら一級術師の方々が担当する案件なのに……」
……上への報告の偽装。
五条に急遽
「……新夜も練徒もさ、色んな意味でイカれてるんだよね。一切の躊躇なく獲物に食らいつく精神力があるし、練徒に至っては成長速度が並の術士の比じゃない。だからこうして一気にレベルアップできる場を儲けてあげることで、新夜と円呼の成長にも繋がる」
「まさか……それを、全部見越して……」
「……さぁて、そろそろかな」
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「……ッ……!」
俺は一気に、呪霊の真下まで駆け出した。
そして、円呼さんが磔にされている死体の塊に呪力を込めた足で1発蹴りを入れる。
「『黒閃』…ッ!!」
刹那、空中で四散し、バラバラになる塊。
どうやらこの呪霊が出す蜘蛛の糸は他人の呪力に少しでも触れると、すぐに溶けてしまうようだ。
落ちてくる円呼さんの体をキャッチし、上から落ちてくる呪霊も避けながら新夜くんのところへと戻る。
「マジかよ……やりやがった……」
彼女の口を塞ぐ糸に人差し指を置き、呪力を流す。
これもまたすぐに溶け、気体に蒸発してしまった。
「……円呼さん…!大丈夫…!?」
「……
『びゃぁぉああっ、ぶぉあぁぁあおおああ』
「「「……っ!!」」」
部屋の中に響く咆哮。
壁に空いた穴や、テーブルや椅子の隙間から、大量の小さい呪霊が姿を現し、親玉である蜘蛛型呪霊の前に壁になるかのように立ち塞がった。
やはり、苗床を壊されてご立腹のようだ。
「新夜くん、円呼さん、2人は周りの小さい奴をお願いできる?……俺が、あの親玉をブッ叩く…!!」
「
「チッ……やるしかねぇか…!!」
新夜くんは抜刀術の構えを取り、円呼さんは深呼吸。
俺も拳と足を構え、親玉の呪霊と睨み合う。
刹那、子分の蜘蛛呪霊が俺達に飛びかかった。
新夜くんは即座に俺の前に出ると、足元に簡易領域を展開。同時、円呼さんも呪言を放つ。
「『爆 ぜ ろ』ッ!!!」
「シン・陰流 簡易領域 『抜刀』!!」
呪霊が爆散。親玉までの道が一瞬で開ける。
無論、俺達は迷わず突っ込んだ。
呪霊は蜘蛛の糸をハイドロポンプのように発射して、俺たちの動きを封じようとするが、前にいる新夜くんの刀から繰り出される斬撃が糸を切り裂く。
呪霊は下がって回避行動に移るが……
「『動 く な』ッ!!」
『……!?』
円呼さんの呪言がそれを許さない。
「
「殺れ、練徒!!」
俺は足に呪力を込めて、一気に跳躍。
拳を構え、内にある呪力全てを右拳に集中させながら思いっきり振りかぶる。
そして。
「『黒ッ閃』…ッ!!!!」
拳は黒い火花と共に呪霊の顔面にクリーンヒット。
壁を突き破り、建物の外へとぶっ飛ばした。