ウマ娘の寿命が現実の馬と同じ世界線の恋愛事情 作:daidains
【追記】
このシリーズのアヤベさんのモデルとさせて頂いている方から挿絵を頂いたので本文に掲載しました。
ありがとうございます!
アグネスタキオンの場合【挿絵あり】
産まれた瞬間から"自我がある"。
私たちにとって当たり前のこの経験が、ヒトにはないらしい。
試しにトレーナー君にも聞いてみたが、やはりどの時点から物心がついたのかはっきりしないのだという。
母胎内の記憶はない。
この世に生まれ落ちるのに伴う、産道を通る際の頭蓋骨変形の痛みはどうだった?
母体の中から見た景色はどんなものだった?
産まれるまでの十月十日、何を感じていた?
……答えられる筈がない。ヒトと私たちとではそもそも誕生時の状況が異なるのだから。
一方私達ウマ娘は生まれた瞬間の記憶を持ち、その自我は連続性をもって成長してゆく。
特に産まれて初めて見た景色や"本能"が色濃く影響する記憶は長く残るらしく、一部の仔は胎内記憶を持つとすら言われている。中には胎内時代を通り越して"前世"の記憶を持つとのたまう連中もいるほどだ。"前世"レベルの記憶を持つウマ娘はAB型の血液型を持つ人間くらいの割合で存在し、少なくはあるが探せば身近なところにもいる。
こうした隔絶は私たちの寿命や成長速度の差に起因していると言われる。ヒトは産まれた時点ではほとんど自力で何もできず、親たちに20年もの間保護されながら大人になっていく。対して私たちウマ娘は産まれてから1時間程度たてば自力で立ち上がることができるようになり、4、5年もすればひとしきりの身体の成長は完了する。
ヒトからすればこの圧倒的な成長速度はうらやましく思えるのかもしれないが、その分デメリットもある。私達ウマ娘は成長が早い分、寿命がヒトに比べ圧倒的に短い。どんなに健康を維持して粘ったところで30歳を迎えられれば良いほうだろう。42歳という最長記録もあるそうだが、40歳を超えるというのはヒトで例えれば120歳を超えるようなものだ。遺伝的な才能が必要となるレベルだろう。
ヒトは私たちに比べ自我の獲得が遅れるからか、何かと「私」とは何かということに思い悩む。大学生の「自分探しの旅」なんてかわいいほうだ。場合によっては自ら命を絶つレベルで、「私」とは一体何なのか、ということについて悩むのである。
世界と自分が接続される、始まりの瞬間がわからない――その空白を埋めるためなのか、歴史上ヒトはありとあらゆるものに「私」を与えてきた。
明治には漱石がヒトどころか猫に「私」を与え、その「私」について語らせたし、時代が下っても、今度は三島が「産まれた瞬間に見た、産湯を入れた盥のふちのところ」とやらの本当どうかも怪しい記憶をうそぶいて「私」の始まる瞬間を基礎づけた。
三島に至ってはそれが本当の「私」ではないとわかっていたはずだ。実際本のタイトルでそれが「仮面の告白」だと自白している。
これは本当の私ではないが、それでもこのペルソナを剥ぎ取ればその下には本当の自分があるのだ――せめて彼にそう考えられる楽天さがあればどれほどよかったか。しかし彼は賢く、そして自らに対しても批判的で、だからこそ結局「私」とは何なのかということに生涯悩み続けたのだろう。そして最後には愛国者の仮面を被ることで「私」の空白を埋めることを試み、失敗してその仮面とともに死んだ。
この三島の最期を「軍隊ごっこ」と切り捨てた者もいる。江藤淳だ。しかし死の間際彼が自らを「形骸」と評したことを鑑みるに、三島を批判する一方で、もしかしたら彼も三島と同様「私」の不在に苦しんでいた点では共通していたのかもしれない。
ヒトがこれをどう評価するのかは知らないし、知ったことでもない。
私たちウマ娘は「私」について悩まない。産まれた時点で強烈な自我があるからだ。この世で為すべき使命や、必ず叶えたい願いといったものを自覚して産まれてくるケースも珍しくない。私の場合はウマ娘の限界のその先、果てにある速さをこの目で見ること――それが「私」だ。私はこのために産まれ、そのために生き、そのための本能に従って生きる。
つまり何が言いたいのかというと――
「私がトレーナー君を好きだというのはだね、産まれた瞬間から持つ私自身の自我と本能に正直に従った結果の、嘘偽りのない気持ちであるということさ。カフェ?」
「すみません……。『
カフェはうんざりした顔で目をジトっとさせ、耳と尻尾もだらりと下げて……なんというか今にも死にそうな雰囲気だった。
*******
「なんだい、君が質問するからその疑問に対して誠実に答えてやったというのに」
私はすっかり冷めた紅茶をすすりながらカフェに抗議した。
「関係のない話が多すぎます。『好きだ』の三文字を言うのに1時間を費やして理論武装する必要がありますか?」
「大事なのは結論だけではないよ、カフェ。それに至る過程、つまりシャカール君が言うところのロジックだ。どうやってこの答えにたどり着いたのか。それを知ってもらうにはどうしても長くなってしまうのさ」
「本能と言ったりロジックと言ったり結局どっちなんですか」
「どちらも真実さ。西洋では論理的に導き出されたことを真理と尊び、東洋ではそういう思考過程をすっ飛ばして直感的に真理に至ったと主張する例もある。観点の違いでしかないよ」
本来私は合理に対する第一の
仏教では、知識の上だけではなく強烈な体感と納得を伴って真理に到達することを「悟る」と表現する。この定義に従えば、トレーナー君を目の前にした時、非合理的な感情が胸の奥から湧き上がってくるのを強烈に自覚した私は、それが仏陀の到達した真理とは違うとはいえ、実際に「悟って」いたのだろう。
カフェは再度、うんざりしたため息とジトっとした目でこちらを見ると
「いえ、もういいです……。とにかくタキオンさんはトレーナーさんの事が好きで仕方がない、ということなんですね」
半ばやけくそ気味に言い放った。
「ああそうさ! 私以外の何者にも、この私の感情を定義することなどできやしない!」
私も開き直ってカフェに宣言するように言い放った。カフェはなんだか疲れたように肩を落とすと、自分の分のコーヒーに口をつけた。
普段通りに振舞っているようでいて、尻尾の先の毛が少し逆立っている。天井の白いLEDの光も相まって、カフェの黒鹿毛の尻尾の挙動は実にわかりやすく面白い。
ふむ、動揺しているな。
「ああ、とても大事な話を忘れていたよ」
私は席を立ち、テーブルを回ってカフェの隣に座りなおした。
「大事な話? まだ何か……」
「カフェ、
「!!!……けほっ、けほっ」
私の率直な問いかけに、カフェは動揺のあまりにコーヒーを少し吹いてしまった。
耳と尻尾も忙しなく動き、白くて細い顔の頬は紅潮している。普段冷静なカフェが、こうもわかりやすく取り乱すのはなかなかに興味深い光景だった。
「ははは、面白いな。君の今の顔がどんな風になっているかわかっているかい?そうだね、鏡を持ってこようか」
「けほっ、けほっ……。いえ、大丈夫です。ごほっ……」
「まるで君が昨日トレーナー君と行った山登りデートでの紅葉の様子が、そのまま写真に撮って貼られているかのようだよ?」
「!」
カフェは何度か咳き込むと、落ち着こうとするようにしばらくテーブルのマグカップに顔を伏せた。そして一つ深呼吸した後、少し涙の浮かんだ目で
「気づいていたんですか?」
と恨めし気にこちらをにらんで言った。
「私に黙って唾をつけようなんて無理な話だよ。モルモットの挙動は逐一把握するべきだ。そうだろう?」
「……ちなみに、どうやって?」
「知った方法かい?単純な方法ではGPS発信機を仕込んで彼の居場所を把握したり、もう少し複雑なものだと……」
「ちょっと待ってください。まさかトレーナーさんに黙って仕込んだりはしていませんよね?少なくとも私には黙っていたわけですが」
「実験にモルモットの同意は必要ない。彼も受け入れていることだ」
カフェは頭痛を抑えるように額に手をやった。何か言いたそうに何度か口をぱくぱくとさせた後、あきらめたようにまた椅子に体を沈めた。
まったく心外だね。私が彼に悪影響を及ぼすようなことをするはずがないじゃないか。モルモットはあくまで貴重な資源だ。彼の体を光らせたりもしたが、別に後遺症が残るようなことにはなっていない。今だって定期的に健康状態は確認している。
彼の素知らぬところでも、入念に。
カフェはしばらく何か言いたそうにこちらの様子をうかがっていた。だが諦めたのか、深く息を吐き出すとこう切り出した。
「私は……この感情にどう向き合っていいのかわかりませんでした。ずっと、子供のころからずっとそうでした。何かが見えなくて、怖くて、不安で」
そういうとカフェは窓の外を見ながらぽつりぽつりと話し出した。
「私の……その……トレーナーさんへの想いは、親愛でも友愛でもないと思うことはありました。でも、レースに出走し、走れる体があり、そのことを喜んでくれている彼に抱くこの思いは、親愛ではなくただ恩義を勘違いしているだけなのではないかと思いました」
彼女はそこで一度言葉を区切ると、私をちらりと見て続けた。
「ふむ」
「これが、この気持ちが愛情だとしても、その自覚が私自身の中で初めて芽生えたとして、それをどんな言葉にしていいのかすらわかりませんでした」
私はその言葉を聞きながらも、彼女の今まで見た事もないような複雑な感情で揺らぐ金色の瞳を美しいと感じていた――私からすれば、泥棒猫であるのもかかわらず。
カフェは普段あまり自分の感情を表に出さない。常に一歩引いて、俯瞰するように周囲の事物を眺める。教室の中心には決しておらず、気づけば隅の方に影と見間違うかのようなほど希薄な存在感で佇んでいる。
自分の内に生まれた感情にも蓋をして、ただただ自分の中の常識――彼女にしか見えない「お友達」とやら――を信奉し、それに従って行動する。
だから友人の私ですら彼女の心の底を見ることは稀だ。
でも、今、そのカフェの瞳が揺れている。
「先日、その感情に向き合い始めてすぐでした。夜に眠れなくなったんです。貴女とトレーナーさんがトレーナー室に向かうところを見て、それで気づいたんです」
カフェはそこまで言うと少し口をつぐみ、何か躊躇するような仕草を見せた後、しかしそのまま続けた。
「私は、嫉妬していたんだと……。トレーナーさんへの想いは親愛や友愛なんかじゃない、もっと強くて苦しくて、独占したい気持ちなんだと」
そこまで言うとカフェは顔を赤くして、両手で顔を覆った。その横顔から見える頬は、先ほどまでよりさらに増して見事に真っ赤に染まりきっており、彼女が今両手の向こうでどんな表情をしているかは想像に難くなかった。
「なるほど、実に興味深い。……しかし、『独占したい』とは聞き捨てならないねえ。彼は私のモルモットなんだからね」
「タキオンさんもトレーナーさんを好きだってことはさっき知ったばかりですから。でも、……それを聞いたところで私は諦めたくありません」
「ほう、私の恋敵になるという宣言かい?しかしだね、私たちは必ずしも敵対する必要はないと思うんだよ」
「……?どういう意味ですか?」
「簡単な話さ。二人で彼を共有すればいい」
「……?」
カフェはしばし私を訝しげに見ると、何かに思い至ったかのように勢いよく両手を顔から離して立ち上がった。それと同時に彼女の座っていた椅子が後ろに跳ね飛ばされ、がしゃんと音を立てる。
「あなたは……!」
「どうだい?
カフェは長い黒鹿毛の尻尾を逆立てた。相当に立腹しているようだった。
彼女がここまで感情をあらわにしている様子は久しぶりに見た。だがカフェは一度強く目を瞑ると、再び目を開けて私の方を見る。
彼女の双眸には血に飢えた狂犬のような危険な色が浮かんでいた。懐かしいな。昔の尖っていたころのカフェはこんな感じになることが今より多かった。最近は丸くなってしまって見る機会も減っていたからね。
カフェは重々しく、低い声で言った。
「あなたにも譲れません……!」
「まあ落ち着きたまえ。君は独占欲が強いようだが、そもそも私たちウマ娘がヒトを独占するということ自体が無理筋だ」
「意味が分かりません」
「寿命の差だよ。基本的にヒトはウマ娘よりはるかに長生きするだろう? 彼の人生は君が死んでからのほうが長い。彼の伴侶になれたとして、あんな優良物件、君という障害がいなくなったらすぐに誰かがまた手を付けるに決まっている」
「……っ」
カフェは歯を食いしばった。顔がさらに上気している。感情が昂っているのだろう。瞳孔が開ききっていた。
まったく感情というのは興味深い。彼女のそんな顔を見て、自分の中に芽生えた悪い科学者としての笑みを抑えるのに苦労するほどだった。
「『私が死んだあとは自由に生きて』なんて言うタイプじゃないだろう、君は。自分が死んだ後いつまでも引きずっていてほしいし、忘れないでいてほしい。そういうタイプだ」
私はカフェが何かを言う前にそう畳みかけた。
カフェは反論の言葉を探すように目を泳がせて、一瞬唇を噛む。そしてそれでも言葉を絞り出すようにつぶやいた。
「マッドサイエンティストの割に他人の気持ちがわかるんですね」
「彼のおかげだねえ。昔の私は他人の胸中を知ろうとするモチベーションが無かった。でも彼の全てを暴くべく心理学も多少嗜んだのだよ」
私がそう返すとカフェは下を向いてうつむいて考え込んでしまった。しかししばらくして顔を上げると、私の方を見て口を開いた。
「……私の死後、他の女性が寄り付かないようにする方法が無いわけじゃありません」
「『お友達』とやらに頼むつもりかい?そこまでして独占することにどこまで価値があるのか甚だ疑問だがね。『お友達』がそういうことをする必要が出てきたとしたら、彼の真実の気持ちはもう別のところにあるということじゃないか」
「……貴女に正論を言われると少し、腹が立ちます」
カフェは制服のスカートを握りしめながらそう言ったが、語気はやや弱まっていた。
「私や君が死んだ後も彼は生きる。そして私達とは違う人物に思い出を語り、ともに笑いあう――そういうものさ。受け入れるしかない」
「……」
仮に私たちと彼が今後同じ日々を過ごせば、時間が交わるのは一瞬だ。ちょうど私たちの走る速度の違いのように、私たちの時間は彼の時間と比べ圧倒的速度で過ぎていく。
私たちが老衰で死んでも、映像の中の私たちは変わらずに走る。私たちが死んだ後も、それを見て彼は傍らの伴侶とともに私たちを思い出すのだろう。あまりにも違う速度の中で、私たちはただの思い出になることしかできない。
それが種族の定めた限界。
どこまでも私たちは違う生物で、それが遺伝で定められた運命。
変えることなどできない、厳然とそこに存在する現実だった。
「どうせ一人で独占することなどできないのだから――ならば、私たちが生きている間くらいは二人の共有財産にしようじゃないか」
「……不貞行為ですよ。それは」
「同意があれば問題ないじゃないか。だからこうして君に取引を持ち掛けている。私たちはアスリートだが、恋愛にスポーツマンシップを持ち込む必要などない」
私がそう言うと、ドアの向こうから足跡が聞こえてきた。やや爪先に体重の乗った、トストスとした音を立て階段を上ってきている。その足音の主が誰なのか、答え合わせをするまでもない。
「トレーナー君が来たようだね。……それで、答えは?」
私は再びカフェに問いかける。カフェはしばし沈黙した後、冷めきったコーヒーを一口飲み、それから言葉を紡ぎ出した。
「……私は、トレーナーさんを独占したいと思ってしまう自分がいます」
「ふむ」
「でも、タキオンさんの言う通り、私たちの時間はあまりにも短い。それを考えれば、独り占めすることの意味が薄れてしまうのも理解できます」
カフェは一瞬、私の目を直視した。その瞳には複雑な感情が渦巻いているように見えたが、同時にある種の決意も垣間見えた。
「もし、私たち三人で上手くいく方法があるのなら……少なくとも、考えてみる価値はあります」
「契約成立だね」
私はそう言って、カフェに右手を差し出した。カフェは一瞬のためらいこそ見せたものの、その手を握り返してくれた。握り返す力は最初こそ弱かったが、徐々に強くなり最終的にはしっかりとした力で握り返してきた。その力強さが、カフェの内心を物語っているように感じられた。
「ありがとう、カフェ。これからが楽しみだね」
私たちは握手を交わした後、ドアの方向に目を向けた。トレーナー君がドアを開ける音が聞こえ、彼の姿が現れる。
彼は私たちが手を握っている光景を見て、少し驚いた様子を見せた。
「ごめん、ちょっと遅くなった……あれ、二人ともどうしたの」
「いや、珍しく気が合うことがあってね」
「ええ?」
「……そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。未来についての、ちょっとした計画です」
窓の外は夕焼けに染まっており、ほの暗い雰囲気を演出しながら徐々に夜の訪れが近づいてきていた。逢魔が時――その時刻にふさわしい、不穏な空気が部屋の中を満たし始める。
今や秘密を共有する仲となった私たちは、彼の将来を自分たちの色で染め上げることを暗黙の了解とした。この部屋の中での約束は、外の世界では誰にも知られず、ただ私たちだけの秘密として封印される。
――もう、逃がさない。
書き始めてから天才キャラの一人称で書くもんじゃねえなと強く後悔しました。
天才の脳内を描写する必要があるから凡人にはレベルが高すぎる。
このシリーズの一番いい点を挙げるとしたらどこ?(私の他の作品に比べ反響が大きかった理由が知りたいので。今後の参考にします)
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文章力
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キャラクター
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話の構成
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哲学っぽい内容を含んだ前半パート
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寿命違いというアイデア
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キャラ同士の会話内容
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文章の雰囲気
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その他