ウマ娘の寿命が現実の馬と同じ世界線の恋愛事情 作:daidains
< 怪 文 書 注 意 ! >
マジで過去一の怪文書で、自分でもなぜこんなものが出来上がったのか理解不能です……
恋愛要素が表面に出てこないけど、腐らせるのももったいないし、本編とは別枠で思い切って投稿してみることにします。
いつものように、いろいろ元ネタあるので探しながら読んでみてください。答え合わせは後書きにあります。
あと、アヤベさんの完結はもうちょっとお持ちください。なんか他のアイデアが浮かぶと忘れないうちに書いておきたくなっちゃって。
マチカネフクキタルの訪問
「白って200色あるねん」とは誰かが冗談交じりに言ったものだが、こうも白ばかりに囲まれていると、だんだん違いが本当に分かるようになってきている気がする。
壁、天井、服、ベッド……厳密には色は白だけではないが、それでも膨張色の白が一番強く主張してくるせいか、部屋全体から押しすくめられて、自分の背が幾分低くなってしまっているかのような錯覚さえ覚える。こんなところに進んで長居をしたいような人はいないだろう。
多少マシなことには、見舞いのリンゴやらメロンやらが、ものうげなモノトーンの世界を精一杯吸収してくれるおかげで、その周りの空間だけは、かろうじて色彩の層が保たれている。梶井基次郎ならばレモンの一つでもあれば救われたのだろうが、私にとっては、そんな健気な色彩の手助けをもってしても、この病室の印象をプラス方向に転じさせるにはいささか力不足で、依然として殺風景で冷たい雰囲気しか感じ取れなかった。
私は、この部屋の中で、ただ死を待つだけの存在だった。
天皇賞秋、私は前例のないスピードで大ケヤキを回り、第四コーナーに差し掛かっていた。
このコーナーを超えれば、残すは最終直線だけ――そんなタイミングで、私は左脚を骨折した。
それもただの骨折ではなく、開放性複雑骨折。この種の骨折は、骨が皮膚を突き破る非常に重篤なもので、治療が非常に困難とされる。
時速60㎞以上ものスピードで走っていた最中のことであったから、そのまま転倒していれば即死していてもおかしくはなかった。ただ、骨折した脚をかばいながら、必死に転ばないように努めたのが功を奏し、何とかコーナーの外側へと逃れることができた。
普通なら対処できずに死んでいたのかもしれないが――あの、瞬間的に体に走った寒気――レース勘というとあまりに陳腐だが、それに近いものかもしれない。
私はその感覚を信じた。そして、その判断が功を奏し、命だけはつながった。
しかし、骨折の程度は深刻だった。緑のターフをベースに、自分の血の赤と、すっ飛んでいったリボン付きの靴が装飾として乗っかって、さながらクリスマスツリーを思わせる光景が広がっていたのである。
脚の開放性骨折は、治療がうまくいっても元のように走ることはほとんど不可能で、予後も悪く、サンタからの贈り物としては、あまりにも時期外れかつ悪質な部類だった。
「もう、走ることはできません」
主治医にそう告げられ、目の前が真っ暗になった。
自分の存在意義は、走ることにしかない。その走れないということは、私に生きる意味などないのと同じことだった。
加えて、医師の宣告はそういう象徴的な死のみを意味するのではなかった。
私達ウマ娘はヒトと違って、比喩ではなく、本当の意味で脚が第二の心臓である。心臓から送り出された血液が体の末端まで運搬され、脚の筋肉の収縮によって再びその血液が心臓へ返されることで生命維持がなされる。
走れないということは、その循環系がうまく働かなくことで、酸素を血液に十分かつ円滑に巡らせられなくなってしまうということだ。
ただ走るだけでは済まない。ヒトよりも筋肉量が多い分、その分だけダメージが早く訪れる。最悪の場合、循環障害による多臓器不全で死に至ることも珍しくなかった。
そして私は、今まさにその最悪のシナリオに乗っかっている最中だった。
「もう……終わり、ね……」
私はベッドの中でひとりごちた。窓の外には、晩秋の葉が一枚もない木が立ち並び、どんよりとした曇り空の落とす影に潰されようとしている。ああ、これが象徴でなくてなんであろう。私の、悲劇的な、そして理不尽な、命の終わりの象徴でなくてなんであろう。
多少は終わりの運命に抗ってみようとしたこともある。医師からの「もはや意味がない」との言葉を無視し、私は一時期リハビリに励んだ。が、その努力は私を現実側から引っ張り上げて、あの世側に連れて行こうとする死神以外の役割を何一つ果たさなかった。
私の左脚は感覚がほとんど死んでおり、リハビリ中に左脚をついたところで、床は一切の垂直抗力を返してはくれなかった。垂直抗力が無いというのは、いわば宙に浮いているようなものであり――それは、虚無だった。何一つ進歩がない中、ただただ現実がずるずると遠ざかっていくばかりで、私は、この虚無の先にこそ本当の死があるのだと悟った。
偶には現実側から私を迎えに来てほしいものだ、とベッドの中でそう思っていた矢先、パタパタとした音が聞こえだしたかと思うと、「失礼します」という声と共に、私の病室のドアががらりと開いて、30歳前後のすっかり顔なじみとなってしまった看護師が入ってきた。
「どうしました?シーツ交換の時間ではないですよね?」
「はい、実はお見舞いの方がいらっしゃっていまして」
「面会はすべて断っています」
人に会うと、彼らは基本私を哀れむ。そして、その哀れみが私の最後の気力を刈り取っていくのだ。前々から何人たりとも面会を拒絶する旨を伝えているにも関わらず、この話をわざわざ持ってきた看護師を、私は枕に頭をもたげながら冷たい目で一瞥し、そう答えた。
「はい……ですが、どうしてもお会いしたい、と言ってきかなくて」
「はあ……ちなみにどなたですか」
「マチカネフクキタルさん、という方です」
マチカネフクキタル――彼女は私の同世代のウマ娘であり、菊花賞を制したGⅠウマ娘でもあった。同じレースに出走したことも数多く、世間からはライバル関係のような扱いを受けていた。
しかし実のところ、レースにおいて他人の存在をそこまで意識せず走る私と、よくわからないスピリチュアルな何かに突き動かされて走るフクキタルとでは、そもそもタイプが違いすぎて、あまりライバルという意識はお互いになかった。仲は悪くないが、トレセンを卒業してしまえば、関係もおそらく自然消滅していくであろう程度の、そんな薄い友人関係だった。
「フクキタル……」
私がつぶやくと、看護師がフクキタルさんを病室に通しても良いかと尋ねてきたので、私は寝そべって天井を見上げながら考えた。
いつもならば、私はすぐさま面会を拒絶したのに違いなかった。
フクキタルが私の脚を治せるわけなどなく、面会したところで問題の根本は解決しない。しかし、私は四方八方から迫ってくる窮屈さや、煤を空気に溶かしたような息苦しさに疲れ切っていた。
凡人とは一枚も二枚も違う彼女ならば、この鬱屈した雰囲気を少しだけ忘れさせてくれる何かを携えてくるのではないか――忘れられたところで問題の先送りにしかならないが、とにかく今の私には、病巣の直接的な治療よりも何よりも、苦しみを一時的にでも取りのぞいてくれる、末期治療が必要だったのだ。
私は、迷った末、枕の上で小さく首を縦に振った。
看護師は、わかりました、それではマチカネフクキタルさんをお呼びしますねと私に返事をし、病室を出ていった。
それからしばらくして、再び病室のドアががらりと音を立てて開き、フクキタルが入ってきた。
「お久しぶりです、スズカさん」
フクキタルはそう言うと、私のベッドの傍らの椅子に腰を掛けた。
私は何よりも彼女の格好に驚いた。
彼女は、おなじみの「にゃーさん」こと招き猫型のリュックを背負い、達磨や四葉のクローバーの髪飾りを着けている。加えて腕に数珠を多重に巻き、腰にはお守りやら「大吉」と書かれた絵馬やらをぶら下げていた。
ここまではいい。
平均的な学生とはかけ離れた姿ではあるが、彼女にとってこれは平常運転の格好である。
驚いたのはそこではない。
彼女は病室のドアをギリギリ通るかどうかというほどの大きさのバッグを持ってきた。おかげで病室に入ってきた段階では、彼女の姿はほとんどバッグで隠されてしまっており、いざ顔を見せたかと思えば、バッグの紐が腕に食い込んで、それこそ彼女の髪飾りの達磨のように真っ赤になった腕がにゅっと飛び出してきたものだから、私は思わず少し吹き出してしまった。
彼女がバッグをドカリと置くと、その中からキンキンとした固いものがぶつかり合う音が鳴り響き、病室がにわかに騒がしくなった。私はその賑やかな音の洪水に思わず耳を塞ぎながら、フクキタルに尋ねた。
「ふふ……ええ、久しぶり。ところで、突然来て、一体どうしたの」
「いやですねえ、スズカさん。友達としてお見舞いに来たに決まっているじゃないですか」
フクキタルは目を細めてへらへらと笑いながら、片手を頬に当てつつ、もう片方の腕を「よしなさいよ~」といった具合に、ひらひらさせた。
「ありがとう。でも私達、言うほど仲良くないでしょ」
「なら、面会を拒絶することもできましたよね?」
「そうしようかと最初は思ったけど、気が向いたのよ」
「ムム!やはりシラオキ様のお告げどおりでした。『今日なら会える』と夢でお告げがあったんです」
シラオキ様とは彼女が昔から信仰している神様のことだ。彼女の実家はれっきとした神社だが、そこで祀っているという訳ではなく、幼い頃から彼女の夢の中にだけ現れてお告げを授ける存在であり、一般には認知されていない。
全ての行動原理が占いやおまじないを始めとしたオカルト本願な彼女にとって、私と違いレースに出る意味などさほどないはずなのだが、「走り続ければ道は開ける」というシラオキ様のお告げを強く信じているがために、レースに出走しているらしい。私には全くもって理解できない動機だった。
「……で、気になっていたんだけど、そのバッグの中身は何?」
私はフクキタルのわきに置かれた、異様なまでにバカでかいバッグを指差しながら尋ねた。
フクキタルは、待ってましたと言わんばかりに顔をぱあっと明るくさせ、得意げに言い放った。
「ふふふ……、よくぞ聞いてくれました。これこそ私がお見舞いの品として持ってきたアイテムです!スズカさんが長生きできるように、『永遠』のエネルギーをくれる物を持ってきたのです!」
フクキタルはバッグのチャックをジャッと開けて、中身をごそごそと漁り始めた。しかし、永遠とは大きく出たものだ。確かに、医療の進歩によって寿命は延命されてきているとはいえ、それでも私達には天命というものがあり、いつか死は訪れる。それを克服することが未だ叶わぬ以上、永遠の生命など望むべくもない。
また騙されて開運グッズとやらを買ってしまったのだろうとあたりをつけ、フクキタルが嬉々としてバッグから取り出し始めた、得体の知れない品を私は横目で冷ややかに眺めていた。
「どうぞ!こちらをプレゼントします!」
しかし、そう言ってフクキタルが差し出してきた物体を目にし、私は見たことのない形状の物体に目を丸くした。
それは細長いガラス製の筒で、その内部には奇妙な金属の構造が閉じ込められているように見えた。先ほどの、バッグの中から聞こえてきた固いもの同士がぶつかり合う音は、この筒が互いに衝突しあう音らしかった。
ガラス越しに見えるその金属部品は、なぜか複雑に絡み合っており、小さな板や線が何かの目的で配置されているのだろうが、私にはその意味がさっぱりわからない。この物体がどういった役割を果たすのか、またはどう使うのかも、見当がつかない。ただそこにあるのは、不可解で、どこか古ぼけた技術の産物のようにも見える、理解不能な物体だ。
私はフクキタルからそれを受け取り、あちこちを眺めてみるが、結局のところ何も見つけられず、私はただただ「なんだこれは」と首を傾げるばかりだった。
「何?これ?」
「『真空管』ですよ。もしかしてご存じない?」
フクキタルは、怪訝そうな私の表情を見て、意外そうに言った。
「名前だけは聞いたことがあるけれど……でも、こんな手のひらサイズの物が、どうして『永遠』のエネルギーとやらをくれるの?」
私がそう言うと、フクキタルはとんでもない、といった様子で両手と頭を横にブンブンと振って答えた。
「手のひらサイズだからって、『永遠』と関係ないと思っちゃあいけませんよ、スズカさん。ドストエフスキーだって『罪と罰』で言ってるじゃないですか。『われわれはげんに、いつも永遠なるものを不可解な観念として、何か大きなもののように想像しています!が、しかし、なぜ、必ず大きなものでなくちゃならないんでしょう』って」
「知らないわよ、そんなこと」
私は、フクキタルのよくわからない引用に呆れながら、それを彼女の目の前に突き返した。こんなものが本当にエネルギー源になるのなら、とっくに誰かが発見して実用化しているだろう。噓をつくにしてももっと現実味のある噓はないものだろうか、と私は内心ため息をついた。しかし、フクキタルは「まあまあまあ」と私をなだめながら、再度真空管を私の手に押し付け、話を続けた。
「スズカさん、この真空管の中身はですね、『真空』なんですよ」
「そのまんまじゃない」
「そうです。だから、この中は空気がない。仮にスズカさんがこの中に入ったら窒息して死んでしまうのです」
「……お見舞いの品なのよね?逆に私を死なせようとしているようにしか思えないのだけれど」
「そんなことはありません!私たちが入ったら死んでしまう――よく見てください、だからつまり、この中は地球とは全く違う領域なんです」
そう言ってフクキタルは、もう一つ真空管をバッグから取り出し、私の目の前に掲げて見せた。ガラスの向こうには歪んだ彼女の笑顔がゆらゆらと揺れている。私はフクキタルが何を言わんとしているのかわからず、眉間に皺を寄せた。
「これはですね、例えるなら地球の外、真空の宇宙空間をガラスで包んで持ってきたものなんですよ。わかりますか?この薄っぺらいガラスの中には、地球の外があるんです。この『中』は『外』なんです。だから、逆に言うと、地球はこのガラスたった一枚に包まれているんですよ――――ああ、なんて危なっかしいんでしょう!地球が、こんな『割れ物注意』のシールを貼って扱わなきゃいけないような物に包まれているだけなんて!割れてしまったりなんかしたらどうなるんだって考えると、私、鬱になっちゃそうですよワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハh」
少し見ない間に、フクキタルはすっかり狂ってしまっているらしかった。元からおかしいところはあったが、これはもう正気の沙汰ではない。いつからか、「ウマ娘の寿命を克服する!」とのたまい、様々な開運グッズに手を出し始めたとは聞いていたが、まさかここまでとは。私は狂人と化したフクキタルを憐れむ目で一瞥すると、またバッグの中に手を突っ込んで真空管を取り出そうとする彼女に対して「もう帰って」と冷たく言い放った。
しかし、フクキタルはそんな私の態度など気にもせず、バッグから真空管を取り出しながら、へらへらと笑いつつ話を続けた。
「さっきも言った通り、この中には宇宙――つまり『永遠』が入っているんです。だから、近くに置いておけば、きっとスズカさんも『永遠』の恩恵を得られますよ!いっぱいありますから、欲しければいくらでもあげますよ。そうだ、割っちゃいけないので10個くらい予備に――」
「1個で十分よ、ありがとう」
私はフクキタルが取り出した真空管を片手で制して言った。フクキタルは私の反応に苦笑しながら、やっと真空管をバッグに戻し始めた。その様子はどこか子供が大人に叱られた後のようで、その微笑ましさが先ほどの狂人と同一人物のそれだとはまるで思えず、私は、そのちぐはぐさに、脊髄を直接触られているかのような気味の悪さを覚えた。
正直彼女からの贈り物を受け取ることに抵抗感はあったが、突っぱねてしまうとこの狂人が何をしでかすのか分かったものではないと、私は観念してフクキタルの奇妙なプレゼントを1つだけ受け取っておくことにした。
「これを病室に置いておけばいいんでしょう」
「ええ!そうしていただければ私も嬉しい限りです!それでは、目的も果たせましたので私はここで失礼します」
フクキタルはそう言うと、椅子を元あった場所に戻し、バッグと達磨、そしてお守りの束を抱えて立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「また会いましょう!……シラオキ様、私をスズカさんと引き合わせてくださりありがとうございますふんにゃかはんにゃか……」
フクキタルはそう言って妙な呪文を唱えながら、病室の外へと出て行った。私は彼女の後ろ姿に一瞥をくれ、これを最後に二度と再会しないことを、彼女の背中のにゃーさんに願っておいた。
彼女が去ると、病室は驚くほど静かになり、ベッドに体を横たえて、また一人になった。彼女が去ってから、私はなんだか嵐に揉まれた後のような気分で、彼女がやってくる前までの、あの得体のしれない黒い塊に押しつぶされてしまいそうな感覚から、しばしの間逃避することができた。
しかし、所詮は末期治療に過ぎず、少し経つと、私は急に耐えがたい疲労感と虚脱感に再び襲われ始めた。
何のことはない、最初の状況に戻っただけだ――そう考えて、頭と体から力を抜いてしまおうとしたが、思い通りにはならなかった。
私はその虚脱感に抗うように、フクキタルから受け取った真空管を手に取り、それを
永遠――
それは私にとってはあまりにも縁遠く、またあまりにも現実味のない概念であった。
しかし――フクキタルの狂気が私にも移ってしまったのか――真空管を目の前にして、私の頭には、とある脈絡もない発想が、ふと浮かんできた。
――これを舐めたらどうなるか
フクキタルの言うところの、『永遠』とやらと詰めた、この小宇宙を体内に摂取したらどうなるのか。
その突飛な発想は、一度浮かんでしまうともう脳から離れず、私は真空管から片時も目を離すことができなくなった。
ガラスの表面には、ぽかんと餌を欲する雛鳥のように口を開けた私の顔が映っていた。私はそのガラスの筒の口を、自らの唇にゆっくりと近づけた。
ひんやりとしたガラスの表面が唇に触れ、また反射的に唇がすぼまり、ガラスを吸い付かせる。
そのまま唇を真空管に密着させていく。そしてついには真空管と私の唇が隙間なく合わさり、舌をちろりとガラスの表面につけると、私の口と真空管は一本の細い線によって繋がった。
その刹那――私はガラスの爽やかな味と共に、自分の中に何か得体のしれないものが流れ込んでくるのを感じた。それはまるで、私という小さな器の中に、生命を凝縮したような、もしくは肉を溶かしたようなとろみのある液体が、なみなみと注がれたかのような感覚であった。
その得体のしれない液体は、私の全身をくまなく巡り、私というちっぽけな存在を、みるみるうちに包み込んでいった。そして、その得体の知れないものは、私の中を駆け巡りながら徐々に小さくなり、やがて私の中で完全に溶け合ってしまったように感じられた。
私は真空管から口を離し、ガラスに付着した自らの唾液を袖で拭った。
そして私は、フクキタルの妄言を思い出していた。
――これが、永遠――
そう考えると、私は再び、私の内側を満たした感情に身を委ねてしまいそうになった。その感情は、まさしく恍惚であった。
もちろん脚が治ったなどということはなく、物理的な身体の意味では私は何も変化していない。いずれにせよ、私は脚の負傷によってもうすぐ死ぬのには変わりなかった。
それにもかかわらず、私を苦しめ続けていた、言いようのない疲労と倦怠を、私はとうとう忘れることができたのである。
必死にモノトーンの世界を吸収していた、お見舞いのリンゴやメロンは、今や自ら色彩をとめどなく放ち続ける、鮮やかなフルーツと化し、私の前にその瑞々しい姿を現した。私の気分も、まるで光の届かない深海から海面に引き上げられて清澄な空気に触れるが如く、明るく透き通ったものとなっていた。
私は、この大きくなっていく感情の塊が爆発してしまう前に誰かと分かち合わなければならぬという、はやる気持ちを抑えることができず、ベッドからむくりと身を起こして、ナースコールを押した。
程なくして、看護師が病室に入って来たので、私はこう伝えた。
「すみません。面会のことなんですが、今後は誰でも歓迎しますから、そのようにお願いします」
次は誰がお見舞いに来るかな
今のところは思いつく限り訪問させるつもり
ところで真空管舐めるスズカさん色気ありすぎない?
そのシーン自分で書いといてなんですが、自分に刺さり過ぎて、読み返してて身悶えしました。
以下は引用・参考にした発言、文献たちです
・「白って200種類あるねん」(アンミカ)
・「蜜柑」(芥川龍之介)
・「罪と罰」(ドストエフスキー、米川正夫訳)
・「電球」(赤瀬川原平)
・「檸檬」(梶井基次郎)