ウマ娘の寿命が現実の馬と同じ世界線の恋愛事情   作:daidains

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いや、本当にごめんなさい、完結させるって言ったものも投稿せず何か月も……。
就活が先日一段落したので多少は投稿ペース上がるはず……です。たぶん。


最新話はここ
世界は意味と観測者で溢れている【アグネスタキオンの場合その3】


「カフェは“運命”とやらを信じるかい?」

「……なんですか、藪から棒に」

 

 朝練後の着替え中、更衣室にて私はカフェに問いかけてみた。彼女の白い脚がスカートの中に仕舞われていく。

 

「いやなに、運命的な何かを感じる瞬間というのが、だれしも一度くらいはあるのではないかと思ってね」

「あなたなら、科学で何でも証明できる、とでも言い出しそうですね」

「おいおい、思い違いも甚だしい! 科学が万能ではないことは科学者が一番よくわかってるんだよ」

 

 古典的決定論――ラプラスの悪魔――は量子力学の発展により科学的に否定された。

 

「もし宇宙のすべての粒子の位置と運動量を知ることができれば、過去も未来も完全に計算できる」と言い張ったあの悪魔は、観測の瞬間に対象を乱してしまう量子の揺らぎの前に、沈黙を強いられた。電子一つ、光子一つ、そのふるまいは確率としてしか語れず、「神はサイコロを振らない」と言ったアインシュタインさえ、時代の変化には抗えなかった。

 

 観測した途端に揺らぎは収束し、ひとつの現実が選ばれる。まるで、可能性の泡から一つを選んで、残りを切り捨てるかのように。選ばれなかった現実がどこへ消えたのかを、誰も知らない。カフェが今、右足から靴下を履いたという事実の背後には、左足から履いた無数の「かもしれない」が沈んでいる。

 

 だが、だからといって世界が完全に気まぐれであるわけでもない。

 

「なら、タキオンさんも運命じみたものを感じることがあると?」

「『も』ということはだ、カフェ。君も運命を感じることはあるわけだ」

「……まあ、ないと言えば噓になります」

「私もある。おおかた私たちは二人とも『彼』との出会いを運命と感じている。だろう?」

「それは――そうですね」

「少なくとも、私たちが彼へ向ける感情が要素分解で説明できるようなものではないことは明らかだ」

 

 靴紐を結ぶ手を止めずに、私は静かに言った。

 

「カオス理論って知ってるかい、カフェ」

「天気予報が外れる原因の一つ、という説明なら聞いたことがありますけど」

「そう、まさにそれだ。初期条件のほんのわずかな違いが、未来に巨大な差異を生む。蝶の羽ばたきが嵐を呼ぶように」

 

 カオスは無秩序ではない。むしろ、そこには厳密な決定性がある。ただし、それは人間の認知や計算能力では追いつけないほどの、果てしない複雑さを伴う。限りなく規則的でありながら、限りなく予測不可能。

 

「我々が『偶然』と呼ぶ瞬間の多くは、実はカオス的な必然性の末端なのかもしれない」

 

 たとえば、彼があの日、あの廊下の角を曲がったのがあと一秒遅れていれば。たとえば、私たちがその日の朝練を一回でもサボっていたら。そんな小さな分岐の果てに、いまこの更衣室で彼を語る私たちがいる。

 

「でもね、カフェ」

 

 私は、靴紐を結び終えた手を膝に置きながら、彼女の顔を見た。

 

「私は、誰のどんな行動でも、自分が自分のために良い意味を見いだせれば、それでいいと思ってるんだ。起こった出来事のすべてが、私の物語の材料になり得る。そう思えば、世界はずっと、豊かで、愉しい」

 

 カフェは反対側の壁の方を向いたまま、バッグから小さなミラーを取り出し、前髪の端を整える。鏡の中で私の目と一瞬だけ視線が交わった。

 

「……それは、タキオンさんと同じくらい危なっかしく聞こえます」

「おや、どうして?」

「他人の行動の意味まで、自分の都合で決められるようになるからです。実際に何があったかより、何を信じたいかのほうを優先してしまう。しかも、自覚がないまま」

 

 口調は淡々としているが、否定でも批判でもない。観察結果の提示に近い。

 

「それを面白がるのも一つの自由ですけど、巻き込まれる側はたまったものじゃない」

 

 言い切ってから、彼女は鏡を畳み、立ち上がる。視線は私に向けない。靴音だけが静かなロッカールームに響いた。

 

「まるで自分を中心に世界が組み立てられているみたいに話すから。あなたは」

 

 カフェのその言葉は鋭く、まるで観測の瞬間に波動が収束するかのように、私の中の無数の物語の可能性を、一点に絞り込んだ。

 彼女はロッカーを閉じ、手を払うようにしてわずかについたホコリを落とした。

 

「まあ、気をつけてください。世界があなたの物語になると、周囲がだいぶ振り回されるので」

「気をつけよう。世界のためにね」

「……せめてトレーナーさんのためにしてください」

 

 カフェは半ば呆れたようにふう、と息を吐く。

 そして、振り返った。

 

「それで、今日はもう――」

 

 言葉が途中で止まった。

 彼女の目が、一瞬バグったように点滅する。視線は私の全身を上から下へとなぞり、数秒遅れて口が開いた。

 

「……その格好、なんですか」

「おや? ようやく気づいたかい?」

 

 私はくるりと回ってみせた。

 

 ラメ入りのハイネックボディスーツ。顔まわりには襟飾りのように複雑に折り重なったレースのフリルが取り付けられ、ちょうど頬骨のあたりまでせり上がっている。肩口には羽根のような構造装飾がつき、スカートはまさかのチュール三重構造でグラデーション。さらにブーツは光沢のあるエナメル素材で、左右で色が違う。仕上げに、デコルテには“彼の誕生日”を刻印したメタルプレートネックレスをあしらっている。

 

「どうかな。おしゃれをしてみたのだよ」

「……ああ、うん、まあ、感想を言うなら……その……」

「遠慮は無用だよカフェ。批評は研究に不可欠だ」

「……確かに、普段のタキオンさんからすれば、かなり“異常”な現象ですね」

「そうだろう? 実に稀少なサンプルだ。つまりこれは一種の量子トンネル現象――本来観測されない状態が、ある確率で顕現したという意味で」

「現実逃避ですか?」

「違うさ。これが現実だよ。だって、来週末は彼と約束があるからね」

「……あの、念のため聞きますが、外に出る気ですか? その恰好で?」

「当然じゃないか。むしろ外でこそ映える設計なんだ、この装備は。自然光下でこそレースの繊維が生きるよう、構造色まで計算してある」

「うわあ……」

 

 カフェは、手に持っていたリボンをぽろりと落とした。

 

 

 

***

 

 

 

「――で、なんでこんなことに?」

 

 週末、私はお気に入りのカフェの隅の席に深く座りながら、頭を抱えていた。

 

「おしゃれ、というのは、そんなに難しい分野だったかい?」

「難しいとかそういう問題じゃなくて……組み合わせの発想が、なんというか、狂気寄りなんです」

「ふむ、なるほど。では君の提案を聞こう。デート用コーディネートは、君の監修を仰ぐよ」

「いや、もう私も一緒に病んでいく気がしてきました……。じゃあ、まず……このレースですよ。どうして選んだんですか?」

「彼が以前、『繊細なものにも興味がある』と言っていたからね。それなら繊維から攻めようと思って」

「繊維から……?」

「そう。化学繊維ではなく天然素材。彼の目に優しいし、万が一頬に触れたときの肌触りも最適化される」

「……それ、そういう想定の設計だったんですか」

「そうだとも。トレーナー君が私の頬に触れる確率をゼロとする仮定に基づいてはならない。接触イベントはあくまで発生可能性の範囲内に入れておくべきだ。カフェ、聡明な君ならわかるだろう?」

「わかりません」

 

 言い切ると、私は資料の束を机に叩きつけた。衣類のカタログ、色見本帳、香水の香りサンプル、そして“デートにおける被視認面積とフェロモン放出量の相関関係”をまとめた謎の表。

 

「――で、何を着るつもりだったんですか?これ以外だと」

「バストを強調する編み上げトップスか、ふとももにフリルのついたミニスカートとニーハイのコンビネーションかで悩んでいた」

「どれも着る人を選ぶやつです。なぜそこを試みたんですか」

「人類史における発情戦略の研究資料を参考にね」

「その研究資料って……縄文時代とかの土偶とかですか?」

「勘が鋭いね、特に参考になったのはヴィーナス像だ」

「……あなたに生殖礼賛の発想があるとは思いませんでした」

 

 カフェは呆れたように眉根を寄せつつも、資料をじっと見つめている。ふと、視線がその端に貼り付けられた小さなメモ――「彼が好む香りリスト・1999年版」に留まった。

 

「……あの」

「ん?」

「トレーナーさんの好きな香り、ここに『図書館の埃』『新しいビニール傘』『静電気の火花』ってあるんですけど、これ本当に本人の発言ですか?」

「ああ、それは彼が冬に言った“なんか好きかも”をすべて収集したリストだよ。シーンごとの彼の表情と、鼻腔の開き具合を観察して導き出した推論さ」

「観察だけで分類するのやめてください」

「なぜ?」

「なぜ、って……普通やらないですよ。少なくとも、その“静電気の火花”を香水で再現しようとはしません」

「ところがどっこい、したのだよ」

 

 タキオンは得意げにバッグから銀色の小瓶を取り出した。

 

「嗅いでみるかい? 市販の香水に人工オゾン香料を混ぜた。つけた瞬間、鼻の奥にパチッとくる」

「…………」

「で、この香りをつけて近づく。完璧なアプローチだろう?」

「いや、近寄る前に警戒されますよ。というか、オゾンって毒なんじゃ」

「もちろん毒にならない程度の濃度に調整してある。 じゃあ百歩譲ってこれがダメだとするなら、もっとフェミニン寄りの――そうだカフェ、君が使ってるやつ、貸してくれないか?」

「断ります」

 

 そう言った私は、半ば自衛のようにバッグの中の自分の香水の蓋をぎゅっと締め直した。普段は人に貸すなんて絶対にしないのに、自分の香りが彼の近くで再生されるかもという想像をしただけで、少し手が震える。

 

「……ふぅん」

「なんですか」

「いや、君の尻尾が、今また少し立ったように見えたからね」

「違います」

「耳もぴくっとしていたよ」

「反射です。偶然です。生理現象です」

「カオス理論的には必然かもしれない」

「いちいちこっちの揺らぎを観測して収束させるのやめてください」

 

 カフェは席を立つと、何かを振り払うように空中で両手をばたばたとさせた。

 

「もう、話がどんどんおかしい方向に進んでます。とりあえずまともな服を選びましょう。多少はまともな方向に」

「君がそう言うなら任せよう。君が選んだなら、きっと彼にも……好意的な意味で伝わるはずだろう?」

「…………」

 

 一瞬だけ、私は返答を飲み込んだ。

 彼の視線が、その服に落ちる。

 それはタキオンさんの身体を通して、私の美意識をなぞる行為だ。

 そしてその視線が、どこか気に入っているような色を含んでいたとしたら。

 

「……カフェ?」

「――いえ。わかりました。私が“最適なコーディネート”を選びます」

「おお、それは頼もしい。理論武装より君の感性のほうがこの場面では強いからね」

「直感ではなく、情報収集です。……視えている範囲で、ですけど」

「また穏やかじゃない表現だね」

「ああ、そういえば。『視える』でちょうど思い出しました。前言っておいた件ですが」

「ん?」

「彼の後ろに最近くっついていた女性の霊、もうフクキタルさんと協力して払っておきましたから。安心してください」

「…………」

「ちょっと気配が強かったので。ああいうのは、放っておくと、夢の中に影響が出ますから」

「……フクキタル君と?」

 

 タキオンさんは手に持っていたメモを机に置き、静かに訊いてきた。

 

「君も大概というかなんというか……私が言えたことでもないかもしれないけどね、彼女はジョーカーなんだ。端的に言えば、“とても強力・とてもヤバい”。私の頭脳があってこそ、辛うじて上手くやれてるってだけであって」

「私は別に何もしていません。ただ、視えたものを報告して、フクキタルさんに任せただけです。儀式は……まあ、彼女が喜々として」

「いや、十分だよ。十分“やってる”よそれは」

「タキオンさんだって、彼女に“開運グッズが一等賞”なんて偽情報を渡して懸賞に応募させたことが、“賢い付き合い方”とは到底思えませんけど。あなたが景品欲しかっただけでしたよね?」

「うん、それでも比較されるのはなんだか嫌だねえ……一応ね、私は善意で言っているんだよ。君だって前に、ちょっと彼女にちょっかい出して、“お友だち”をこの世から消されかけてたじゃないか」

 

 彼女は一度深く息を吐いて、視線を私に戻す。

 

「まあそれはそれとして、だ。改めて、コーディネートをお願いしよう。君が一番“彼に好まれそう”だと思う格好を提案してほしい」

「……わかりました」

 

 そう言うと私は、タキオンさんの空になったカップを自分のトレイに重ねて、無言で立ち上がった。気づけば、伝票も自然と私の手にある。別に頼まれたわけではなかったが、頼まれる前に、もうそうしていることに違和感はなかった。

 

「おや、払ってくれるのかい?」

「……あなたは、服代でこれから出費が相当かさむでしょうから」

 

 私はレジに向かいながら、小さくため息をついた。

 タキオンさんが“私の選んだ服”を着るという未来は、想像するよりもずっと、手触りが奇妙だった。

 

 それが成功するか失敗するか、まだ判別できないけれど――とにかく、これはもう、“私の問題”になってしまったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「まず、視線の導線を計算する必要があります」

「おや?」

「入室から正面に立たれた時、彼の視界に最初に入るのは、上半身です。だから、襟元は清楚だけど、素材がやや光を拾うようなものにする」

「ほう。照明の条件を読んだ戦略的設計だね」

「靴も重要です。ヒールは避けたほうがいい。音が大きいと彼は気づきやすくなる。驚かせる演出が効かなくなります」

「それは……ええ? 驚かせたいのかい?」

「いえ、ただ、気配がふと現れたときのほうが彼は優しい反応をする傾向にあるだけです」

「……なんか、私と違う方向からズレてないか?」

「ズレていません。というかタキオンさん、ズレてる自覚あったんですね」

「求道者は得てしてそういう風に見られるものさ。一つの真理だよ」

 

 カフェはふと、選びかけた服を一着棚に戻した。

 

「やっぱりこれじゃだめです。彼の“そういう記憶”を喚起する恐れがあるので」

「“そういう記憶”……?」

「昔、彼が好きだった人の服装に、少し似ていたらしくて。去年の夏、彼がふとつぶやいていたのを覚えてます」

「記憶力怖いな君」

「タキオンさんがロジックに偏って失敗するように、私は感覚に寄りすぎて失敗することがあります。……だから、今回はデータを重視します」

 

 彼女は表情をほとんど変えないまま、真剣なまなざしでシャツの素材やスカートの丈、色彩のトーンを見比べている。

 そして、静かにこうつぶやいた。

 

「……“彼女”が、これだって言ってます」

「おーっと? それは、“お友だち”とやらかい?」

「ええ」

「カフェ……君、やっぱり相当“そっち側”に行ってるようだねえ」

 

 

 

***

 

 

 

 タキオンが着替えを終えて出てくる。控えめなフレアスカートに白のブラウス、首元には小さなペンダント。奇抜さは抑えられ、むしろ、どこか「普通」を装った絶妙なバランスだった。だが、それゆえに、タキオンの言動が際立っていた。

 

「―さて。着替えたぞ、カフェ。君の選んだ“最適解”に従ってね」

 彼女は自信満々にポージングしてみせる。どこかに舞台照明があるかのような動きで。

「……思った以上に、似合ってますね」

 

 カフェは率直に評価を口にした。自分が選んだ服が、きちんと“着こなされて”いる。その事実に、ほんの少しだけ、胸がざわついた。

 

「だろう? このブラウスのシルエットとスカートの揺れ、私の肢体に驚異的な適合率を示している。お友だちの選択眼、侮れないよ」

「笑いごとじゃなくて、真面目に成功率は高いはずです。これでトレーナーさんが“女性として意識しない”はずがない」

「ふふ、君もなかなか暗黒面に染まってきたようだね」

「……違います。ただ、彼が振り向く未来を選びたいだけです」

「ほう、選択と観測か――量子論的恋愛観だ」

「もう黙って行きましょう。時間もないですし」

 

 二人は並んで店を出た。午後の街路は穏やかに光を反射し、風は軽やかだった。タキオンは心なしか、歩き方までいつもより柔らかくなっている。周囲の目を気にしているのか、いや、単に浮かれているだけかもしれない。

 カフェも少し離れて歩きながら、横目で彼女を観察していた。  ――トレーナーが、この“装い”にどう反応するか。それはもう、実験のようなものだった。

 そして、二人がトレセン学園の門をくぐった、まさにそのとき――。

 

「おおっと、そこの乙女たちッ!!」

 

 唐突に朗々たる声が響いた。

 

 二人が顔を上げると、そこには舞台から抜け出してきたかのような少女――テイエムオペラオーが、夕陽を背に仁王立ちしていた。その両手は天を仰ぎ、風を受けてはためくマント(本人曰く「運命を抱く風」)が、まるで舞台幕のように空を切り裂いている。動作の一つひとつがポーズと決め台詞に変換される異常な完成度を誇り、周囲の空気ごと劇的な何かに塗り替えてしまう。

 

 彼女は、その類まれなる実績を引っ提げてトレセン学園の生徒会長選挙に立候補し、全校生徒の“理解不能だけど惹かれる”票を一手に集めてほぼ信仰の域で圧勝。かくして、当代の生徒会長となったのだった。自らを“覇王”と名乗り、詩と舞台と勝利を愛し、ありとあらゆる場面で名乗りを上げ、主題歌と共に現れることで定評がある。

 

  生徒会長となったのち、最初に彼女が掲げた政策がトレセン学園敷地内に“バ蹄劇場”を建設すること。

 「レースも舞台! 君も舞台! 世界が舞台! そしてボクが主役!!」というスローガンのもと、オペラとレースの融合を目指す演出型校風改革を目論んだが、設計図を提出した段階で建設予算が学園の予算を余裕で超えたため、現在は“校庭一部舞台化計画”に縮小中である。

 

 そんな彼女を古くから知る友人は、時折こう語る。

 

「オペラオーちゃん、実はすごく真面目で、誰よりも責任感が強いんですけど……その真面目さを出力する手段が、常に“100%の演出”なんですよね……」

 

 ある者は、かつて心が折れそうだった自分を彼女の言葉が救ってくれたことを、今も密かに感謝している。

 

「暴走しそうになったら、止めなきゃって思ってる。……私が助けてもらった分、今度はちゃんと、こっちが見ていないと」

 

 混乱と啓示を同時に撒き散らす、自走型の舞台装置――それが、トレセン学園生徒会長、テイエムオペラオーである。

 

「その姿、その気配……恋の戦に赴く気だね? ボクにはわかるとも! 愛とは、時に戦い、時に詩、そして時に! 栄光へのカタルシスッ!」

「……逃げませんか?」とカフェが耳打ちした。

「だめだ、すでにロックオンされている」とタキオンが即答した。

「いくら私といえど、覇王を振り切るのは一筋縄ではいかない」

 

 タキオンはわずかに口角を上げた。笑っているようで、その実、目元には警戒と計算の色が宿っている。明らかに何かの“予測不能な事象(カオス)”に巻き込まれる気配を察知したときの、それは彼女なりの「戦闘態勢」だった。

 

「乙女よ、そして理性を微塵に砕かれし実験者よ!!!!」

 

 オペラオーが一歩踏み出すたびに、地面が舞台のように鳴った気がした。手にはなぜかスケッチブックを構え、そこには“舞台衣装追加案(トレセン春の陣)”と書かれている。

 

「君に理性を説かれるのも不思議な話な気がするがねえ」

「どっちも大概ですよ」

「カフェ! なんだい君、さも自分は例外です、のような言いぐさをして――」

「その姿、見逃すには惜しすぎる! ボクの眼が叫んでいる! 『その装いは、舞台に上がるために生まれてきた』とッ!」

「待ちたまえ、違う。これ舞台用ではなくてだね、あくまでデート用で――」

「つまりッ! 恋と舞台の二重奏! 実に良い! ボクの理想そのものだ!!」

「だから違うって言ってるのに!!」

 

 そこへ、さらに。

 

「うわーーーーー!!!! なにこの尊み、しんどい無理好きむりむりむりむり無理むりむり!!」

 

 突如、茂みから転がり出てきたアグネスデジタルが、全力でこちらにダイブしてきた。

 そして、息を切らしながらこう叫ぶ。

 

「三人並んでる光景……ああ、もう、それだけで……っ、しんどい……! 尊みが空間に溢れてる……!」

「おお!? デジタル君!?」

「その揺れ! 浮かび上がるそのスカートの陰影! そして……横顔の輪郭線ッ!!」

 

 彼女は鼻血寸前のテンションで、タキオンの周囲をぐるぐると回る。

 

「あの静電気の香水……じゃない! でも、違う意味でビリビリきました今!! 尊さが脳に刺さってッ……これ……これ……」

「……ちなみに、香水は試作したけど、今日はつけてないよ?」

「知ってます! でもタキオンさんが“つけてきそうな構え”だったからもう脳が誤認したんです! 尊すぎて錯覚しました!!」

「それはそれで脳のバグのように思えるが?」

「尊みは幻覚も引き起こすんですよォ!! いや、私にしか感じ取れない幻覚であろうと、それもまたリアル!!!! カフェさんならこれ分かってくれますよねえ!?」

「えっ、そこで私ですか」

 

 オペラオーとデジタルに挟まれ、タキオンは進路を塞がれた。

 

「では、ボクから正式に依頼しよう! その装い、その情熱、その香り、すべてボクの舞台に必要だ!『バ蹄劇場・恋愛譚編』の主演に、タキオン! 君を任命するッ!!」

「断ると言ったら?」

「断ったとして運命は変わらないさ! 導かれし者たちよ!」

 

 しばしの沈黙。

 タキオンとカフェの視線が重なり、情報のやり取りもなく、合意だけが交わされる。

 舞台装置は回転し、観客の歓声は止まらず、脚本など存在しないこの物語の中で――

 

「いいからもう逃げましょう、タキオンさん」

 

 次の瞬間、タキオンがカフェの手をつかみ、風を切るように駆け出した。

 

「逃げるよカフェ、今だ!」

「わかってます! でも、あ、ちょ……スカート引っ張らないでください!」

 

 二人は校舎脇の植え込みの陰を抜けて、部室棟の裏手へと全力疾走した。どこへ向かうかは問題ではない。ただ、この場から逃げる。それだけが共通認識だった。物陰に逃げ込めば、どうにかこの即興劇から一時的にでも退場できるかもしれない。

 

 足音が石畳を打つ音の背後で、オペラオーの「舞台はまだ終わらないッ!!」という絶叫と、デジタルの「ふおおおおおおスカートがあああああああ!!」という奇声が重なって追いかけてくる。

 

 風、悲鳴、そして混沌。

 

 あらゆるノイズの中、マンハッタンカフェはただ願った――どうかトレーナーの目に、この騒動の一端も映っていませんように。

 

 

 

「……やっぱり世界は、私の物語でできてるんじゃないか?」

「私、『せめて人を巻き込まずに生きてください』って言いましたよね?」

 

 

 






タキオンの変なおしゃれ、AIで画像出力してどんな風に見えるか試してみたら、ウマ娘の勝負服としてギリ成立しそうな気がしてしまいました。もっと奇抜にするべきだったか……?

>生徒会長オペラオー
本シリーズは「ウマ娘の寿命が現実の競走馬と同じ」という設定に基づき、学年構成も史実準拠です。本話は99世代(オペラオー世代)が最高学年の時期にあたり、生徒会長もオペラオーにバトンタッチされています。


↓制作ノート
https://notes.underxheaven.com/preview/d6c74c6ef05f4677eccf265aff5ce2b4
裏テーマというか、書くときに考えていたことを書き綴ったものです。
作品の裏事情とか知るのが好きな人向け。
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