ウマ娘の寿命が現実の馬と同じ世界線の恋愛事情 作:daidains
ヤンデレ同士が自覚なくずれた会話してるのすき
はっきり言ってしまおう。
闇を制する者が芸術を制するのだ!
この主張は「人の闇を描くことが芸術の本懐である」だとかなんだとか、よく言えば人口に膾炙した、悪く言えば手垢のついた芸術論のみによって裏付けられるものではない。
あえてかばい立てするならば、彼らの言い分も一応大噓ではない。芸術は人の暗部を見つめなければ生まれないというのもまた真実であろう。
しかし、私が苦手とする類のそういう抽象論はとりあえず脇に置くとして、いま私の述べたことは、もっと具体的な理由によっても裏付けられる。
私がここで言う「闇」とはそういう象徴上の存在ではなく、むしろもっと形而下的で卑近な実際上の「闇」だからだ。
当たり前のことを言ってしまうようだが(もちろん反対する人はいないだろう)、現実の闇とは単なる真っ暗な――科学的に表現するならば、観測者に到達する光子が極めて少ない状況である――だけにとどまらない意味を持つことは、私達の日常経験からしても明らかである。
もし万一疑う者がいるのなら、梶井基次郎の「闇の絵巻」でも読んでみるがいい。私の言いたいことがわかるはずだ。
それこそまるで絵巻物を広げるかのように、闇の街道の風景をゆるやかな流れの中で描き出す、その素晴らしき文章!
まず、闇で見えないからと言ってそこに何もないわけではない。
そこでは様々な存在がひしめき、うごめきあい、視覚を除いた五感をありとあらゆる方法で責めたててくる。
むしろ視覚が封じられているからこそ、聴覚や嗅覚は研ぎすまされ、触覚はほんの少しの刺激にもびっくりするほど敏感に反応する。時には空気にすら豊かな味わいが生まれもしよう。
こんな風にして鋭敏になった感受性をもってして闇を描く――それは抒情的に、そして時にはどろりとした情念をも秘めて、光と闇の交錯を切り取ることに他ならない――彼のような、それを実現できる表現技術を持った者こそが、真の芸術家なのだと私は言いたいのである。
闇に親和性がある者こそが、芸術にふさわしい。
であるからこそ――
「というわけで、私の美術館デートを手助けできるのは、いつも闇の周辺をうろうろしている君しかいない。カフェ」
「……二度と『合理の僕』を自称しないでくださいね」
******
「それは昔の話だよ、カフェ。今や私は彼によって恋という不合理を知ったのだから」
タキオンさんは雑誌の後ろの方に目を通しつつそう言った。
いつもの論文や科学系の雑誌ではなく、デートスポットを特集した、表紙が馬鹿みたいにファンシーな雑誌を読む姿は、驚くほど似合っていない。
人前で堂々と読むのは常人なら気恥ずかしいと思うはずなのだが、元からマッドなところに色恋沙汰で狂気に拍車がかかった彼女に、人間らしいそんな恥じらいはないようだ。
「開き直ったって無理を通してあげる気はありませんよ」
「いや、すまない。しかし私も本当に困っているのだよ」
「はいはい。……しかし、お出かけですか。一応聞いておきますけど、それなら私も同行してもいいですか?」
そう問いかけると、雑誌の向こうからタキオンさんはちらと私の方を睨み、いかにも不満そうに言った。
「おいおい、君はこの間山登りデートを二人っきりで済ませただろう!平等を期すために、今回は私と彼だけで行動すべきだと思わないかね?」
「結局二人っきりにはなれていないですよ。タキオンさんがGPSやら擬態カメラやらで始終見張っていたわけですから」
「そんなことを言うのなら、君だって『お友達』にそれこそ風呂の中まで見張らせているんだから、おあいこだろう。私だってさすがにそこは遠慮しているんだぞ」
それは……そうだが。
しかし関わらせた挙句、参加は許さないというのもひどい話ではなかろうか。それなら最初から「今回は二人きりになりたいから関わるな」と言ってくれた方が、まだ納得がいくのだが。
それにそもそも、タキオンさんは風呂の中では監視を解いているというが、それは変に純情な彼女がトレーナーさんの裸を直視できないからであって、別に彼のプライベートを気遣った結果ではない。その証拠に、彼女はトレーナーさんの風呂の残り湯を一週間に一度の頻度で回収している。
しかし私がそういう反論を頭の中で組み立てている間に、タキオンさんは雑誌をぱたんと閉じると、肉体労働とは無縁とでも言いたげな細い指で本のへりをすっとなで、ニヤリと笑いながら椅子から立ち上がった。
そして私の方に近づいてきて、タキオンさんの方から先に言葉を発した。
「私だって意地悪で言っているわけではないのだよ。しかしあいにくこれはペアチケットでねえ」
そういって彼女が見せてきたのは、件の雑誌の裏表紙だった。そこにはこのデートスポットの紹介に加えて、そこへ行けるペアチケットの入手方法についても書かれていた。いわく、特定のサイトに登録し、抽選に応募して当選すれば入手できるとのことだった。
当たりとして、今話題に上がっている美術館を始め、その周辺の店でもいろいろ使えるカップル向けの割引券がついてくるとのことだった。美術館を科学館やら遊園地に入れ替えたバージョンのチケットも景品として用意されている。
その上詳しく見てみると、便宜上割引券とは書いてあるが、割引どころか無料になるスポットも多く用意されており、なかなかどうしてお得な特典である。
「応募したんですか。貴女ならもっと確実性を重視して、懸賞に頼らず普通にお金を出すイメージでした」
「研究開発に思いのほか資金を要してね。手許が甚だしく不如意だったのだよ。それに『せっかく当たったチケットを使っておきたい』という名目があった方が誘いやすいじゃないか」
「それで応募したら当たった、と」
「ああ、当たったとも。……ほら」
タキオンさんはそう言うと、どこからか一枚のチケットを取り出して、私の目の前で見せつけるようにひらひらさせた。少し遠いが、確かにそこにはこのデートスポットの住所と、日時が書かれている。
しかし……。
私は至極真っ当な疑問を口にせずにはいられなかった。
「微妙に行きづらいし、そもそも何で美術館にしたんですか。そういう箱物なら科学館のほうがタキオンさんの強みを活かせるのでは?そっちの方が場所的にもよさそうですよ」
「そっちを狙ったんだがね。見事に外してしまったというわけだ。まあSSRでなくともSRを引けただけましだろう。ベストを尽くした上での結果だ。天命として受け取るしかない」
タキオンさんは肩をすくめて、つまらなそうにそう言う。しかし彼女の発言の一部が引っかかった。
「『ベストを尽くした』とはどういうことですか?努力で運に介入したとでも言っているように聞こえます」
「おや、カフェ。君からそんな気の利いた指摘を受けるとはねえ。だが君の解釈はおおむね正しいよ。実際努力で結果を変えようとしたのさ」
そう平然と言ってのけた後、お馴染みのくつくつとした悪い笑みを抑えきれない様子で、彼女は一息に言葉を続けた。
「フクキタル君を言いくるめて、彼女にもたくさん応募してもらった。彼女は何故か金回りがいいようだし、『開運グッズが当たる』と言えばいちころだったよ。そしてなんと!彼女が見事これを当ててくれたのだよ。開運グッズでなくて落ち込んでいるところに、実験で余った真空管と交換してもらえないか頼んでみたらあっさり通った。君も知っての通り、彼女は何故か真空管を集めているようだから。気になって何故なのか聞いてみたら、曰く『予後不良や病気で無念のうちに亡くなってしまったウマ娘たちに永遠の平穏を与えたい』とかなんとか。いやはや、何とも理解不能でおもしろいねえ、フクキタル君は」
「ええ、騙したんですか?どうせなら彼女の『儀式』への協力と引き換えに、チケットを買ってもらえないか直接頼んだ方が、よっぽど早くて確実で誠実な気がしますが」
「おいおい!あんな狂人の『儀式』に参加しろとか、君は鬼か!」
「他ならぬ貴女に狂人呼ばわりされるのは、フクキタルさんも納得いかないと思いますよ」
私はため息を吐く。
私はあまりフクキタルさんのことは詳しくないが、それでも彼女が相当に重篤でエキセントリックなウマ娘であることは聞き及んでいた。
噂では、占星術の修行として死体処理をしていたとか、廃墟で降霊術をしようとしまくっているとか……。
さすがに誇張が過ぎるだろうと過去の私は半信半疑だったので、『お友達』に彼女の様子をこっそり見に行かせてみたことがある。
すると、『お友達』は今まで見たことが無いくらいボロボロの、もはや消えかかった姿でわんわん泣きわめきながら逃げかえってきた。どうした、何があったのか、と問いただしてみたものの、『お友達』は「思い出したくない」の一点張りで終始口を開こうとはしなかった。
そんなあえて語るまでもなく『ヤバい』彼女ではあるが、タキオンさんはそれを上回りうる数少ない逸材でもある。フクキタルさんに対する狂人呼ばわりは、そっくりそのままタキオンさんにも返ってくると思うのだが。
「私もそれを他ならぬ君に言われるのは納得いかないんだがね。……まあ、それはそれとして本題に移ろう」
「美術館デートのお手伝いでしたよね?まあいいでしょう、今回はタキオンさんの言い分をのみますよ」
「それはよかった!……で、君に頼みたいことはだね、私のデートプランへのアドバイスが欲しいのだよ」
「はあ」
私は気のない返事を返した。アドバイスも何も、タキオンさんがその無駄にしわの多い脳みそをひねってプランを練ったのだろう。そのプランに私が口を出す余地などあるのだろうか。
するとタキオンさんは頬を少し紅潮させ、まるで恥じらう乙女のようにもじもじしながら、視線をやや下げつつ私に言葉を続けた。
「そうだ。私はこれまで色恋沙汰にまるで関心を持たずに来ただろう?だからいざ当事者になると恥ずかしいことに右往左往してしまってね。……カフェ、どうか私を助けると思って、このプランのどこに穴があって、どこを直せばいいか指摘してくれないかい?」
……可愛らしいような、気味が悪いような。
普段から無茶苦茶しているくせに、この後に及んでウブなムーブをかましてくるタキオンさんに対して、私は内心少々毒づいてしまった。
しかしそんな私の思いはつゆ知らず、彼女は紙束を私の前の机に置くと、「さあ、早く」と急かした。
私は仕方なく、プランの粗探しを始めた。
アドバイスのついでに重箱の隅を楊枝でほじくってやろうという、意地悪な気持ちがほんの少しだけあったことは否定しない。
******
「……ですから、そもそも回る場所が多すぎるんですよ」
「しかしいろいろ行ってみたいじゃないか。回り切れないことや、トラブルがあった時のための代案も整備している」
「理論上は可能ですよ。理論上は。しかし、そんな最適化されたルートをたどっているようじゃ、風情も何もあったもんじゃありません。男女の逢瀬は雰囲気が大事なんです」
しかしタキオンさんのプランは、細かいところをつつきまわすまでもなく粗だらけだった。やりたいことを詰め込み過ぎていて、結局どこへ行って何をしたいかがまとまっていないのだ。タキオンさんにとって「何をするか」ではなく「彼と行けること」が重要であることはわかるが、それにしたってやり過ぎである。
例えば、メインの美術館への滞在時間が1時間半ほどしかない。これでは展示物を流し見るのが精一杯だろう。
こういう場所は特に時間を多めにとって、好きな作品やその解釈を語らいながら一つ一つゆっくり回った方が、見ているものの見方も深まるし、彼との親密さも増すはずだ。
また、その前後のプランも雑だ。お洒落なカフェに行って、ランチを食べて、ショッピングして……と目先のことばかりにご執心で、肝心の彼とのデートを心から満喫できているか? いわゆる恋は盲目状態なのかもしれないが、せっかく二人でいるのだからお互いいろいろなことを話し合える場を作った方がよい。
私がそう指摘すると、タキオンさんは「ふむ」と顎に手を当てた。
「なるほど、確かに言われてみればその通りだね。……しかしカフェ。君はなかなかに恋愛マスターだねえ」
「やめてくださいよ。……トレーナーさんだけです」
しばらくの間、タキオンさんは最初のプランのいくつかを横線で消したり、修正を加えたりしていたが、やがてペンを置いて「ふう」とため息を吐くと、椅子の背もたれに体を預けた。
そして私の方を見やると、やれやれといった具合で言った。
「君と恋バナをするのは相変わらずなんとも変な気分だが……カフェの言う通りだねえ。確かに君のプランの方がスマートでよさそうだ。今日はいい相談ができたよ」
「それはよかったです」
「ああ。……しかし実はだね、私も『これだけは自信がある』アイデアを残しておいた。最後にこれを披露して、私のプランは完成とするつもりだ」
そう言って、彼女は目を三日月形に歪ませて笑った。私は知っている。
こういう顔をしているときのタキオンさんは、とんでもなくろくでもないアイデアを思いついていることを。
「やめてください」
「まあまあまあ、聞くだけ聞いてくれ!……その前にちょっとそこのティーポットを取ってくれないかい?カフェ」
「……わかりました。はい、どうぞ」
タキオンさんはそう言って紅茶をカップに注ぎ、砂糖をドボドボ何個も入れてから、スプーンでかき混ぜてそれを一口すすった。そしてカップをソーサーに戻してから、再び口を開く。
「実はデートの別れ際に彼を『特別な呼び方』で呼んで射止めてやろうと思ってね。その鍵がこれさ」
タキオンさんはカップを顔の高さまで上げ、左手の人差し指でその側面をトントンと叩いた。
「『トレーナー君』ではなくて、下の名前か何かで呼ぶ気ですか?」
「いや、彼の親などという、私には全く関係が無い人物がつけただけの名前を呼ぶだけに甘んじる気はない。彼の名付け親になるのはこの私だ」
「それならもう『モルモット君』があるじゃないですか」
「いや、それでは私が彼を実験対象としてしか見ていないようで具合が悪い。もっと『彼が私にとって不可欠』であることをアピールする呼び名も必要だと思うのだよ」
「はあ……。それで、その鍵が紅茶とはどういう了見ですか」
そう尋ねると、タキオンさんは待っていましたとばかりに目をキラキラと輝かせて、ぐいっとこちらに身を乗り出してきた。
いつもはツヤ消し加工がされているかのような彼女の瞳が、今はまるでハイライトをまぶしたかのように、キラキラと輝いている。
その勢いに気圧され、私は少しだけ体を後ろに傾けた。
「ああ!彼は私にとって
「は?」
角砂糖君。
思わず、聞き間違いを疑いたくなるような響きだった。
「角砂糖君」
「そう!『角砂糖君』!私の好物の紅茶のお供でもあるし、私の象徴足る頭脳の栄養源である点でもふさわしい!何よりもこんなに『甘い』呼び名は、この地球上を探し回っても他にないだろう!実にロマンチックだとは思わないかい!?……なんだいカフェ、その目は」
タキオンさんの提案に、私は一瞬言葉を失った。
だんだん相談に乗るのも面倒くさくなってきた頃だったが、さすがにこれを止めてあげようというくらいの良心は残っていた。
「タキオンさん、本気で言ってますか?『角砂糖』君って……。その……なんというか、愛情表現としては確かに特別というか独特ですけど、トレーナーさんがどう受け取るかが問題ですよ。やめておいた方が…」
彼女は一瞬だけ真剣な顔になり、それから再び満面の笑みを浮かべた。
「心配無用、カフェ。彼が理解してくれる自信がある。何せ、我々は互いの理解者なのだから。それに、もし彼が笑ってくれたなら、それで十分だ。笑顔の彼は、どんな芸術作品よりも美しいのだから」
私はその言葉に、再びため息をつく。しかし、タキオンさんの眼差しにある純粋な愛情を見て、心の中で諦めた。
彼女なりの愛情表現だ。それを否定する権利は私にはない。
「分かりました。その……角砂糖君、ですか。実にタキオンさんらしいと言えば、そうですね。どうしてもやるというなら止めませんけど、ただ、本当にそのニックネームで彼を呼ぶ時は、私の前では絶対にやらないでください。私の反応が悪くて、せっかくの雰囲気を壊してしまうかもしれませんから」
タキオンさんはくすくすと笑い、私の肩を軽く叩いた。
「心配しないでくれ、カフェ。君のことは十分理解している。それに、私のデートプランには、君の助言が大いに役立った。感謝しているよ」
「私は止めましたからね」
******
その後デートの日はすぐにやってきて、タキオンさんは意気揚々と出かけて行った。
そして夕方、ややぐったりして帰ってきた。その様子は、さながらレースに負けて帰ってきた後のようだった。
「どうしたんですか。せっかくのお楽しみだったでしょうに」
「いや、例の呼び名なんだがね……ぜんぜん反応がかんばしくなかった」
「でしょうね」
「賢いバカ」とは、まさしく彼女のための言葉なのであった。
【今書きたいものリスト】
・アヤベさん過去編の完結
・サクラバクシンオー
・黄金世代メンバーの誰か
・フクキタル
・スズカさんの病室訪問
・ミスターシービー
・エイプリルフールの宇宙走娘(コスモピュレラ)を作品化
・ヒト最速のアスリートがその知識・経験を活かしてトレーナーとしても成功し、担当のウマ娘たちからも慕われるようになるが、種族の差にやり切れない思いや嫉妬を抱えこんでしまったせいで、関われば関わるほどおかしくなっていく話。なおそんなトレーナーを心配してウマ娘たちはトレーナーにたくさん話しかけるので、トレーナーはそのたびに自分の醜い嫉妬心と彼女たちの純情さを対比してしまい、さらにやり切れなくなるものとする。
多すぎて手が回らない……
このシリーズも文庫本一冊くらいの文量になったし、そろそろウマ娘寿命違い流行ってくれないかな
寿命違いでなくとも、最後の案とか代わりに誰か書いてくれません?
あと完成するまで年単位になりそうですが、「メジロブライトの場合」を他の方と協力して漫画化する構想を実は進めています。
先方曰く「ネームはお前が描け」とのことなので、慣れない漫画をちょっとずつ勉強している段階です。
これも全てはウマ娘寿命違いを流行らせるため……!