シャーレ所属のダレカちゃん   作:ブラウンドック

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ダレカちゃんは喧嘩します

 

間違い、歪み、壊れる。

 

どんなに清く"正しい"聖者だとしても。何処までも経験して"識る"賢者だとしても――言葉を操り息をする(ヒト)ならば、『綻び』が生ずる。

片や罅破れて歪みきった器ならば、いつかは訪れる破滅の欠片を呼び寄せてしまうのだろう。

 

聖者がいれども、賢者は背負えども、救いを成すことは叶わず。決して、決して、遍く"運命"を覆せる者は在らず――『綻び』だけがそこには在る。

 

◆◆◆

 

(………やっぱり)

 

――違和感。

 

それは最初からだ。先生が『ダレカちゃん』と名乗る生徒と出会ってから、最初に胸中へ零したその言葉が再度浮き上がってきた。

いつからだっただろうか。異様な外見でありながら日々に溶け込み、徹底して"違和感"を他者へ感じさせまいとしていて、それ故に先生だけは気付けた。

 

あの生徒の本質は()()()()事だ。卓越したコミュニケーション能力がある訳ではなく、類稀なる人望を持ち合わせてもいない。

 

異質で、異様で、異形。

 

本来ならば悪目立ちする在り方。なのに、やはり皆の和に溶け込んで日常の一員となっている。そのノイズを感じさせない事こそが本質――()()()()

何処までも『ダレカちゃん』という存在はそう在るのだ。その本質までも歪めて、果てしない理想を追い求めて、()()()()()()()()()()()

 

そんな『溶け込む天才』が一人で()()()()()()のだ。先生が察してしまう程までに、あからさまに。

 

「……ダレカちゃん、ちょっといいかな」

 

「おん?なんやセンセ、チンパンジーの生態についてなら…………そーゆー雰囲気じゃないか。急にどうした?」

 

ブラックマーケットを散策中、先生は相変わらず宇宙服で闊歩する生徒を呼び止める。

ヒフミやアビドスの皆も足を止めるが、『ダレカちゃん』は手を振って誤魔化す。彼女達のコミュニティに"溶け込んでいた"其れは蔓延る違和感を喰らって無に帰し、そっと彼女達から離れて先生の隣を歩く。

 

「ごめんね。彼女達を見失わない程度に離れようか」

 

「……いいよ?センセが珍しく真面目だからね」

 

「一言余計だなぁ…」

 

こうしている場合ではないと、二人とも理解はしている。今はアビドスの問題に向き合わなければいけない。それに、無理やり巻き込んだヒフミが危険な目に遭わないよう索敵を怠る訳にもいかない。

 

今この場で二人が話をする必要性なんてない筈なのに、互いに言い出そうとしない。理由なんて敢えて語るまでもなく、只々()()()()()()()だろう。

 

「で、なに?」

 

「私と君の仲だから、単刀直入に言うね。ダレカちゃん…無理してるでしょ。空回ってるよ」

 

「…………」

 

「ダレカちゃんがみんなのために動いているのは判ってる。私よりもずっと遠くを見通して、手を伸ばして布石をばら蒔いているのも…少しは判る」

 

「あらら…センセもついに気付いちゃったか〜。うむうむ、実はダレカちゃんね?センセの想像の五億倍は有能なんだよね。敬って?尊敬して?」

 

「…また、そうやって有耶無耶にするの?」

 

「………有耶無耶って…センセ、話すのが下手だよ。質問するならもっと端的に、具体的に、意図を理解出来るようにしろよ。生憎とポエムを詠むのは得意じゃないんだから」

 

「だったら何度でも言うよ。今の君は()()()()()()

 

「ッ!」

 

それは先生なりに、誠意を込めての単刀直入な物言いだった。言葉を尽くしてものらりくらりと躱すなら、一言で片付けるしかない。

 

これが最善手であるとは思わないが、然し生徒の問題を先延ばしにするようでは先生として失格だ。ならば最悪を回避する為に、先生は大人としての矜持を全うするのみ。

無論、それが『ダレカちゃん』を名乗る生徒にとっての最大限の()()だったとは知らずに。

 

「……な……よ…」

 

「…え?」

 

「…アンタに、何が分かるんだよ……ッ!」

 

声質がいつもと違った。

 

淡々とした無機質な声質も今ばかりは荒々しく、唐突且つ明確な"怒気"が滲む。

 

――先生は知らない、その生徒の葛藤と絶望を。先生は知らない、その生徒が何度挫けて、それでも泣きながら進んで来たのかを。先生は知らない、その生徒がどうやってここまで辿り着いたのかを。

知らないから、その生徒は怒りを露にする。知らないから、ぶつけようのない怒りが発散されない。知らないから、尽くす事しか出来なかった。

 

宇宙服の生徒は静かに、そして荒々しく言葉を吐く。

 

「『ダレカちゃん』らしくない?じゃあさ、アンタは知ってんの?『ダレカちゃん』が誰か、どこで何をしていたのか、何が好きで何が嫌いなのか、どんな声か、どんな顔か、性別は?背丈は?所属校は?何を持って『ダレカちゃん』らしさってやつなんだ?………なにも知らねぇクセに『ダレカちゃん』を語るな。虫唾が走るんだよ……ッ!!」

 

「…ご、ごめん…ダレカちゃんを怒らせる気は――」

 

「そうだね、()()()()()()()()『ダレカちゃん』は怒らない。笑って済ますか、もしくは()()の真面目な誠意に応える」

 

――言外で告げている。

 

お前はダレカちゃん(仮面)しか見ていない。なのに■■■(素顔)を知ったように語るな、と。酷く不愉快な感情が声に滲み、先生の心臓を強く打ち鳴らす。

 

小声で話していた為か、ホシノ達にまで先生の動揺が伝わることはない。それが――それだけが現状での吉報だ。

変声機でも隠さない感情の吐露は先生へ明確な"失敗"を物語るのみ。今の『ダレカちゃん』は、これまでに向けたことのない何かを先生へ向けている。

 

それが、先生には悲しみにも憎しみにも思えた。

 

「無知は罪、だなんて言わないよ。隠し続けたのこっちだし、探らなかったのは貴女の善意だろうね」

 

「……………」

 

「でもさ、理解していたつもりなら…考えを改めなよ。アンタは『■■■(素顔)』について何も知らないし、今後一切、知る必要もない。『ダレカちゃん』はセンセをサポートするし、皆とも仲良くする。センセとも軽口を叩きながら相棒で居続けよう。だから――内面には触れるな。人間、触れられたくない場所の一つや二つはあるだろ」

 

「…それでも、私は…君に多くを背負わせたくないんだ。演じないといけないくらい辛いなら、一緒に背負いたい…!……君に、私を信じて欲しいんだ」

 

「………はぁ…何百回目なんだろうね」

 

「……なにが、だい…?」

 

「ううん、何でもないよ。ダレカちゃんが言えるのはね、これまでにもセンセとソックリな人が同じ事を言って、散っていったってコトくらいだね。ホントさぁ……飽きたよ、その物言い」

 

気持ちだけで平和を成せるなら、一度だってその生徒が絶望することはなかった。希望を謳うのは結構。然し、その先の絶望を知り尽くしている者にとっては只々空虚なだけの慰め文句でしかない。

嘗てと同じ顔で同じ言葉を使う先生。自覚なんてなくても、識る者の気持ちなんて伝わる訳もない。

 

先生の言葉を現実にする為に、その生徒は何百何千と繰り返し、失敗して、然し着実に力を付けてきた。

 

誇張でも慢心でもなく、キヴォトスにおいて最強格を超える力もある。どんなに才能のない生徒でも決死の思いで何千と繰り返せば()()()()は強くなれるし、なれなければ才能ではなく意思が足りないだけだ。

 

強くなって、自分を偽る技術も手に入れて、学園規模の盤面操作だってやってみせる。ここまで成長しても尚、先生を救えない。救えた試しがない。

 

「……ダレカちゃん。君は君が思うほど、万能じゃないんだ…」

 

「そーゆーアンタだって、理想を謡えるほど強くなんてないだろ。反則(大人のカード)を使ったとしてもな」

 

視線は交差している筈なのに、通じ合えない。先生はもどかしく思いながらも、だがやはり自分自身が全てに対して理解が浅いのだと結論付ける。

 

もっと『ダレカちゃん』に気を配っていたら、この仲違いも阻止出来たのだろうか。それとも、このすれ違いは必ずしも必要で、互いの理解に繋がってくれるのだろうか。

今ばかりは判らないのが辛く、共に歩けないのが悲しい。きっと目指す先は同じはずなのに、見ている景色が違い過ぎた。

 

「……ごめん、センセ。暫く頭冷やす……おーい、ホシノさーん!ダレカちゃんは諸用により帰るから、センセをヨロシクね〜!!」

 

「っ!待って、ダレカちゃん……!」

 

「待たないよーだ!センセのばーか!!」

 

また()()()()()()演じている声質に戻り、その生徒は先生達の前から姿を消した。

 

 

――そして、その日から暫く。先生が宇宙服の生徒を見ることはなくなった。

 

◆◆◆

 

………クソッ…しくじった。

 

どーも、しくじりクソ野郎なダレカちゃんです。死にたい…一週間くらい時間が遡らないかな。そしたら次はもっと上手く『ダレカちゃん』を演じるし、先生に暴言を吐いたりなんかしないのに……はぁ…最悪。

 

そもそも、センセだって……いや、ぜんぶダレカちゃんが悪いわ。クソ…責任転嫁なんて、いよいよもって救いようのないクソ野郎だ。

 

別に、今のセンセは何も悪くない。単にダレカちゃんを気にかけてくれただけだし、勝手にブチ切れてあの場から去ったのはクソ野郎なダレカちゃんだ。

あーあ、ヒフミさんにも悪いことをしたな…巻き込んだなら最後まで守り抜くのが礼儀ってモンなのに、放り投げるだなんて……ちくしょう…死にたい…死ねよ、クズ。

 

 

振り返ると、色々とやらかしは多い。

 

まず道化の本分を履き違えた。適度にセンセ達をからかいながら正解に誘導するのが目的だったのに、焦りとストレスから加減を間違えた。

これじゃあ道化じゃなくて馬鹿だ。はぁ…そりゃあセンセもいつもと違うって察するわ。寧ろセンセしか気付かなかった事が奇跡…………ん?あれ、そういえば珍しくセリカさんがダレカちゃんを心配してくれてたし……え?ま、マジか…セリカさんも察してたな…嬉しいけど、申し訳ないな。

 

 

……そろそろ切り替えないと。

 

反省は未来を産むけど、停滞は生産性の欠片もない。後悔に打ちひしがれるのは今じゃない。

 

…まず目先の問題は、センセと会えなくなる事だ。別に会いたいワケではないけど、ループする世界でのルールの一つ……一定期間ダレカちゃんとセンセが離れると、ダレカちゃんが死ぬ。

理由は知らないけれども、敢えて理由付けるなら…世界がダレカちゃんに『役目を遂行しろ』って言ってんのだろーね。いや知らんけど。勝手な解釈だし。

またいつかみたいに心臓が破裂するのは嫌だし…定期的にセンセの前には姿を現さないといけない。

 

ま、これに関しては正直どーにでもなる。ダレカちゃん、半分はシャーレにすんでるようなものだし。

 

 

目下の問題はアビドスだ。

 

この後と言えば、銀行強盗をやったり便利屋68とかゲヘナ風紀委員とドンパチやったり。あとはアビドス砂漠でカイザーPMCとドンパチやったり。

ホシノさんが黒服と交渉したりしてるけど……ま、それを阻止したらアビドスの抱える問題は解決しなくなるし、その後のセンセに任せるとして。ダレカちゃんが手を出せるとしたら、ホシノさんを救出するときだけかな。

 

はぁ…マジで、ちくしょう……選択を完全に間違えた。もっと本格的に手助けする予定だったのに。

 

過ぎたことは仕方ないけど、やっぱり悔やみは簡単に晴れるモノでもない。我ながら面倒臭い性格だし、そも、何事も容易く割り切れる性格だったらセンセにここまで執着してないし。

 

 

あああーーー!!全部めんどくさい!全て投げ出して無責任に死にたい!!宇宙ごと消滅してループ現象も塵になれ!!

 

………………よし、明日からも頑張ろう。センセがいない間にシャーレで秘書の仕事はやるし、次は『ダレカちゃん』だって気付かれない()()()の準備だね。拗れたし、暫くは『ダレカちゃん』としては会いたくない。

声は変声機で調節するし、あのクッソ重い宇宙服じゃなければ前とは違う戦闘スタイルにもなるから、簡単には正体もバレないだろ。いや顔と性別と体型を隠してるヤツなんて大量発生してたまるかって話だけど。

 

うん、今日までで最低限の布石は撒けてよかった。ヒフミさんとの繋がりはホシノさん救出からエデン条約まで必須な項目だし、便利屋68も同様。あの子たち、ヒナさんがいなければゲヘナ風紀委員ともやり合えるってヤベーよね。さすがアウトローやね。

うっひゃー、これから忙しくなるぞ〜!社畜なんて柄じゃないけど、仕方なく頑張るぞい!

 

 

 

 

……センセのバカ。

 





ボケが増えるほど、ダレカちゃんの病み度が増えている証拠です。だって道化を演じていなければ耐えられないし、盲目的に全てを包み隠す事で無自覚な巨悪(じぶん)から先生を護れるんですからね。
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