私が初めてダレカちゃんを指揮してから、二日が経った。
その間、私は寝込んでいた。知恵熱、とでも言うのだろうか。これまでの人生で経験のない症状だったけれども、脳を酷使し過ぎた代償で熱が出ているのだから、やはり知恵熱としか言いようが無い。
同じくらい脳を使っていたダレカちゃんは翌日にはピンピンとしていたから、私がまだまだ至れていない証拠だ。
今回の件で私は幾つかの事実を理解した。自分が弱いこと――ダレカちゃんと並ぶには力不足だって事実。きっとダレカちゃんやムメイが私の指揮を受け入れていないのは、こうなるからだ。
指揮をして《同期》した瞬間、ほんの一瞬だけダレカちゃんの感情が流れ込んできた。……ダレカちゃんは本当に私に期待なんてしてないし、今回の指揮も私ならば出来て当然だって認識だった。
………あぁ、悔しいな。先生なんて立場じゃなくて、一人の大人として……悔しい。
この先、同じような生徒がいるかもしれない。そんな時に、アロナに頼りっぱなしなだけの私では生徒の助けにはなれない。
実力不足。これ以上に飾る言葉もないし、目標も見つかった。ダレカちゃんと同期したあの十秒……シッテムの箱の領域内の全てを演算して、予知する感覚。
これまでの指揮とは違った。指示による援護じゃない…重なって一つになる感じ…言葉では言い表せないけど、きっと私が目指すべきはあの十秒だ。
「さて、それはそうとして」
「…………せ、先生…?なんですか、その格好…」
「アリス、知ってます。これは遊び人ですね」
目標を定めた私は、ゲーム開発部の部室で待機していた。ミレニアムプライスにエントリーしたTSC2、その結果を待っている最中だ。
彼女達の想いを知り、手伝った手前。緊張して手の先が冷える感覚は私だって同様だ。モモイやミドリ、ユズ……そして、アリス。ゲーム開発部は彼女達の居場所であり、なければならない。
でも、どんなに感化されて望んだとしても、私の権限で廃部を取り消すのは不可能だ。連邦生徒会がこの立場を私に許した理由を裏切りたくはない。善悪のない平等性とは、時に凶器よりも残酷だ。
………うん、寒い……恥ずかしい。シリアスな雰囲気でいたかった…
「うわぁ…先生の目が据わってる。ダレカちゃんのせいだからね?」
「にへへ、そーゆー約束だったんよ。雑魚雑魚のセンセは自分の衣服すら選べないんだって♡滑稽だね、愚かしいね、でも受け入れようじゃあないか。ダレカちゃんは、他ならぬセンセの秘書なんだからね」
「だ、ダレカちゃん……!」
「センセ……!!」
私たちは熱く抱擁を交わした。これからも、手を繋いで共に生きていこう。ヒンヤリとした宇宙服は露出の多い今の格好に毒だけど、心做しか暖かい気がした。
……………いや、なんで良い話風にまとめられてるんだろう?許されるのであれば泣き喚きたい状況なのに。事実、この格好をさせられる前は駄々をこねたし逃げ出そうともした。
五秒で捕まえられたけどね?私が…ダレカちゃんに勝てるわけが無いでしょうが…!!
「……で、改めて聞くけど…なんで私は
「そりゃあセンセ…忘れたのか?ダレカちゃんね、アリスさんとネルさんの喧嘩を止める時に言ったよね。止めてやる代わりにバニーでミレニアムを一周して貰うって。センセがあまりにも駄々をこねるからミレニアム一周は免除してやったんだし、今日一日バニーで過ごすくらいはやってもらうぜ」
このバニー服を渡された時に聞いたけど、コレってダレカちゃんがヒビキに依頼して二日で仕上げたらしい。
妙にサイズピッタリだけど、どうしてダレカちゃんが私のスリーサイズまで把握しているのかについては考えないことにした。どうせ、また独自の情報網だとか言うんだし。
今は泣く泣く着てるけど、ダレカちゃんが席を外したら直ぐに着替えよう。絶対に、必ず。
「何十回も言ったけど…私、一度だって了承してないよね?って言うか大人としての尊厳を投げ捨てて泣き喚いたよ、地団駄を踏んで駄々をこねて」
「でも先生は弱々子ちゃんですよ?」
「アリス、この馬鹿秘書に何を聞いたのかは知りたくもないけど、例え弱々子ちゃんだとしても衣服の自由はあるし尊厳も人並みにはあるよ」
「先生、さっき尊厳を投げ捨てたって言ったじゃん」
「捨てたって戻ってくるものなんだよ、尊厳ってのは。不思議だよね……私レベルにもなればね、投げ捨てた尊厳が翌日の朝には枕元に立っているんだ」
「呪いの人形ですか、それ……」
「ぷっ…ククッ、キャハハハ!生徒の前でバニー服を着てる淫乱女性先生に尊厳なんてあるんスかぁ!?え、てか恥ずかしくないんですかぁ!?やっぱ恥ずかしいよねぇ!!やーい、ざーこ♡ざーこ♡」
「だ、ダレカちゃん…絶好調、だね……」
違うよ、ユズ……この馬鹿は絶好調なんじゃなくて、人を煽っていないと呼吸すら儘ならない哀れな生き物なだけだよ………うん、まだ大丈夫。まだ怒ってなんかない。
「それにしても……」
「……ミドリ?ミドリさん?そんなに見られると恥ずかしいよ…?」
「淡いクリーム色の、ちょっと癖のある長髪。程々に出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでる体付きに、性格はちょっとアレだけど顔もかなり整ってて身長も高い………もし部が存続したら、次のゲームに使えるかな?」
「あ、ミドリ天才じゃん!いいねー、バニーガールの先生が接客してくれるゲームでも作る?好感度が上がると先生がASMRとかスチルで過激な身体接触とかしてくるやつ!」
「えっ、やめ――」
「やめなさい、マジで……世界が終わるぞ。てか作ったらミドリさんの二の腕を毎日五万回は揉みほぐすよ。ついでにユズさんのデコも五千回は磨くし、モモイさんには言葉に出来ないようなゴニョゴニョをする。ゴニョゴニョだぞ、ゴニョゴニョ!!そんでアリスさんには飴ちゃんをあげる。いっぱいあげる…」
「えっ……なんか分かんないけど怖い!?ゴニョゴニョってなに!?」
「えっ……い、言わせんなよっ…アリスさんのえっち…っ///」
「………?アリス、何も言っていませんよ?」
「あっ、メンゴ。受け流し先をミスったわ。明日から流水岩砕拳の修練に勤しむから許してちょ」
「ちょ?」
………たまに…いや、頻繁に…?
今更だけど、ダレカちゃんは変な拘りを見せる事がある。普段から意図して話題の操作とかをしている印象が強いけど、それ故に…かな。
何か地雷的な部分があるんだろうね。相変わらずダレカちゃんの考えていることは分からないけど、きっとダレカちゃんが逸らしている事柄に首を突っ込んだら、何か良くないことが起こる。
ただの直感でしかないけど、やっぱりこれが私の"選択"だ。私はダレカちゃんを信じるという"選択"をして、これからも生徒を助け続けよう。
「………………」
「ダレカちゃん、急に黙ってどうしたの?」
「や、別に……うん。改めて部室を眺めて見ると……やべぇトコだな、ココ。バニー服の先生に、何故か猫耳と尻尾を付けた双子。挙句にロボット娘だし、ついでにデコ」
「デコ…!?」
え、今更…?っていうかダレカちゃんだって宇宙服になったり忍者ペロロの着ぐるみを着たりしてるんだし、ヤバい人の代表格だと思う。
そして、私のバニー服に関しては一から十までダレカちゃんが悪い。さっき会ったユウカは謎言語を発して何処かに走り去ったし、それもきっとダレカちゃんが悪いんだ。
……もうすぐ、ゲーム開発部からの依頼が終わる。
あと一時間もしたらミレニアムプライスの中継映像がテレビでながれて、その結果次第では……ううん、嫌な事を考えるのはやめよう。
楽観視でも現実逃避でもなく、信じているんだ。誰よりもゲームを愛して、ゲームに肯定的だった彼女達。その激情がTSC2には詰まってる。伝わらないわけがない。
だから…剽軽な会話を続けるのは、現実逃避なんかじゃない。不安に思っても良い、震えるのも仕方がない――でも、疑ってはダメだ。
きっと、届く。それだけの想いは私とダレカちゃんが見届けたのだから。
◆◆◆
「じゃ、ダレカちゃんは一足先に帰るね」
「えっ?」
「いやー、ちょいと所属校の方で色々とありまして。結果を見届けれなくてすんませんっす」
「……結局ダレカちゃんって何処の所属なの?」
「ふへへ、ミドリさんの心の中だぜっ☆」
「ミドリの心臓には学校があるんですか…!?」
「ないよ…!」
ぴょん、ダレカちゃんだぴょん。
センセにバニー服を着せてミレニアムプライスの結果待ちをやってましたけど、帰ります。ま、結果は知ってんだけどね?
てか所属校関係でゴタゴタがあったのはマジなんよ。正確には配属されてる支部の方だけど。次のシャーレの依頼でレッドウィンターに行った後にセンセも巻き込まれるんだし、しゃーないから不良狩りをして少しでも安全を確保しておきたい所存。
あ、ちなダレカちゃんはヴァルキューレ警察学校の生徒です。連邦生徒会のお手伝いって感じの建前でシャーレ秘書をやってるから、出席日数とか諸々は気にしなくても良き良き。
ま、程々の仕事をやってりゃあ問題もない。見回りとか。
てか主な役割がティーパーティーと支部長の使いっ走りだから、めんどい。普通に仕事拒否したり暇潰しでティーパーティーの茶会に参加したりしてたけど。んー、トリニティ支部は不良をボコすだけのゲヘナ支部よりも大変だよ、マジで。
いつの間にかSRT特殊学園の生徒が編入してたり……ぶっちゃけ自分の所属支部の運営もよく分かってない。ループ開始地点よりも前の段階で連邦生徒会長が失踪したりSRT特殊学園がバラバラになったりしてるから、把握なんて無理無理カタツムリっす。
ま、連邦生徒会長がダレカちゃんの身元を隠すために権限を用いてぶっ込んだのがヴァルキューレ警察学校トリニティ支部だし、色々と投げ遣りな割りにはトリニティ総合学園との連携…てか報告諸々を任せられるし。
とりま普段から見回りとかしてる生徒の報告書をパソコンで打ち込んでから印刷して、五億回くらい支部長とかお偉いさん達と間違いがないのかを確認してからナギサさんの顔面に叩き付けるだけの簡単なお仕事だね。
「……さて、どうやって補習部に潜り込むかなぁ」
ミレニアムのモノレールを待ってる最中、ちょいと頭を回す。
前はシャーレ秘書として参加してたけど、それもそれで身元がハッキリとしてたからだ。ナギサさんは怪しい人物とかトリニティの裏切り者を補習部に集めてるワケだから、逆に言えば外部の明らかに怪しいヤツは下手にトリニティ生と接触させないようにすると思うんよ。
「シャーレの権限で突っ込むのはできるだろーけどなー。でもどーせナギサさんから邪魔されるし、元の流れよりも悪化したら目も当てられないわ…あー、ストレスで吐きそう。死にてぇ…」
毎日通うのも怪しいって思われるし………や、別に怪しいって思われるのは構へんけどなぁ…素性とか云々で深入りし過ぎたらセンセを助ける前に潰されるし……いや潰されんが?ダレカちゃん、めっっちゃ強いから逆にぶっ潰してやるんだが?
ま、それは置いといて。
「…しゃーないからナギサさんにだけ素性をバラすか…?」
色々と秘匿はされてるけど、どーせ連邦生徒会長との繋がりは把握してるだろうし。連邦生徒会長に難癖を付けるのが得意なお偉いさんだけど、信用自体はしてるからね…あの人。
ちなミカさんには内緒じゃんね☆てか本家は"じゃんね☆"なんて言わんよのな。つーか一回しか言ってないよ、マジで。知らんけど、ピンク隕石ゴリラの習性なんて。
「…………………ヤダなぁ、めんどいなぁ……しゃーないからモモトークは送っとこ」
とりまアカウントを『ダレカちゃん』から本名の方に切り替えまして。てかアカウントも増えてきたよ、マジで。『戸久銘ムメイ』に『忍者ペロロ(非公式)』、『メジェドモドキ』に『ゴリラワッフル』……あ、『オッ゛♡トセイのはぁと』なんてのもあったなぁ…懐かしいね。
はいはい、なんて送ろうかな…うん、『直接逢って話したいことがある』『二人っきりで…ダメ、かな…?』『二人の今後に関わるはなしだから』と。よしよし、上出来っしょ。
ナギサさんは忙しいし、時間あけてくれると嬉しいなぁ。ちょうどホストの時期だし…ま、夜中とかになるかな。知らんけど。
取り敢えずは返信待ちで
まー、ちゃんとパーカーも羽織るけど。色々と目立ちすぎてキモイ姿だし。いやー、美人って罪だねぇ。
◆◆◆
「ブフッ…!?」
「うわっ!?ナギちゃん汚いなぁ…どうしたの?急に紅茶吹き出して」
「い、いえ……その…はい……すみません」
桐藤ナギサは口元をハンカチで拭き、改めて机上に置いてある携帯端末に視線を向ける。
お茶会の最中に端末を弄るのは彼女の礼儀に反するが、然しホストである以上は如何なる時でも緊急の連絡等が有り得てしまう。
その事は同席している聖園ミカも承知しており、そも、ミカはナギサほど礼儀作法やマナー、仕来りに厳しくもない。ナギサが古風な価値観を持っているのに対し、ミカは現代的な感性の持ち主だ。
「……えっ、本当にどうしたの?何か緊急の案件?」
「いえ、そういう訳では……少々、知人から相談事のようなものを受けまして。ええ…はい」
「ふーん、変なナギちゃん」
ミカは興味をなくしたのか、紅茶を含んで携帯端末を弄り始める。本来ならナギサが注意するのだが、先に同様の行為をしていたのは彼女だ。注意したとて言葉が薄く聞こえるだろう。
(……これは…私の勘違いでなければ…)
画面に表示されているモモトークの通知バー。アイコンは当人物と連邦生徒会長のツーショットだが、アカウントの持ち主は陰鬱なほどの真顔。
二人の関係性が顕著に現れた写真で、微笑ましく思う反面、彼女が行方不明な現状についてはどう思っているのかも気になる。
ナギサと当生徒は不仲と言うよりは直接会う事が多いからこそ、これまでは業務における必要最低限の定型文でしか届かなかった連絡なのだが、今回ばかりは違った。
『直接逢って話したいことがある』
『二人っきりで…ダメ、かな…?』
『二人の今後に関わるはなしだから』
「……………」
真っ先に浮かんだ用事――『告白』、と受け取っても仕方がないのでは、とナギサは自身に問い掛けた。無論、答えは帰ってこない。
当生徒が優秀であり、どうか見守って欲しいと連邦生徒会長より頼まれたのは記憶しているが。然し、やはりナギサは胃が痛くなり、気を紛らわそうと紅茶を飲んだ。
「……ミカさん、恋ってなんなのでしょうね…?」
「えっ、急にどうしたの?もしかして口説かれてる?ゴメンね、ナギちゃんは好きだけど別に恋人としてではないし、あんまりタイプじゃないかな。んー、なんだろーね?個人的にはちょっとだけ弄り易くて、でもピンチのときには助けてくれる系がいいかなー。あ、だからゴメンね。やっぱナギちゃんとは付き合えないかな☆」
「…………」
「…な、ナギちゃん…?なんでロールケーキを持って近づいて……は、はしたないよ…?あ、ちょっ…!?むぐっ…!むぐぐっ!?」
はい、ダレカちゃんの中の人はヴァルキューレ警察学校のお強い生徒です。